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箴言聖書に対する洞察,第1巻
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エホバの裁きはあらゆる点で全く正しく,廉直さを求める者たちのためになることが示されています。神はご予定の時に邪悪な者を地から除き去られますが,彼らの死は義なる者たちが得る自由のための代価となります。そのため箴言は,「邪悪な者は義なる者のための贖いである。不実な行ないをしている者は廉直な者たちの代わりとなる」と述べています。(箴 21:18)そのような邪悪な者たちの中には,エホバにとって忌むべき存在である高慢な者たちが含まれます。彼らは「処罰を免れない」のです。(16:5)「エホバは自分を高める者たちの家を打ち壊し」(15:25),立場の低い人たちから奪い取る者の「魂を……奪い取られる」でしょう。―22:22,23。
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贖い聖書に対する洞察,第1巻
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請け戻すこと,または解放すること ヘブライ語の動詞パーダーは「請け戻す」という意味の語で,これと関連のある名詞ピドヨーンは「請け戻しの価」を意味します。(出 21:30)これらの語は請け戻しの価によって成し遂げられる解放を強調しているように思われるのに対し,カーファルは代価の質もしくは内容や,公正のはかりを釣り合わせる効力を強調しています。人を奴隷状態から(レビ 19:20; 申 7:8),他の苦しい状態,あるいは過酷な状態から(サム二 4:9; ヨブ 6:23; 詩 55:18),または死や墓から(ヨブ 33:28; 詩 49:15)解放したり,請け戻したり(パーダー)する場合があります。エホバがイスラエル国民をエジプトから請け戻してご自分の「私的な所有物」にされたことや(申 9:26; 詩 78:42),何世紀も後に同国民をアッシリアやバビロンでの流刑状態から請け戻されたことがしばしば言及されています。(イザ 35:10; 51:11; エレ 31:11,12; ゼカ 10:8-10)ここでもやはり,請け戻すことには代価,つまり交換することが関係していました。エホバはイスラエルをエジプトから請け戻すに際して,その代価がエジプトによって支払われるようにされたものと思われます。イスラエルは実際上,神の「初子」でしたから,ファラオがイスラエルを解放することをかたくなに拒むなら,ファラオの初子,および人間と動物とを問わず,全エジプトの初子の命が要求されることになる,とエホバは警告なさいました。(出 4:21-23; 11:4-8)同様に,キュロスがバビロンを倒してユダヤ人を流刑状態から解放したことに対する返報として,エホバは,「[ご自分の民]のための贖い[コーフェルの変化形]としてエジプトを,[彼らの代わりに]エチオピアとセバ」をお与えになりました。ゆえにペルシャ帝国は後日,それらの地域を征服し,こうして『イスラエル人の魂の代わりに国たみが与えられ』ました。(イザ 43:1-4)このような交換は,「邪悪な者は義なる者のための贖い[コーフェル]である[または,となる]。不実な行ないをしている者は廉直な者たちの代わりとなる」という,霊感による宣言とも一致しています。―箴 21:18。
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義聖書に対する洞察,第1巻
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義のもたらす益 神は義なる者を愛し,顧みてくださいます。ダビデはこう書きました。「わたしはかつては若者であったが,わたしもまた年老いた。だが,義なる者が完全に捨てられるのを見たことも,その子孫がパンを捜し求めるのを見たこともない」。(詩 37:25)ソロモンはこう述べました。「エホバは義なる者の魂を飢えさせず,邪悪な者たちの渇望を押しのけられる」。(箴 10:3)神は人の住む地をイエス・キリストにより義をもって裁くことになっており,義の宿る「新しい天と新しい地」を創造されます。(使徒 17:31; ペテ二 3:13)最終的には義なる者が地を所有することが約束されており,邪悪な者は義なる者のための「贖い」として地から一掃されることになっています。というのは,邪悪な者が物事を牛耳っている限り,義なる者は平安を得ることができないからです。そして,「罪人の富は義なる者のために蓄えられるものである」と,箴言が述べるとおり,邪悪な者の所有物は義なる者の所有物となります。―箴 13:22; 21:18。
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