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完全聖書に対する洞察,第1巻
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最初に罪をおかした者とティルスの王 もとより,人間の罪と不完全性よりも先に,霊の領域における罪と不完全性が生じました。そのことは,ヨハネ 8章44節のイエスの言葉や創世記 3章の記述が明らかにしています。エゼキエル 28章12-19節に記されている哀歌は,人間であった「ティルスの王」に対して語られたものですが,その趣旨は,最初に罪を犯した,神の霊の子の取った道と類似しているようです。「ティルスの王」の誇りや,この人物が自らを“神”に仕立てていること,「ケルブ」と呼ばれていること,また「神の園であるエデン」が引き合いに出されていることは,確かに悪魔サタンに関する聖書の情報と符合します。悪魔は誇りのために思い上がった者であり,エデンの蛇と関連づけられており,「この事物の体制の神」と呼ばれています。―テモ一 3:6; 創 3:1-5,14,15; 啓 12:9; コリ二 4:4。
このティルスの無名の王は,「麗しさの点で完全だ」と自負するその都市に住んでおり,「知恵に満ち,美しさの点で完全で[ヘ語,カーラルと関連のある形容詞]」,創造されて以来,当人のうちに不義が見いだされるまでは,その道に「とがのない[ヘ語,ターミーム]」者でした。(エゼ 27:3; 28:12,15)エゼキエル書のこの哀歌は第一に,もしくは直接的には,ティルスのだれか特定の王というよりも,むしろその歴代の支配者たちに当てはまると言えるでしょう。(イザ 14:4-20の無名の「バビロンの王」に対して述べられた預言と比較。)その場合,述べられているのは,ダビデ王やソロモン王の治世中にティルス王朝が取った初期の友好と協力の歩みのことなのかもしれません。当時,ティルスはモリヤ山上のエホバの神殿の建立に貢献することさえしたのです。ですから,エホバの民イスラエルに対するティルスの公式の態度には,初めのうち何のとがもありませんでした。(王一 5:1-18; 9:10,11,14; 代二 2:3-16)しかし,後代の王たちはそのような「とがのない」歩みからそれたので,ティルスはエゼキエルをはじめ,ヨエルやアモスのような神の預言者により有罪宣告を受けました。(ヨエ 3:4-8; アモ 1:9,10)「ティルスの王」の歩みと神の主要な敵対者のそれとの間に明白な類似性があることはさておき,この預言は,「完全」と「とがのないこと」とが限定された意味で使われる場合があることをよく示す,いま一つの例となっています。
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サタン聖書に対する洞察,第1巻
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それゆえこの霊者は,義にかなった完全な始まりから罪と堕落の道へ逸脱しました。この事態をもたらした過程は,ヤコブの次の言葉に描写されています。「おのおの自分の欲望に引き出されて誘われることにより試練を受けるのです。次いで欲望は,はらんだときに,罪を産みます。そして罪は,遂げられたときに,死を生み出すのです」。(ヤコ 1:14,15)サタンの取った道は,幾つかの点で,エゼキエル 28章11-19節に描写されているティルスの王の取った道と類似しているようです。―「完全」(最初に罪をおかした者とティルスの王)を参照。
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