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信仰を抱く者となりましょうものみの塔 1999 | 12月15日
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8 ハバククの実例が,1世紀においても今日においても,クリスチャンの助けになるのはなぜですか。
8 ハバククはエルサレムの滅びがどれほど切迫しているかを知りませんでした。同様に,1世紀のクリスチャンも,ユダヤ人の事物の体制がいつ終わるかを知りませんでした。今日のわたしたちも,エホバの裁きがこの邪悪な体制に臨む「日と時刻」を知りません。(マタイ 24:36)ですから,エホバがハバククにお与えになった,二つの部分から成る答えに注目しましょう。第一に,エホバはこの預言者に,終わりは時間どおりに臨むことを保証されました。人間の見地からは遅れているように見えても,「遅くなることはない」と神は言われます。(ハバクク 2:3)第二に,エホバはハバククに,「義なる者は自分の忠実さによって生きつづける」ことを思い起こさせました。(ハバクク 2:4)なんと心を打つ簡明な真理なのでしょう。最も重要なのは,終わりがいつ来るかではなく,わたしたちが信仰に則した生き方を続けるかどうかです。
9 エホバの従順な僕たちは,(イ)西暦前607年に,(ロ)西暦66年以降,どのように自分の忠実さによって生きつづけましたか。(ハ)自分の信仰を強めることが肝要なのはなぜですか。
9 西暦前607年にエルサレムが攻略されたとき,エレミヤ,エレミヤの書記官バルク,エベド・メレク,忠節なレカブ人は,ハバククに対するエホバの約束の真実さを体験しました。彼らはエルサレムの恐るべき滅びを免れることによって「生きつづけ」ました。なぜでしょうか。エホバが彼らの忠実さに報いてそうされたのです。(エレミヤ 35:1-19; 39:15-18; 43:4-7; 45:1-5)同様に,1世紀のヘブライ人のクリスチャンも,パウロの助言にこたえ応じたに違いありません。ローマの軍隊が西暦66年にエルサレムを攻撃し,次いで不可解にも撤退したとき,これらのクリスチャンは忠実にも,逃げるようにというイエスの警告に留意したからです。(ルカ 21:20,21)彼らは自分の忠実さゆえに生きつづけました。同様にわたしたちも,終わりが来るときに忠実な者として見いだされるなら,生きつづけられます。ですからぜひとも今,自分の信仰を強化しましょう。
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