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エホバの日聖書に対する洞察,第1巻
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後に,預言者マラキを通して,別の「エホバの大いなる,畏怖の念を抱かせる日」が予告され,その日の前に「預言者エリヤ」が来るであろうと言われました。(マラ 4:5,6)エリヤ本人が生きていたのはその預言が語られた時より500年ほど前のことですが,西暦1世紀に,イエスはバプテスマを施す人ヨハネが予告されていたエリヤに対応する人であることを指摘されました。(マタ 11:12-14; マル 9:11-13)ですから,その当時,「エホバの日」は近づいていました。西暦33年のペンテコステの際,ペテロは,起きている事柄が神の霊の注ぎ出されることに関するヨエルの預言(ヨエ 2:28-32)の成就であり,これも「エホバの大いなる輝かしい日」の前に起きるよう定められていたということを説明しました。(使徒 2:16-21)その「エホバの日」は西暦70年に来ました。その時,神の子を退け,ふてぶてしくも「わたしたちにはカエサルのほかに王はいません」と叫んだ国民に対し,エホバはみ言葉の成就として,ローマの軍隊が神の裁きを執行するようにされました。―ヨハ 19:15; ダニ 9:24-27。
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エリヤ,I聖書に対する洞察,第1巻
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来たるべき事柄を預言的に示す業 エリヤの時代から約450年後,マラキは,「エホバの大いなる,畏怖の念を抱かせる日の来る前に」預言者エリヤが現われることを預言しました。(マラ 4:5,6)イエスの時代のユダヤ人は,この預言を成就するエリヤの到来を期待していました。(マタ 17:10)中には,イエスのことをエリヤだと考えた人もいました。(マタ 16:14)バプテスマを施す人ヨハネは,エリヤのように毛衣を着て革の帯を腰に巻いていましたが,自分が実際にエリヤその人であるということは否定しました。(王二 1:8; マタ 3:4; ヨハ 1:21)み使いはヨハネの父ゼカリヤに,ヨハネがエリヤになると告げたのではなく,「エリヤの霊と力をもって……準備のできた民をエホバのみまえに整え」させるであろうと告げたのです。(ルカ 1:17)イエスはヨハネがその業を行なったのに,ユダヤ人からは認められなかったことを示唆されました。(マタ 17:11-13)ヨハネの死後,イエスの変ぼうに際して,幻の中にエリヤがモーセと共に現われました。その幻は,エリヤの行なった業によって表わされていた,ある事柄が後に行なわれることを示唆するものでした。―マル 9:1-8。
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