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裁きの日聖書に対する洞察,第1巻
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復活との関係 イエスは,「裁きの日」という表現を用いたとき,死者の復活という点と関連させました。イエスは,使徒たちとその音信を退ける都市のあることを述べ,「裁きの日には,その都市よりもソドムとゴモラの地のほうが耐えやすいでしょう」と言われました。(マタ 10:15)イエスはここで誇張法を用いておられたようですが(ソドムとゴモラはすでに永遠の滅びを受けていた),この陳述は,そのような1世紀のユダヤの都市の少なくとも一部の人たちが将来裁きを受けるということは明らかにしました。(マタ 11:22-24; ルカ 10:13-15; ユダ 7と比較。)これよりさらに明白な表現として,イエスは,『南の女王が裁きの際にこの世代と共によみがえらされる』と言われました。(マタ 12:41,42; ルカ 11:31,32)イエスが「生きている者と死んでいる者」とを裁くという聖書の言葉は,裁きの日に復活が関係しているという点と照らし合わせて考えることができます。―使徒 10:42; テモ二 4:1。
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悔い改め聖書に対する洞察,第1巻
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復活によって機会が与えられる これとは対照的に,イエスは1世紀当時の幾つかのユダヤ人の都市に向かって話された時,それらの都市が関係する将来の裁きの日のことを述べられました。(マタ 10:14,15; 11:20-24)これは,それらの都市の少なくとも一部の人々が復活させられること,そしてそれを機に,生前の悔い改めない態度のゆえに非常に悔い改めにくいとしても,へりくだって悔い改めを示し,『身を転じて』キリストを通して神に転向することを意味します。そうしない人は永遠の滅びを被ります。(啓 20:11-15と比較。「裁きの日」を参照。)しかし,キリストによる神の霊の顕現に対してそれと知りつつ故意に戦った多くの書士やパリサイ人のような歩み方をする人は,復活を受けず,それゆえ「ゲヘナの裁きを逃れ」られません。―マタ 23:13,33; マル 3:22-30。
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