-
ヨブ記聖書に対する洞察,第2巻
-
-
ですから明らかに,この書を読んだり引用したりするときには,エリパズ,ビルダド,ツォファルによって示される論議が誤っていることを念頭に置かなければなりません。これらヨブの3人の友は時々正しい事実を述べますが,その背景や適用の仕方は間違っています。サタンもイエス・キリストに対してこの策略を用いました。その時のことについては,こう記されています。サタンは「彼を聖都の中に連れて行き,神殿の胸壁の上に立たせて,こう言った。『あなたが神の子であるなら,身を下に投じなさい。「神はあなたに関してご自分の使いたちに指図を与え,彼らはその手に載せてあなたを運び,あなたが石に足を打ちつけることのないようにする」と書いてありますから』。イエスは彼に言われた,『「あなたの神エホバを試みてはならない」とも書いてあります』」。―マタ 4:5-7。
-
-
力,強力な業聖書に対する洞察,第2巻
-
-
責任をわきまえた力の用い方 イエスは力を用いる際,常に責任をわきまえた用い方をされました。単に見せびらかすために力をお用いになったことは一度もありません。実を付けていないいちじくの木をのろわれたことには象徴的な意味があったものと思われます。(マル 11:12-14。マタ 7:19,20; 21:42,43; ルカ 13:6-9と比較。)イエスは,人目を引くだけの無意味な行為をしてみるようにとサタンに唆されましたが,それを拒絶なさいました。イエスは水面を歩かれたことがありますが,それは,ある場所へ行こうとしておられたもののその遅い時刻には利用できる交通手段がなかったためで,神殿の胸壁から飛び下りるといった,自殺に至りかねない行為とは全く異なっていました。(マタ 4:5-7; マル 6:45-50)間違った動機を抱いていたヘロデは,イエスがどんな業もして見せようとはしなかったため,好奇心を満たせませんでした。(ルカ 23:8)それ以前にもイエスは,パリサイ人とサドカイ人の求めに応じようとせず,「天からのしるし」を見せることを拒絶されました。それは彼らが,神の言葉の成就に対する自分の信仰を強めようとしてではなく,そうした信仰を不要なものにしようとしてそのようなしるしを求めたからであろうと思われます。彼らの動機は悪いものでした。―マタ 16:1-4。マタ 15:1-6; 22:23,29と比較。
-