-
ユダ,II聖書に対する洞察,第2巻
-
-
ユダの選んだ歩みは,悪意,貪欲,誇り,偽善,たくらみなどが関係した意図的な歩みでした。彼はあとで罪悪感に悩まされて悔恨の情を感じました。それは故意に殺人を犯した人でもその犯罪の結果に悔恨の情を感じることがあるのと同じです。それでもユダは,「ゲヘナの裁き」を受ける自分たちに倍して改宗者たちをゲヘナに行くべきものとしているとイエスが言われた者たちと,自分の意志で取り引きをしたのです。(マタ 23:15,33)イエスご自身は,地上での生涯の最後の晩に,実際ユダについて,「その人にとっては,むしろ生まれてこなかったほうがよかったでしょう」と言われました。後にキリストはユダのことを「滅びの子」と呼ばれました。―マル 14:21; ヨハ 17:12; ヘブ 10:26-29。
-
-
悔い改め聖書に対する洞察,第1巻
-
-
復活によって機会が与えられる これとは対照的に,イエスは1世紀当時の幾つかのユダヤ人の都市に向かって話された時,それらの都市が関係する将来の裁きの日のことを述べられました。(マタ 10:14,15; 11:20-24)これは,それらの都市の少なくとも一部の人々が復活させられること,そしてそれを機に,生前の悔い改めない態度のゆえに非常に悔い改めにくいとしても,へりくだって悔い改めを示し,『身を転じて』キリストを通して神に転向することを意味します。そうしない人は永遠の滅びを被ります。(啓 20:11-15と比較。「裁きの日」を参照。)しかし,キリストによる神の霊の顕現に対してそれと知りつつ故意に戦った多くの書士やパリサイ人のような歩み方をする人は,復活を受けず,それゆえ「ゲヘナの裁きを逃れ」られません。―マタ 23:13,33; マル 3:22-30。
-
-
種,胤聖書に対する洞察,第2巻
-
-
したがって,幾世紀間もずっと存在しているその“蛇”の胤は,神を憎み,神の民と戦った悪魔の精神を抱く者たちで構成されました。その胤には特に神に仕えると唱えながら実際には偽り者である宗教的な人々,つまり偽善者たちが含まれていました。イエスは当時のユダヤ人の宗教指導者たちに向かって,「蛇よ,まむしらの子孫[ギ語,ゲンネーマタ,「生み出された者たち」]よ,どうしてあなた方はゲヘナの裁きを逃れられるでしょうか」と言われ,彼らが“蛇”の胤の一部であることを明らかにされました。―マタ 23:33,行間。
-