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ユダヤ聖書に対する洞察,第2巻
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バプテスマを施す人ヨハネやイエスが生まれたころは,ヘロデ大王が「ユダヤの王」でした。(ルカ 1:5)ヘロデはそれ以前にローマの元老院によりユダヤの王とされていました。その領土は後に広げられ,ヘロデが死んだ時には,ユダヤ,ガリラヤ,サマリア,イドマヤ,ペレア,その他の地方が含まれていました。ヘロデ大王の子アケラオはユダヤ,サマリア,イドマヤに対する支配権を受け継ぎました。(マタ 2:22,23と比較。)しかし,彼が追放された後,ユダヤはカエサレアに官邸を構えるローマの総督の管轄下に置かれました。ヘロデ・アグリッパ1世がパレスチナの王として短期間治めたこと(使徒 12:1)を別にすれば,西暦66年のユダヤ人の反抗に至るまで,総督たちがユダヤの政務を管理しました。
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祭司聖書に対する洞察,第1巻
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ダビデ王によって制定された祭司の24の組もしくは班のうち,16組はエレアザルの家によって,8組はイタマルの家によって構成されていました。(代一 24:1-19)しかし,少なくとも最初は,バビロンでの流刑から帰還したのは4組の祭司だけでした。(エズ 2:36-39)中には,以前の組織上の取り決めを継続するため,帰還していた4家族が分割され,再び24の班ができたと提唱する人もいます。アルフレッド・エダーシェイムは「神殿」(1874年,63ページ)の中で,帰還しなかった人たちのために各家族が五つのくじを引くことによって彼らのグループからさらに20の班が形成され,彼らはそれらの班に当初の名を付けたという考えを提唱しています。バプテスマを施す人ヨハネの父ゼカリヤは第8組,アビヤの組の祭司でした。しかし,もし上記の見解が真実であるとしたら,ゼカリヤはアビヤの子孫ではなく,単にアビヤという名の付いた組に属していただけだったのかもしれません。(代一 24:10; ルカ 1:5)この点に関しては,十分な情報がないので確かな結論を出すことはできません。
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