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アウグスツス聖書に対する洞察,第1巻
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西暦前2年には,『人の住む全地に登録を命ずる布告がカエサル・アウグスツスから出されました。それで,すべての人が登録をするため,それぞれ自分の都市に旅立ちました』。(ルカ 2:1,3)この布告が出されたため,イエスはベツレヘムで生まれることになり,聖書預言が成就しました。(ダニ 11:20; ミカ 5:2)アウグスツスは,この徴税と徴兵を目的とする民の登録,幾つかの州の総督の任命,死刑の執行などを別にすれば,ほとんど地方行政に干渉しませんでした。アウグスツスの死後もその方針が継続されたため,ユダヤ人のサンヘドリンは広範な権限を行使することができました。(ヨハ 18:31)皇帝がそのように寛大さを示したので,臣民が反抗する理由は余りありませんでした。
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年代計算,年代学,年代記述聖書に対する洞察,第2巻
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イエスは西暦29年にバプテスマを受けた時,「およそ三十歳」でしたから(ルカ 3:23),その30年前,つまり西暦前2年の秋ごろに誕生されたことになります。イエスはカエサル・アウグスツスの治世中,そしてクレニオがシリアの総督だった期間にお生まれになりました。(ルカ 2:1,2)アウグスツスの治世は西暦前27年から西暦14年まで続きました。ローマ元老院の議員,P・スルピキウス・クレニオ(クィリーニウス)はシリアで総督を二度務めており,1回目はP・クィンティリウス・ウァルスの後任としてであったようです。シリアの属州総督としてのこのウァルスの任期は西暦前4年に終わりました。一部の学者は総督としてのクレニオの1回目の任期を西暦前3-2年としています。(「登録」を参照。)当時,ヘロデ大王がユダヤの王でした。同大王が没したのは西暦前1年だったと思われる証拠があることはすでに述べました。したがって,入手できる証拠はすべて,とりわけ聖書中の言及箇所は,神のみ子が人間として誕生されたのが西暦前2年の秋であることを示唆しています。
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