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  • アテネ
    聖書に対する洞察,第1巻
    • その,市の立つ広場にいた時に,パウロはストア派とエピクロス派の哲学者たちから呼び止められ,「異国の神々を広める者」ではないかと疑われました。(使徒 17:18)ローマ帝国内にはさまざまな宗教がありましたが,ギリシャやローマの法律は,見知らぬ神々や新たな宗教的慣行を持ち込むことを禁じていました。土着の宗教と対立するものである場合には,とりわけそうでした。パウロはすでに,ローマ化された都市フィリピで,宗教上の不寛容に起因する困難にぶつかっていたようです。(使徒 16:19-24)アテネの住民はフィリピ人よりも懐疑的な面があり,寛容ではありましたが,それでもその新しい教えが国家の安全にどのように影響するかを気にかけていたようです。パウロはアレオパゴスに連れて行かれましたが,アレオパゴスの名で知られていた法廷で話をしたのかどうかははっきり言えません。ある人々は,パウロの時代に法廷そのものはもはやその丘ではなくアゴラで開かれていた,と見ています。

  • 鳥
    聖書に対する洞察,第2巻
    • ギリシャ語聖書には,次のような語が出ています。つまり,単に「鳥」を意味するオルネオン(啓 18:2)と,字義的にはどちらも「飛ぶもの」を意味するペテイノンとプテーノスです。(ロマ 1:23; コリ一 15:39。行間と比較。)使徒 17章18節では,アテネの哲学者たちが使徒パウロのことを「おしゃべり」と呼んでいます。ここで使われているギリシャ語(スペルモロゴス)は,種をついばむ鳥を指して用いられましたが,比喩的な意味で,物ごいや盗みをしてくずを集める人,あるいはここに引用した例にもあるとおり,断片的な知識を繰り返し述べる人,つまり無精なおしゃべりに関して用いられました。

  • 悪霊
    聖書に対する洞察,第1巻
    • パウロが音信を宣べ伝えた相手のギリシャ人にとって,悪霊とはどのような存在でしたか

      「悪霊」という言葉のこの用法は,古代の哲学者の概念や古典ギリシャ語における用法と比較すると,狭義の特異な用法です。この点に関して,G・キッテル編,「新約聖書神学辞典」(第2巻,8ページ)はこう述べています。「形容詞[ダイモニオス]の意味は,悪霊に関するギリシャ人の概念の独特の特徴を極めて明確に示している。というのは,それは人間の理解力を超えたところにある事柄,またそれゆえに善悪いずれのためであれ,より高度な力の介入に帰せられるべき事柄を表わしているからである。キリスト教以前の著述家の用いた[ト ダイモニオン]という言葉は,『神のような者』という意味で使うことができる」。(G・ブロミリによる翻訳・編集,1971年)エピクロス派およびストア派の哲学者の幾人かの人々は,パウロと論争をした時,「これは異国の神々[ギ語,ダイモニオン]を広める者らしい」という結論を下しました。―使徒 17:18。

  • エピクロス派
    聖書に対する洞察,第1巻
    • エピクロス派は,神々の存在を信じていましたが,その神々は他のすべての物と同様に原子でできていると考えました。もっともそれはきめのより細かな原子でした。神々は地からあまりに遠く離れているために,人間の行なうことに何の関心もなく,したがって神々に祈ったり犠牲をささげたりしても無益であるとされました。彼らの信じるところによれば,神々は宇宙を創造したのではなく,だれかに罰を加えたり祝福を与えたりすることもありませんが,至福の状態にあり,それが人の生涯中に目指すべき目標であるとされました。しかし,エピクロス派は,神々はこの点でだれかを助ける立場にいないこと,生命は機械論的宇宙の事故で存在するようになったこと,および死はすべてを終わらせて人生の悪夢から個人を解放することなどを主張しました。人間は魂を持っていると信じられましたが,魂は原子で成り立っていて,水差しが壊れると水が漏れ出るように,それら原子は肉体の死に際して分解するとされていました。

      以上の事柄に照らしてみると,アテネの市の立つ広場でパウロと言い合うようになり,「このおしゃべりは何を言おうとしているのか」,「これは異国の神々を広める者らしい」と言った人々の中にエピクロス派の哲学者たちがいた理由をよく理解できます。(使徒 17:17,18)エピクロス派の哲学は,「ただ食べたり飲んだりしよう。明日は死ぬのだから」というその考えと相まって,クリスチャンが宣教において教えた復活の希望を否定するものでした。―コリ一 15:32。

  • ギリシャ,ギリシャ人
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 哲学はアテネで,またやがてギリシャ全土で大いに重視されるようになりました。哲学の主要な学派の一つはソフィストのグループで,この派の人々は,真理は個人的な見解の問題であると主張しました。この考え方(ヒンズー教の考え方に似ている)に反対したのは,ソクラテスやその弟子プラトン,それにプラトンの弟子アリストテレスなどの有名なギリシャの哲学者でした。他の哲学では,幸福の究極的な源が扱われました。ストア派は,幸福は理性にしたがって生活することにあるとし,大切なのはこのことだけであると主張しました。エピクロス派は,快楽こそ幸福の真の源であると考えました。(パウロがコリ一 15:32でコリント人に対して述べている言葉と対比。)アテネでパウロと話し合うようになった人々の中には,これら後者の二つの学派の哲学者たちがおり,その結果,パウロはアレオパゴスに連れて行かれ,審問が行なわれることになりました。(使徒 17:18,19)哲学のもう一つの学派は,人生には事実上,真に重要なものは何もないと主張した懐疑学派でした。

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