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権威に対する敬意 ― 平和な生活のために肝要なもの真の平和と安全 ― どのように見いだせるか
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11,12 (イ)聖書は,考慮に入れるべき別の権威があることをどのように示していますか。(ロ)世俗の支配者が神の要求に反する命令をする場合,あなたはどうされますか。なぜですか。
11 しかしイエスは,世俗の国家である「カエサル」だけが考慮に入れるべき権威ではないことを示されました。「上位の権威」は神より上位にあるのではなく,神と同等でさえありません。むしろそれらは神よりずっと下位にあります。ですから,彼らの権威は限定されたものであり,絶対的なものではありません。このためにクリスチャンはしばしば重大な決定を迫られてきました。それはあなたも必ず直面する決定です。権力の地位にある人々が,神に属するはずのものを自分たちにささげるようにと要求する場合,あなたはどうされますか。神の命令しておられる事柄を彼らが禁じるなら,あなたはどちらに従いますか。
12 イエスの使徒たちは,エルサレムにあった高等法廷の議員たちの前で,敬意をこめつつも毅然とした態度で自分たちの立場を明確にしてこう述べました。「わたしたちとしては,自分の見聞きした事柄について話すのをやめるわけにはいきません。……わたしたちは,自分たちの支配者として人間より神に従わねばなりません」。(使徒 4:19,20; 5:29)諸政府は非常事態の際に種々の制限を課す場合がありましたが,それは理解できないことではありません。しかし,政府の課す制限がわたしたちの神への崇拝を妨げることを意図したもので,そのために,神からゆだねられた務めを果たすことが不可能になることがあるかもしれません。そのような場合にはどうすべきでしょうか。神の霊感による言葉はこう答えています。「わたしたちは,自分たちの支配者として人間より神に従わなければなりません」。
13,14 (イ)単に個人的な理由で世俗の法律に背くことがないようどのように注意深くあるべきですか。(ロ)その理由を聖書から示しなさい。
13 神に対するこの務めを重視するがゆえに「カエサル」の要求に応じられない場合があるとしても,それは,自分の同意しない法律を勝手に破ることとは全く異なっています。確かに,個人的な観点に立つと,不必要に見えたり,不当に制圧的に思えたりする法律があるかもしれません。しかし,そうだからといって,神の律法に反しない法律まで無視してよいということにはなりません。もしすべての人がただ自分の益になると思える法律にだけ従うとすれば,どうなるでしょうか。それは無政府状態を招くだけでしょう。
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権威に対する敬意 ― 平和な生活のために肝要なもの真の平和と安全 ― どのように見いだせるか
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[134ページの図版]
イエスの使徒たちは高等法廷に対してこう述べた。「わたしたちは,自分たちの支配者として人間より神に従わなければなりません」
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