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コリント聖書に対する洞察,第1巻
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市の立つ広場の北西には約1万5,000人分の席がある劇場があり,北東には円形劇場もありました。コリントのクリスチャンは,使徒たちが『世に対して劇場の見せ物のように』なっていると述べたパウロの言葉の意味を十分理解することができました。(コリ一 4:9)劇場の近くの広場で,考古学者たちは,アエディーレというラテン語の称号を持つエラストという人に言及している碑文を発見しました。中には,その称号を「公共事業の長官」と訳す人もいます。このエラストという人は,パウロがコリントからローマ人にあてて書いた手紙の中で言及している同名の「市の執事」なのかもしれません。(ロマ 16:23)パウロが「家令」という意味で用いたギリシャ語(オイコノモス)は,基本的には,「家の管理者,もしくは管理人」を意味しています。―ガラ 4:2,脚注および行間と比較。「エラスト」2項を参照。
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エラスト聖書に対する洞察,第1巻
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2. コリント市の執事。パウロはローマ人にあてた手紙の中にこの人からのあいさつを含めています。(ロマ 16:23)T・L・シア教授は,1929年にコリントで行なわれた発掘調査の際,「行政長官<プロクラトール>[および]造営官であるエラストは私費を投じてこの歩道を敷いた」とラテン語で碑文が刻まれた歩道を発見しました。これがパウロの指摘したエラストと同一人物であるかどうかは分かりませんが,この歩道は西暦1世紀に存在していたと考えられています。市の執事であったこの人物は,パウロと共に旅行をした同僚と同一人物ではないかとも考えられています。(上記1項を参照。)しかし,エラストがパウロに随伴しながら同時に市の執事としての務めを果たすのは容易なことではなかったはずですから,この説を支持する人たちは普通,エラストは以前にこの公職に就いていたことがあり,パウロが彼のことをその公職名で呼んだのはそのためであろうと結論しています。
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