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外典聖書に対する洞察,第1巻
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さらに,アレクサンドリアにいたギリシャ語を話すユダヤ人は最終的にはそれら外典の書物をギリシャ語セプトゥアギンタ訳に挿入し,神聖な書物の拡大された正典の一部とみなしたとしても,先に引用したヨセフスの言葉からも分かるとおり,それらは決してエルサレムすなわちパレスチナの正典の中に入れられたことはなく,せいぜい二次的な書物とみなされたにすぎず,神から出たものとはみなされませんでした。そのため,ユダヤ人のヤムニア会議(西暦90年ごろ)で,それらの書物はすべてヘブライ語正典から明確に除外されました。
この点に関するユダヤ人の見解に正しく考慮を払うべきことは,使徒パウロがローマ 3章1,2節ではっきり述べています。
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正典聖書に対する洞察,第2巻
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ヨセフスは次のように述べて,外典の文書に関するユダヤ人の一般的な見解について証言しています。「アルタクセルクセスから我々の時代に至るまでの全歴史が書き記されてきたが,それらは以前の記録と同等に信用できるものとはみなされていない。というのは,厳密な意味での預言者たちの継承がなかったからである。我々は自分たちの聖書に対する崇敬の念を示す実際的な証拠を示してきた。というのは,今やこれほど長い時代を経てきたが,あえて加えたり,あるいは取り除いたり,あるいは一音節を変えたりした者は一人もいなかった。聖書を神の布告とみなし,それを固守し,必要とあらばそのために喜んで死ぬのは,すべてのユダヤ人の生まれた日以来の本性なのである」―「アピオンへの反論」,I,41,42(8)。
パウロがローマ人に書き送った事柄から見て,ヘブライ語聖書の正典に対するユダヤ人の長年にわたるこの歴史的な態度は非常に重要です。同使徒が述べているように,ユダヤ人は「神の神聖な宣言を託され」ましたし,その中には聖書の正典を書くこととそれを守ることとが含まれていました。―ロマ 3:1,2。
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ヘブライ語聖書聖書に対する洞察,第2巻
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筆者たち ヘブライ語聖書はすべて,「神の神聖な宣言を託された」国民の成員だったユダヤ人により書き記され,編さんされました。(ロマ 3:1,2)そして,キリスト教以前の聖書は大部分がヘブライ語で書かれ,次のような限られた部分がアラム語で書かれました。それは,創世記 31章47節,エズラ 4章8節から6章18節および7章12-26節,エレミヤ 10章11節,ダニエル 2章4節後半から7章28節です。アラム語の言葉はヨブ記,幾つかの詩編,ソロモンの歌,ヨナ書,エステル記,およびダニエル書のヘブライ語の部分にも見られます。エゼキエル書も同様にアラム語の影響を示しています。
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