-
主の晩さん聖書に対する洞察,第1巻
-
-
パウロはイエスが杯に関して言われた,「それを飲むたびに,わたしの記念としてこれを行なってゆきなさい」という言葉を引用し,次のように付け加えています。「このパンを食べ,この杯を飲むたびに,あなた方は主の死をふれ告げてゆくのであり,それは彼が到来する時にまで及ぶのです」。(コリ一 11:25,26)「たびに」(英文字義,何度も)という表現は年に一度だけ行なわれる事柄を指して使うこともできます。それが長年にわたって行なわれる場合には特にそうです。(ヘブ 9:25,26)ニサン14日はキリストが苦しみの杭の上でご自分の文字通りの体を犠牲として与え,罪の許しのためにご自分の命の血を注ぎ出された日でした。ゆえに,それは「主の死」の日であり,したがってそれ以後イエスの死を記念するための日付でした。
この食事にあずかる人たちは「主から離れて」おり,忠実を保って死ぬ前に主の晩さんを『何度も』祝うことになります。その後,彼らは天的な命に復活させられてからキリストと共になるので,イエスを思い出させるものをもはや必要としなくなります。この祝いの継続期間に関して,「彼が到来する時にまで」と述べた使徒パウロは,キリストが再び来て,ご自分の臨在の期間中に復活により彼らを天に迎え入れることに言及していたと思われます。物事をこのように理解できることは,イエスがその晩の後刻,11人の使徒たちに言われた次の言葉から明らかです。「わたしが行ってあなた方のために場所を準備したなら,わたしは再び来て,あなた方をわたしのところに迎えます。わたしのいる所にあなた方もまたいるためです」。―ヨハ 14:3,4; コリ二 5:1-3,6-9。
-
-
結婚聖書に対する洞察,第1巻
-
-
また,「啓示」の書の中で,エホバは,み子の結婚する時が近づき,花嫁が輝く,清い,上等の亜麻布で身を装って,支度を整える時のことも予告しておられます。そして,子羊の結婚の晩さんに招かれた者たちを幸いな人として描写しておられます。(啓 19:7-9; 21:2,9-21)イエスは死ぬ前の夜,主の晩さん,つまりイエスの死の記念式を制定し,弟子たちにその式をずっと守り行なうよう,お命じになりました。(ルカ 22:19)それは,『彼が到来する時まで』,ずっと守り行なわなければなりません。(コリ一 11:26)古代には,花婿が花嫁を彼女の両親のもとから,彼女のために自分の父の家に用意しておいた住まいに連れて行くため彼女の家に到着したように,イエス・キリストも油そそがれた追随者たちを彼らの以前の地上の住まいから連れて行くために来られます。彼らを連れて行って,彼らもご自分のいる所に,み父の家,つまり天にいるようにされるのです。―ヨハ 14:1-3。
-