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読者からの質問ものみの塔 1985 | 4月15日
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テサロニケの他のクリスチャンはどうすべきだったでしょうか。パウロは次のように書いています。「兄弟たち,わたしたちは,主イエス・キリストの名においてあなた方に命じます。あなた方がわたしたちから受けた伝統にしたがわないで無秩序な歩み方をするすべての兄弟から離れなさい。兄弟たち,あなた方は,正しいことをする点であきらめてはなりません。しかし,この手紙によるわたしたちの言葉に従順でない人がいれば,その人に特に注意するようにし,交わるのをやめなさい。その人が恥じるようになるためです。それでも,その人を敵と考えてはならず,兄弟として訓戒し続けなさい」― テサロニケ第二 3:6,13-15。
こうしてパウロは,怠惰で他の人のことに手出しをする者たちの名を挙げることなく,その者たちの重大な歩みを会衆に対してあらわにしました。無秩序な者たちの実体を悟っていたクリスチャンは皆,その後,そうした人たちを「特に注意する」べき者として扱ったことでしょう。「その人に特に注意するように」という諭しには,「あなた方はしるしを付けておき」という意味のギリシャ語が用いられています。すなわち,『ある人に特別な注意を払う』ということです。(参照資料付き新世界訳聖書の脚注)パウロは,特に注意するべき人と「交わるのをやめなさい」と述べました。「その人が恥じるようになるためです」。兄弟たちはその人を全く避けてしまうわけではありません。パウロは,「その人を……兄弟として訓戒し続けなさい」と彼らに助言したからです。それでも,その人との社交的な交友を制限することにより,当人は恥じるようになり,聖書の原則に従う必要性に目ざめることになるかもしれません。一方,兄弟姉妹はその人の不健全な影響から守られるでしょう。―テモテ第二 2:20,21。
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読者からの質問ものみの塔 1985 | 4月15日
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特に注意する目的の一つは,無秩序なクリスチャンの心を動かして,当人を恥じ入らせ,その非聖書的な歩みをやめさせることです。その人に特に注意をしている各個人,特に長老たちは,集会や野外奉仕でその人と接触する際に,引き続きその人を励まし,その人の態度に注目します。特に注意する必要を生じさせた問題や態度が良い方向へ変わったと思えるなら,その人と社交的な交わりを持つことに関する制限を終わらせてもよいでしょう。
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