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顕現聖書に対する洞察,第1巻
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「不法の人」を滅ぼす時に パウロは『わたしたちの主イエス・キリストの臨在に関して』テサロニケのクリスチャンに手紙を書き,「エホバの日が来ているという趣旨の」いかなる音信によっても動揺して理性を失ったり,興奮したりすることがないように勧めました。幾世紀にもわたって神とキリストに反対して働いてきた象徴的な「不法の人」はその時,「その臨在の顕現によって」無に至らされます。この「不法の者」はキリストの臨在を,キリストの顕現を愛してきたクリスチャンのように信仰によって認めるのではなく,この複合の「人」に属する者たちを滅ぼし尽くす際にあらわされるイエスの力によって認めさせられることになります。―テサ二 2:1-8。「不法の人」を参照。
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霊聖書に対する洞察,第2巻
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神のみ言葉は霊の「剣」であって(エフェ 6:17),人の真の姿を明らかにし,隠された特質,もしくは心の態度をあらわにさせ,心を和らげさせて,み言葉により明らかにされる神のご意志に従わせるか,心をかたくなにならせて反抗させるかします。(ヘブ 4:11-13; イザ 6:9,10; 66:2,5と比較。)したがって,神のみ言葉は不利な裁きを予言する点で強力な役割を演じ,また神の言葉もしくは音信は履行されなければならないゆえに,その言葉が成就する時,わらの上に置かれる火や大岩を打ち砕くかじ場のハンマーがもたらすような処置が講じられます。(エレ 23:28,29)神の主要な代弁者,つまり「神の言葉」としてのキリスト・イエスは神の裁きの音信をふれ告げ,裁かれた者たちに対してそのような裁きを執行することを命じる権威が与えられています。これは多分,イエスが「ご自分の口の霊[活動させる力]によって」神の敵を滅ぼすことに言及した箇所の意味であると思われます。―テサ二 2:8; イザ 11:3,4; 啓 19:13-16,21と比較。
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