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『これらのことを保ち続けなさい』ものみの塔 1959 | 3月1日
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を見たならば,そのときは,その滅亡が近づいたとさとりなさい。そのとき,ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。市中にいる者は,そこから出て行くがよい。また,いなかにいる者は市内に入つてはいけない。それは,聖書に記されたすべての事が実現する刑罰の日であるからだ。』(ルカ 21:22,新口)五旬節<ペンテコスト>の日から間もなくして,多くの人々は真理の知識を得てヱホバの奉仕に献身し,そして洗礼を受けました。実際のところ,1日の中に3000人は洗礼を受けました。エルサレム内にはたくさんの集会所があつたにちがいありません。神の民はその場所に集まつて互いに神の言葉を研究し,伝道活動を準備しました。しかし,彼らが聖書を研究している時でも,彼らはいつも見張りをなし,エルサレムの滅びについてキリスト・イエスの予言した危険な状態について目を覚ましていました。それですから,66年にローマの軍隊がエルサレムを囲んだとき,滅びは間近いものと彼らは知つたにちがいありません。これらの軍隊がちよつとの間撤退したとき,エルサレムにいたクリスチャンはみな都の門から出て山の方に逃げ,ユダヤの山を越えてヨルダンの谷を下り,河を渡つて安全な山々であるギレアデに行きました。警告を受けるときに,なぜ滅びの起る場所にとどまるのですか。目を覚まして義務につかねばならぬこの危急の時に,なぜ眠つているのですか。それらの初期のクリスチャンたちは,自分たちの責任に目ざめていました。彼らはエルサレムの滅亡後でも,御国の良いたよりを伝道しつづけ得る為に,自分たちの生命を保ちつづけようと欲しました。彼らは生命を保つたのです。
20 霊的に目ざめていることを示すどんな事柄は,今日のヱホバの証者について真実であると言えますか。
20 今日,キリスト教国は上衣を着ていないため,真のクリスチャンには裸の状態をあらわに示しています。これは,奉仕というクリスチャンの特権に眠りこんでしまつたからです。しかし,ヱホバの証者は全世界にわたつて神の御国を伝道しつづけ,神の御心に注意を払いつづけます。ヱホバの聖所内に来て崇拝を捧げる者たちが清い者であるよう彼らは注意を払います。丁度,夜番に当つた見張りがヱホバの宮を保護して,汚れたものを一切内に入れず,宮を汚すとか,宮のものを盗ませなかつたことと同じです。この終りの日でも,御国の事柄は『忠実にして慧い奴隷』級に委ねられており,そして今では,あらゆる国民,種族,言語から『他の羊』の『大いなる群衆』が来て彼らに加わつています。これらの者たちも,地の極にまで伝道することにより御国の事柄を守るという特権を持つています。現在70万人以上を越えるこれらの御国奉仕者の大いなる群れは,食べ過ぎとか飲み過ぎとか,またはこの生活の煩い事で心がにぶくなつていません。彼らは次のことに目ざめています。すなわちキリスト・イエスはハルマゲドンの時に盗人のごとく突然,急に来るということ,そしてこの滅びが地に来るとき,それは地の表面に住むすべての者に影響を及ぼすということです。それで,彼らは目を覚まし,人の子の前に立場を保ちます。そして,御国の事柄を守り,宣教の衣服を着用し,自分たちの責任に対して認識を持つていると示します。これらの衣服を持つことにより,彼らはヱホバ神の恵みを受けており,そして聖所内でヱホバの聖なる奉仕をしていると証明します。
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誰が実際に救われるか?ものみの塔 1959 | 3月1日
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誰が実際に救われるか?
1 『世の光』は誰であると聖書は示していますか。この光は,人類の裁きにどのような影響を及ぼしますか。
正しいことを行い,真理を求める人は,光に来ます。洗礼者のヨハネは,『世の光に』なつた人にユダヤ人を紹介しました。洗礼者のヨハネは,『証の為に来た。
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