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  • 清 第17章 181–188ページ
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エホバの清い崇拝 ついに回復される!
清 第17章 181–188ページ
兵士たちが武器を持ったり装甲車に乗ったりして,エホバの民を攻撃しようとしている。

第17章

「ゴグよ,私わたしはあなたに敵てき対たいしている」

エゼキエル 38:3

ポイント: 「ゴグ」と,ゴグが攻せめ込こむ「土と地ち」は,何なにを表あらわしているか

1,2. どんな大だい規き模ぼな戦せん争そうがまさに起おきようとしていますか。その戦せん争そうについてどんな疑ぎ問もんが生しょうじますか。(冒ぼう頭とうの挿さし絵えを参さん照しょう。)

地ち球きゅうは何なん千ぜん年ねんにもわたり,人にん間げんの戦せん争そうにより流ながされた血ちで染そまってきました。とりわけ20世せい紀きに行おこなわれた2つの世せ界かい大たい戦せんでは,大たい量りょうの血ちが流ながされました。しかし,人じん類るい史し上じょう最もっとも大だい規き模ぼな戦せん争そうがまさに起おきようとしています。その戦せん争そうは,単たんなる人にん間げん同どう士しの争あらそいではありません。地ち上じょうの国くに々ぐにが身み勝がっ手てな理り由ゆうで戦たたかうわけではないのです。それは「全ぜん能のうの神かみの大おおいなる日ひの戦せん争そう」です。(啓けい 16:14)ある傲ごう慢まんな敵てきがその戦せん争そうを引ひき起おこし,神かみにとって大たい切せつな土と地ちに攻せめ込こみます。そのため地ち上じょうの人ひと々びとは,主しゅ権けん者しゃである主しゅエホバが破は壊かいをもたらす力ちからをかつてない規き模ぼで振ふるうのを目まの当あたりにすることになります。

2 幾いくつかの重じゅう要ような疑ぎ問もんが生しょうじます。この敵てきとは誰だれでしょうか。どんな土と地ちに攻せめ込こみますか。いつ,なぜ,どのように攻せめ込こむのでしょうか。この将しょう来らいの出で来き事ごとは,地ち上じょうでエホバへの清きよい崇すう拝はいを行おこなう私わたしたちに関かん係けいがあるので,答こたえを知しる必ひつ要ようがあります。答こたえは,エゼキエル 38章しょうと39章しょうに記しるされている興きょう味み深ぶかい預よ言げんにあります。

敵てきはマゴグのゴグ

3. マゴグのゴグに関かんするエゼキエルの預よ言げんはどのような内ない容ようですか。

3 エゼキエル 38:1,2,8,18; 39:4,11を読よむ。この預よ言げんを要よう約やくしてみましょう。「最さい後ごの年ねん月げつ」に,「マゴグの……ゴグ」という敵てきが神かみの民たみの「土と地ち」に攻せめ込こみます。その卑ひ劣れつな攻こう撃げきに対たいしてエホバは「非ひ常じょうに激はげしい怒いかり」を燃もえ上あがらせ,介かい入にゅうしてゴグを打うち負まかします。a エホバは勝しょう利りした後あと,敗はい北ぼくした敵てきとその仲なか間ま全すべてを「あらゆる肉にく食しょくの鳥とりと野や獣じゅうに食たべさせ」ます。最さい後ごに,エホバはゴグに「墓ぼ地ち」を与あたえます。この預よ言げんが近ちかい将しょう来らいどのように実じつ現げんするかを理り解かいするために,まずゴグの正しょう体たいを知しる必ひつ要ようがあります。

4. マゴグのゴグは何なにを表あらわしていますか。

4 マゴグのゴグとは誰だれのことでしょうか。エゼキエルが記しるした内ない容ようから,清きよい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちの敵てきだと分わかります。ではゴグとは,正ただしい崇すう拝はいの最さい大だいの敵てきであるサタンを表あらわす預よ言げん的てきな名なでしょうか。長なが年ねんにわたり,エホバの証しょう人にんの出しゅっ版ぱん物ぶつの中なかでそのように論ろんじられていました。しかし,エゼキエルの預よ言げんをさらに検けん討とうした結けっ果か,理り解かいが調ちょう整せいされました。「ものみの塔とう」誌しで説せつ明めいされた通とおり,マゴグのゴグという称しょう号ごうは,人にん間げんの目めに見みえない邪じゃ悪あくな天てん使しではなく,目めに見みえる敵てきを指さします。それは,清きよい崇すう拝はいを攻こう撃げきする,諸しょ国こっ家かの連れん合ごう体たいです。b そう言いえる根こん拠きょを振ふり返かえる前まえに,ゴグが邪じゃ悪あくな天てん使しではないことを示しめす2つのヒントをエゼキエルの預よ言げんから調しらべましょう。

5,6. エゼキエルの預よ言げんのどんな点てんは,マゴグのゴグが天てん使しではないことを示し唆さしていますか。

5 「私わたしはあなたをあらゆる肉にく食しょくの鳥とり……に食たべさせる」。(エゼ 39:4)聖せい書しょではよく,神かみによる処しょ罰ばつの警けい告こくとして,肉にく食しょくの鳥とりが死し体たいを食たべるという描びょう写しゃが使つかわれます。神かみはイスラエル国こく民みんや他たの国くに々ぐににそのような警けい告こくを与あたえました。(申しん 28:26。エレ 7:33。エゼ 29:3,5)注ちゅう目もくしたいのは,そうした警けい告こくは天てん使しにではなく,肉にく体たいを持もつ人にん間げんに与あたえられた,ということです。当とう然ぜんながら,肉にく食しょくの鳥とりや野や獣じゅうは肉にくを食たべるのであり,肉にく体たいを持もたない存そん在ざいを食たべることはできません。ですから,エゼキエルの預よ言げんに含ふくまれる警けい告こくは,ゴグが天てん使しではないことを示し唆さしています。

6 「私わたしはゴグに墓ぼ地ちを与あたえる。それはイスラエルの中なか……にあ[る]」。(エゼ 39:11)聖せい書しょによると,天てん使しが地ち上じょうのどこかに葬ほうむられるということはありません。サタンと邪じゃ悪あくな天てん使したちは底そこ知しれぬ深ふかみに1000年ねん間かん入いれられた後あと,永えい遠えんの滅ほろびの象しょう徴ちょうである火ひの湖みずうみに投なげ込こまれます。(ルカ 8:31。啓けい 20:1-3,10)ゴグは地ち上じょうの「墓ぼ地ち」を与あたえられるので,天てん使しではないと言いえます。

7,8. マゴグのゴグと「北きたの王おう」はどちらも,どのような結けつ末まつを迎むかえますか。

7 清きよい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちに最さい終しゅう的てきな攻こう撃げきを仕し掛かける敵てき,マゴグのゴグが,天てん使しではないことが分わかりました。では,諸しょ国こっ家かの連れん合ごう体たいだと言いえる根こん拠きょは何なんでしょうか。2つの聖せい書しょ預よ言げんから考かんがえてみましょう。

8 「北きたの王おう」。(ダニエル 11:40-45を読よむ。)ダニエルは幾いくつかの預よ言げんの中なかで,自じ分ぶんの時じ代だいから現げん代だいに至いたるまでどんな世せ界かい強きょう国こくが現あらわれるかを予よ告こくしました。そうした預よ言げんの1つに,政せい治じ上じょうの敵てきとして張はり合あう「南みなみの王おう」と「北きたの王おう」が出でてきます。人じん類るい史しにおいてさまざまな国くにや勢せい力りょくが覇は権けんを争あらそう中なかで,この2人ふたりの王おうの実じっ体たいは変へん化かしてきました。「終おわりの時とき」に北きたの王おうが最さい終しゅう的てきにどういう行こう動どうを取とるかについて,ダニエル書しょにはこうあります。「彼かれは……激げき怒どして出しゅつ陣じんします。破は壊かいし,多おおくの者ものを滅ほろぼし尽つくすためです」。北きたの王おうの主おもな標ひょう的てきは,エホバを崇すう拝はいする人ひとたちです。c しかし,マゴグのゴグと同おなじように北きたの王おうも,神かみの民たみに対たいする攻こう撃げきが失しっ敗ぱいした後あとに「終おわりを迎むかえます」。

9. 「全ぜん世せ界かいの王おうたち」に起おきることは,マゴグのゴグの結けつ末まつとどのように似にていますか。

9 「全ぜん世せ界かいの王おうたち」。(啓けい示じ 16:14,16; 17:14; 19:19,20を読よむ。)「啓けい示じ」の書しょは,「地ち上じょうの王おうたち」が天てんにいる「王おうの中なかの王おう」であるイエスを攻こう撃げきすることを予よ告こくしています。もちろん天てんに攻せめ込こむことはできないので,その王おうたちは天てんの王おう国こくを地ち上じょうで支し持じしている人ひとたちを攻こう撃げきします。しかしその後ご,ハルマゲドンの戦たたかいで敗はい北ぼくすることになります。エホバの民たみを攻こう撃げきした後あとに終おわりを迎むかえるのです。やはりマゴグのゴグの結けつ末まつと似にています。d

10. マゴグのゴグの正しょう体たいについてどんな結けつ論ろんを引ひき出だせますか。

10 こうした点てんを踏ふまえると,ゴグの正しょう体たいについてどんな結けつ論ろんを引ひき出だせるでしょうか。第だい一いちに,ゴグは天てん使しではありません。第だい二にに,ゴグは近ちかい将しょう来らいに神かみの民たみを攻こう撃げきする地ち上じょうの国くに々ぐにを指さしています。その国くに々ぐには何なんらかの形かたちで結けっ託たくし,連れん合ごう体たいを形けい成せいするに違ちがいありません。なぜでしょうか。神かみの民たみは世せ界かい中じゅうにいるので,攻こう撃げきするには共きょう通つうの目もく的てき意い識しきを持もち,一いっ致ちした行こう動どうを取とる必ひつ要ようがあるからです。(マタ 24:9)もちろん,攻こう撃げきの黒くろ幕まくはサタンです。サタンは長ながい年ねん月げつにわたって世せ界かいの国くに々ぐにに影えい響きょうを及およぼし,正ただしい崇すう拝はいに反はん対たいさせてきました。(ヨハ一いち 5:19。啓けい 12:17)とはいえ,マゴグのゴグに関かんするエゼキエルの預よ言げんは,エホバの民たみを攻こう撃げきする地ち上じょうの国くに々ぐにの役やく割わりに焦しょう点てんを当あてています。e

「土と地ち」とは何なにか

11. エゼキエルの預よ言げんには,ゴグが攻せめ込こむ「土と地ち」についてどんなことが述のべられていますか。

11 3節せつで考かんがえたように,マゴグのゴグはエホバにとって大たい切せつな土と地ちに攻せめ込こみ,エホバの非ひ常じょうに激はげしい怒いかりを引ひき起おこします。その土と地ちとは何なんでしょうか。エゼキエルの預よ言げんに再ふたたび注ちゅう目もくしましょう。(エゼキエル 38:8-12を読よむ。)預よ言げんによるとゴグは,「国くに々ぐにから再ふたたび集あつめられた人ひと々びと」,「連つれ戻もどされた人ひと々びとがいる土と地ちに攻せめ込こ」みます。その土と地ちに住すみ,回かい復ふくされた崇すう拝はいを行おこなう人ひと々びとについては何なんと述のべられているでしょうか。彼かれらは「安あん心しんして住すんで」おり,「城じょう壁へきやかんぬきや門もんに守まもられていない」居きょ住じゅう地ちにいて,「財ざい産さんを蓄たくわえて」います。そこにいるのは,エホバへの清きよい崇すう拝はいを行おこなう世せ界かい中じゅうの人ひとたちです。一いっ体たいどんな土と地ちでしょうか。

12. 古こ代だいにイスラエルの土と地ちでどんな回かい復ふくが生しょうじましたか。

12 答こたえを知しる上うえで,古こ代だいイスラエルで生しょうじた回かい復ふくについて考かんがえることは役やく立だちます。そのイスラエルの土と地ちでは幾いく世せい紀きにもわたり,神かみに選えらばれた民たみが暮くらし,働はたらき,崇すう拝はいを行おこなっていました。イスラエル人じんが不ふ忠ちゅう実じつになった時とき,エホバはエゼキエルを通とおして,彼かれらの土と地ちが荒こう廃はいさせられることを予よ告こくしました。(エゼ 33:27-29)しかしエホバは,悔くい改あらためた人ひとたちが後のちにバビロン捕ほ囚しゅうから帰き還かんし,その土と地ちで清きよい崇すう拝はいを回かい復ふくさせることも預よ言げんしました。エホバの祝しゅく福ふくにより,イスラエルの土と地ちはすっかり変かわり,「エデンの園そののように」豊ゆたかになるのです。(エゼ 36:34-36)その回かい復ふくは紀き元げん前ぜん537年ねんに始はじまり,その年としに,捕ほ囚しゅうにされていたユダヤ人じんは愛あいする故こ国こくで清きよい崇すう拝はいを回かい復ふくさせるためにエルサレムに帰き還かんしました。

13,14. (ア)神かみの崇すう拝はい者しゃたちが導みちびき入いれられた比ひ喩ゆ的てきな土と地ちとは何なんですか。(イ)その土と地ちがエホバにとって大たい切せつなのはなぜですか。

13 現げん代だいにおいても,神かみへの清きよい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちは,同おなじような回かい復ふくを経けい験けんしました。この本ほんの第だい9章しょうで学まなんだように,神かみの民たみは長なが年ねんにわたり大おおいなるバビロンに捕とらわれた状じょう態たいにありましたが,1919年ねんまでに解かい放ほうされました。その年としにエホバは,解かい放ほうされた崇すう拝はい者しゃたちを比ひ喩ゆ的てきな土と地ちに導みちびき入いれました。その土と地ちとは,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスのことです。すなわち,真しんの神かみを崇すう拝はいすることができる,安あん全ぜんで神かみから豊ゆたかに恵めぐまれた環かん境きょうもしくは状じょう態たいです。その土と地ちで私わたしたちは一いっ緒しょに安あん心しんして暮くらすことができます。(格かく 1:33)神かみからの教おしえという食しょく物もつを豊ほう富ふに得えて,神かみの王おう国こくについて伝つたえるという有ゆう意い義ぎな仕し事ごとをたくさん行おこなえます。「エホバの祝しゅく福ふくが人ひとを富とませる。それに痛いたみは伴ともなわない」という格かく言げんがまさに真しん実じつであることを実じっ感かんします。(格かく 10:22)私わたしたちは地ち球きゅう上じょうのどこに住すんでいても,言げん動どうによって清きよい崇すう拝はいを活かっ発ぱつに支し持じしている限かぎり,この土と地ちつまり比ひ喩ゆ的てきなパラダイスにいると言いえます。

14 この比ひ喩ゆ的てきな土と地ちはエホバにとって大たい切せつです。なぜでしょうか。そこに住すんでいる人ひとたちは,エホバご自じ身しんが清きよい崇すう拝はいに引ひき寄よせた,「あらゆる国くにの貴き重ちょうなもの」だからです。(ハガ 2:7。ヨハ 6:44)その人ひとたちは,神かみの高こう尚しょうな性せい質しつを反はん映えいした新あたらしい人じん格かくを身みに着つけようと真しん剣けんに努ど力りょくしています。(エフェ 4:23,24; 5:1,2)清きよい崇すう拝はいを行おこなう者ものとして,神かみへの奉ほう仕しに自じ分ぶんを余あますところなく差さし出だし,神かみをたたえて神かみへの愛あいを実じっ証しょうします。(ロマ 12:1,2。ヨハ一いち 5:3)エホバは,ご自じ分ぶんの崇すう拝はい者しゃたちが比ひ喩ゆ的てきな土と地ちを美うつくしくするために一いっ生しょう懸けん命めい働はたらいているのを見みて,心こころが喜よろこびで満みたされるに違ちがいありません。そうです,私わたしたちは生せい活かつの中なかで清きよい崇すう拝はいを優ゆう先せんすることにより,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスを美うつくしくするだけでなく,エホバの心こころを喜よろこばせることができるのです。(格かく 27:11)

エホバを崇拝している人たち。1. 王国会館で兄弟姉妹たちが楽しく会話している。2. 兄弟姉妹たちが王国会館のメンテナンスを手伝っている。3. 刑務所に入れられた兄弟が祈っている。4. 夫婦が,重い病気で入院している姉妹を見舞っている。

私わたしたちはどこに住すんでいても,清きよい崇すう拝はいを活かっ発ぱつに支し持じしている限かぎり,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスにいると言いえる。(13,14節せつを参さん照しょう)

ゴグはその土と地ちにいつ,なぜ,どのように攻せめ込こむのか

15,16. マゴグのゴグは,回かい復ふくされた比ひ喩ゆ的てきな土と地ちにいつ攻せめ込こみますか。

15 間まもなく地ち上じょうの国くに々ぐにの連れん合ごう体たいが私わたしたちの大たい切せつな土と地ちに攻せめ込こむことを思おもうと,身みが引ひき締しまります。予よ告こくされている攻こう撃げきは,エホバへの清きよい崇すう拝はいを行おこなう私わたしたちに対たいするものなので,それがいつ,なぜ,どのように生しょうじるのかを知しりたくなります。その3つの点てんについて考かんがえましょう。

16 マゴグのゴグは,回かい復ふくされた比ひ喩ゆ的てきな土と地ちにいつ攻せめ込こむのか。預よ言げんはこう答こたえています。「あなたは最さい後ごの年ねん月げつに……土と地ちに攻せめ込こむ」。(エゼ 38:8)ゴグが攻せめ込こむのはこの体たい制せいの終おわりが近ちかい時ときである,ということが示し唆さされています。覚おぼえておきたいこととして,大だい患かん難なんは世せ界かい中じゅうの間ま違ちがった宗しゅう教きょう全ぜん体たいを表あらわす大おおいなるバビロンの滅ほろびをもって始はじまります。間ま違ちがった宗しゅう教きょう組そ織しきが滅ほろぼされた後あと,ハルマゲドンが始はじまる前まえに,ゴグは正ただしい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちに対たいして最さい後ごの総そう攻こう撃げきを仕し掛かけます。

17,18. エホバは大だい患かん難なんの際さいにどのように物もの事ごとを導みちびきますか。

17 エホバへの清きよい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちの土と地ちにゴグが攻せめ込こむのはなぜか。エゼキエルの預よ言げんは2つの理り由ゆうを明あきらかにしています。(1)エホバの導みちびきと,(2)ゴグの邪じゃ悪あくな動どう機きです。

18 エホバの導みちびき。(エゼキエル 38:4,16を読よむ。)エホバはゴグに対たいし,「あなたの顎あごにかぎを引ひっ掛かけて」,「私わたしの土と地ちをあなたに攻せめさせる」と言いいます。これは,エホバが国くに々ぐにに,ご自じ分ぶんの崇すう拝はい者しゃたちを無む理りやり攻こう撃げきさせるということでしょうか。もちろんそうではありません。エホバがご自じ分ぶんの民たみに悪わるい事こと柄がらが降ふり掛かかるようにすることは決けっしてありません。(ヨブ 34:12)しかしエホバは,敵てきたちが清きよい崇すう拝はいを行おこなう人ひと々びとを憎にくみ,その人ひとたちを一いっ掃そうする機き会かいに飛とび付つく,ということを知しっています。(ヨハ一いち 3:13)ですから,あたかもゴグの顎あごにかぎを引ひっ掛かけて引ひっ張ぱるかのように物もの事ごとを導みちびき,ご自じ分ぶんの意い志しや予よ定ていの通とおりに事じ態たいが進しん展てんするようにします。大おおいなるバビロンが滅ほろぼされた後あとのある時じ点てんで,エホバは国くに々ぐにがすでに心こころに決きめていることを実じっ行こうに移うつすよう,何なんらかの方ほう法ほうで仕し向むけると考かんがえられます。そのようにして国くに々ぐにによる攻こう撃げきのお膳ぜん立だてをし,それがきっかけで人じん類るい史し上じょう最さい大だいの戦せん争そうであるハルマゲドンが起おこるのです。それから,ご自じ分ぶんの民たみを救すくい,ご自じ分ぶんの主しゅ権けんを至し上じょうのものとして示しめし,ご自じ分ぶんの聖せいなる名なを神しん聖せいなものとします。(エゼ 38:23)

国くに々ぐには清きよい崇すう拝はいとそれを行おこなう人ひとたち全すべてを憎にくみ,清きよい崇すう拝はいを私わたしたちから奪うばおうとする。

19. ゴグはどんな動どう機きで,清きよい崇すう拝はいを私わたしたちから奪うばおうとしますか。

19 ゴグの邪じゃ悪あくな動どう機き。国くに々ぐには「邪じゃ悪あくな計けい画かくを立たて」ます。エホバを崇すう拝はいする人ひとたちに対たいし,積つもり積つもった怒いかりや憎にくしみをぶつけようとします。エホバの民たみは,「城じょう壁へきやかんぬきや門もんに守まもられていない居きょ住じゅう地ちに住すんでいる」かのように無む防ぼう備びに見みえます。国くに々ぐにはまた,「財ざい産さんを蓄たくわえて」いるその民たみから「多おおくの戦せん利り品ひんや略りゃく奪だつ品ひんを手てに入いれようとし」ます。(エゼ 38:10-12)「財ざい産さん」とは何なんでしょうか。エホバの民たみである私わたしたちは,神かみから比ひ喩ゆ的てきな財ざい産さんをたくさん与あたえられています。最もっとも貴き重ちょうなものは,エホバに対たいしてのみ行おこなう清きよい崇すう拝はいです。国くに々ぐには清きよい崇すう拝はいを私わたしたちから奪うばおうとします。その価か値ちを認みとめるからではなく,清きよい崇すう拝はいとそれを行おこなう人ひとたち全すべてを憎にくむからです。

世界の指導者や軍当局者たちが集まって,清い崇拝を除き去ろうと画策している。エホバの証人の出版物を見たり,電話で話したり,エホバの証人の活動を監視したりしている。

ゴグは清きよい崇すう拝はいを根こん絶ぜつしようとして「邪じゃ悪あくな計けい画かくを立たてる」が,無む駄だに終おわる。(19節せつを参さん照しょう)

20. ゴグは土と地ちつまり比ひ喩ゆ的てきなパラダイスにどのように攻せめ込こみますか。

20 ゴグは土と地ちつまり比ひ喩ゆ的てきなパラダイスにどのように攻せめ込こむか。国くに々ぐには,私わたしたちがクリスチャンとして生いきるのを妨ぼう害がいし,崇すう拝はいをやめさせようとするでしょう。その目もく的てきで,神かみからの教おしえという食しょく物もつを得えられないようにしたり,集しゅう会かいを禁きん止ししたり,私わたしたちの一いっ致ちを乱みだそうとしたり,神かみからのメッセージを伝つたえるのをやめさせようとしたりすることが考かんがえられます。神かみからの教おしえ,集しゅう会かい,一いっ致ち,伝でん道どうはどれも,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスに欠かかせないからです。サタンに唆そそのかされた国くに々ぐには,清きよい崇すう拝はいとそれを行おこなう人ひとたちを地ち上じょうから根こん絶ぜつしようとします。

21. 間まもなく生しょうじる事こと柄がらについてエホバが警けい告こくしてくださっていることに感かん謝しゃできるのはなぜですか。

21 マゴグのゴグによる将しょう来らいの攻こう撃げきは,神かみから与あたえられた比ひ喩ゆ的てきな土と地ちで正ただしい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたち全すべてに影えい響きょうを及およぼします。間まもなく生しょうじる事こと柄がらについてエホバが私わたしたちに警けい告こくしてくださっていることに,本ほん当とうに感かん謝しゃできます。大だい患かん難なんが来くるまでの間あいだ,清きよい崇すう拝はいを支し持じし,生せい活かつの中なかで優ゆう先せんすることを決けつ意いしましょう。そうすることにより,回かい復ふくされた比ひ喩ゆ的てきな土と地ちの美うつくしさに貢こう献けんできます。そして,近ちかい将しょう来らいに起おきる驚きょう異い的てきな出で来き事ごとを目もく撃げきすることになるでしょう。ハルマゲドンでエホバがご自じ分ぶんの民たみとご自じ分ぶんの聖せいなる名なのために行こう動どうを起おこすのを見みることができるのです。その点てんは次つぎの章しょうで取とり上あげます。

a マゴグのゴグに対たいするエホバの激はげしい怒いかりがいつ,どのように燃もえ上あがるか,また,清きよい崇すう拝はいを行おこなう人ひとたちがどうなるかは,この本ほんの次つぎの章しょうで取とり上あげます。

b 「ものみの塔とう」2015年ねん5月がつ15日にち号ごう29-30ページ「読どく者しゃからの質しつ問もん」を参さん照しょう。

c 北きたの王おうが神かみの民たみを攻こう撃げきすることは,ダニエル 11章しょう45節せつから分わかります。そこには,北きたの王おうは「自じ分ぶんの壮そう麗れいな天てん幕まくを,大おおきな海うみ[地ち中ちゅう海かい]と『美うつくしい地ち』の聖せいなる山やま[かつて神かみの神しん殿でんがあり,神かみの民たみが崇すう拝はいを行おこなっていた場ば所しょ]との間あいだに張は」る,とあるからです。

d 聖せい書しょには,現げん代だいの「アッシリア人じん」が神かみの民たみを攻こう撃げきして滅ほろぼそうとすることも述のべられています。(ミカ 5:5)マゴグのゴグ,北きたの王おう,地ち上じょうの王おうたち,またアッシリア人じんが神かみの民たみを攻こう撃げきすると予よ告こくされているのです。4つの異ことなる言いい方かたで,同おなじ攻こう撃げきを表ひょう現げんしているのかもしれません。

e 啓けい示じ 20章しょう7-9節せつに出でてくる「ゴグとマゴグ」が何なにを表あらわしているかについては,この本ほんの第だい22章しょうで取とり上あげています。

清きよい崇すう拝はいとあなた

  1. マゴグのゴグの正しょう体たいは何なんですか。なぜそう言いえますか。

  2. 比ひ喩ゆ的てきな土と地ちとは何なんですか。どうすればそこを美うつくしくできますか。

  3. 大だい患かん難なんが来くるまでの間あいだ,何なにを行おこなうことを決けつ意いすべきですか。なぜですか。

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