聖書劇の舞台裏
音楽が終わり,観衆は感謝に満たされて拍手を送りました。舞台裏では,見慣れないメーキャップをして,ひげを付けた人々が顔を見合わせてほほえんでいました。米国メリーランド州ローレルでは,「わたしたちの信仰の試された質 ― 賛美と誉れのいわれ」と題する劇がちょうど幕を閉じたところです。
その晩,幾千人もの人々は,使徒パウロの生涯に関して一層深い認識を抱いて家路に着きました。しかし,地元の諸会衆に属する約150人のエホバの証人はより一層の感概を抱いて家に帰りました。それらの人々は,聖書に記されている出来事を劇で演じるという特異な経験をしたのです。
教訓を与える効果的な方法
1966年以来,聖書劇は,毎年行なわれるエホバの証人の地域大会におけるプログラムのハイライトになってきました。例えば,今年の夏開かれた,四日間にわたる「喜びに満ちた働き人」大会では,そのような劇が二つ上演されました。一つの劇は,エルサレムがアッシリア軍に包囲されていたときに,ユダの王ヒゼキヤの経験した事柄に基づくものでした。もう一つは,イスラエルの総督ネヘミヤと預言者マラキの時代に起きた出来事に関するものでした。―イザヤ 36章から39章まで。マラキ 1:12-14; 3:10。
過去数年にわたって行なわれた劇のうち幾つかを挙げてみましょう。その中には,エフタとその娘,エステルとモルデカイ,ルツとナオミ,ヨセフとその兄弟たち,ダビデとバテシバ,エリコの陥落,ノアの日の洪水,ナアマンと無名のイスラエルの少女,幼いころのサムエル,そしてシャデラク,メシャク,アベデネゴなどに関する聖書の記述に基づいた劇がありました。
時には,こうした劇がテレビで放映されることもあります。西アフリカのリベリアでは,ヨシュアとイスラエル人との間に起きた出来事を中心とする,一時間にわたる劇がりっぱに演じられました。英国人の番組製作責任者は,非常に満足を覚え,エホバの証人の落ち着きと訓練に賛辞を送りました。感銘を受けた視聴者の中には,そのような劇がいつ再度上演されるのか問い合わせた人も少なくありませんでした。
聖書劇は多くの場合興味深いものではありますが,単なる娯楽のために上演されるわけではありません。聖書劇の主な目的は教訓を与えることにあります。第一に,聖書劇は聖書中の出来事を色彩豊かに,劇的な仕方で観衆に教えるため,観衆の脳裏には永続的な印象が残ります。また,台本は教訓となる点を十分論じて納得させるように作られています。例えば,この記事の冒頭の部分で取り上げた,使徒パウロに関する劇は信仰の重要性を強調していました。今年の夏上演されたヒゼキヤの劇は祈りの価値に重点を置いていました。
初期の準備
パウロの劇の出演者たちは,大会で劇を上演する二か月前の,四月半ばから劇に取り組みました。演出の責任者のもとに,テープと台本が送られてきました。そのテープには,音楽と効果音,そしてせりふがすべて録音されています。地元のある王国会館で役に適した人が選ばれ,その同じ王国会館で後日練習が行なわれました。
二時間にわたるパウロの劇は,全部で三幕十八場から成っており,配役としてせりふのある人75人,そしてエキストラが40人いました。出演者の不足を補うため,一人二役を演じた人も少なくありません。群衆のシーンの人数を増やすためにエキストラが用いられました。こうして,四月末までには,ほとんどの配役が決まりました。
練習の初期の段階では,場面の配列とせりふの暗唱に重きが置かれました。そうです,出演者はテープから声が聞こえてくると同時に,自分のせりふを口に出して言わねばならないのです。そうすれば言葉と動作の一致が確実になる上,出演者が「役になり切る」のにも役立ちます。
練習は五月末まで四つに分かれて行なわれました。そうすれば劇の演出者にとって,場面ごとに時間を計り,入場や退場,および舞台での動作や動きに指示を与えるのが容易になります。
衣装
このころまでには,配役全員の体の寸法が計り終えられ衣装を作るばかりになっています。裁縫部門の婦人たちは100人を超す配役の衣装を作るために一生懸命働いていました。大抵の人は劇の衣装の美しさを十分に認めはしますが,その衣装を作る際,各々の時代に即したものにするためどれほどの調査が行なわれるかを知る人はほとんどいません。何㍍もの華やかな生地,格子じまやしま模様の生地,皮に似せたビニール,それに縁どりの飾りなどは,購入されたものも,寄付されたものもあります。宝石類,かつら,そしてトーガのためのピンなどは,出演者やほかのエホバの証人から借り受けます。
ギリシャおよびローマ人の衣装であるトーガの着付けを学ぶのは興味深いものです。トーガの寸法は,幅約1.2㍍,長さ約5㍍です。しかし,肩の上でトーガを留めておく三本の安全ピンとその上に付ける飾りのピンがあれば着付けは終わってしまいます。祭司のかぶり物は,プラスチック製の花びんを白か灰色の絹で覆って作られました。本物の舞台用のかぶと数個が手に入り,それを見本にして,ローマ軍の兵士のかぶるかぶとが作られました。丈夫な帽子,金色の厚紙,ほうきの先,それに少しの工夫を凝らして,満足のゆく模造品が出来上がります。
終盤の練習と上演
6月1日からは,土曜日と日曜日がほとんど全日練習に当てられました。グループの人たちは劇を通して練習するようになり,所々で中断しては問題となる点に集中しつつ進めて行きました。昼休みには,配役の多くが幾つかに分かれて木の下に集まり,音楽を奏でたり,歌をうたったりしたものです。
メリーランド州ローレルでは,その年二つの大会が開かれ,同じ出演者が両方の大会の劇を上演しました。舞台げいこは最初の上演日の一週間前に予定されていました。出演者たちは家族や友人たちを招待したので,舞台げいこには約250人が出席しました。
出演者たちは劇の始まる四時間ほど前に,メーキャップをしたり,ひげを付けたりするため集まりました。まず第一段階として下化粧が施され,それから目立たせるためのメーキャップが行なわれます。“効果をねらわない”メーキャップ,すなわち容ぼうを変えず,ただ遠くから見ても引き立つようにするだけのメーキャップをしてもらう人もいます。また中には,特別なメーキャップをしてもらう人もいます。自分の役にふさわしい年齢にならねばならない人も少なくありません。40歳も年を取らねばならない人さえいました。サンヘドリンの成員には,人相を悪く見せるため,暗い色のメーキャップが目の周りに施されます。ギリシャの婦人は,アイ・シャドーや口紅をたっぷり付けました。
そうするうちに,ほとんどの男の人の顔にひげが付けられました。このひげは,演劇用の付け毛で作ってあり,本物のひげのように見えました。付けひげを付けるのには演劇用ゴムのりが用いられました。それから,役者の髪の毛の色に合った色のスプレーが吹き付けられます。その後,出演者が舞台の配置に慣れることができるように大会のステージの上で練習が行なわれます。
最初に劇を上演した6月21日はとても暑く,その次の週には大雨が降りました。しかし,劇は二度とも成功を収めました。各場面が始まるごとに,観衆が劇に引き込まれてゆくのが感じられ,観衆はたびたび拍手をもって反応を示しました。サンヘドリンがステファノに死刑を宣告すると観衆は義憤を覚え,パウロが石打ちにあうとパウロの示した勇気を膚で感じ,パウロが少女から悪霊を追い出し,足なえを歩けるようにすると,神の聖霊の力を自らも味わいました。パウロとシラスをなわめから解くきっかけとなった,真に迫った地震には意表をつかれ,パウロが親しい友人であったルカやテモテやマルコに別れの言葉を述べたときには悲しい気持ちになりました。
出演していた人々も同様の感情を覚えました。出演者たちは多くの時間を費やし,できる限りの努力を払いました。しかし,劇の上演が成功を収めたので,出演者たちは満足を覚えていました。一つの大きな家族として劇を作ってゆく際に,協力,忍耐,謙そんさなどのクリスチャンの特質を学ぶことができました。また,劇が非常に大勢の人々にとって,信仰を強める有益なものとなったことを知って確かに励みを受けました。
機会を捕らえて,このような聖書劇の一つを見に行ってごらんになりませんか。前述のとおり,聖書劇は夏に行なわれるエホバの証人の地域大会で上演されます。毎年開かれるそのような大会に是非とも出席してください。
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繰り返し行なわれる練習の成果は,この場面に見られるような,劇的で真に迫った演技に表われる。ここでは,エホバの預言者ナタンが,バテシバとの罪についてダビデ王を戒めている
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出演者にメーキャップを施し,ひげを付けることによって,聖書劇は真実味を帯びてくる