エホバの証人の「神の愛」地域大会
日本における大会の報告
「神の愛」という主題の下に,今年は13の大会が日本の各地で行なわれました。7月23日に熊本市で最初のものが始まり,8月24日,福山市と那覇市で最後のものが閉じられました。
「神の愛」地域大会は過去のどの年よりも多くの出席をみただけでなく,その内容,つまりプログラムから発する活気,精神からも,ここ数年間の大会の中でも最大のもの,と正しく言えるものでした。一連の大会の最初となった熊本市での第一日に,大会の司会者がその理由を次のように説明しました。『「神の愛」地域大会の始めに際して,わたしたちはどんな事を期待し,何を願っていますか。1978年は「勝利の信仰」,1979年は「生ける希望」が主題でした。今年,1980年は「神の愛」です』。そして聖書のコリント第一の手紙 13章13節が朗読されました。その聖句は次のように述べています。「それに対し,信仰,希望,愛,これら三つは残ります」。その3年間の大会の主題がこの聖句の三つの特質を順に取り上げたものであることを示してから,大会司会者はその聖句の残りの部分に出席者の注意を向けました。「しかし,このうち最大のものは愛です」。
愛の大切さについて数多くのことが毎日のように言われてはいても,今の社会に真の愛は欠けています。「愛」が主題となったエホバの証人の大会は正に最も必要とされているものを提供していました。他の人への気遣いや愛ある関心が全くと言ってよいほど欠けており,人々は自分のことにしか関心を払わない生き方をしています。創造者は人間の福祉を気遣っておられるので,正義を愛し,義のゆきわたる新時代に生き残ることを心の中で願う人々に,愛の特質を学んで生き残る資格を得るように願っておられます。
エホバの証人たちが愛することを学び,それを実践する人々であることは広く知られています。大会期間中日本中の人々の目や耳は甲子園の野球に向けられていましたが,もしそれが証人たちの集いとそこで行なわれた話に向けられていたなら,なんという祝福がもたらされたことでしょう。霊的に美しい事柄を非常に多く見ることができたに違いありません。愛のゆえに正直に生活することはクリスチャンの生き方です。名古屋市での大会で次のことが見られました。
静岡市から(名古屋市国際展示場)の大会会場に通っていた一婦人は,ある日地下鉄の名古屋港駅まで行くタクシーの中で,会場に財布の入ったバッグを置き忘れてきたことに気付きました。運転手にすぐ引き返してくれるよう頼みましたが,運転手はここから会場まで戻ったのでは料金も高くつき,帰りも遅くなるから,必要な分だけお金を貸して上げましょうと申し出たのです。そのクリスチャン婦人(エホバの証人)は明朝,到着する時間を約束して無事に帰途につきました。翌日,会場にその証人を送り届けた前述の個人タクシーの運転手は会場整理にあたっていた別の証人に,『この大会会場に来る人たちは皆信用できる人々だと分かっているのでお金を貸したのです。運転手仲間ともそのことを話し合っていますが,仲間も同感です』と語りました。このエホバの証人の正直さはもとよりですが,会場におき忘れられた彼女のバッグが正直に届けられ次の日無事彼女に渡されたことも見逃したくありません。
青森市での大会でも愛の特質は別の形で示されました。開催都市青森の証人たちは,大会の準備のために骨身惜しまず働き,熱心な支持を表わしました。大勢の出席者たちに安い費用でおいしい食事を提供したいと考えた給食部門の責任者たちは,自分たちで山菜を取って山菜弁当を作ることを思い立ちました。青森市およびその周辺のエホバの証人たちはこの考えを喜んで支持し,約2週の間,朝4時ごろに起きて出かけ,山菜を取りました。その結果,ふき,わらび,たけのこなどの山菜が1,500キロ余りも取れ,塩漬けにして蓄えることができました。この山菜弁当や,青森市の証人たちが用意した4,000個の手作りのゼリーは,出席者の味覚を楽しませただけでなく,心をも温めるものでした。一人の旅行する監督は,地元の証人たちが示したこの愛ともてなしの精神を評して,「大会のプログラムで話されたように,みなさんが示した愛は本当に犠牲を伴うものでした」と語りました。
大会出席のために長距離の旅行をした人々もいます。札幌市で開かれたエホバの証人の「神の愛」地域大会に,遠く400キロも離れた知床半島の近くの斜里町から一家9人の一家族が出席しました。父親,母親,それに20才から14才までの6人の子供と一人の孫です。彼らは長年カトリック信者であり,父親は30年,母親は25年カトリック教会と交わりがあったので「カトリックの高橋さん」として町では有名な存在でした。しかし実のところこの夫婦はカトリックに疑問を持っていたのですが,それを言い表わすのは不信仰で不敬なこととして口にすることすらありませんでした。カトリック教会では『文明の進んだ現在の時代に聖書は全く用をなさない』とか,『古代の記録は神話や不道徳な内容が多いので読むべきでない』と教えられたので2年程前から,教会から足が遠のき始めていました。その後,父親は一人で聖書を読むことと祈りに専念し,真理を求めていました。
ところがあるエホバの証人の伝道者の非公式の証言がきっかけとなり,特別開拓者(エホバの証人の全時間奉仕者)がこの夫婦を訪問し,翌週,夫はエホバの証人の集会に出席しました。そしてこんどは夫婦そろって特別開拓者たちの家を訪ねて,自分たちに聖書を教えてくれるように求め,家庭聖書研究が始まりました。この夫婦は自分たちがいままでカトリック教会で教えられてきた三位一体,十字架,ミサなど多くのことが聖書の教えに全く反するものであることを知り驚きました。現在毎週2回ずつ特別開拓者と個人的に聖書を学ぶことに加えて,エホバの証人の集会すべてにも毎週定期的に出席して聖書の知識を深めています。カトリックの信者たちから反対が起こり教会に戻るよう圧力が加えられていますが,今まで続けてきた教会への定期的な寄付は一切断わり,家の内外にあった偶像も処分し,教会を脱退する決意をしました。子供たちも活発に聖書を学び,学んだことを友人に少しずつ伝えており,その結果聖書研究に加わった友人もいます。
この大会の最高潮は二度ありました。ひとつは最終日の公開講演会で,その主題は「愛の神が復讐を遂げられるのはなぜか」というものでした。この話は今年の大会で強調されたひとつの大切な要点を強烈に示しました。つまり現在の世がその終末に来ていること,その結んで来た邪悪な実によって,愛の神からの返報つまり報復を受けるに十分値するということです。預言者イザヤは,「エホバの側の善意の年と,わたしたちの神の側の復讐の日をふれ告げ(る)」,と予告しました。その預言に従いイエス・キリストもその業を行ないました。しかし,イエスがイザヤの預言を引用された時,神の復讐の日については触れませんでした。(ルカ 4:18-21)大会の講演者はこの点に注意を引いてこう言いました。「神の復讐の日をふれ告げることや,地上の困難な状況を嘆き悲しむ人々を慰めることに重きが置かれるのは,『末の日』になってからのようです」。
今が預言された末の日であることはあまりにも明らかです。それで読者はこの「神の愛」大会が強く勧めていることに耳を傾けるのはよいことです。この体制全体が神の義にかなっていないことは否定できません。それで各々自分を振り返ってみるのは大切です。
この大会の二つ目の最高潮は第二日目にありました。「神を愛する者たちは決議する」がその話で,出席者はその決議の採択を促されました。エホバの「見張り」役としてクリスチャン証人たちは次のことを決議しました。一部引用しましょう。「神が許しておられる間,神の裁きの音信を大胆に宣明するとともに王国の良いたよりを熱心に宣べ伝えることにも一層努力します。……聖書の警告を告げることにまい進します。神の裁きが偽りの宗教の世界帝国に臨む前に真理の側に立つ可能性のある大勢の人々を自己犠牲の精神をもって援助し続けることを,わたしたちは決意しています。……脅し,迫害,その他の反対に面してもあらん限りの大胆さをもって神の言葉を語り,勇敢であるように努めます」。
各地の13の大会でこの決議は出席者たちの「はい」という賛同の声によって採択されました。例えば,その時1万2,891名が出席していた所沢では,その賛同の声はとても大きく近隣の人々の耳にも達するほどでした。
その決議に一致して,大会会場の近くの人々に聖書の警告と良いたよりが伝えられました。
大会の特色の一つである野外での証言の業に参加した人の中には,身体的な障害を持つ人々も含まれていました。岩手県陸前高田から青森大会に出席した若い証人もその一人です。目が不自由であるという問題にもかかわらず,この証人は仲間の証人たちの助けを得て,聖書研究用手引の出版物を点字になおし,それを用いて家の人と聖書の音信について話し合うことができるのです。この日彼が証言した幾人かの関心を持つ人々の一人は,大会最終日の公開講演に出席し,そのあとで翌週から定期的な聖書研究を行なうことに同意しました。
千葉県松戸市の大会では次のような経験がありました。第二日目の伝道の時間に弁護士になるため司法の勉強をしている男の方の家を二人の証人たちが訪れました。彼女たちは快く中に招き入れられると,すぐに「気象の様子が最近おかしいので世の終わりが来るのではないかと思っていますが,その点を聖書はどう言っていますか」,と尋ねられました。そしてその人は世の終わりに関して教えている仏教やあらゆる宗教を個人的に研究していることを話し,自分で買い求めた聖書の注釈書等を見せてくれました。それで二人はマタイ 24章3節を開いてこの体制の終結についての預言を説明したり,地球に関する神の目的などについて1時間近く話し合うことができました。大会に招待すると土,日は友人と約束があると残念そうに断わりましたが,帰り際にもう一度誘うと,「せっかく来てくださったのだから,行きます」,と言われ,次の日の午前の最初のプログラムから出席し,大会を楽しみました。
数々の実際的な提案を示したプログラムに深い感謝の言葉がいくつも聞かれました。北九州市の大会で若い人々も大胆に神の言葉を話すようにと自分の経験を語った一少女は,次のように述べました。「一番大きな力はエホバ神に祈ることによって得られました。そして研究生がほしいと願っていましたし,終わりの時が近いので是非友達に知らせたいと思いました。また以前,学校に行っている人たちは学校が伝道の区域だと励まされた時も,せめてクラスの人だけにでも証言したいと考えました。いつも証言の機会にめぐまれるようにエホバ神に祈り,学校での休み時間や少しの機会にも証言できるようになりました。5年生の2学期ころ,図書の時間に10人ぐらいの人が動物の本を見ていて,『こんな動物にのりたい』などといっているのが耳に入りました。それでわたしも仲間に入り,将来の楽園に結びつけることによって6人の人と聖書の研究を取り決めることができました」。
その経験を席で聞いていた一人の子供は,そのプログラムに対する自分の感想を述べました。「わたしはこの経験からとても励まされました。学校で友達に証言はしていますが,研究を取り決めるため,熱心に祈ることが必要だということに気付いていませんでした。これからそうします」。
今年の一連のどの大会も,すばらしい出席者最高数をもって豊かな祝福を受けました。松山大会に出席した,以前旅行する監督として奉仕していたあるエホバの証人は,14年ほど前に四国だけの巡回大会が開かれたときの様子を振り返って,わずかの期間のうちにいかに大勢の人々がエホバの証人との交わりを持つようになったかを話していました。14年前のその大会はわずか73名の出席者があっただけの小さなものでしたが,今年の地域大会には,2,808名の出席がありました。同様の増加が各地で見られていることは本当に喜ぶべきことです。今年開かれた,沖繩を除く12の大会の出席者の合計は,昨年の合計を1万5,245人上回る10万3,843人でした。バプテスマによって神への献身を公に表明した人々の合計は1,850人です。わずか1年でこれほど大勢の人々が新たに集められたことを考えると,神の善意の期間が続く限り,力を尽くして人々の命にかかわる王国の良いたよりを遠く広く宣明する必要性を痛感させられます。これら数の増加という面でのエホバの豊かな祝福,および大会プログラムを通して,わたしたちがどうすれば「神の愛」に見倣うことができるかを具体的に示してくださったその導きに対して,心からの感謝を言い表わしたいと思います。
[26ページの図版]
身体の不自由を克服しつつ,プログラムに熱心に聞き入り,祈り,賛美の歌をうたう出席者
[27ページの図版]
「神の愛」に倣って,年輩の人に励ましの声をかける大会出席者