辞書 ― あなたの友
読書をしていて幾つかの言葉が理解しづらく思えることがありますか。職を得るために申込書を提出しなければならず,その際に自分の手紙の言葉遣いが不適当で綴りが怪しいと思ったことがありますか。もっとはっきりと,説得力のある仕方で自分を表現したいと思いますか。一口に言えば,語彙を増やしたいと思いますか。そうであれば,必要なのは良い辞書です。
辞書の効用を調べる前に,市販の辞書の種類を考えてみることにしましょう。基本的に言って,辞書には,小辞典,歴史的原則に基づく辞典,そして一般用辞典の3種類があります。
小辞典,つまりポケット版の辞典は小さいので,提供するものは当然限られています。それとは正反対なのが歴史的原則に基づく辞典,つまり大辞典です。その特色となっているのは言葉の歴史で,言葉がどこから来たか,どのようにして,いつ現在の意味を持つようになったかを扱っています。これは言葉の専門家や著述家向きといえるでしょう。読者にとって一番実用的な辞書はきっと,その二つを折衷した一般用辞典でしょう。この種の辞書は,机上辞典,簡約辞典,あるいは大学生用辞典など様々な名称で呼ばれています。その種の辞書を非常に有用なものにしている特徴のほんの幾つかをここに挙げることにしましょう。
定義
一番価値があるのは言葉の定義といえるでしょう。場違いな言葉を使うと,軽蔑の目で見られ,きまりの悪い思いをさせられます。しかし,箴言の筆者が述べるように,「ふさわしい機会のために,正にふさわしい言葉を見いだすのは何と喜ばしいことだろう!」(箴言 15:23,今日の英語聖書)ですから,正確な意味が定かでない場合,その言葉を使う前に辞書に当たってみることです。一つだけでなく,幾つもの意味を持つ言葉は少なくありません。例えば,英語の“discipline”という語には,訓練,懲罰,しつけ,統制などの意味があり,さらには学問の分野をも意味することがあります。辞書を使えば,自分の目の前にある文章の場合には,どの意味が当てはまるかを定めることができるでしょう。
中には,ある言葉の典型的な用い方を示す用例が載せられている辞書もあります。例えば,ある辞書は英語の“control”という語の使い方を示すため,次のような例を挙げています。国を支配<コントロール>する,自分の感情を抑える<コントロール>,火事が広がるのを防ぐ<コントロール>,国境管理<コントロール>,制御盤<コントロール・パネル>,抑制<コントロール>する,制御<コントロール>不能になる,といった具合です。
発音
英語の場合,ある言葉の発音を辞書の中で正確に表示するのは容易なことではありません。地域によって発音の異なることがあるからです。どれが正しいか,だれが決めるのでしょうか。辞書には異なった発音の中で重要なものが挙がっていることもありますが,普通は一般に受け入れられている発音が示されています。
アルファベットの文字では話し言葉で使われる音のすべて ― 英語にはそのような音が少なくとも47ある ― を表わすことはできないので,辞書編集者は単語の発音を説明する方法を考え出さなければなりません。様々な方法がありますが,その一つは,正確な発音にできるだけ近くなるよう単語を綴り直し,分音符号(発音上の区別を示す記号)でそれを補うことです。お手持ちの辞書が発音を区別するためのどんな表示法を使っているにしても,辞書にはそれを解説する表が付いています。
辞書はまた,どの音節に強勢が置かれるかをも示しています。例を挙げると,辞書は,distributeではなくdistribute(分配する),formidableではなくformidable(恐ろしい),disputeではなくdispute(論争),comparableではなくcomparable(匹敵する)と言うほうが好ましいことを示しています。
綴り
英語では,大抵の場合,単語の発音はその綴りの指針にはなりません。例えば,「進む」を意味する“proceed”という動詞には二つのeがありますが,「手順」を意味する名詞の“procedure”の対応する箇所にはeが一つしかありません。ところがこの二つの箇所の音は変わらないのです。また英語には,「cの後に来なければ,iはeの前にくる」という綴りの規則がありますが,それにも例外があります。攻囲を意味する“siege”はこの規則に当てはまりますが,「つかむ」を意味する“seize”はこの規則に当てはまりません。ゲージを意味する“gauge”と書くつもりで,誤って“guage”と書いてしまうことがあるでしょうか。どちらが正しいのか分からなくなってしまいますか。あなたの友である辞書の助けを借りることにしましょう。辞書を座右に置いておき,席を立たなくても辞書に手が届くなら,それを使う機会がずっと多くなるでしょう。
由来
辞書の魅力的な特色は語源,つまり単語の由来となる語根や起源です。そのようなことを知ったところでどんな益があるのか,とお尋ねになるかもしれません。単語の起源が分かると,単語は生きたものになります。英語にはこの面で特に豊富な例があります。ラテン語やギリシャ語やアングロサクソン語など多くの言語から言葉を借用しているからです。辞書を使うことにより,それらの言語から非常に頻繁に取られている単語や単語を構成する要素に精通できるでしょう。それを覚えると,語彙が増えます。
ラテン語は英語という言語に大きく貢献しました。一つの例を取り上げてみましょう。英語には,「投げる」を意味するラテン語のjacereから生じた語が数多くあります。以下に挙げる動詞の根底にある意味は次のようなものです(かっこ内は英語の通常の意味)。project(投影する)― 前へ投げる,inject(注射する)― 投げ入れる,eject(追い出す)― 投げ出す,subject(服従する)― 下へ投げる,reject(拒絶する)― 投げ戻す,deject(落胆させる)― 投げ下ろす,object(異議を唱える)― ……に対して投げる,interject(さしはさむ)― 間に投げる。ですから,語根のjacereと日常よく使われる接頭辞を幾つか知っていれば,多くの言葉の意味をすぐに識別できるようになります。
英語の単語の中にはギリシャ語から直接入って来たものも少なくありません。Philanthropist(博愛主義者)― 友を意味するphilosと人を意味するanthroposから ― 人類の友。Photograph(写真)― 光を意味するphosと書くを意味するgrapheinから ― 字義的には,光で書く。Cacophony(不協和音)― 悪いを意味するkakosと音を意味するphoneから ― 耳ざわりな,調子はずれの音。
ですから,単語の由来に精通することにより,ほかの単語の意味を識別できます。上記のギリシャ語の構成要素を念頭において,“phonograph(蓄音機)”および“anthropology(人類学)”という語の根底にある意味を説明できますか。しかし,落とし穴に注意してください! 二つだけ例を挙げますが,anteが「前」を意味するのに対しantiは「反対する」を意味し,hypoが「下」を意味するのに対しhyperは「上」を意味しています。
特殊用法の表示
辞書は単語の特殊用法についても教えてくれます。ある単語に“非公式”,“口語”あるいは“俗語”などの表示があれば,故意に特別な効果をねらって用いるのでない限り,公式のやり取りには用いるべきではありません。そのような単語は,会話や個人的な手紙の中ではまだ受け入れられるかもしれません。使えるかどうかは,当事者間の関係にかなり左右されるでしょう。ですから,これらの表示は注意を促します。例えば,“nick”という語は,英国では刑務所や盗むこと,米国では人を欺くこと,オーストラリアでは“off”を伴って急いで行ってしまうことをそれぞれ意味する俗語です。辞書はこうした用法が公式の話や文書にはそぐわないと警告しています。
“軽蔑語”という表示はその語が人の感情を害しかねないことを警告しています。また,言うまでもないことですが,“わいせつ語”あるいは“卑語”という表示のある語の使用は一切避けなければなりません。
英語という言語は絶えず変化しています。聖書の読者がジェームズ王欽定訳と現代語訳を比較すると,この点は明らかになります。例えば,“let”という語の今日の意味(……させる)は350年前の意味(妨げる)とは正反対になっています。(テサロニケ第二 2:7,8)“gay”という語についても考慮してみましょう。この語は,「陽気な」,「明るい」,「快活な」を意味する語として用いられていましたが,今日では同性愛者を指すために専ら用いられています。ですから,単語の最新の定義や発音を知るために,時代遅れになっていない辞書を手元に置いて,それに当たってみるのはよいことです。
報いと楽しみ
最後に,ここまでの情報を当てはめて,“propitiatory”という語について,辞書がどのように助けになるかを調べてみましょう。この単語は,「イエス・キリスト……はわたしたちの罪のためのなだめの犠牲です」という聖句の「なだめ」に対応する英語の言葉です。(ヨハネ第一 2:1,2)辞書を見ると,この語には和らげる,好意をもたせる,贖罪をするといった意味のあることが分かります。この英語の言葉は,「好意をもたせる」を意味するラテン語propitiareからきています。また,第2音節に強勢を置いて発音され,最初に出て来る“t”が“ship”の“sh”と同じ発音であることが分かります。一つの短い見出し語の下にある情報としてはかなりの量です!
辞書を引いて調べた単語一つ一つについてこうした事柄を全部覚えていることはないでしょうし,そのようなことを試みるべきでもありません。中には一般に使われていない単語もあります。しかし,自分に使える,あるいは自分が使うべきだと思う単語は覚えるようにします。他の人と意思をより良く通わせるのに役立つようなえり抜きの言葉を選ぶようにします。知ったか振りをするための単語を選ぶべきではありません。あなたの友である辞書はいつも必要ですが,語彙が増えるにつれて,それに頼ることが少なくなってくるのに気づくでしょう。読書が一層楽しくなり,話し方は著しく向上します。何と報いの大きいことなのでしょう。「おりにかなって語る言葉は,銀の彫り物に金のりんごをはめたようだ」という聖書の言葉はまさに適切です。―箴言 25:11,口語訳。