問題を持つ子供を育てる
「今日はどうだった?」 息子を学校に迎えに行ったスーザンは,這うようにして車に乗り込んだ息子のジミーに話しかけました。ジミーは,むっとした表情で母親を無視します。「あら,きっといやなことがあったのね」。スーザンは息子の気持ちを察しながら言います。「何があったか話してみない?」
「うるさいなあ」。ジミーは不満気に返事をします。
「お母さんは,あなたのことが心配なのよ。とてもつらそうじゃないの。なんとかしてあげたいのよ」。
「お母さんなんかに助けてもらいたくないよ!」と,ジミーはわめきます。「ほうっておいてよ! お母さんなんか嫌いだ。ぼくなんか死んでいれば良かったんだ」。
「ジミー!」 スーザンは息を切らしながら話します。「そんな口をきくんじゃありません。おしりをたたきますよ! お母さんは,やさしくしてあげたかっただけなのに。一体どうしたの? 何をしたらいいっていうの」。
一日の仕事で疲れ果てているスーザンは心を取り乱し,往来の中を縫うように車を走らせながら,どうしてこんな子供が生まれたのかしらと考えます。戸惑いや無力感や怒りを感じ,自分の息子でありながら恨めしくなり,罪の意識に悩まされます。スーザンは,ジミーを家に連れて帰ることを恐れています ― 自分の子供をです。今日,学校で何が起きたかも知りたくないくらいです。きっと,また先生から電話があることでしょう。スーザンは時折,どうにもやり切れなくなることがあります。
こうして,一見ささいな出来事も,不安を伴う,激しい感情的試練に変わります。ADD/ADHDを持つ子供,またそうでなくても“問題児”とされている子供たちは,問題にぶつかると,かなり激しく反応する特徴があります。すぐに感情を爆発させる傾向があるため,親を怒らせ,当惑させ,しまいに疲れ果てさせます。
評価と介入
一般に,このような子供たちは利発で,創造力に富み,極めて敏感です。知っておかなければならない大切な点は,彼らは特別な配慮を必要とする健康な子供であるということと,それゆえに特に深い理解を必要としているという点です。以下に,そのような子供を持つ親が効果的と見ている方針や考え方を幾つか挙げます。
まず,子供をいらだたせる状況や誘因を見分けることを学ぶ必要があります。(箴言 20:5と比較してください。)親にとって肝要なのは,感情的対立の前触れとなる徴候が子供にあるのを認めたらすぐに介入することです。おもな目印となるのは,欲求不満の高まりや,特定の状況に対処できないことを示す表情です。自制するよう優しく言い聞かせるか,必要なら,その状況から子供を引き離すのがよいかもしれません。例えば,タイムアウト(一時中止)は効果的です。これは罰というよりも,親子双方が平静を取り戻し,理性的に行動する機会を得るための手段です。
最初に挙げた例では,ジミーは単純な質問に対して過剰に反応しました。これはジミーの普段の態度です。親はこの怒りと憤りを自分に対するものとみなしがちですが,このような子供たちは,ストレスに耐えられなくなると,大抵は訳が分からなくなってしまうものだ,という点を理解しておくことが肝要です。したがって,洞察力をもって行動することが大切です。(箴言 19:11)ジミーの例について言えば,スーザンは会話することにこだわらずに,息子に自分を制する時間を与えたならば,事を荒立てずにすんだでしょう。そして多分,あとでその日の出来事について話し合えたことでしょう。
ストレスで疲れ果てた子供たち
人間家族が,現代の世界を悩ませているような数々の大きな問題や圧力や不安に直面したことは,いまだかつてないことです。時代は変わり,要求はさらに大きくなり,子供に求められる事柄も増えました。この問題について「良い子供,悪い行動」という本には,こう記されています。「子供たちが経験しているらしい問題の多くは,社会の期待の変化に起因するか,その影響によるものかもしれない」。ADD/ADHDの子供たちにとって,学校は悪夢となりかねません。彼らは自分の力不足と闘う一方で,爆発的とも言える勢いの科学技術の進歩に対応することを強いられます。しかもその進歩によって環境は急激に変化しつづけ,厳しく,危険なものになってゆくおそれがあるため,子供たちはますます不安になります。こうした様々な問題に対処するには子供たちの感情はまだまだ未熟ですから,親の助けを必要とします。
摩擦を減らす
子供の幸福と健康を増し加えるには,秩序と安定性のある環境を整えることが大切です。家庭の中での摩擦を減らす効果的なプランとして,手始めに生活様式を簡素化するのがよいかもしれません。このような子供たちは衝動的で,気が散りやすく,過度に活動的ですから,刺激が強すぎることのマイナス効果を減らす必要があります。それで子供が遊ぶとき,一度に多くのおもちゃを与えないようにします。また,一度に一つの仕事,あるいは課題に取り組み,それを完成させるようにします。多くの場合,こういう子供たちは考えの整理ができないため,それができるようになれば欲求不満を最小限に抑えることができます。扱う物の数が少なく,またそれらが手近な場所にあれば,大切な事柄がそれだけ行ないやすくなります。
家庭でのストレスを減らす別の効果的な方法は,よく計画された,融通のきく手順を定めて実行し,子供に安定感を持たせることです。時間の予定よりも順序,つまり物事を行なう順番のほうが重要です。次のような実際的な提案を取り入れると成功するかもしれません。簡素でバランスのとれた食事とおやつを,決めた時間に食べさせて適切な栄養を与える。子供を寝かせる前に決まって行なう事柄を,温かく,愛情を込めて,なごやかに行なう。買い物は,非常に活動的な子供には刺激が強すぎることがあるため,前もって計画し,あちこちの店に行かないようにする。外出する時には,どんな振る舞いを期待しているか説明する。手順を明確に定めておけば,特別な配慮が必要な子供たちは,自分の衝動的な行動をコントロールしやすくなります。加えて,親が事態を見越す助けにもなります。
計画性に加え,おおまかな決まりを作り,譲れない決まりを破った場合にどうなるかを決めておくのも有益です。首尾一貫した,また二親が同意できる明確な決まりがあれば,子供は許されている行動の限界が分かり,自分の行動に責任を持つべきことを学びます。(子供はもとより,親も覚えておくために)もし必要ならば,決まりの一覧表を見やすい場所に掲げます。一貫性は,感情を安定させるかぎです。
子供の好き嫌いを理解し,それに合わせることも,家庭内で不必要な緊張を和らげるのに大いに役立ちます。多くの場合,このような子供たちは,彼ら特有の気まぐれで衝動的な性質ゆえに,他の子供たちとの交流が非常に難しくなりがちです。特におもちゃの共用は,とりわけ争いのもとになるかもしれません。ですから親は,そのような子供がほかの子と一緒に使えるような,好きなおもちゃを選ばせるかもしれません。さらに,子供の遊び友達を少人数に抑えるとか,興奮しすぎないような遊びを考え出すなどして,子供が受ける刺激の度合いを抑えることも,すぐに表われがちな過剰反応をコントロールする助けになるでしょう。
親は,子供を不必要に型にはめ込むことを避け,その子なりの育ち方をする余地を設けることが大切です。もし子供が毛嫌いする食べ物や衣服があれば,取り除いてください。こういうささいな事柄は口論するだけの価値がありません。基本的には,万事をコントロールしようとせず,釣り合いを保つことが大切です。しかし,クリスチャンの家族として許容できる事柄を決めたなら,それを守ります。
行動を監督する
どんな行動をするか予測のつかない子供たちは,一層の監督を必要とする傾向があります。その結果,子供を頻繁に懲らしめざるを得ない場合,多くの親は罪の意識にさいなまれます。しかし,懲らしめと虐待の違いを認識することは重要です。「紙一重 ― 懲らしめが児童虐待に変わる時」という本によれば,身体的な虐待全体の21%は,子供がけんか腰になる時に生じるということです。したがって,調査では,ADD/ADHDの子供たちの場合は,「身体的虐待を受けて放置される危険が高まる」という結果が出ました。特別な配慮が必要な子供を育てる場合にストレスが高まることは否定できません。しかし,そういう子供たちの監督は,健全で釣り合いの取れたものでなければなりません。普通,そのような子供たちはとても利発で,創造力が豊かですから,論証が必要な状況のもとでは,親を手こずらせる場合があります。親のりっぱな論理にけちをつける方法を心得ている場合が多いものです。そういうことをさせてはなりません。親としての権威を保ってください。
親切に,しかし毅然とした態度で,簡潔に説明してください。言い換えれば,説明しすぎないことです。譲れない決まりについては交渉に応じないようにします。“はい”は,はいを,“いいえ”は,いいえを意味するようにしましょう。(マタイ 5:37と比較してください。)子供たちは外交官ではありません。したがって,子供たちとの交渉は,言い争い,怒り,欲求不満などを生み,さらにはわめき散らしたり,暴力を振るったりする結果にさえなりかねません。(エフェソス 4:31)同様に,注意を与えすぎないようにしましょう。もし懲らしめが必要と見たなら,すぐに与えるべきです。「悪い事が多い世界でやってゆける子供を育てる」という本は,こう勧めています。「穏やかさ,自信,確固とした態度,これが権威の意味するところである」。また,ジャーマン・トリビューン紙の優れた提案にも注目してください。「いつも,子供の注意をそらさないような話し方をすること。子供の名前をよく使い,視線を合わせ,簡単な言葉を使う」。
虐待は,親が自制を失うときに生じます。もし親がわめくなら,その親はすでに自制を失っています。箴言 15章には,子育てと懲らしめの問題が取り上げられています。例えば,4節にはこう記されています。「舌の穏やかさは命の木であり,そのゆがみは霊を打ち砕く」。18節には,「激怒する人は口論をかき立て,怒ることに遅い者は言い争いを静める」とあり,28節には,『義なる者の心は答えるために思いを巡らす』と述べられています。したがって,何を話すかだけでなく,どのように話すかを知ることも大切です。
責めるのではなく,褒める
育てにくい子供たちは,個性的で,奇妙で,気違いじみたことさえ行なうので,親はともすると,とがめ立てをしたり,あざけったり,しかりつけたり,怒りをぶちまけたりしがちです。しかし,「今日の英語訳」によれば,聖書のエフェソス 6章4節には,「キリスト教の教えに基づく懲らしめと訓戒をもって」子供を育ててゆくよう諭されています。イエスは過ちを犯した人々をどのように懲らしめたのでしょうか。教訓となる懲らしめを用いて人々を訓練し,教え,公平に扱い,確固とした態度を取られました。懲らしめは一つの過程,教え諭す手段の一つですから,子供を対象とする場合には普通,何度も繰り返さなければなりません。 ―「目ざめよ!」誌,1992年9月8日号,「聖書の見方……『懲らしめのむち棒』― それは時代後れですか」という記事をご覧ください。
ふさわしい懲らしめは,信頼と温かさと安定性のある環境を育みます。ですから,必要な時は,説明した上で懲らしめるとよいでしょう。子育てについては,すぐに効果の上がる解決策などありません。子供たちは徐々に,時間をかけて学んでゆくからです。どんな子供でも,きちんと育て上げるには,多くの世話と深い愛情,それにたくさんの時間と仕事が求められます。育てにくい子供の場合は特にそうです。次の短い言葉を覚えておくと役立つかもしれません。「本気で思っていることを言い,言ったことについては本気になりなさい。行なうと言ったことは行ないなさい」。
言動に心配なところのある子供を扱う際の問題で,最も扱いにくい面の一つは,注意を引きたいという,子供の病的な欲求です。彼らは良い意味よりも悪い意味で注目を浴びる場合があまりにも多いのです。しかし,りっぱに振る舞ったり,仕事を上手にしたときなどは,それを目ざとく認めて褒めたり,褒美を与えたりすることが大切です。これは子供にとって大きな励みとなります。最初は,親のその努力はおおげさに映るかもしれませんが,それに十分見合う結果が得られます。子供たちには,小さくてもすぐに得られる報いが必要なのです。
グレッグを育てる父親の体験
「息子のグレッグがADHDと診断されたのは,幼稚園に通っていた5歳の時のことです。そのころ,私たちは発達を専門とする小児科医を訪ねました。この医師の診断によると,グレッグは間違いなくADHDであるということでした。『これは息子さんのせいでも,あなたのせいでもありません。息子さんはどうすることもできませんが,あなたにできることはあります』とその医師は言いました。
「私たちは,医師のこの言葉をよく思い巡らします。この言葉により,親である私たちには息子がADHDを克服するように助ける重い責任があることを痛感させられたからです。その日に医師は,持ち帰って読むようにと,書籍を渡してくださいました。私たちがこの3年間に得た知識は,グレッグに対する親としての責任を果たす上で非常に大切なものだったと思っています。
「ADHDの子供を育てる際に肝要なのは,ふさわしい行動を強化し,問題行動については注意を与えるか,必要ならば罰を与えるという点です。親に計画性と一貫性があればそれだけ結果も良くなってゆきます。簡単でもこうした事柄は,ADHDの子供を育てる上で大切なポイントとなるでしょう。とはいえ,毎日何度も行なう必要があるため,言うは易く行なうは難しです。
「たいへん効果的に思えた方法の一つは,タイムアウトです。問題行動を改めさせるためにタイムアウトを用いる時はいつでも,もっと建設的な行動を励ます目的で強化プログラムを実行します。強化する要因は,褒め言葉や抱きしめることである場合もあれば,努力した証拠となるものや特権である場合さえあるでしょう。私たちは店に行き,シールがはれる表を買ってきました。表の一番上には,どうするのが良い行動なのか書いておきました。グレッグの良い行動を見るたびに,表にはるシールを与えるのです。表が埋まると,例えばシールが20枚集まったとすると,息子に褒美を与えます。褒美は,公園に出かけるといった,息子が本当に好きな活動になるのが普通でした。この方法は,物事をりっぱに行なおうとする動機づけを与えるので有益です。息子はシールをはるときに自分の進歩状況を見ることができ,あとどれぐらいで褒美をもらえるかが分かるからです。
「効果的に思えたもう一つの手段は,グレッグに選択させることです。直接に命令するのではなく,選ばせるのです。良い行動をするか,あるいは悪い行動をして当然の結果を刈り取るかのどちらかです。この方法は責任を持つことと正しい決定を下すことを教えます。もし,店内やレストランの中で騒ぐといった,いつも問題になる事柄があるならば,褒美つきのシール表を用います。そうすれば子供は,良い行動をすると益があるということを理解します。私たちも子供の進歩を認めていることを示します。
「ADHDは,自分の行動や反応を制御する子供の能力に影響を及ぼすということを大抵の人は気づいていません。こういう子供たちでも,努力しだいで注意の持続時間と行動をコントロールできるはずだと思っている人が多いのです。ですから,子供たちにそれができないと,親を責めるのです。
「ADHDの子供たちにとっては,王国会館の集会で2時間じっと座っているのは物理的に不可能なことなのです。グレッグがまだ5歳の時,集会の前になると泣きながら,『ながいしゅうかいなの? みじかいしゅうかいなの?』と尋ねたことが忘れられません。2時間の集会だと分かると,息子は激しく泣いたものです。2時間もじっと座っていられないことを知っていたからです。私たちは,ADHDによる不調や限界を考慮に入れる必要があります。エホバがこの障害をだれよりもよく理解してくださることを私たちは知っています。そしてそのことから慰めを得ています。現在,グレッグは薬物療法を受けていませんし,年齢どおりの学年で勉強しています。
「エホバに希望を置き,いつも新しい世に目を向けていることが,私たちの支えとなっています。この希望は,グレッグにとってもすでに大きな意味を帯びています。グレッグは,楽園となる地上でエホバがADHDを取り除いてくださるということを考えるとき本当に興奮し,目に涙を浮かべます」。
[9ページの囲み記事]
良い行動に対する褒美として考えられるもの:
1. 褒める ― 仕事がよくできたときの褒め言葉。良い行動を評価する言葉を述べ,その際にかわいがり,抱きしめ,ほほえみかける。
2. 表 ― よく見える場所に掲げ,かわいいシールや星形のシールをはって,良い行動を奨励します。
3. 良い事柄のリスト ― 子供が達成した,好ましい,称賛に値する事柄のリスト。子供が何かをりっぱに行なうたびに,最初はそれがどんなに小さな事であっても書いておいて,家族の前でそれを読みます。
4. 行動指標 ― 子供の年齢に応じて,子供が何かを上手に行なうたびに,びんに豆またはゼリービーンズを足してゆきます(目に見える形で評価する)。目的は,褒美を与える点数システムを確立することです。褒美には,家族がいずれにしても行なう活動,例えば映画やスケートに行く,レストランで食事をするといった事柄が含まれるかもしれません。子供には,「お利口にしていないと行かない」ということを強調するよりも,「お利口にしていれば行きますよ」と言うようにしましょう。かぎは,消極的な考え方を積極的な考え方に改めることです。しかし,変化を遂げるための適当な時間のゆとりを与えます。
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会話が感情の激しいぶつかり合いになることがある
[8ページの図版]
決定を下したなら,それを説明し,そして固守する
[10ページの図版]
得意げに新しいシールを表にはる