『日ごとに…良いたよりを宣べ伝えよ』
フインランド
伝道しようという固い決意に充ちている証者は,病気とか老年のために伝道を中止することはありません。74歳の開拓者は寒い冬のあいだ寝ついていました。外に出て家から家の業をすることができませんでしたが,しかし電話を十分に活用して友人や興味を持つすべての人に電話を掛けて証言しました。そして『ものみの塔』の予約をすすめたのです。『ものみの塔』運動中に,35の新しい予約を得たこの人のよろこびと祝福を想像してごらんなさい。
裕福な人々の住む一地区のところで,『目ざめよ!』1部を家の奥さんに渡しました。2週間の後に,再訪問するとその女中さんが玄関に出てきて興味を示しました。家の奥さんは『目ざめよ!』を屑箱の中に投げこんだのですが,それを取り上げて読んでからその記事に深い感銘を受けた,と女中さんは打ち明けました。伝道者は,霊的な糧に飢えていた羊とも言うべき,この若い女中さんに多くの文書を配布しました。この人は2ヵ月後に結婚する予定でしたが,それでも家庭聖書研究をして頂きたいと伝道者に願い出て,週に2回行われるようになりました。別の町の新居に移つてからもその地の証者たちと連絡を取つて,研究をつづけています。
チリー
約15歳の若いヱホバの証者の良い経験から,会衆の書籍研究と神権宣教学校の重要性がはつきり示されました。学校の授業中に,レバノンの杉のことが話に出て,それを知つていますかと先生は生徒に尋ねました。その姉妹一人だけが手を挙げて,その杉はエルサレムにあつたソロモンの有名な宮を建てるのに用いられた,と説明しました。『どうして知つているんですか』と先生は尋ねました。
その夜,姉妹は『真実の記録を伝承する』とか『悪魔サタン』などの事柄を取り扱つている『神を真とすべし』(再版)の各章を調べて準備いたしました。翌日には,カトリック訳の聖書とプロテスタント訳の聖書を持つて学校に行きました。先生は病気でしたので1時間の欠課となりました。その時間中,24人の学友は姉妹に矢つぎ早に質問しました。質問が多過ぎたため,翌日にも聖書を持つて行くことが必要になつた程です。その結果,すべての人にすばらしい証言がなされて,特にその中の2名は非常な興味を示しました。
英領ギアナ
今年になつてから会衆の10パーセントは休暇開拓者になりました。多くの場合1ヵ月以上の休暇開拓者です。中でも,毎日学校に通学する子供が4人から9人もいる母親たちが休暇開拓者になりました。良く組織立てて,朝早く起きたり,また協力し合うことによつてそれぞれの目標を達成することができたのです。正規開拓者の一姉妹は,こう打ち合け話をしました,『開拓者奉仕を10年した後に,私は止めねばならないような羽目に会いました。でも,伝道者の方々の親切な援助を受け,また開拓者奉仕をしたいという私の強い愛着の気持もあつて,やつて行こうと決心しました。ところが,或日のこと数人の子供たちは未だ6歳以下なので公立学校に入れないのを知りました。次の家でそのことを話してみたところ,母親は「あの子たちの面倒を見ていただけませんか。授業用の一部屋を提供しましょう。」と答えました。二,三日の中にその婦人は近所の子供たちを集めて,私は20人の子供たちを教える私立学校の先生になりました。今までの2年のあいだその学校の先生をしながら,開拓奉仕をしてきました。』― 1957年のヱホバの証者の年鑑より(英文)