古きを倒し,新しきを建てる
『見よ,わたしはきよう,あなたを万民の上と,万国の上に立て,あなたに,あるいは抜き,あるいはこわし,あるいは滅ぼし,あるいは倒し,あるいは建て,あるいは植えさせる。』―エレミヤ 1:10,新口。
1 イエスの名のために,すべての国民から憎まれると預言されている人々は誰ですか。
『そのとき人々は,あなたがたを苦しみにあわせ,また殺すであろう。またあなたがたは,わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。……そしてこの御国の福音は,すべての民に対してあかしをするために,全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。』(マタイ 24:9-14,新口)これらの言葉を発した者,彼らがすべての民に憎まれる原因となる名をもつ者は,イエス・キリストでした。すべての民に憎まれた者は,彼の名前に関係をもち,彼の名において伝道をしたイエスの使徒および弟子たちでした。彼らは,イエスの名の故に憎しみをなげかけられても,耐えしのぶことを少しも恐れない,真の種類のクリスチャンたちでした。では,彼らはいつこの憎しみを,受けることになつていましたか。
2 いつこの憎しみは彼らになげかけられますか。
2 時を表わす副詞「そのとき」は,それがイエスのつぎの預言の成就した時であつたことを示しています,『民は民に,国は国に敵対して立ち上るであろう。またあちこちに,ききんが起り,地震があるであろう。しかし,すべてこれらは産みの苦しみの初めである。』将来には,もつと多くの,もつと激しい苦しみが来ますが,しかしそのはじまりであつたこの苦しみは,組織制度の終りのはじまりをしるしづけることになつていました。―マタイ 24:7,8,3,新口。
3 国際間の苦しみはいつから始まりましたか。どんな事態が生じはじめましたか。
3 世人によく知られている現代史は,その苦しみの始まり,その組織制度の終りの始まりが,44年の昔,つまり1914年であつた証拠を提出してくれます。その年の7月28日,オートリアはセルビアに宣戦を布告しました。第一次世界大戦が始まりました。それにともなつて,イエスの預言された他の多くの事がらが起きました。その重大な時に当つて,あるものが衰えはじめ,ある別のものが台頭しはじめました。
4 イエスの追随者が諸国民と関係をもつというのはどういう意味ですか。
4 前に引用したイエスの言葉によると,イエスの誠実な真の追随者たちは,諸国民と何か関係があるに違いありません。彼らが国の政治と関係をもつていないことは言うまでもありませんが,しかし地球上のあらゆる国々に住んでいることは確かです。彼らはそこで,すべての民にきらわれています。そして御国の良い音信を,すべての民に対してあかしをするため,ヨーロッパ諸国,北,中央,南アメリカは言うに及ばずあらゆる場所で伝道しています。
5 イエスの追随者がすべての国民に憎まれる理由は何ですか。ただイエスの名を負つているからですかそれともほかにありますか。
5 彼らはなぜすべての民に憎まれるのでしようか。キリストの名のためだけではありえません。ヨーロッパとアメリカ諸国には,他のキリスト教国と同様に,クリスチャンと呼ばれている人々が何億もいますが,彼らは決して憎まれてはいません。むしろ彼らは,この世の諸国民に愛されています。そして誰でも名前を取ることができます。ですから,名前だけではなくて,外に何か,人およびすべての国民にこの憎しみを起させる理由があるに違いありません。この別の理由というのは,キリストの真に任命された追随者たちが,イエス自身の預言の成就として行つている事がらに違いありません。それは,『御国のこの良いたより』をあかしとして宣べ伝える,彼らの伝道に違いありません。どの国のことですか。今日この地上で,いつたいどの国が,良い音信の源であり得ますか。そんな国はひとつもありません。イエスが預言的に言及されたのは,これらの中のどの国でもありません。イエスがいつも話されていた国は,ただ一つだけでした。ただ一つだけでしたから間違いはありません。それは神の御国でした。これが今日の良い音信の唯一つの源です。今日のイエスの追随者たちは,ただこの御国だけを宣べ伝えることによつて,また自から進んでこの御国伝道のためにすべての国民に憎まれることによつて,自分が純粋のクリスチャンであることを示しています。
6 彼らに関するイエスの預言によると,彼の追随者たちは,誰によく似ていますか,そしてなぜですか。
6 ですから,イエス・キリストはすこぶる明確に,すべての国民に証言を行う彼の追随者が,驚くべきことを語つたり,古いものが終つて,新しいものが始まることを宣べ伝えるであろうと預言されました。この理由のために彼らは,国際的な反対の嵐を巻き起し,古い諸国民に憎まれて苦しむでしよう。この点,彼らは,イエス・キリストより600年余り昔に住んで伝道していた古代の預言者エレミヤによく似ています。イエスが地上におられた時,多くのユダヤ人は,彼を預言者エレミヤだと誤つて考えていました。(マタイ 16:13,14)イエスはエレミヤの預言から多くの事がらを引用し,またエレミヤは,イエス・キリストに関する多くの事がらを預言しました。エレミヤはまた,イエスの追随者に関する重要な事がらを預言しました。事実エレミヤは,イエスの聖別された残れる者もしくは残つている者,古いものが去つて新しいものがはいつて来る今の時代に地上にいる油そそがれた残れる者を預言的に予影していました。
7 エレミヤが伝道を始めた時は,宗教の領域に何が起ろうとしていた時ですか。それで今なぜ,エレミヤによつて予影されていた残れる者に耳を傾ける必要があるのですか。
7 エレミヤの住んでいた時代は,この予表と今日の成就に大きな決定力を持ちました。彼は,最も悲そうな事,とても信じられないようなことが,今にも起ろうとしていた時に預言しはじめました。それは,聖都エルサレムの滅びと,ヱホバ神の崇拝にささげられていたエルサレムの宮が略奪され焼き払われることでした。その大きな宗教上の打撃を受けたのは,エレミヤがヱホバの証者として預言しはじめてから40年の後でした。つまり良い王であつたヨシアのエレサレムにおける統治の12年目にあたるキリスト前647年から,征服者ネブカデネザル王のひきいるバビロンの軍隊が,賢者ソロモンの建てた宮を破壊した607年まででした。キリスト教国の組織された宗教に対して,恐怖は今日益々大きくなつています。それはいつたいどんなことになるのでしようか。この答をえるためには,人々は,エレミヤの予影した残れる者が伝道している事がらに耳を傾けねばなりません。彼らは,エレミヤの預言の今日における成就を人々に宣べ伝えているからです。
8,9 (イ)どのようにまた誰によつてエレミヤは預言者になりましたか。(ロ)エレミヤにとつて,神の仕事を取り上げる適切な時はいつでしたか。なぜ彼は年長者の面をおそれてはなりませんでしたか。
8 誰が彼らを彼らの主張する権威をもつて語る預言者としましたか。ところで,誰がエレミヤを預言者にしましたか。エレミヤは,エルサレムの北方にあつた町アナトテの祭司の息子でした。だからといつて,そのためにエレミヤが自動的に預言者になつたのではありません。またエレミヤが自分で勝手に預言者になつたのでもありません。特に彼は生れる前から預言者になるべく選ばれていたのですから,そのようなことはできませんでした。とはいつても,彼は,自分がなすべく選び出された使命を告げられた時,預言者として奉仕することに,自発的に同意し,それを受け入れることができました。エレミヤは,どのようにまた誰によつて自分が預言者にされたかを次のように私たちに告げています。『ヱホバの言葉われにのぞみて言う。われ汝を腹につくらざりし先に汝をしり,汝が胎をいでざりし先に汝を聖め汝をたてて万国の預言者となせりと。われこたえけるは,ああ主ヱホバよ,見よわれ幼少により語ることを知らず。ヱホバ我に言い給いけるは,汝われはおさなしというなかれ,すべてわが汝をつかわすところに行き,我が汝に命ずるすべてのことを語るべし。なんじ彼らの面を畏るるなかれ,そはわれ汝とともにありて汝をすくうべければなりとヱホバいい給えり。』(エレミヤ 1:4-8)エレミヤがある仕事のために生れたのは明らかです。問題は果して彼がその仕事に自分を適合させるであろうかということでした。彼は,みずから進んでそれを引き受けましたか。この任命を果す力はとてもないというエレミヤの気持が事を決定したのではありません。
9 エレミヤは自分に仕事が前もつてあてがわれていたからといつて,反抗したり反逆するようなことはありませんでした。神がどのように彼を預言者にされたかを示してさらにこう述べています,『ヱホバ遂にその手をのべてわが口につけ,ヱホバ我にいい給いけるは,見よわれわが言葉を汝の口にいれたり。みよ我きよう汝を万民のうえ万国の上にたて,汝をして或るいは抜き,或るいはこぼち,或るいは倒し,或るいは建て,或るいは植えしめん。』(エレミヤ 1:9,10)エレミヤが年齢においてあるいは彼自身の考えにおいて少年であつたことは,真の障害ではありませんでした。若い時こそ,神に奉仕することを自分の目的と決定すべき時です。それに,エレミヤの場合は,短期間に済む仕事ではありませんでした。ですからそれを完全に果すには,彼の大部分の生涯がこれからはじまるという若い少年時代に,その仕事に着手することは当をえたことでした。それでヱホバは,若すぎるというエレミヤのおそれをぬぐい去つて,『汝われはおさなしと言うなかれ』と告げられたのです。若い者が年長者に対して尊敬を示すことは規則でしたから,一少年が年長者に仮借なく話すには,何か異例的なものを必要としたことでしよう。しかしヱホバは,イスラエルのどの古い者よりも古い方でした。ですから彼は,『少年』エレミヤにこう言われたのです,『なんじ彼らの面を畏るるなかれ,そはわれ汝とともにありて汝をすくうべければなりとヱホバ言い給えり。』それで唯一の問題はこれでした。つまり,エレミヤは自から進んでそれを行つたかということです。
10,11 (イ)組織制度の終りは,どんなわざをすべき時ですか。(ロ)1919年に,クリスチャンと称する者に直面した最も重要な質問は何でしたか。
10 1914年,イエスの預言は成就しはじめました。この世にとつては,『組織制度の終り』がはじまつたのです。イエスの弟子だと主張する人々は何億もいました。彼らの大多数はキリスト教国にいました。この組織制度の終りの時は,偉大なるわざがなしとげられるべき時でした。そのわざは,終りの時代のはじまりから,完全な終りに至るまで続行されるわざでした。それは,人の住むすべての場所で,またすべての国民に対してなされるわざ,それらすべての国民に対して神の御国の良いたよりに関する証者となるわざでした。第一次世界大戦は1918年の暮れ近くまで,4年以上にわたり30以上の国の人々の時間と注意をうばつていました。そしてキリスト教国の宗教組織は,おのおの自国に味方して戦争に参加しました。当時彼らは神の御国の良い音信を宣べ伝える時間など持つてはいませんでした。ヱホバの証者に関しては,キリスト教国の宗教組織は,政治,軍事および法律上の権力者たちをあおぎ立てて,ヱホバの証者がしようと努力していた公けの伝道を減少もしくは殆ど中止させました。ヱホバの証者は,世界の状態と時代および出来事の意味するところを宣べ伝えようとしていたのです。1919年がやつてきました。イエスの言葉を成就すべき諸国民に対する証言のわざは依然として残り,イエスの足跡に従い服従すると主張するすべての者の肩にかかつてきました。終戦第一年目の決意とわざをなすにおいてキリスト教国およびクリスチャンと自称する者すべてにとつて最も重要な問題となつたのは,あらゆる国が一つの平和同盟を結ぶべきかということではなくて,誰が諸国民に対してヱホバの預言者となり,ヱホバの命令されるすべての事を彼らに話すか,誰が現代のエレミヤになるかということでした。
11 エレミヤは,ユダの王国の終りの時代に40年間預言しました。それでこの世の諸国の終りの時代である今,誰が音信をもつて預言するでしようか。
12 この質問に対する答えをどのように知ることができますか。
12 今から40前のその当時,このことは疑問でした。しかし今日では,その疑問がどのように答えられたかを知ることができます。今は示すべき事実があります。私たちは宗教的誇りあるいは自慢あるいは自分でつくりあげた主張に訴えるべきではありません。私たちは事実に訴えるべきです。事実だけから説明させなさい。ユダヤ人の歴史はいうまでもなく,キリスト教国の宗教組織であるカトリックとプロテスタントの実際の歴史を調べてごらんなさい。さらにまたそれらの宗教組織が今日行つていることを調べてごらんなさい。次ぎに,キリスト教国のすべての宗教組織とユダヤ人が,第一次世界大戦中またそれ以後ずつと懸命に反対しつづけてきた一つの宗教制度の歴史を調べてごらんなさい。この反対されているクリスチャンの制度がヱホバの証者であることは誰もが知つています。彼ら自身の年次報告およびヱホバの証者の『年鑑』はさておき,新聞の報道や雑誌の記事,警察および裁判所の記録,そうです,これらのヱホバの証者が訪問した何百万という人々の家を調べてごらんなさい。これらの全部に,証者たちが1919年から今の今まで何をしてきたか尋ねてごらんなさい。彼らは人々に伝えうるあらゆる手段と経路によつて伝道して来たというのが総合的な答えでしよう。彼らはただ一つの事がらだけを伝道して来ました。それは神の御国の良いたよりです。彼らはこれを,イエスが命令された通り,鉄のカーテンの背後の国々をも含めて,『すべての民に対してあかしをするために』宣べ伝えてきました。
13,14 (イ)どんな事実がこの質問の答えを決定しますか。(ロ)この答えに関し,今日ヱホバの証者はなぜ感謝しますか。なぜ彼らは幸福になりましたか。
13 その質問の答を決定する事実は,ローマカトリックおよび新教の牧師すべてが,ヱホバの証者はずつと諸国民に対するヱホバの預言者であつたこと,また今でもそうであるということに同意するかということではなくて,誰が,世の終りの今,クリスチャンに対する神の御旨をわきまえて,それをなすべく自からをささげたかということです。諸国民の番判の時である今日のために,神が前もつて定めておかれた仕事をいつたい誰が引き受けましたか。誰がこの仕事のための召しに応じ,1959年の現在までそれを行いつづけてきましたか。実際に神は誰をご自身の預言者として用いて来られましたか。
14 この問題に関する歴史的事実によると,キリスト教国は引きさがるより外ありません。ヱホバの証者は今日,神が喜んで彼らを用いて来て下つたことを,事実が明らかに示しているのに感謝しています。彼らが175の国々や島々で今に至るまで,なしてきたすべての伝道と聖書教育のわざは,軍隊の援助によるものでもなく,人間の力によるのでもなく,神の霊,目に見えない神の活動力によるものであることを彼らは告白致します。(ゼカリヤ 4:6)それはヱホバが力ある御手を突き出して彼らのくちびるにさわり,彼らの口にご自身の御言葉を入れてこられたからです。それは明らかにヱホバが彼らを諸国民および諸国家の上に立つことを任命されて来たからです。現在に対するヱホバ神のみわざが何であるかを見て来た人々,また自発的にそれをなしてきたすべての人々は,ほんとうにさいわいです。
神の二種類のみわざ
15 (イ)前もつて任命された事は何でしたか。(ロ)ではクリスチャンはどのようにその主張にふさわしく生活しなければなりませんか。どの『クリスチャン』がそうしましたか。
15 ヱレミヤの場合のように,各人が神のみわざをなすべく,前もつて任命されているのではありません。前もつて任命されたのはそのわざでした。キリスト教国はその前もつて任命されたわざをしないかも知れませんが,それでもこのわざは完了します。私たちはこのわざと一致を保たねばなりません。今の時代の神のみわざはこうあるべきだと自分で勝手に決めて,その自分の決めた事がらに神の祝福を祈るようなことをしてはなりません。いかに声を大にして執拗にクリスチャンであると主張しても,後者の道は神にそむいた不法のわざの一つです。神はクリスチャンたちに前もつて定められた仕事を与えられます。それは彼らが,神の御心を行うべくイエスを通して,自からをささげたと主張するからです。このようにして神は,クリスチャンたちに,もし彼らが望むならば,この時代のクリスチャンに前もつて任命しておいたわざをなすことによつて,その主張にふさわしく生活するようにさせられるのです。個人の名前に関係なく,聖別された残れる者,油そそがれたヱホバの証者は,第一次世界大戦中のとらわれから解放されて,前もつて任命されたいたわざを取りあげることにより彼らの献身を遂行しうることを心から喜びました。それ以後何万という人々がこのわざを行う機会をつかみ,喜びをもつて油そそがれたエレミヤの級に加わりそのわざを行いました。
16 少数にもかかわらずなぜヱホバの証者の仕事は世界的重要性をもつていますか。エレミヤが予影していたごとく,彼らは何をなすべき使命を与えられていますか。
16 ヱホバの証者は数においては比較的少ないかも知れません。彼らは政治とのつながり,そして政治に対する影響は少しももつていません。にもかかわらず,彼らの仕事は,世界的な重要性をもつています。なぜならそれは神が前もつて定められていたからです。その仕事は,世界的重要性をもつていたとエレミヤ自身の仕事によつて予影され,その輪郭が示されていたのです。ヱホバの証者は,この世の主義および軍事上の紛争に対しては全く中立です。にもかかわらず,彼らは,この世の諸国民と諸国家にかかわるヱホバ神の通告を伝達せよという命令を受けているのです。エレミヤが予影していたごとく,彼らは,『あるいは抜き,あるいはこわし,あるいは滅ぼし,あるいは倒し,あるいは建て,あるいは植える』べき使命を与えられているのです。
17 過去40年間に彼らは何をしましたか。ヱホバの証者はどのように,彼らの使命を果しましたか。
17 これこそヱホバの証者が過去40年間行つてきた仕事です。その間彼らが政治に手を出したことは一度もありません。またこの世界のある国の政府をくつがえしたり,その制度もしくは政治機構に敵対して暴力を振つたこともありません。ではいつたい,ヱホバから与えられたところの諸国家に対する使命を,彼らはどのように遂行してきましたか。これに対する正しい答は,私たちの模型であつたエレミヤが,そうしたことがらを行うべき彼の使命を,どのようにして果したかという質問に対する答から得られます。エレミヤは,ヱホバ神の裁き,ヱホバ神の判決および御目的を宣言することによつてその使命を果しました。ヱホバ神がご自身の御名によつて宣言されるならば,その事がらは成就したも同様です。このようにして神は,『なきものを有るものの如く呼ば』れます。(ロマ 4:17)ヱホバのさばきおよび目的の一つとして成就しないで,すぎ去つたものはありません。
18 ご自身と誰とを比較することによつてヱホバはご自身が挑戦をゆるさないものであることを示されますか。それで神は諸国民に関してどんな決断を下したりまた変えたりすることができますか。
18 ヱホバ神は地のちりをもつて人間を造られました。それでヱホバはご自分を,全く適切に,自分の手になる製品に対して絶対の制御力をもつ偉大な陶工または器を造る者になぞらえられています。そのような造り手ですからヱホバに挑戦はできません。ヱホバがなさつている事がらまたは彼がどのようにご自身の意志を表現されるかに関して挑戦することは何の役にもたちません。ヱホバは言われました,『イスラエルの家よ,陶器師の手に粘土があるように,あなたがたはわたしの手のうちにある。ある時には,わたしが民または国を抜く,破る,滅ぼすということがあるが,もしわたしの言つた国がその悪を離れるならば,わたしはこれに災を下そうとしたことを思いかえす。またある時には,わたしが民または国を建てる,植えるということがあるが,もしその国がわたしの目に悪と見えることを行い,わたしの声に聞き従わないなら,わたしはこれに幸を与えようとしたことを思いかえす。』― エレミヤ 18:5-10,新口。
19 昔ヱホバはどんな国々に対して,世界陶器師としての御自身の力を実証されましたか。それで諸国民は今日,現代の証者を通して来るヱホバの御言葉をなぜ侮蔑してはなりませんか。
19 ずつと昔ヱホバ神は,国々を建て又こわす世界陶器師としてのご自身の力を実証されたことがあります。古代のもろもろの世界勢力の遺跡,イスラエル,ユダ,バビロン,エドム,モアブ,アンモンその他の古代の政権は,ヱホバ神が,強大な政府,強大な都市,強力な力をもつ住民と彼らの制度をどのようにこわし,滅ぼし,倒したかという警告的な実例です。いずれの場合にもヱホバは,彼にそむき彼に対して戦つた国民あるいは世界強国に裁きを行われました。ヱホバはいつでも,ヱホバにそむく者,ヱホバと戦う者に対して神の御言葉を実行に移しその言葉を活かすところのご自身で選んだ刑執行者をもつておられました。『ヱホバ言いたまわく,わが言葉は火のごとくならずやまた磐を打ち砕く槌のごとくならずや。』(エレミヤ 23:29)ヱホバの証者として知られている国際的なきらわれ者であるクリスチャン団体を通して来ようとも,今日の諸国民はヱホバ神の御言葉を軽蔑してはなりません。彼らが諸国民に語り伝道している事がらは,彼ら自身の言葉ではなく,神の記録された御言葉からとられたものです。パウロは言つています,『こういうわけであるから,これらの警告を拒む者は,人を拒むのではなく,聖霊をあなたがたの心に賜わる神を拒むのである。』― テサロニケ前 4:8,新口。
20,21 (イ)ヱホバの証者は,1914年(西暦)という年にどんな重要性を付加していましたか。それはいつから?(ロ)『新しいもの』は何で,『古いもの』は何でしたか。ヱホバの証者は国連に関して何を宣言していますか。
20 1877年という昔から,ペンシルバニア州のものみの塔聖書冊子協会と関係を持つているヱホバの証者は,1914年が,神の聖書に記されている,異邦人時代,『諸国民に定められた時』の終る時であることを説明した印刷物を出版しました。これは,1914年中に,何か新しいものが始まり,古い何かがその終りの時に入る事になつていたことを意味しました。
21 その新しいものとは,天にたてられる神の御国で,その設立を願う祈りは,ほとんど1900年間続けられていたのです。古いものとは,この世の事であつて,国際地球観測年に60ヵ国が調査したところのこの地球ではありません。それは,この地球の上において悪魔に取りつかれた人間製の組織制度です。ヱホバの証者が,ずつと前から指摘していた年の1914年以降,この古い世は変りつづけ,この世の苦しみと悩みは依然として続き,ふえてきました。1919年,第一次世界大戦に勝利を得た国家群は,世界の一致を保ち,国際間の平和を促進し維持するという目的で,国際連盟を設立しましたが,ヱホバの証者は,それが神のみ前に憎むべきものであることを見抜いたのです。そして神の御言葉が国際連盟を滅びに定めていることを語りました。はたして1939年国際連盟は倒れました。ヱホバの証者が倒したからではなく ― ナチ指導者ヒットラーと彼を支持した枢軸国がこれを倒した ― ヱホバの誤りなき御言葉がそう述べていたからです。地上の証者を通して示されたヱホバの御言葉は失敗に終りませんでした。国際連盟の後継者である国際連合に関してはどうかというと,ヱホバの証者は,ヱホバが命令された通りに,この国際的平和組織に関するヱホバの御言葉を大胆に宣言しています。ヱホバの御言葉は,倒せ!と言われます。ですから国際連合も国際連盟と運命を共にするよう定められています。
22 ヱホバの証者が宣言する事を聞かねばならないのは,国連の加入国にとつて何をするようですか。
22 81の国連加入国は,ヱホバ神の御言葉から来るこの宣言をありがたく思わないでしよう。それを耳にすることは,とりわけヱホバの証者の口からまた出版物から聞くことは,彼らには毒の入つた酒を飲むような思いがするでしよう。それでも今日のエレミヤ級は,ヱホバの霊感された御言葉からのこの警告的な通告を諸国民に聞かせるよう命令されているのです。「あるいは抜き,あるいはこわし,あるいは滅ばし,あるいは倒せ」とヱホバはエレミヤに言われました。それで私たちは今日,この古い世が存在する限り,このにがい音信を伝道しつづけ,神ご自身が本物を飲ますまでこの警告を諸民国に飲ませ続けねばならないのです。ヱホバは言われます,『故に汝かれらに告げて言え,万軍のヱホバ,イスラエルの神いい給う,われ汝らの中に剣をつかわすによりて汝らは飲みまた酔いまた吐きまた倒れて再び起ざれと。彼らもし汝の手よりこの杯を受けて飲ずば汝かれらにいえ,万軍のヱホバかくいい給う汝ら必ず飲むべし。見よわれわが名をもて称えらるるこの邑にすら災を降すなり。汝らいかで罰を免かるることを得んや汝らは罰を免かれじ。そはわれ剣をよびて地に住めるすべての者を攻むべければなりと万軍のヱホバいい給う。』― エレミヤ 25:27-29。
23 どんな主張のためにヱホバはキリスト教国に責任を問われますか。なぜ共産圏もその他の国々も,ヱホバの刑執行の権による罰をまぬかれませんか。
23 クリスチャンとは似ても似つかぬこの20世紀のキリスト教国は,エレミヤの時代の,不信仰な国民イスラエルにならつて,神の御名で呼ばれることを主張し,神を代表すると言います。ヱホバ神は,キリスト教国が神の御名にふさわしい行いをしなかつた責任を問うでしよう。近づきつつあるハルマゲドンの宇宙戦争においては,ヱホバはその刑執行者イエス・キリストに対し,偽善的宗教制度の上に破滅の剣を振り下すよう告げられるでしよう。東の共産圏諸国も,また他の非キリスト教諸国も,いわゆるクリスチヤン西ブロック,くわしくはキリスト教国に破滅が近づきつつあるからといつて,いい気味だと考えてはなりません。もしヱホバが,神の御名を負うふりをするキリスト教国,世界の前で神の側に立つているようなふりをしているキリスト教国を罰すべきだと考えられるならば,この世の共産国ロシアとその衛星諸国,また非キリスト教諸国が罰を受けないと考えられますか。彼らは,キリスト教国以上にヱホバ神を愛しましたか。彼らは,ヱホバ神とその証者たちに反対したり戦うのをやめましたか。彼らは汚れた行いやヱホバに対する罪に関しては潔白ですか。いいえそうではありません。彼らも罰を免かれることはなく,ヱホバの刑執行の剣は,地のすべての住民に及ぶであろうとヱホバは言われています。従つてヱホバの証者は彼らにも警告を与えます。
24 エレミヤを通して与えられた災とその結果に関するヱホバの通告はどんなものでしたか。ネブカデネザルが中東からエジプトにわたる地を征服したことは何を例証しましたか。
24 次の言葉を聞いて下さい,『万軍のヱホバ言いたまう。見よ,災いでて国より国にいたらん。大なる暴風地の極よりおこるべし。その日ヱホバのころし給う者は地のこの極より地の彼の極におよばん。彼らは哀しまれずあつめられず葬られずして地の面に糞土とならん。』それからヱホバは,宗教指導者たちおよび商業,産業,経済界の君たちにこう話しかけられます,『牧者よ哭き叫べ,群れの長たちよ汝ら灰の中に転ぶべし,そは汝らの屠らるる日満つればなり。われ汝らを散すべければ汝らは貴き器のごとく堕べし。牧者はのがれ場なく群れの長たちは逃る所なし。牧者のさけびの声と群れの長たちの哀哭きこゆ,そはヱホバその牧場を滅し給えばなり。』(エレミヤ 25:32-36)ずつと昔,世界強国バビロンの王ネブカデネザルが,中東からエジプトにわたる一帯の地を風靡した時に起きた事がらは,ヱホバの僕なる強力な刑執行者イエス・キリストが,全地球上の国から国を行きめぐつて古いこの世的な組織制度を掃滅される時の事を示した,小さな,人間的規模の模型です。―エレミヤ 25:8-11。