「私たちの家のをなおざりにしない」
エホバの証人が困難な状況下で熱心に働く国々(その2)
― 1966年度エホバの証人の年鑑から ―
エチオピア
クリスチャンの兄弟たちは自国語の出版物を十分に持ち合わせていないため,協会は,新しい出版物が発表されるごとに,兄弟たちがそれを入手できるよう全力を上げてきました。兄弟たちは,これまで得た出版物に対して心から感謝しています。一兄弟は次のように書いてきました。「大勢の人々がエホバの山に上り,神の道を歩んでいると聞き,大きな喜びと励みを得ました。わたしたちがエホバのご親切にどれほど深く感謝しているか,ことばで表わすことはできません。そのご親切を理解できるのは,それを味わっている人だけです。エホバがご自身の民を助ける方法は実に驚くべきものです」。
エリトレアのある兄弟たちは,国家への忠誠の誓いを求められ,昨奉仕年度中に激しい圧迫を受けました。もしその誓いをすれば,クリスチャンの中立の原則を破ることになるのです。この問題のため,ある兄弟たちは職場をさえ失いました。しかし,神の法律を破るような行為を要求される場合,クリスチャンはエホバの導きに従う以外にありません。支配者が絶対的な服従を要求し,兄弟たちの良心を押しつぶそうと企てたとき,兄弟たちが行なったのはまさにこの事でした。彼らがとった道は,死に至るまでエホバに忠節を保ったイエスが言われたものと同じでした。『〔エホバ〕なるあなたの神を拝し,ただ神にのみ仕えよ』。―マタイ 4:10,〔新世〕。
しかし大変うれしいことに,政府に対してなされた訴えの結果,解雇されたこれらの兄弟たちすべては復職できたという知らせを最近受け取りました。それによれば,誓いをさせることは憲法違反であるという判決が下されたのです。これはエチオピアのすべての人が宗教のいかんを問わず,法律によって保護されていることをよく示しています。
しかし,アジスアベバにおけるわざは反対を受けており,数人の証人は興味をもつ人と聖書を研究したという理由で逮捕され,法廷にだされました。法廷で一牧師は,教会を侮辱したと訴えました。それは神のみことばがたしかに教えている事を,彼らが聖書から人々に教えたためでした。国民には信教の自由が保障されているにもかかわらず,裁判の結果,兄弟たちは服役および罰金をも含めたいくつかの刑を受けました。
ハンガリー
旅行中に,汽車の中で隣りの席の人と話して,良い結果が生まれました。一伝道者は旅行中に同席の夫婦と会話をはじめました。この兄弟が話を聖書に向けたところ,その夫婦は深い関心を示しました。彼らはペンテコスト派の信者で,自分たちの教会の集まりに出席するために旅行中だったのです。彼らは,今まで聖書を読んできましたが,この兄弟の話したことをこれまでに一度も聞いたことがなかったと述べ,自分たちの家に来てほしいと言いました。この兄弟は,十分に準備してその夫婦を尋ねました。熱心に話を聞いた二人は,その兄弟にもう一度訪問することを願い,三度目の訪問の際,兄弟は「楽園」の本を用いて研究することをすすめました。その後間もなく,彼らはペンテコスト派の教会を脱退しました。彼はそこの長老だったので,牧師や他の人々が彼のもとに来て,教会にもどるようにすすめました。しかし,彼とその妻は,人間の教えに従うのではなく,エホバにのみ仕えたいから,自分たちの決定を変えることはできないと彼らに告げました。すると,これらペンテコスト派の人々は,人気のないこのエホバの証人以外の教会にはいるのであればそれほど心を痛めるわけではないと述べました。わずか7ヵ月研究してから,この夫婦は浸礼を受けることに決心しました。二人とも今は神の国の熱心な伝道者です。
もしあなたが,ある人の住所を知らされ,その人を訪問し,証言することを依頼されるならどうしますか。住所のしるされた紙片をどこかの引き出しに入れて,そのまま忘れてしまいますか。次の経験から,そのような人々を良心的に訪問することの重要さがわかります。あるところで一姉妹はひとりの男の人に証言しました。姉妹は彼の家から相当離れたところに住んでいたため,彼の住む土地の会衆に,その人の住所を知らせました。会衆の人が尋ねたところ,彼は,その姉妹が約束どおり人を自分のところに送ってくれたことを大変喜びました。彼の妻は熱心なカトリック信者で,信者たちの集まりでは,ロザリオを用いる祈りを司会していました。しかし,彼女は最近,新聞でエホバの証人のことをよく読んでおり,訪問した証人たちを喜んで迎えました。彼女はこう言いました。「あなたがたは,かつてキリストやその弟子たちがされたように,今,訴えられているのですね」。これに答えて,訪問した伝道者は,公の報道が中傷にすぎないことを明らかにし,エホバの証人についての真実を説明したところ,その家族の者すべてが深い関心を持つようになりました。数回の訪問ののち,そのカトリック信者である妻は次のように語りました。「あなたに来ていただいて,わたしは本当に幸福です。真理がわたしたちの家庭に光と幸福をもたらしました。夫は泥酔の奴隷ではなくなりましたし,タバコもやめることを誓い,すわないようによく努力しています。そのため今では夫の神経質ぶりもずっとよくなっています。またわたしはこれまで,娘が無神論者ではないかと思っていました。娘は部屋からわたしの聖人の絵を取り除いたこともありました。しかしその娘が今では喜んでわたしたちと共に研究しているのです。わたしはカトリック教こそ最上の宗教と思っていましたが,それはこれほどの生活の変化をもたらすことはできませんでした」。その後,この家族は,隣人,親類,牧師などすべての人の反対に直面しましたが,かえってその反対はこの家族の信仰を強めたにすぎません。今ではみんなが御国のたよりを伝道しており,この家族の3人全部は浸礼を受ける時を待ち望んでいます。そうです,知らされた住所の人を訪問し,約束を果たした結果,これら3人はこの世の死の状態から真の命へと霊的に復活したのです。
ポーランド
わたしたちの活動の一つの顕著な事柄は,伝道者が群れとなって辺ぴな区域で働いたことです。彼らはテントを張り,それを基地にして,そこから近隣の区域全体にわたって伝道し,休暇開拓奉仕を行ないました。こうして,長年伝道されたことのない多くの人々に会えました。生まれて初めて音信を聞いた人々さえいました。
あるところでは,伝道者が群れとなってキャンプで生活するのを見物するために近くの町々から多くの人がやって来ました。これらの人々が関心を持っているのに気づいた伝道者たちは,集会をキャンプの外で開くことにしました。こうして彼らは野外で,日々の聖句の討議,研究集会,野外奉仕の実演,宣教学校,講演などを行ない,多くの一般の人々は立ち止って話に聞き入り,集会後はいろいろ質問をしました。人々が伝道者のところに群れをなして集まったのです。人々が家路に向かったのはいつも夜の11時ごろでした。その地方の警察署長さえ平服を着て出席しました。親しそうに見えましたが,彼はそのキャンプの責任者がだれかを知りたかったのです。しかしもちろんのこと,それはだれにもわかりませんでした。
ある伝道者が「ものみの塔」誌一部を職場の同僚に渡しました。この結果から,ただ一部の雑誌がどれほどの証言を行なうことになるかがわかります。その同僚が家に帰って,「キリスト教国は神の教えを破る!」の記事を読んでいるところに,高校の一教師とその妻が訪れ,この雑誌を借りて読むことになりました。それからこの雑誌は一弁護士の手に渡り,さらにある州の検察官の妻に渡されました。最後にその同僚がこの雑誌を伝道者に返した時はじめて,多くの人々に読まれていたことがわかったのです。その記事を読んだ人々は深い感銘を受け,記事を書き写して自分たちのために保存しました。その高校の教師はすでに「ものみの塔」誌の他の号を求めてきました。
伝道者は聖書を配布する運動に参加する方法さえ考え出し,6月と12月にそれを行ないました。もちろん新世訳は得られませんが,普通の書店から入手できた限られた部数の聖書を用いて,人々に接する良い道を開きました。入手できるだけの聖書を買い求め,この2ヵ月の間特別の努力を傾けて配布した結果,これまで配布した数の幾倍にも相当する3万冊以上を配布できました。
ルーマニア
ルーマニアの兄弟たちは伝道の自由を奪われているにもかかわらず,人々を弟子とするわざを忠実に行なっています。そして昨奉仕年度中ルーマニアにおけるわざは強められ,進歩してきました。
病院に入院中の患者は証言するよい機会に恵まれます。ひとりの兄弟が事故のため負傷して病院に運ばれました。彼は大手術を受けることになりましたが,勇気があり,少しも恐れませんでした。それで麻酔をかけられる前に外科医に,永遠の命は仲立であるイエス・キリストを通してエホバに信仰を持つことによってのみ得られることを証言しました。医師は深い興味を覚え,この患者を日に1回たずねては,エホバの証人の信仰についてさらに知らうと努めました。手術後,順調に回復し,やがて兄弟は退院しました。その後その医師の家に数回招待されました。後日,真理の理解を得た医師は浸礼を望むようになりました。そして今,自分の病院で多くの機会をとらえ,永遠の生命の真の希望について患者たちに知らせています。