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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2019
塔研19 02月号 14–19ページ

研究記事8

感かん謝しゃを表あらわすべきなのはなぜですか

「感かん謝しゃを抱いだいていることを示しめしなさい」。コロサイ 3:15

46番ばんの歌うた エホバ,私わたしたちは感かん謝しゃします

何なにを学まなぶかa

1. イエスに病びょう気きを治なおしてもらったサマリア人じんは,どのように感かん謝しゃを表あらわしましたか。

10人にんはつらい状じょう況きょうに置おかれていました。重おもい皮ひ膚ふ病びょうを抱かかえ,治なおる見み込こみはありません。しかしある日ひ,少すこし離はなれた所ところに偉い大だいな教きょう師しイエスがいるのを見みかけます。イエスがどんな病びょう気きも治なおせると聞きいていたので,自じ分ぶんたちも治なおしてもらえるに違ちがいないと思おもい,「イエスよ,先せん生せい,わたしたちに憐あわれみをおかけください!」と叫さけびます。イエスのおかげで,10人にんの病びょう気きはすっかり治なおりました。全ぜん員いん,イエスの親しん切せつをありがたく思おもったに違ちがいありません。しかし,感かん謝しゃを抱いだいただけではなく表あらわしたのは,サマリア人じん1人ひとりだけでした。その人ひとは,「大おお声ごえで」神かみをたたえずにはいられませんでした。(ルカ 17:12-19)

2-3. (ア)わたしたちはどんなことを忘わすれてしまいがちですか。(イ)この記き事じでは,どんなことを考かんがえますか。

2 わたしたちもこのサマリア人じんに倣ならい,親しん切せつにしてくれた人ひとに感かん謝しゃの気き持もちを表あらわしたいと思おもいます。でも,それを言こと葉ばや行こう動どうで表あらわすのをつい忘わすれてしまうことがあります。

3 この記き事じでは,感かん謝しゃを言こと葉ばや行こう動どうで表あらわすのが大たい切せつなのはなぜかを学まなびます。聖せい書しょに記しるされている,感かん謝しゃを表あらわした人ひとと表あらわさなかった人ひとの例れいを取とり上あげます。感かん謝しゃを表あらわす具ぐ体たい的てきな方ほう法ほうも考かんがえます。

感かん謝しゃを表あらわすべきなのはなぜか

4-5. 感かん謝しゃを表あらわすべきなのはなぜですか。

4 エホバは様さま々ざまな方ほう法ほうで感かん謝しゃを表あらわし,手て本ほんを示しめしておられます。その一ひとつは,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとに豊ゆたかに報むくいることです。(サム二に 22:21。詩し 13:6。マタ 10:40,41)そして聖せい書しょは,「愛あいされる子こ供どもとして,神かみを見み倣ならう者ものとなりなさい」と勧すすめています。(エフェ 5:1)わたしたちが感かん謝しゃを表あらわすのは,エホバの手て本ほんに倣ならいたいと思おもっているからです。

5 別べつの理り由ゆうもあります。感かん謝しゃを表あらわすなら,自じ分ぶんも他たの人ひとも幸しあわせな気き持もちになれます。だれかがおいしい料りょう理りを作つくってくれたなら,あなたはきっとうれしく思おもうことでしょう。でも,感かん謝しゃを抱いだくだけでなく,「ありがとう」と言いって感かん謝しゃを表あらわすなら,相あい手てもうれしく思おもうはずです。努ど力りょくしてよかった,喜よろこんでもらえてよかったと感かんじるでしょう。その結けっ果か,友ゆう情じょうが強つよまります。

6. 感かん謝しゃの言こと葉ばと金きんのりんごはどんな点てんで似にていますか。

6 感かん謝しゃを表あらわすことには価か値ちがあります。聖せい書しょはこう述のべています。「適てき切せつな時ときに話はなされる言こと葉ばは,銀ぎんの彫ほり物ものの中なかの金きんのりんごのようだ」。(箴しん 25:11)銀ぎんの彫ほり物ものの中なかの金きんのりんごはとても美うつくしく,高こう価かであるに違ちがいありません。そのようなプレゼントをもらったら,うれしく思おもうことでしょう。他たの人ひとへの感かん謝しゃの言こと葉ばにもそれと同おなじほど大おおきな価か値ちがあります。果物くだもののりんごとは違ちがい,金きんのりんごはずっと輝かがやきを放はなちます。同どう様ように,あなたの感かん謝しゃの言こと葉ばは相あい手ての心こころにいつまでも残のこることでしょう。

感かん謝しゃを表あらわした人ひとたち

7. 詩し編へん 27編へん4節せつにあるように,ダビデはどのように感かん謝しゃを表あらわしましたか。他たの詩し編へん作さく者しゃはどうですか。

7 神かみに仕つかえた昔むかしの多おおくの人ひとたちも感かん謝しゃを表あらわしました。ダビデはその一人ひとりです。(詩し編へん 27:4を読よむ。)真しんの崇すう拝はいの素す晴ばらしさを認みとめ,その気き持もちを言こと葉ばや行こう動どうで表あらわしました。神しん殿でん建けん設せつのために莫ばく大だいな財ざい産さんを投とうじました。また,アサフの子し孫そんたちは,詩しつまり賛さん美びの歌うたを何なん編ぺんも書かき,感かん謝しゃを表あらわしました。その詩しの一ひとつでは,エホバに感かん謝しゃし,エホバの「驚おどろくべきみ業わざ」を称しょう賛さんしています。(詩し 75:1)ダビデもアサフの子し孫そんたちも,受うけている祝しゅく福ふくすべてに対たいする心こころからの感かん謝しゃをエホバに伝つたえたい,と思おもっていたのでしょう。彼かれらにどのように倣ならえるでしょうか。

ローマの会衆でパウロの手紙が読み上げられている。何人かの人は,自分の名前が読まれるのを聞いて喜んでいる。

パウロがローマのクリスチャンに書いた手紙から,感謝を表わすことについてどんなことを学べますか。(8-9節を参照。)b

8-9. パウロは兄きょう弟だい姉し妹まいへの感かん謝しゃをどのように表あらわしましたか。どんな結けっ果かになったと考かんがえられますか。

8 使し徒とパウロは兄きょう弟だい姉し妹まいに感かん謝しゃしました。そのことはパウロが彼かれらについて述のべている事こと柄がらから分わかります。パウロは神かみに祈いのる時とき,兄きょう弟だい姉し妹まいについて感かん謝しゃしました。会かい衆しゅうへの手て紙がみの中なかでも彼かれらに感かん謝しゃしました。ローマ 16章しょう1節せつから15節せつの中なかで,27人にんの仲なか間まの名な前まえを挙あげています。特とくに,プリスカとアクラがパウロのために「自じ分ぶんの首くびをかけた」ことについて述のべています。また,フォイベがパウロを含ふくむ「多おおくの人ひと」の「擁よう護ご者しゃとなってくれた」ことも記しるしています。熱ねっ心しんに働はたらく,愛あいする兄きょう弟だい姉し妹まいのことを褒ほめたのです。

9 パウロは兄きょう弟だい姉し妹まいの不ふ完かん全ぜんさを知しっていましたが,ローマ人じんへの手て紙がみの最さい後ごの部ぶ分ぶんで彼かれらの良よい点てんに注ちゅう意いを向むけています。兄きょう弟だい姉し妹まいはパウロの言こと葉ばが会かい衆しゅうで読よみ上あげられるのを聞きいて,うれしく思おもったことでしょう。その結けっ果か,パウロとの友ゆう情じょうが強つよまったに違ちがいありません。あなたは,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいが言いったり行おこなったりした良よい事こと柄がらについて,いつも感かん謝しゃを伝つたえていますか。

10. イエスは弟で子したちにどのように感かん謝しゃを表あらわしましたか。そのことから何なにを学まなべますか。

10 イエスは,小しょうアジアの諸しょ会かい衆しゅうへのメッセージの中なかで,弟で子したちが行おこなったことへの感かん謝しゃを述のべました。例たとえば,テアテラ会かい衆しゅうへのメッセージの初はじめにこう述のべています。「わたしは,あなたの行おこない,また,あなたの愛あいと信しん仰こうと奉ほう仕しと忍にん耐たいを,そして,あなたの最さい近きんの行おこないが以い前ぜんのものより多おおいことを知しっている」。(啓けい 2:19)イエスは彼かれらが以い前ぜんより多おおくのことを行おこなっていると述のべただけでなく,動どう機きとなった愛あいや信しん仰こうを褒ほめました。テアテラ会かい衆しゅうの人ひとたちの改かい善ぜん点てんを指し摘てきする必ひつ要ようがありましたが,まずは励はげましの言こと葉ばを述のべ,励はげましの言こと葉ばで結むすんでいます。(啓けい 2:25-28)イエスはすべての会かい衆しゅうの頭かしらとして大おおきな権けん限げんを持もっています。わたしたちの奉ほう仕しに感かん謝しゃしなければならないわけではありません。それにもかかわらず,いつも感かん謝しゃしてくださいます。長ちょう老ろうたちにとって素す晴ばらしい手て本ほんではないでしょうか。

感かん謝しゃを表あらわさなかった人ひとたち

11. ヘブライ 12章しょう16節せつによると,エサウは神しん聖せいな物もの事ごとに対たいしてどんな見み方かたをしていましたか。

11 聖せい書しょには,感かん謝しゃを表あらわさなかった人ひとたちのことも記しるされています。エサウはその一人ひとりです。エホバを愛あいし敬うやまう両りょう親しんに育そだてられましたが,神しん聖せいな物もの事ごとの価か値ちを認にん識しきしませんでした。(ヘブライ 12:16を読よむ。)感かん謝しゃに欠かけた見み方かたはどのように表ひょう面めん化かしたでしょうか。性せい急きゅうにも,エサウはたった1杯ぱいの煮に物ものと引ひき換かえに,長ちょう子しの権けんを弟おとうとのヤコブに売うってしまいました。(創そう 25:30-34)後のちにエサウは自じ分ぶんのしたことをひどく後こう悔かいしました。しかし,そもそも長ちょう子しの権けんの価か値ちを認みとめていなかったのですから,それに伴ともなう祝しゅく福ふくを与あたえられなかったからといって不ふ平へいを言いうことなどできませんでした。

12-13. イスラエル人じんは感かん謝しゃが欠かけていることをどのように示しめしましたか。どんな結けっ果かになりましたか。

12 イスラエル人じんには,感かん謝しゃを表あらわすべき理り由ゆうがたくさんありました。エホバは,エジプトに十とおの災さい厄やくを下くだし,イスラエル人じんを奴ど隷れい状じょう態たいから解かい放ほうされました。その後ご,紅こう海かいでエジプト軍ぐんを壊かい滅めつさせ,イスラエル人じんを窮きゅう地ちから救すくわれました。イスラエル人じんは深ふかく感かん謝しゃし,エホバを賛さん美びする勝しょう利りの歌うたを歌うたいました。では,その後ごも感かん謝しゃを抱いだき続つづけたでしょうか。

13 イスラエル人じんは,新あらたな問もん題だいにぶつかると,エホバがしてくださった良よいことをすべて忘わすれてしまいました。そして,感かん謝しゃの欠かけた態たい度どを取とりました。(詩し 106:7)どのようにでしょうか。「イスラエルの子こらの全ぜん集しゅう会かいは……モーセとアロンに対たいしてつぶやくようにな[り]」ました。実じっ際さいにはエホバに対たいしてつぶやいていたのです。(出しゅつ 16:2,8)エホバは,人ひと々びとが感かん謝しゃの欠かけた態たい度どを示しめしたことに失しつ望ぼうされました。後のちに,ヨシュアとカレブを除のぞき,その世せ代だいのイスラエル人じんがみな荒こう野やで死しぬと予よ告こくされました。(民みん 14:22-24; 26:65)わたしたちはどうすれば,悪わるい例れいではなく良よい手て本ほんに倣ならえるでしょうか。

どのように感かん謝しゃを表あらわせるか

14-15. (ア)夫おっとや妻つまは互たがいにどのように感かん謝しゃを表あらわせますか。(イ)親おやは,感かん謝しゃを表あらわすことの大たい切せつさをどのように子こどもに教おしえることができますか。

14 家か族ぞくで。一人ひとり一人ひとりが感かん謝しゃを表あらわすことは,家か族ぞくみんなのためになります。夫おっとと妻つまが互たがいに感かん謝しゃを表あらわせば表あらわすほど,2人ふたりの絆きずなは強つよまり,互たがいの間ま違ちがいを許ゆるしやすくなります。妻つまに感かん謝しゃしている夫おっとは,妻つまのりっぱな言こと葉ばや行こう動どうに気きづくだけでなく,「立たち上あがり,これを称しょう賛さん」します。(箴しん 31:10,28)賢かしこい妻つまは,夫おっとにどんなことを感かん謝しゃしているかを具ぐ体たい的てきに伝つたえます。

15 親おやの皆みなさんは,感かん謝しゃを表あらわすことの大たい切せつさを子こどもにどのように教おしえることができるでしょうか。子こどもは皆みなさんの言いうことやすることをまねします。ですから,子こどもが何なにかをしてくれたら,「ありがとう」と言いって,手て本ほんを示しめしましょう。また,子こどもが他たの人ひとから何なにかをしてもらったら,「ありがとう」と言いうように教おしえてください。感かん謝しゃは心こころから表あらわさなければならないこと,言こと葉ばには大おおきな力ちからがあることを理り解かいできるよう助たすけてください。クレーリーという姉し妹まいはこう述のべています。「母ははは32歳さいの時ときに突とつ然ぜん,独ひとりで3人にんの子こどもを育そだてなければならなくなりました。わたしは自じ分ぶんが32歳さいになった時とき,母ははがこの年ねん齢れいでした苦く労ろうを考かんがえ,さぞかし大たい変へんだっただろうと思おもいました。それで,わたしたち3人にんを育そだてるためにたくさんのことを犠ぎ牲せいにしてくれて本ほん当とうにありがとう,と伝つたえました。最さい近きんになって母ははが話はなしてくれたのですが,その時ときのわたしの言こと葉ばがとてもうれしくて,よく思おもい出だしているそうです。そのたびに幸しあわせな気き持もちになれる,と言いっていました」。

母親と娘が年配の姉妹と一緒に野外奉仕をしている。後に,その親子がケーキを焼いて,年配の姉妹に届けている。

感謝を表わすことの大切さを子どもに教えましょう。(15節を参照。)c

16. 感かん謝しゃを表あらわすことがどれほど大おおきな励はげみになるかを示しめす例れいを述のべてください。

16 会かい衆しゅうで。兄きょう弟だい姉し妹まいは感かん謝しゃされると,励はげみを得えます。長ちょう老ろうとして奉ほう仕ししている28歳さいのホルヘは重おもい病びょう気きになり,1か月げつ間かん,集しゅう会かいに出しゅっ席せきできませんでした。出しゅっ席せきできるようになってからも,話はなしの割わり当あてを果はたせませんでした。こう述のべています。「思おもうように活かつ動どうできず,会かい衆しゅうの責せき任にんも果はたせなかったので,自じ分ぶんは役やく立たたずだと感かんじていました。でも,ある日ひの集しゅう会かい後ご,1人ひとりの兄きょう弟だいからこう言いわれました。『兄きょう弟だいがわたしや家か族ぞくにりっぱな手て本ほんを示しめしてくださっていることに感かん謝しゃしているんです。ここ数すう年ねんの兄きょう弟だいのお話はなしがとても大おおきな助たすけになってきました。おかげでわたしたち家か族ぞくの信しん仰こうが強つよまりました』。その言こと葉ばを聞きいて胸むねがいっぱいになり,涙なみだがあふれてきました。わたしが本ほん当とうに必ひつ要ようとしていた言こと葉ばでした」。

17. コロサイ 3章しょう15節せつが勧すすめているように,エホバが良よいものを惜おしみなく与あたえてくださることに対たいして,どのように感かん謝しゃを表あらわせますか。

17 惜おしみなく与あたえてくださる神かみに。エホバは信しん仰こうを強つよめるために必ひつ要ようなものを豊ゆたかに与あたえてくださいます。例たとえば,集しゅう会かいや雑ざっ誌しやウェブサイトを通とおして,大たい切せつなことを教おしえてくださいます。あなたはこれまで,集しゅう会かいや大たい会かいで話はなしを聞きいたり,雑ざっ誌しの記き事じを読よんだり,JW Broadcastingを視し聴ちょうしたりしていて,「これはちょうど自じ分ぶんが必ひつ要ようとしていたものだ」と感かんじたことはありませんか。では,エホバへの感かん謝しゃをどのように表あらわせるでしょうか。(コロサイ 3:15を読よむ。)いつもエホバに祈いのり,良よい贈おくり物ものを感かん謝しゃすることによってです。(ヤコ 1:17)

兄弟姉妹が王国会館を清掃している。

王国会館の清掃を手伝うことは,感謝を表わす優れた方法。(18節を参照。)

18. 王おう国こく会かい館かんが与あたえられていることへの感かん謝しゃをどのように表あらわせますか。

18 エホバへの感かん謝しゃは,崇すう拝はいの場ば所しょをきれいな状じょう態たいに保たもつことによっても表あらわせます。王おう国こく会かい館かんの清せい掃そうやメンテナンスに定てい期き的てきに参さん加かしましょう。会かい衆しゅうの音おん響きょう機き器きなどは大たい切せつに使つかってください。王おう国こく会かい館かんをきちんとメンテナンスすれば,何なん度ども大おおきな修しゅう理りをする必ひつ要ようはなくなり,長ながい間あいだ使し用ようできるでしょう。そうすれば,世せ界かい中じゅうの他たの王おう国こく会かい館かんの建けん設せつや改かい装そうにもっと多おおくのお金かねを使つかうことができます。

19. ある巡じゅん回かい監かん督とくと妻つまの経けい験けんから何なにを学まなべますか。

19 わたしたちのために骨ほね折おって働はたらいている人ひとたちに。感かん謝しゃされると,大たい変へんな状じょう況きょうにも耐たえられます。ある巡じゅん回かい監かん督とくと妻つまは,寒さむい冬ふゆに一いち日にち中じゅう伝でん道どうし,泊とまっている家いえに帰かえった時ときには疲つかれ切きっていました。あまりにも寒さむかったので,妻つまは冬ふゆのコートを着きたまま寝ねたほどです。翌よく朝あさ,夫おっとに,もう旅りょ行こうする奉ほう仕しは続つづけられそうにない,と言いいました。同おなじ日ひの午ご前ぜん中ちゅうに,支し部ぶ事じ務む所しょから妻つま宛あての手て紙がみが届とどきました。様さま々ざまな苦く労ろうがある中なか,熱ねっ心しんに宣せん教きょうを行おこない続つづけていることを温あたたかく褒ほめ,毎まい週しゅう泊とまる場ば所しょが変かわるのは大たい変へんでしょう,とねぎらう内ない容ようでした。夫おっとはこう語かたっています。「妻つまはその称しょう賛さんの言こと葉ばに心こころを大おおきく動うごかされ,以い来らい,旅りょ行こうする奉ほう仕しを離はなれようとは言いわなくなりました。現げんに何なん度どか,わたしのほうがもうやめようかと思おもったとき,やめずに続つづけましょうと妻つまが励はげましてくれました」。この夫ふう婦ふは,旅りょ行こうする奉ほう仕しを40年ねん近ちかく続つづけました。

20. 毎まい日にち,どんなことを心こころがけるべきですか。なぜですか。

20 毎まい日にち,感かん謝しゃを言こと葉ばや行こう動どうで表あらわしましょう。今こん日にちの感かん謝しゃに欠かけた世よでだれかに感かん謝しゃを表あらわすなら,その人ひとはちょうど必ひつ要ようとしていた励はげましを得えて,また一いち日にち頑がん張ばろうという気き持もちになるかもしれません。また互たがいの友ゆう情じょうは強つよまり,いつまでも続つづくことでしょう。最もっとも大たい切せつなこととして,良よいものを惜おしみなく与あたえ,感かん謝しゃを表あらわしてくださる父ちちエホバに倣ならえるのです。

どのように答こたえますか

  • 他たの人ひとに感かん謝しゃを表あらわすべきなのはなぜですか。

  • 聖せい書しょには,心こころからの感かん謝しゃを言こと葉ばや行こう動どうで表あらわしたどんな人ひとの例れいが記しるされていますか。

  • 今こん日にち,心こころからの感かん謝しゃをどのように表あらわせますか。

20番ばんの歌うた あなたは貴き重ちょうな子こを与あたえてくださった

a エホバ,イエス,重おもい皮ひ膚ふ病びょうにかかったサマリア人じんなどの例れいを取とり上あげ,感かん謝しゃを表あらわすことが大たい切せつなのはなぜか,またどのように感かん謝しゃを表あらわせるかを考かんがえます。

b 写しゃ真しんや挿さし絵え: ローマの会かい衆しゅうでパウロの手て紙がみが読よみ上あげられている。アクラやプリスカやフォイベなどの人ひとが,自じ分ぶんの名な前まえが読よまれるのを聞きいて喜よろこんでいる。

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: ある母はは親おやが娘むすめに,良よい手て本ほんを示しめしてくれた年ねん配ぱいの姉し妹まいに感かん謝しゃを表あらわすよう教おしえている。

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