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  • 塔研21 03月号 20–25ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
塔研21 03月号 20–25ページ

研究記事12

愛あいは憎にくしみを耐たえ忍しのぶ力ちからとなる

「私わたしがこれらのことを命めいじるのは,あなたたちが互たがいに愛あいし合あうためです。もし世よの人ひと々びとがあなたたちを憎にくむなら,あなたたちを憎にくむ前まえに私わたしを憎にくんだということを思おもい出だしなさい」。ヨハネ 15:17,18

129番ばんの歌うた 決けっして負まけない 最さい後ごまで

何なにを学まなぶかa

1. マタイ 24章しょう9節せつからすると,私わたしたちが世よの人ひと々びとから憎にくまれても驚おどろくべきでないのはなぜですか。

エホバは,愛あいする能のう力りょくと愛あいされたいという願ねがいを持もつ者ものとして人にん間げんを創そう造ぞうしました。それで私わたしたちは,誰だれかから憎にくまれると傷きずつきます。恐おそれを感かんじることさえあります。ヨーロッパに住すむジョルジーナ姉し妹まいはこう言いいます。「私わたしは14歳さいの時とき,エホバに仕つかえているという理り由ゆうで母ははから憎にくまれるようになりました。見み捨すてられたように感かんじ,自じ分ぶんはいい子こではないのかもしれないと思おもうようになりました」。b また,ダニーロ兄きょう弟だいはこう書かいています。「エホバの証しょう人にんだという理り由ゆうで,兵へい士したちから殴なぐられ,侮ぶ辱じょくされ,脅おどされた時とき,本ほん当とうに恐おそろしく感かんじ,自じ尊そん心しんを傷きずつけられました」。このように,憎にくまれて傷きずつくことがあっても,私わたしたちは驚おどろきません。イエスが予よ告こくしていた通とおりだからです。(マタイ 24:9を読よむ。)

2-3. イエスに従したがう人ひとたちが憎にくまれるのはなぜですか。

2 イエスに従したがう人ひとたちは,世よの人ひと々びとから憎にくまれます。なぜなら,イエスと同おなじく,「世よの人ひと々びとのようではない」からです。(ヨハ 15:17-19)それで,政せい府ふに敬けい意いを示しめしますが,政せい党とうを支し持じしたり,国こっ旗きに敬けい礼れいしたり,国こっ歌かを歌うたったりはしません。エホバだけを崇すう拝はいします。サタンとサタンの「子し孫そん」がどれほど反はん論ろんするとしても,神かみに人じん類るいを治おさめる権けん利りがあることを認みとめ,支し持じしています。(創そう 3:1-5,15)そして,神かみの王おう国こくだけが人じん類るいの問もん題だいを解かい決けつできることや,敵てき対たいする者ものたち全すべてをその王おう国こくが間まもなく滅ほろぼすことを人ひと々びとに伝つたえています。(ダニ 2:44。啓けい 19:19-21)これは温おん厚こうな人ひとたちにとっては良よい知しらせですが,悪あく人にんにとっては悪わるい知しらせです。(詩し 37:10,11)

3 私わたしたちはさらに,神かみの正ただしい基き準じゅんに従したがって生いきているという理り由ゆうでも憎にくまれます。この基き準じゅんは,世よの人ひと々びとの腐ふ敗はいした道どう徳とく基き準じゅんとは全まったく異ことなっています。例たとえば,多おおくの人ひとたちは,神かみによって滅ほろぼされたソドムとゴモラの人ひとたちがしていたようなひどく不ふ道どう徳とくな行おこないを悪わるいことだとは思おもわなくなっています。(ユダ 7)私わたしたちは,聖せい書しょの基き準じゅんに従したがってこうした行おこないを退しりぞけるので,人ひと々びとからあざけられたり,心こころが狭せまいと言いわれたりします。(ペテ一いち 4:3,4)

4. 人ひと々びとから憎にくまれる時とき,何なにが耐たえ忍しのぶ力ちからとなりますか。

4 人ひと々びとから憎にくまれ,あざけられる時とき,何なにが耐たえ忍しのぶ力ちからとなりますか。エホバが私わたしたちを助たすけてくれるという強つよい信しん仰こうです。信しん仰こうは盾たてのように,「邪じゃ悪あくな者ものの火ひ矢やを全すべて消けすことができます」。(エフェ 6:16)しかし,信しん仰こうだけでは十じゅう分ぶんではありません。愛あいも必ひつ要ようです。なぜでしょうか。愛あいがあれば,「いら立だ」つことはなく,あらゆるつらいことを耐たえ忍しのぶことができるからです。(コリ一いち 13:4-7,13)では,エホバへの愛あい,兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あい,また敵てきへの愛あいが,憎にくしみを耐たえ忍しのぶ上うえでどのように力ちからとなるかを考かんがえましょう。

エホバへの愛あい

5. イエスはお父とうさんエホバを愛あいしていたので,どうすることができましたか。

5 イエスは,敵てきに殺ころされる前まえの晩ばん,忠ちゅう実じつな弟で子したちにこう言いいました。「私わたし[は]父ちちを愛あいしている[ので],父ちちが命めいじた通とおりにしています」。(ヨハ 14:31)イエスはエホバを愛あいしていたので,厳きびしい試し練れんを耐たえ忍しのぶことができました。私わたしたちもエホバを愛あいするなら,同おなじように試し練れんを耐たえ忍しのぶことができます。

6. ローマ 5章しょう3-5節せつによると,エホバに仕つかえる人ひとたちは,世よの人ひと々びとから憎にくまれてもどうしますか。

6 エホバに仕つかえる人ひとたちも,神かみへの愛あいによって迫はく害がいを耐たえ忍しのんできました。例たとえば,使し徒とたちはユダヤ人じんの最さい高こう法ほう廷ていから伝でん道どうをやめるようにと厳きびしく命めいじられた時とき,神かみへの愛あいに動うごかされて,「人ひとではなく神かみに従したが」いました。(使し徒と 5:29。ヨハ一いち 5:3)こうした極きわめて強つよい愛あいは,現げん代だいの兄きょう弟だい姉し妹まいにとっても力ちからとなっています。多おおくの仲なか間またちは,残ざん酷こくな政せい府ふから圧あつ力りょくをかけられても,しっかり立たち,忠ちゅう実じつを保たもっています。世よの人ひと々びとから憎にくまれるとしても,気き落おちするのではなく,喜よろこびます。(使し徒と 5:41。ローマ 5:3-5を読よむ。)

7. 家か族ぞくから反はん対たいされる時とき,どうすべきですか。

7 自じ分ぶんの家か族ぞくから反はん対たいされることは,非ひ常じょうに大おおきな試し練れんとなるかもしれません。私わたしたちがエホバについて学まなびたいと思おもうようになると,家か族ぞくの中なかには,私わたしたちがだまされていると考かんがえる人ひとや,頭あたまがおかしくなったと思おもう人ひとがいるかもしれません。(マルコ 3:21と比ひ較かく。)激はげしく反はん対たいする人ひともいるでしょう。しかし,こうした反はん応のうは意い外がいなものではありません。「自じ分ぶんの家いえの人ひとたちが敵てきになる」とイエスは言いいました。(マタ 10:36)もちろん,私わたしたちは親しん族ぞくからどう思おもわれるとしても,親しん族ぞくを敵てきと見みなすことはありません。エホバへの愛あいが深ふかまるほど,人ひと々びとへの愛あいも深ふかまるからです。(マタ 22:37-39)とはいえ,人ひとを喜よろこばせるためだけに聖せい書しょの基き準じゅんを無む視しして妥だ協きょうすることは決けっしてしません。

ジョルジーナ姉妹の役を演じている姉妹が,立って微笑んでいる。1. 姉妹が床に座っている。母親が姉妹に向かって怒鳴り,出版物を破っている。2. 姉妹が聖書を読んでいる。3. 姉妹が,もう1人の姉妹から聖書を教えてもらっている。4. 姉妹が,王国会館で兄弟姉妹と話している。

一いち時じ的てきにつらい思おもいをするとしても,エホバはいつもそばにいて,私わたしたちを慰なぐさめ,力ちからづけてくれる。(8-10節せつを参さん照しょう。)

8-9. ジョルジーナ姉し妹まいが厳きびしい反はん対たいを受うけても忠ちゅう実じつを保たもつ上うえで,何なにが力ちからとなりましたか。

8 前まえに出でてきたジョルジーナ姉し妹まいは,母はは親おやから厳きびしい反はん対たいを受うけても,忠ちゅう実じつを保たもつことができました。こう言いっています。「母ははと私わたしがエホバの証しょう人にんと聖せい書しょの勉べん強きょうを始はじめてから半はん年とし後ご,私わたしが集しゅう会かいに行いきたいと言いうと,母ははは急きゅうに態たい度どを変かえました。母ははは背はい教きょう者しゃと連れん絡らくを取とっていたのです。そして,背はい教きょう者しゃの考かんがえを持もち出だして,私わたしを攻こう撃げきしてきました。私わたしを侮ぶ辱じょくしたり,髪かみを引ひっ張ぱったり,首くびを絞しめたり,出しゅっ版ぱん物ぶつを捨すてたりもしました。私わたしは15歳さいでバプテスマを受うけました。母ははは私わたしがエホバに仕つかえるのをやめさせようとして,私わたしを施し設せつに入いれました。そこは反はん抗こう的てきな10代だいの子こたちが入いれられるような場ば所しょで,薬やく物ぶつに手てを出だした人ひとや犯はん罪ざいをした人ひともいました。自じ分ぶんを愛あいし気き遣づかってくれるはずの人ひとから反はん対たいされるのは,本ほん当とうにつらいことです」。

9 ジョルジーナ姉し妹まいが耐たえ忍しのぶ上うえで,何なにが力ちからとなったでしょうか。こう語かたっています。「母ははからの反はん対たいが始はじまったのは,私わたしがちょうど聖せい書しょ全ぜん体たいを読よみ終おえた日ひでした。それで,これが真しん理りだと心こころから確かく信しんし,エホバをとても身み近ぢかに感かんじていました。私わたしの祈いのりを,エホバはいつも聞きいてくれました。施し設せつにいた時ときには,1人ひとりの姉し妹まいが私わたしを家いえに呼よんで,聖せい書しょの勉べん強きょうができるようにしてくれました。会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいからも力ちからをもらいました。家か族ぞくのようにかわいがってくれたんです。どんな人ひとから反はん対たいされるとしても,エホバの方ほうがその人ひとよりずっと強つよいということを実じっ感かんしました」。

10. エホバが何なにをしてくれることを確かく信しんできますか。

10 使し徒とパウロは,どんなものも「主しゅであるキリスト・イエスを通とおして示しめされる神かみの愛あいから私わたしたちを引ひき離はなすことはでき」ない,と書かきました。(ロマ 8:38,39)一いち時じ的てきにつらい思おもいをするとしても,エホバはいつもそばにいて,私わたしたちを慰なぐさめ,力ちからづけてくれます。そして,ジョルジーナ姉し妹まいの経けい験けんから分わかる通とおり,エホバは会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいによっても助たすけてくれるのです。

兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あい

11. ヨハネ 15章しょう12,13節せつでイエスが教おしえた愛あいは,どのようにイエスに従したがう人ひとたちの力ちからとなりましたか。

11 イエスは亡なくなる前まえの晩ばん,弟で子したちに互たがいを愛あいするよう教おしえました。(ヨハネ 15:12,13を読よむ。)自じ己こ犠ぎ牲せい的てきな愛あいが,一いっ致ちを保たもち,世よの人ひと々びとからの憎にくしみを耐たえ忍しのぶ力ちからとなることを知しっていたからです。テサロニケ会かい衆しゅうの例れいを考かんがえてみましょう。テサロニケの兄きょう弟だい姉し妹まいは,会かい衆しゅうができたばかりの時ときから迫はく害がいを経けい験けんしていましたが,それでも忠ちゅう実じつさと愛あいの手て本ほんとなっていました。(テサ一いち 1:3,6,7)そのような人ひとたちに対たいしてパウロは,「いっそう」愛あいし合あうように勧すすめました。(テサ一いち 4:9,10)愛あいは気き落おちしている人ひとを慰なぐさめ,弱よわい人ひとを支ささえる力ちからとなるからです。(テサ一いち 5:14)テサロニケのクリスチャンはパウロから教おしえられた通とおりにしました。それでパウロは,約やく1年ねん後ご,「テサロニケのクリスチャンへの第だい二にの手て紙がみ」の中なかで,「一人ひとり一人ひとりがいっそう愛あいし合あうようになっている」と書かくことができました。(テサ二に 1:3-5)愛あいは,テサロニケのクリスチャンが困こん難なんや迫はく害がいを耐たえ忍しのぶ力ちからとなったのです。

ダニーロ兄弟と妻の役を演じている夫婦が,立って微笑んでいる。1. 兄弟が手を頭の後ろにやってひざまずいている。兵士が兄弟に銃を向けている。2. 夫婦が,駅で兄弟姉妹に手を振って別れを告げている。3. 夫婦が兄弟と姉妹から,食べ物や生活に必要な物が入った袋を受け取っている。

兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あいは,憎にくしみを耐たえ忍しのぶ力ちからとなる。(12節せつを参さん照しょう。)c

12. ある国くにで戦せん争そうが起おきた時とき,兄きょう弟だい姉し妹まいはどのように互たがいへの愛あいを示しめしましたか。

12 前まえに出でてきたダニーロ兄きょう弟だいと妻つまの経けい験けんを考かんがえてみましょう。2人ふたりの住すむ町まちが戦せん争そうに巻まき込こまれた時ときも,2人ふたりは集しゅう会かいに出しゅっ席せきし続つづけ,できる限かぎり伝でん道どうを行おこない,持もっていた食たべ物ものを兄きょう弟だい姉し妹まいと分わけ合あいました。そんなある日ひ,武ぶ装そうした兵へい士したちがダニーロ兄きょう弟だいの家いえにやって来きました。ダニーロ兄きょう弟だいはこう言いいます。「兵へい士したちは私わたしに,信しん仰こうを捨すてるようにと迫せまりました。それを拒こばむと,兵へい士したちは私わたしを殴なぐり,私わたしを撃うつふりをして,私わたしの頭ず上じょうに向むかって発はっ砲ぽうしました。そして,『今こん度ど来きた時ときには,お前まえの妻つまをレイプしてやる』と脅おどして去さっていきました。でも兄きょう弟だいたちは,すぐに私わたしたちを列れっ車しゃに乗のせ,別べつの町まちに逃にげられるようにしてくれました。みんなが示しめしてくれた愛あいは決けっして忘わすれません。到とう着ちゃくすると,その町まちの兄きょう弟だいたちが食たべる物ものを準じゅん備びし,仕し事ごとや家いえを探さがす手て伝つだいもしてくれました。おかげで,戦せん闘とう地ち域いきから逃にげてきた仲なか間まをかくまうこともできました」。こうした経けい験けんから,仲なか間まへの愛あいが憎にくしみを耐たえ忍しのぶ力ちからとなることが分わかります。

敵てきへの愛あい

13. 人ひと々びとから憎にくまれるとしても,エホバに仕つかえ続つづける上うえで,聖せいなる力ちからはどのように助たすけとなりますか。

13 イエスは自じ分ぶんに従したがう人ひとたちに,敵てきを愛あいするよう教おしえました。(マタ 5:44,45)これは決けっして簡かん単たんなことではありません。でも,神かみの聖せいなる力ちからの助たすけがあれば可か能のうです。聖せいなる力ちからは,愛あい,辛しん抱ぼう強づよさ,親しん切せつ,温おん和わ,自じ制せいなどを生うみ出だします。(ガラ 5:22,23)これらは,憎にくしみを耐たえ忍しのぶ力ちからとなります。多おおくの人ひとは,エホバに仕つかえている夫おっと,妻つま,子こ供ども,近きん所じょの人ひとがこうした性せい質しつを示しめしているのを見みて,反はん対たいするのをやめました。バプテスマを受うけて私わたしたちの仲なか間まになった人ひとも,大おお勢ぜいいます。ですから,エホバに仕つかえているというだけの理り由ゆうで私わたしたちを憎にくむ人ひとたちを愛あいするのが難むずかしいと感かんじるなら,聖せいなる力ちからを祈いのり求もとめましょう。(ルカ 11:13)そして,神かみに従したがうなら常つねに最さい善ぜんの結けっ果かになる,ということを確かく信しんしてください。(格かく 3:5-7)

14-15. ヤスミーン姉し妹まいは,夫おっとからひどく反はん対たいされても夫おっとを愛あいしました。そうする上うえで,ローマ 12章しょう17-21節せつはどのように役やく立だちましたか。

14 中ちゅう東とうに住すむヤスミーン姉し妹まいの例れいを考かんがえてみましょう。姉し妹まいがエホバの証しょう人にんになった時とき,夫おっとは妻つまがだまされていると思おもって,神かみに仕つかえるのをやめさせようとしました。妻つまを侮ぶ辱じょくしたり,親しん族ぞくや聖せい職しょく者しゃや魔ま術じゅつ師しを呼よんで妻つまを脅おどさせたり,家か族ぞくをばらばらにしていると非ひ難なんしたりしました。集しゅう会かい中ちゅうに兄きょう弟だいたちを大おお声ごえでののしることさえしました。ヤスミーン姉し妹まいは,ひどい仕し打うちを受うけていたのでよく泣ないていました。

15 王おう国こく会かい館かんでは,兄きょう弟だい姉し妹まいがヤスミーン姉し妹まいを慰なぐさめ,力ちからづけました。長ちょう老ろうたちは,ローマ 12章しょう17-21節せつの言こと葉ばを当あてはめるよう勧すすめました。(読よむ。)姉し妹まいはこう言いいます。「簡かん単たんではありませんでしたが,祈いのってエホバに助たすけを求もとめ,聖せい書しょの言こと葉ばを当あてはめるためにベストを尽つくしました。夫おっとが意い地じ悪わるをしてキッチンに土つちを投なげ込こんだ時ときには,きれいに掃そう除じしました。侮ぶ辱じょくされても,穏おだやかに接せっしました。夫おっとが病びょう気きになった時ときには,優やさしく世せ話わをしました」。

ヤスミーン姉妹の役を演じている姉妹が,立って微笑んでいる。1. 姉妹が夫からひどく怒鳴られている。2. 姉妹が,2人の長老に聖書から励ましてもらっている。3. 姉妹が膝を突いて,汚れたキッチンの床をきれいにしている。夫がその様子を見ている。4. 姉妹が,病気の夫に食事を食べさせている。

反はん対たいする人ひとたちに愛あいを示しめすなら,反はん対たいは和やわらぐかもしれない。(16-17節せつを参さん照しょう。)d

16-17. ヤスミーン姉し妹まいの例れいから何なにを学まなべますか。

16 ヤスミーン姉し妹まいは,夫おっとに愛あいを示しめしたので報むくわれました。こう語かたっています。「夫おっとは,私わたしがいつも正しょう直じきに話はなしていることが分わかってからは,もっと信しん頼らいしてくれるようになりました。宗しゅう教きょうについての話はなしも敬けい意いを持もって聞きいてくれますし,家いえを平へい和わな所ところにするために協きょう力りょくしてくれるようにもなりました。今いまでは喜よろこんで私わたしを集しゅう会かいに送おくり出だしてくれます。わが家やの雰ふん囲い気きはびっくりするほど良よくなって,穏おだやかな毎まい日にちを過すごせています。いま願ねがっているのは,夫おっとが聖せい書しょの真しん理りに心こころを開ひらき,一いっ緒しょにエホバに仕つかえてくれるようになることです」。

17 ヤスミーン姉し妹まいの例れいから,「愛あいは全すべてのことに耐たえ,……全すべてのことを希き望ぼうし,全すべてのことを忍にん耐たい」する,ということが分わかります。(コリ一いち 13:4,7)確たしかに,愛あいは憎にくしみよりもずっと強つよいものです。愛あいは心こころを動うごかします。そして,私わたしたちが愛あいを示しめし続つづけるなら,エホバは喜よろこんでくれます。しかし,反はん対たいする人ひとたちが私わたしたちを憎にくみ続つづけるとしても,喜よろこぶことができます。なぜでしょうか。

憎にくまれても喜よろこべる

18. 憎にくまれても喜よろこべるのはなぜですか。

18 イエスは,「いつでも人ひと々びとがあなたたちを憎にくむとき,……あなたたちは幸こう福ふくです」と言いいました。(ルカ 6:22)私わたしたちは,人ひとから憎にくまれたいと思おもっているわけではありません。殉じゅん教きょう者しゃになろうとしているわけでもありません。では,憎にくまれても喜よろこべるのはなぜでしょうか。3つの理り由ゆうがあります。1つ目めに,憎にくしみを耐たえ忍しのぶなら,神かみに喜よろこんでもらえます。(ペテ一いち 4:13,14)2つ目めに,信しん仰こうが試ためされて強つよくなります。(ペテ一いち 1:7)3つ目めに,永えい遠えんの命いのちという非ひ常じょうに貴き重ちょうな報むくいを得えることができます。(ロマ 2:6,7)

19. 使し徒とたちが打うちたたかれても喜よろこべたのはなぜですか。

19 イエスが復ふっ活かつして間まもなく,使し徒とたちはイエスが言いっていた幸こう福ふくを経けい験けんしました。打うちたたかれ,伝でん道どうをやめるよう命めいじられても喜よろこんだのです。なぜでしょうか。「イエスの名なのために辱はずかしめられるという栄えい誉よを与あたえられた」からです。(使し徒と 5:40-42)敵てきからの憎にくしみを恐おそれる気き持もちよりも,主しゅ人じんであるイエスへの愛あいの方ほうが強つよかったのです。使し徒とたちはその愛あいを,良よい知しらせを広ひろめ続つづけることによって示しめしました。現げん代だいでも,大おお勢ぜいの兄きょう弟だい姉し妹まいが難むずかしい状じょう況きょうの中なかで忠ちゅう実じつにエホバに仕つかえ続つづけています。エホバがそうした働はたらきや神かみの名なに対たいする愛あいを忘わすれたりはされないことを知しっているからです。(ヘブ 6:10)

20. 次つぎの記き事じではどんなことを考かんがえますか。

20 この体たい制せいが続つづく限かぎり,私わたしたちは世よの人ひと々びとから憎にくまれます。(ヨハ 15:19)でも,恐おそれる必ひつ要ようはありません。次つぎの記き事じで考かんがえる通とおり,エホバはご自じ分ぶんに忠ちゅう実じつに仕つかえる人ひとたちを「強つよくしてくださり,……守まもってくださいます」。(テサ二に 3:3)ですからこれからも,エホバへの愛あい,兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あい,また敵てきへの愛あいを示しめし続つづけていきましょう。そうすれば,私わたしたちの一いっ致ちを保たもち,信しん仰こうを強つよめることができます。エホバをたたえることもできます。そして,愛あいが憎にくしみよりもはるかに強つよいということを証しょう明めいできるのです。

憎にくしみを耐たえ忍しのぶ上うえで,以い下かの愛あいが大たい切せつなのはなぜですか

  • エホバへの愛あい

  • 兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あい

  • 敵てきへの愛あい

106番ばんの歌うた 愛あいを育はぐくむ

a エホバへの愛あい,兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あい,また敵てきへの愛あいは,世よの人ひと々びとからの憎にくしみを耐たえ忍しのぶ上うえでどのように力ちからとなるでしょうか。憎にくまれても幸こう福ふくである,とイエスが述のべたのはなぜでしょうか。この記き事じではこうした点てんを考かんがえます。

b 名な前まえは変かえてあります。

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: ダニーロ兄きょう弟だいは兵へい士したちに脅おどされた後あと,兄きょう弟だいたちのおかげで妻つまと共ともに別べつの町まちに逃にげることができた。そこでも温あたたかく迎むかえられた。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: ヤスミーン姉し妹まいは,夫おっとから反はん対たいされていた。しかし,長ちょう老ろうたちから適てき切せつなアドバイスをもらって,良よい妻つまになるよう努ど力りょくし,夫おっとが病びょう気きの時ときには優やさしく世せ話わをした。

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