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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
塔研21 12月号 16–21ページ

研究記事50

立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいの声こえを聞きく

「その羊ひつじたち[は]私わたしの声こえを聞ききます」。ヨハネ 10:16

3番ばんの歌うた 私わたしたちの力ちから,希き望ぼう,確かく信しん

何なにを学まなぶかa

1. イエスが自じ分ぶんの弟で子したちを羊ひつじに例たとえたのはなぜですか。

イエスは,自じ分ぶんと弟で子したちとの関かん係けいを羊ひつじ飼かいと羊ひつじの間あいだの強つよい絆きずなに例たとえました。(ヨハ 10:14)これはぴったりの例たとえです。羊ひつじは羊ひつじ飼かいのことを知しっていて,羊ひつじ飼かいの声こえに従したがうからです。ある人ひとは,旅たび先さきでの経けい験けんについてこう述のべました。「羊ひつじの写しゃ真しんを撮とりたいと思おもい,近ちかくに来こさせようとしましたが,その羊ひつじはわたしたちの声こえを知しらないのでついて来きませんでした。ところが一人ひとりの羊ひつじ飼かいの少しょう年ねんがやって来きて,羊ひつじを呼よぶや否いなや,彼かれの後あとについて行いくのです」。

2-3. (ア)どうすればイエスの声こえを聞きくことができますか。(イ)この記き事じと次つぎの記き事じではどんなことを考かんがえますか。

2 羊ひつじ飼かいであるイエスも,羊ひつじである弟で子したちについて,「その羊ひつじたち[は]私わたしの声こえを聞ききます」と言いいました。(ヨハ 10:16)でも,私わたしたちはどうすれば,今いまは天てんにいるイエスの声こえを聞きけるのでしょうか。1つの方ほう法ほうは,イエスの教おしえの通とおりにすることです。(マタ 7:24,25)

3 この記き事じと次つぎの記き事じでは,立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいであるイエスの教おしえについて取とり上あげます。イエスは,私わたしたちがやめるべきことと行おこなうべきことについて教おしえました。まずは,やめるべき2つの点てんを考かんがえてみましょう。

「心しん配ぱいして気きをもむのをやめなさい」

4. ルカ 12章しょう29節せつによると,どんなことが原げん因いんで「心しん配ぱいして気きをもむ」ことがありますか。

4 ルカ 12:29を読よむ。イエスは弟で子したちに,生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて「心しん配ぱいして気きをもむのをやめなさい」と言いいました。私わたしたちは,イエスの教おしえが正ただしく,良よい結けっ果かをもたらすことを知しっているので,その通とおりにしたいと思おもっています。でも,時ときにはそうするのがとても難むずかしいことがあります。なぜでしょうか。

5. どんな場ば合あいに,生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいになるかもしれませんか。

5 衣い食しょく住じゅうなど,生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいになることがあるかもしれません。経けい済ざい状じょう況きょうが厳きびしい国くにに住すんでいる場ば合あい,家か族ぞくを養やしなっていくのは大たい変へんなこともあります。また,一いっ家かの稼かせぎ手ての死しによって,残のこされた家か族ぞくがお金かねに困こまるということもあります。新しん型がたコロナウイルスが流りゅう行こうしたせいで,失しつ業ぎょうしたり収しゅう入にゅうを得えられなくなったりしたかもしれません。(伝でん 9:11)こうした難むずかしい状じょう況きょうの中なかで,どうすればイエスの教おしえに従したがって,心しん配ぱいするのをやめることができるでしょうか。

1人の兄弟が水に沈みかけている。1. 兄弟が職場で自分の荷物をまとめている。2. 兄弟が子供たちと買い物をしているが,食料品を買うためのお金が足りない。3. 兄弟と家族が,家を出なければならなくなっている。

生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいし過すぎるのではなく,エホバへの信しん頼らいを強つよめる。(6-8節せつを参さん照しょう。)b

6. ある時とき,ペテロはどんなことを経けい験けんしましたか。

6 ある時とき,ペテロとほかの使し徒とたちは暴ぼう風ふうで荒あれるガリラヤ湖こを舟ふねで渡わたろうとしていました。その時とき,イエスが湖みずうみの上うえを歩あるいているのを見みました。そこでペテロは,「主しゅよ,あなたでしたら,水みずの上うえを歩あるいてそちらに行いくよう私わたしに命めい令れいしてください」と言いいました。イエスから「来きなさい!」と言いわれると,ペテロは舟ふねから出でて,「水みずの上うえを歩あるいてイエスの方ほうに向むか」いました。しかし,その後あと何なにが起おきたでしょうか。ペテロは「暴ぼう風ふうを見みて怖こわくなり,沈しずみ始はじめた時とき,『主しゅよ,助たすけてください!』と叫さけ」びました。そこで,イエスは手てを伸のばしてペテロを助たすけました。注ちゅう目もくすべきなのは,ペテロがイエスに目めを向むけていた間あいだは大おお荒あれの水みずの上うえを歩あるけた,ということです。しかし,嵐あらしを見みた時とき,恐おそれと疑うたがいに負まけて沈しずみ始はじめました。(マタ 14:24-31)

7. ペテロの例れいからどんなことを学まなべますか。

7 私わたしたちは,ペテロの例れいから大たい切せつな点てんを学まなぶことができます。ペテロは舟ふねから出でて水みずの上うえに立たった時とき,自じ分ぶんが嵐あらしに気きを取とられて沈しずみ始はじめるとは考かんがえもしなかったでしょう。水みずの上うえを歩あるいてイエスの所ところまで行いきたい,と思おもっていました。でも,ペテロはイエスに目めを向むけ続つづけることができませんでした。ペテロが水みずの上うえを歩あるくには信しん仰こうが必ひつ要ようでした。同おなじように,私わたしたちが問もん題だいに立たち向むかうためにも信しん仰こうが必ひつ要ようです。エホバやエホバの約やく束そくから目めをそらしてしまうなら,私わたしたちも“沈しずみ”始はじめてしまうでしょう。どんな嵐あらしが生しょうじるとしても,エホバが必かならず助たすけてくださるということを忘わすれてはいけません。そのために何なにができるでしょうか。

8. どうすれば必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいし過すぎないでいられますか。

8 問もん題だいについて心しん配ぱいするのではなく,エホバを信しん頼らいすることが大たい切せつです。愛あい情じょう深ぶかいお父とうさんエホバは,私わたしたちがエホバに仕つかえることを第だい一いちにするなら,生いきていくのに必ひつ要ような物ものを与あたえる,と約やく束そくしています。(マタ 6:32,33)そして,その約やく束そくをこれまでずっと守まもってきました。(申しん 8:4,15,16。詩し 37:25)エホバは,鳥とりや花はなをさえ世せ話わしています。そうであれば,私わたしたちは食たべる物ものや着きる物ものについて心しん配ぱいする必ひつ要ようはないはずです。(マタ 6:26-30。フィリ 4:6,7)親おやは子こ供どもを愛あいしているので,子こ供どもに必ひつ要ような物ものを与あたえます。同おなじように,お父とうさんエホバは私わたしたちを愛あいしているので,私わたしたちに生いきていくのに必ひつ要ような物ものを与あたえてくださいます。エホバは私わたしたちを必かならず支ささえてくださるのです。

9. ある夫ふう婦ふの経けい験けんからどんなことを学まなべますか。

9 エホバが私わたしたちに必ひつ要ような物ものを与あたえてくださることを示しめす経けい験けんを考かんがえてみましょう。全ぜん時じ間かん奉ほう仕しを行おこなっている1組くみの夫ふう婦ふは,古ふるい車くるまで1時じ間かん余あまりかけて,難なん民みんセンターにいる姉し妹まいたちを迎むかえに行いき,集しゅう会かいに行いきました。兄きょう弟だいはこう言いいます。「集しゅう会かい後ご,姉し妹まいたちを食しょく事じに招しょう待たいしました。でも誘さそった後あとになって,出だしてあげる物ものが何なにもないことに気き付づきました」。その後あと,どうなったでしょうか。「家いえに帰かえると,ドアの前まえに食たべ物ものがたくさん入はいった袋ふくろが2つ置おいてありました。誰だれが置おいてくれたのかは分わかりませんでした。エホバの助たすけを感かんじました」。別べつの時ときのことですが,その古ふるい車くるまが故こ障しょうしてしまいました。奉ほう仕しを行おこなうために,2人ふたりには車くるまがどうしても必ひつ要ようでしたが,修しゅう理りするためのお金かねはありませんでした。修しゅう理り工こう場じょうに車くるまを持もっていくと,1人ひとりの男だん性せいがやって来きて,この車くるまは誰だれのですか,と尋たずねてきました。兄きょう弟だいは,自じ分ぶんの車くるまであること,そして修しゅう理りが必ひつ要ようであることを伝つたえました。すると,男だん性せいはこう言いいました。「壊こわれていても構かまいません。この車くるまは,妻つまが欲ほしいと思おもっていた車くるまなんです。しかも,この色いろを探さがしていました。いくらで譲ゆずってもらえますか」。こうして兄きょう弟だいは,別べつの車くるまを買かえるだけのお金かねを手てに入いれることができました。兄きょう弟だいはこう言いいます。「その日ひの終おわりにどんな気き持もちだったかは,想そう像ぞうしていただけると思おもいます。これは決けっして偶ぐう然ぜんではありません。エホバが助たすけてくださったんです」。

10. 詩し編へん 37編へん5節せつからすると,必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいしなくてよいのはどうしてですか。

10 立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいであるイエスの言いうことに従したがい,生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいし過すぎるのをやめ,エホバが支ささえてくださることを確かく信しんしましょう。(詩し編へん 37:5を読よむ。ペテ一いち 5:7)5節せつで取とり上あげた状じょう況きょうについて考かんがえてみてください。エホバはこれまで,家か族ぞくの頭かしらや雇やとい主ぬしを通とおして,私わたしたちが毎まい日にち必ひつ要ような物ものを得えられるように助たすけてくれたことでしょう。家か族ぞくの頭かしらが亡なくなったり,失しつ業ぎょうしたりした場ば合あいには,ほかの方ほう法ほうで助たすけてくださいます。たとえ方ほう法ほうが変かわるとしても,エホバは必かならず助たすけてくださるのです。では次つぎに,立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいがやめるよう教おしえている別べつの点てんについて考かんがえてみましょう。

「裁さばくのをやめなさい」

加工されていないダイヤモンド。集会に遅刻してきた若い兄弟を,年長の兄弟が冷ややかな目で見ている。カットされ,磨かれたダイヤモンド。若い兄弟の良いところを示す3つの場面。1. 公園のベンチに座り,1人の男性にコンタクトカードを渡している。2. 年長の女性のために食料品を運んであげている。3. 王国会館の植物の手入れをしている。

人ひとの良よいところに注ちゅう目もくすることは,裁さばくのをやめる上うえで役やく立だつ。(11,14-16節せつを参さん照しょう。)c

11. マタイ 7章しょう1,2節せつによると,イエスはどんなことをやめるよう教おしえましたか。そうするのが簡かん単たんでないのはなぜですか。

11 マタイ 7:1,2を読よむ。イエスは,不ふ完かん全ぜんな人にん間げんが人ひとの欠けっ点てんに注ちゅう目もくしがちであることを知しっていました。それで,「裁さばくのをやめなさい」と教おしえました。私わたしたちは,仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいを裁さばかないようにする必ひつ要ようがありますが,完かん全ぜんではないので,欠けっ点てんに目めが向むいてしまうことがあります。では,どうすればよいでしょうか。イエスの言いうことに従したがい,人ひとを裁さばくのをやめるよう真しん剣けんに努ど力りょくすることです。

12-13. ダビデに対たいするエホバの見み方かたについて考かんがえることは,人ひとを裁さばくのをやめる上うえでどのように役やく立だちますか。

12 エホバの手て本ほんについて考かんがえるのは良よいことです。エホバは人ひとの良よいところに注ちゅう目もくしています。ダビデの場ば合あいがそうでした。ダビデは重じゅう大だいな間ま違ちがいを犯おかしました。例たとえば,バテ・シバと姦かん淫いんを犯おかし,バテ・シバの夫おっとであるウリヤが死しぬように仕し組くみました。(サム二に 11:2-4,14,15,24)その結けっ果か,自じ分ぶんだけでなく,ほかの妻つまたちや家いえの者ものたちも傷きずつけました。(サム二に 12:10,11)また別べつの時ときには,エホバから命めいじられていなかったにもかかわらず,兵へい士したちの数かずを数かぞえました。そのようにして,軍ぐん隊たいの大おおきさに誇ほこりを抱いだき,エホバよりも軍ぐん隊たいを信しん頼らいしていることを示しめしてしまったのです。その結けっ果か,7万まん人にんものイスラエル人じんが伝でん染せん病びょうで死しにました。(サム二に 24:1-4,10-15)

13 もし,あなたがその時ときイスラエルにいたら,ダビデのことをどう思おもったでしょうか。エホバの憐あわれみを受うけるには値あたいしない,と考かんがえたでしょうか。エホバはそのようには考かんがえませんでした。ダビデがそれまで示しめしてきた忠ちゅう実じつさや,本ほん当とうに悔くい改あらためている様よう子すに目めを向むけました。そして,重じゅう大だいな罪つみを犯おかしたダビデを許ゆるしたのです。エホバは,ダビデがご自じ分ぶんを深ふかく愛あいしていることや,正ただしいことを行おこないたいと思おもっていることを知しっていました。エホバは,私わたしたちの良よいところに目めを留とめてくださるのです。そのことを本ほん当とうに感かん謝しゃできるのではないでしょうか。(王おう一いち 9:4。代だい一いち 29:10,17)

14. 人ひとを裁さばくのをやめる上うえで,どんな見み方かたをすることが助たすけになりますか。

14 エホバが私わたしたちに完かん全ぜんさを期き待たいしていないのですから,私わたしたちも他たの人ひとに完かん全ぜんさを期き待たいするのではなく,良よいところに目めを向むけるべきです。誰だれかのできていないところに注ちゅう目もくして,あれこれ言いうのは簡かん単たんかもしれません。でも,エホバと同おなじ考かんがえ方かたをする人ひとは,人ひとの不ふ完かん全ぜんさに気き付づいていても仲なか良よくやっていくことができます。加か工こうされていないダイヤモンドは美うつくしくありませんが,カットして磨みがくとどれほど美うつくしくなるかが分わかっている人ひとには,とても貴き重ちょうなものです。私わたしたちはエホバとイエスに倣ならって,人ひとのできていないところではなく,良よいところに注ちゅう目もくする必ひつ要ようがあります。

15. どんな生せい活かつを送おくっているかを想そう像ぞうすることは,人ひとを裁さばかないようにする上うえで,どのように役やく立だちますか。

15 人ひとを裁さばくのをやめるために,人ひとの良よいところに注ちゅう目もくすることに加くわえて,ほかにもできることがあるでしょうか。どんな生せい活かつを送おくっているかを想そう像ぞうしてみることです。ある時とき,神しん殿でんにいたイエスは,貧まずしいやもめが小しょう額がくの硬こう貨か2枚まいを寄き付ふ箱ばこに入いれるのを目めにしました。イエスは,「どうしてもっと多おおく寄き付ふしなかったのか」とは言いいませんでした。寄き付ふの額がくに注ちゅう目もくするのではなく,やもめがどんな気き持もちで寄き付ふをしたか,普ふ段だんどんな生せい活かつをしているかに目めを向むけたのです。そして,できる限かぎりのことをしたこのやもめを褒ほめました。(ルカ 21:1-4)

16. ベロニカ姉し妹まいの経けい験けんからどんなことを学まなべますか。

16 人ひとを裁さばくのをやめる上うえで,どんな生せい活かつを送おくっているかを考かんがえることがとても大たい切せつであることは,ベロニカ姉し妹まいの経けい験けんからも分わかります。姉し妹まいの会かい衆しゅうには,1人ひとりで息子むすこを育そだてている姉し妹まいがいました。ベロニカ姉し妹まいはこう言いっています。「その親おや子こは集しゅう会かいや奉ほう仕しにいつも参さん加かしているわけではなかったので,私わたしはあまり良よい印いん象しょうを持もっていませんでした。でも,その姉し妹まいと一いっ緒しょに奉ほう仕しをした時とき,息子むすこが自じ閉へい症しょうで,いろいろ大たい変へんであることを話はなしてくれました。生せい活かつしていく面めんでも,2人ふたりでエホバに仕つかえる面めんでも,一いっ生しょう懸けん命めい頑がん張ばっているようでした。息子むすこの調ちょう子しによっては,別べつの会かい衆しゅうの集しゅう会かいに行いかなければならないこともあったようです。姉し妹まいがそんな苦く労ろうをしているとは知しりませんでした。姉し妹まいがエホバに仕つかえるために本ほん当とうによくやっていることを知しって,偉えらいな,と思おもいました」。

17. ヤコブ 2章しょう8節せつはどんなことを教おしえていますか。どうすればその言こと葉ばの通とおりにできますか。

17 もし自じ分ぶんが仲なか間まの誰だれかを裁さばいていることに気き付づいたなら,どうしたらよいでしょうか。私わたしたちは兄きょう弟だい姉し妹まいを愛あいさなければならない,ということを思おもい起おこしましょう。(ヤコブ 2:8を読よむ。)裁さばくのをやめることができるよう助たすけてください,と真しん剣けんにエホバに祈いのることもできます。そのように祈いのることに加くわえて,自じ分ぶんの方ほうから近ちかづいてその人ひとに話はなし掛かけるようにしましょう。そうすれば,相あい手てのことをもっとよく知しることができます。奉ほう仕しに誘さそったり食しょく事じに招しょう待たいしたりするのも良よいことです。相あい手てのことが一いっ層そうよく分わかるようになると,エホバやイエスに倣ならってその人ひとの良よいところに目めを向むけることができるようになります。そうするなら,裁さばくのをやめるように,という立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいの教おしえに従したがっていることになります。

18. 立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいの声こえを聞きいていることをどのように示しめせますか。

18 羊ひつじが羊ひつじ飼かいの声こえを聞きくのと同おなじように,イエスの弟で子したちはイエスの声こえを聞ききます。生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいすることや,人ひとを裁さばくことをやめるよう努ど力りょくするなら,エホバとイエスは良よい結けっ果かになるよう助たすけてくれます。私わたしたちは,「小ちいさな群むれ」の羊ひつじであれ,「ほかの羊ひつじ」であれ,これからも立りっ派ぱな羊ひつじ飼かいの声こえを聞きき,それに従したがっていきましょう。(ルカ 12:32。ヨハ 10:11,14,16)次つぎの記き事じでは,イエスが弟で子したちに行おこなうよう教おしえた,2つの点てんについて考かんがえます。

どのように答こたえますか

  • 生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいするのをやめるために,どんなことができますか。

  • 人ひとを裁さばくのをやめる上うえで,どんなことが助たすけになりますか。

  • この記き事じからどんな点てんを学まなべましたか。

101番ばんの歌うた 一いっ致ちして共ともに働はたらく

a イエスの羊ひつじがイエスの声こえを聞きくというのは,弟で子したちがイエスの教おしえを学まなび,その教おしえの通とおりにする,ということです。この記き事じでは,イエスの教おしえのうち2つを考かんがえます。生いきていくのに必ひつ要ような物ものについて心しん配ぱいするのをやめることと,ほかの人ひとを裁さばくのをやめることです。どうすればこうした教おしえの通とおりにできるかも取とり上あげます。

b 写しゃ真しんや挿さし絵え: 1人ひとりの兄きょう弟だいが仕し事ごとを失うしない,家か族ぞくを養やしなうお金かねに困こまっており,別べつの家いえに引ひっ越こさなければならなくなっている。こうした問もん題だいについて心しん配ぱいし過すぎると,エホバに仕つかえることが二にの次つぎになってしまうかもしれない。

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: 1人ひとりの兄きょう弟だいが集しゅう会かいに遅ち刻こくしてきた。でも,その兄きょう弟だいには良よいところが幾いくつもある。いろいろな機き会かいに伝でん道どうし,年ねん長ちょうの人ひとを助たすけ,王おう国こく会かい館かんをきれいに整ととのえている。

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