稲妻 ― 大気中に起こるすさまじい力
放たれた力によって生じる,この世の中で最もすさまじい光景の一つ,雷のことを考えてみてください。大抵の人は,激しい雷雨におびえたことが幾度かあるはずです。激しい雨と共に,目もくらむ光が走り,すさまじい雷鳴があたりを揺るがします。次の雷におびえて,息をのんだものです。
大空で演じられる,この神秘的な電気現象の原因について,もっと知りたいと思われますか。畏怖の念を引き起こす,こうしたすさまじい力を発する雷雨のさなかに,何が生じているのでしょうか。稲妻は大気中の電気現象ですから,稲妻の成因を理解するには,空気の電気的特性についてある程度知る必要があります。
電気を帯びた大気
通常は気付かないものの,わたしたちを取り巻く大気は,強い電気を帯びています。事実,大気中の電位は驚くほど高いものです。晴れた日の地表近くでは,1㍍高くなるごとに,電位は平均150ボルトずつ上がります。地面に対して,空気は正の電荷を帯びており,高度が高くなるにつれて,電位も高くなります。
これは,周囲に建物や樹木のない戸外に立っている時,頭の周囲の空気が地面より250ボルトほど高い電位を持っていることを意味しています。それでは,なぜ,こうした電位差による影響を感じないのでしょうか。十分の電流が流れていて,これだけの電位差があれば,それにさらされる人間は感電死してしまうことでしょう。ところが,実際には,微弱なスパークさえ生じません。それは,空気が優れた絶縁体であるためです。人間の皮膚は電気の良導体で,体全体が均一の電位に保たれています。外部から注意深く隔離し,外部の静電荷の影響を排除した高精度の計器で測定して初めて,大気の電位を計ることができます。
電位がこの割合で増大し続けると,わずか100㍍で,その電位差は1万5,000ボルトにも達します。しかし,成層圏の上空の大気中では,空気が電気の良導体になるため,電位は一定の限界を超えることがありません。同じ空気が,地表近くでは優れた絶縁体となり,高い所にあると良導体になるというこの違いは,どうして生じるのでしょうか。その答えはイオン化現象にあります。
窒素にしろ,酸素にしろ,空気の分子は通例電気的に中性です。これは,各原子の原子核にある正の電荷が核の周囲を回る電子の負の電荷と正確につり合っていることを意味しています。電子が一つでも軌道を離れると,分子は正の電荷を帯びることになります。このことを,分子がイオン化されたと言います。また,こうした分子を単にイオンとも呼びます。
このイオン化作用には,様々な原因があるものと思われますが,晴れた日の大気低層部では,宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線がその主因となっています。高エネルギーの粒子が空気の分子に衝突し,その衝撃で電子をはじき飛ばします。こうして,正イオンが生成されます。原子から離れた自由電子は他の原子と結び付き,負のイオンを作ります。高さ50㌔ほどの大気の低い部分では,多くのイオンが生成されていて,空気は電気の良導体となっています。
電気伝導率の大きいこの大気層を電離層(E-層)と呼びます。これが電離圏の一部に含められることもありますが,電離圏という名称は,本来,無線電波を反射する,高度100㌔以上の大気高層部に当てはまります。
また,地面も電気の良導体です。ここでは,地下水に溶けたイオンによって電流が発生します。水に溶けた無機物は,いずれの場合もイオンになっています。例えば,食塩は水に溶けると,正のナトリウムイオンと負の塩素イオンに分かれ,石こうは,カルシウムとイオウのイオンになります。地下水には,多少なりとも無機物が溶解しています。また,かなり乾いた地面でさえ,ある程度の湿気を保っているものです。ですから,小さな土塊そのものには大きな電流は発生しなくても,地球の地殻そのものが非常に大きいので,地球は全体として電気の良導体になっているのです。
電気の良導体の各部は静電気的に同一の電位になっていなければなりません。何かの理由である点の電位が上がると,全体の電位が均一になるまで,電位の高い部分から低い部分に電流が流れます。これと同じことが,地球でも,また電離層でも生じますが両者の中間にある大気下層部は絶縁体で,これが両者を分離しています。そのため,電離層と地表面の間には大きな電位差が生じたままになっています。地球が負の電荷を帯び,電離層が正の電荷を帯び,全体が事実上,一つの巨大なコンデンサーのようになっているのです。大気で隔てられた両者の間の電位差は平均30万ボルトほどです。これは,一日のうちの時間によっても,また一年のうちの月によってもかなり変化します。
完全な絶縁体というものはありません。高感度の計器を用いて測定すると,大気の下層部でも微弱な電流が観測されます。これは,地表に到達するごく少量の宇宙線によって,空気がわずかに伝導性を帯びるためです。地球には過剰の電子があって,これが絶えず地表の多くの地点から少しずつ空中に逃げています。こうした点放電は,樹木の葉の端や草の葉の先端,砂粒のとがった角などでも生じています。空中にそびえる,比較的高層の建造物は,先端部や屋根のすみなどから電子を放出して,周囲の電場に影響を与えています。地表の全面で発生しているこうしたごく小さな放電を寄せ集めると,全体では大きな電流となり,1時間足らずのうちに,地球のすべての過剰電子が電離層に放出されることになります。ですから,地球に過剰電子を補給する,なんらかの充電機構があるはずです。ここで,稲妻が関係してきます。
発電機の役を担う雷雨
空には様々な形の雲が見えます。ほとんどの雲は平らで水平に浮いています。しかし,わたしたちを最も感嘆させるのは,巨大なカリフラワーのように青空高くむくむくとわき上がる,白く美しい積雲です。天気の良い日には巨大な積雲が発達し雲底を広げつつ,成層圏に向かって幾千㍍もの高さに達することがあります。やがて,この雲は,積乱雲つまりかなとこ雲になります。雲が十分に発達すると,その頂上が膨らみ,見覚えのあるかなとこ形になります。積乱雲は遠くから見ると,依然美しい雲ですが,その下にいる人にとっては,暗くそらおそろしい雲の固まりです。やがて,時にはひょうを伴った雨が激しく降り出して,雨水が地面を浸します。
この種の雲が稲妻や雷鳴を発生させます。8,000㍍から1万8,000㍍もの高さに達し,3,000平方㌔の地域を覆うこの雲は,さながら大空に浮かぶ巨大な発電機です。雲の中では,上昇気流や下降気流が激しくうず巻き,雨滴や氷晶が秒速10㍍から30㍍近くの速さで飛び交っています。雲が進路を変えたり,うず巻いたり,上昇したり,膨張したりすると,その動きに応じて,雨,氷,ひょう,あられなどの無数の粒子が上下に浮遊します。
当然のことながら,地球の重力は水滴や氷を絶えず下方に引っ張っています。ところが,摩擦が非常に大きいため,水と氷およびその両者と空気との境界面で,分子が電子とイオンに分離します。電荷を帯びた粒子は激しい風にあおられてばらばらになり,正の電荷を帯びた粒子は雲頂に,負の電荷を帯びた粒子は雨滴とともに雲底に運ばれます。雲が発達するにつれて,雲頂と雲底の間の電位差は増大します。雲は,その中にたまった幾億ボルトもの電気を放出しようと,狂ったようにその活路を探し,そしてついに,雲の各所で均衡が破れ,膨大な量の電荷が“一気に流れ出し”ます。絶縁性のある空気は,大きな電圧を受けても,初めのうちはなんとか持ちこたえていますが,ついにその力が破れ,目もくらむような稲光が華々しく走り,緊張をし緩させます。
地球全域で,常時3,000ほどの雷雨が発生すると推定されています。そのほとんどは,陸地で発生しています。
稲妻の大半は雲の内部で発生します。しかし,雲底にたまっている負電荷による電位が,地球の正常な電位を大きく上回っている場合,電光は地表に達し,電子を地球に運びます。雲が消滅すると,雲頂にあった正電荷は電離層に吸収されます。次いで,天候が回復すると,正イオンは大気を通り抜けて地球に達し,地球の負電荷を中性化し,負イオンは上昇して電離層に入り,そこのイオンを中性化します。こうして,一つの循環が完了します。
稲妻の発生機構
雲の中の稲妻を研究することは困難です。雲の中は,科学者の観測にも,精巧な計器による測定にも極めて不向きだからです。しかし,地上に達する稲妻は,直接目撃したり,高速度カメラで写真に撮ったりすることができます。科学者は,この方法で稲妻の生成過程について多くを学びました。それによると,稲妻の生成過程は次の通りです。
研究室における,空気の絶縁破壊に関する研究から,電場が1㍍につき300万ボルトの強さに近づいた時に,稲妻の発生することが知られています。大気中には,ごくわずかですが,宇宙線によって自由にされた電子が常に存在しており,先程の高電圧下でこれが空気中の中性分子に衝突し,その中の電子をたたき出します。次に,これらの電子が加速されて,さらに他の分子と衝突し,これをイオン化します。こうして,まぎれもない電子雪崩が発生して,雲の中の負電荷が運び去られ,その跡に正イオンが長い列を作ります。これによって,空気の絶縁抵抗が弱まり,辺り一帯を覆う絶縁体の中に一本の細い道が開き,稲妻が発生し始めます。
100万分の一秒(マイクロ秒)の瞬間的な動きを捕えるカメラによって,稲妻が階段状に発達することが明らかになりました。空気の絶縁抵抗の弱い部分で,電子雪崩が50㍍ほど進行し,雲の中で“階段状前駆”と呼ばれる稲妻が発生します。次に,いわば“息を切らした”稲妻は,先端部の電圧が上昇するまで,ほんの一瞬停止し,ほぼ50マイクロ秒後に再び発光します。この場合,イオン化した空気のその場の絶縁抵抗に応じて,別の方向に進むことが多いようです。こうして,幅1㍍から10㍍の強くイオン化した空気の道が,地球に向かって一歩一歩開かれていきます。
ある場所の空気は他の場所の空気より強くイオン化されているため,前駆放電は最も進みやすい経路を探って,向きを変えたり,ねじれたりしながら,その進路を激しく変えます。稲妻が見慣れたフォーク状をしているのはそのためです。爆発を繰り返しては,様々な枝を伸ばし,地球に達する最も容易な経路を絶えず探しています。稲妻が目標から50㍍以内に近づくと,地上の適当な地点から払子コロナが発生し,これが稲妻と連結します。こうして,一つの回路が完成するのです! 限界に達した過剰の電子を雲の中から放出するパイプラインが通じました。
まず最初に,地面近くの放電路の中の電子が一気に地球に流れ込み,上方にある多量の電子がそれに続きます。そのため,光を発する帰還雷撃が発生し,光速に近い速さで雲に達します。前駆放電が地面に達するには2万マイクロ秒かかると思われますが,帰還雷撃はわずか70マイクロ秒で同じ道を駆け上ります。それに続いて,40マイクロ秒ほどの間,1万から2万アンペアを超える電流が雲から流れ出ます。瞬間とも言えるこの短い時間に,数十億㌔ワットの電力が作り出されます。これは地球上のすべての発電所で作り出す電力の合計を上回ります。それは,なんと強大な力の描き出す,畏怖の念を抱かせる光景なのでしょう!
雷撃はすぐに消えてしまいますが,活動がこれで終わることはめったにありません。稲妻の通り道の周囲では,引き続き空気が強くイオン化しています。雲の中の他の部分には,依然多量の電荷が集積されており,せん光と共に,ここから,放電のあった場所に電荷が運ばれ,これがまだ閉じていない放電路を通じて地球に移されます。このように,通常は,三つないし四つの雷撃が続いて発生します。しかし,その間隔が極めて短いため,これらは一つのせん光のように見えます。雲の中の電荷を放出するために,十数個の雷撃が生じることもあります。
こうして,わずか五分の一秒ほどの間に,稲妻はその働きを終えます。『勝負の山は見えた,あとはかっさいだけ』という英語のことわざよろしく,そのあとには,かっさい,この場合は雷鳴がとどろきます。稲妻からの距離によって,この雷鳴は,バリン,ガラガラ,ゴロゴロといった音に聞こえます。稲妻の通った後,その放電路の中の直径わずか数㌢の曲がりくねった円筒状の空気が摂氏3万度以上にも熱せられます。電流が消えると同時に,超高温の空気の柱は音速を超える速さで爆発的に膨張します。この爆発によって生じる衝撃波が雷鳴を生み出し,それは25㌔離れた所でも聞こえます。
創造者は,雲の中で稲妻が生じるのをなぜ良しとされたのだろうか,といぶかる人もいることでしょう。稲妻は何か良いことを成し遂げるのでしょうか。確かに成し遂げます。稲妻は,自然界における窒素の循環で主要な役割を担っています。窒素は生命の維持に不可欠であり,窒素そのものは大気中に多量に存在しています。しかし,生物はこれを直接摂取することができません。ところが,稲妻と共に発生する高温によって,窒素と酸素の分子がそれぞれの原子に分解されます。温度が下がるにつれて,両者は結合し,多量の窒素の酸化物が作り出されます。これらの化合物は,雨に溶けて土中に運ばれ,そこで硝酸塩に変わります。この硝酸塩は,植物の生長に欠かせない大切な肥料となります。これが空中窒素の主立った固定過程です。毎年,幾億㌧もの硝酸塩が雷雨によって作り出されているものと推定されています。
稲妻の危険を避けて生活する
稲妻が光っている間,不安な気持ちに駆られるのは当然のことです。稲妻には,恐ろしい破壊力が秘められています。稲妻は,樹木や電柱を裂き,屋根や壁に穴をあけ,家屋や森林で火災を発生させます。時には,樹木に非常に強力な電流が流れて,木の水分が瞬時に気化し,過熱した水蒸気で樹木が文字通り粉々に吹き飛ばされることもあります。
また,ご存じのように,稲妻は生命を奪うこともあります。雷雨を避けようとして木の下に逃げ込んだ動物が,その木に雷が落ちて感電死することは少なくありません。水辺やゴルフ場で,人間もよく同様の被害に遭います。そうした場所に一本ずつ生える樹木は雷の目標になりやすいものです。雷雨に遭っても,一本だけ生えている立木の下に逃げ込んではなりません。林にいる時は,高い木から離れてください。また,針金のフェンスやパイプライン,鉄道の線路なども避けてください。丘の頂上より,谷間の方が安全です。
雷雨の多い地方に住んでいる人にとって,家に避雷針を立てておくなら,賢明にも家を守ることができるでしょう。これは,しっかり接地しておかないと,効果がありません。太い金属線(絶縁物を巻いて建物と分離してある)を接続し,その先端を地中に埋め込んだ金属ケーブルや金属板に結んだ,先のとがった金属棒は,雷を引き付け,それを安全に地中に導きます。テレビのアンテナや各家庭に通じる送電線は,避雷器<アレスター>を取り付けることによって,被害を防げるでしょう。
自動車や鉄道の車室にいる時に雷雨に遭っても,心配するには及びません。あなたを包む金属の車体が電流を分散させ,これを地面に導きます。同様に,飛行機に乗っている人も稲妻を恐れる必要はありません。飛行機に落雷することは少なくなく,時には表面の金属に小さな穴の空くこともありますが,落雷が直接の原因で飛行機が墜落したという報告は一つもなされていません。もちろん,雷雲の引き起こす激しい乱気流は危険ですから,パイロットは賢明にこれを避けて飛びます。
こうした事前の注意を払っておくなら,この次雷雨がやって来ても,気を落ち着かせて,創造者の力が描き出すこの雄壮な光景を楽しむことができるでしょう。また,稲妻の働きについて知ることは,畏怖の念を抱かせる,大空の強大な力に対するあなたの認識を高めるに違いありません。
[24ページの図表]
典型的な稲妻
長さ: 5㌔
雷撃数: 3ないし4
最高電流: 2万アンペア
電圧: 1億ボルト
最高電力: 20億㌔ワット
持続時間: 1/5秒
[21ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
地球大気の電子の循環
電子の流れの循環
正に強く帯電している(電子が不足)
負に強く帯電している(電子が過剰)
稲妻
晴れた日のイオンの流れ
わずかに正に帯電している(雲から放出された電子)
わずかに負に帯電している(過剰電子)