家事 ― 正反対の二つの態度
「私は家事なんて大きらい!!!! それにちっとも得意ではないんです」,「だれにも感謝されない,面白くない仕事ね。もうこんな仕事に時間をつぎ込むのはまっぴらだわ」。5万人の主婦を対象に最近行なわれた国際的な調査で,二人の主婦はこのように答えました。解答者の10%はこの二人と同じ意見でした。
しかし一方,ジュリーと同じように言った主婦も少なくありませんでした。ジュリーは毎朝,空の白むころに起きて,日課である掃除に取りかかります。彼女の家の中にある物は何もかもぴかぴかです。友だちはみなそれを見てうらやましく思います。ジュリーも時には,外のことにもう少し関心を持たなければと思うのですが,でも,「私の本職は主婦ですから,まず家をきれいに整えなければ」とため息まじりに言いました。彼女はこれを完全に行なうよう努力しています。
家事は「大きらい」と言う人々の態度とは大変な違いです。あなたのおうちではどちらかの見方が優勢ですか。どちらも正しいのでしょうか。
家事に対する妻の考え方,あるいは夫の考え方は,確かに妻自身の居心地や幸せに直接関係してきます。しかし,「やっかいなもの」と考える人もあれば,「女性の最高の美徳」と言う人もあるこの仕事に対する現実的な見方とは,どんなものでしょうか。
週末に仕事で出張していたある夫は,帰宅して自分の目を疑いました。ストーブの上には,何かが焦げ付いたなべやかまがところ狭しと並べてあるし,流しには汚れた食器がうず高く積み上げられ,床は油とほこりに覆われていて,台所はまるで災害に見舞われたあとのようでした。
台所の向こうの居間には,新聞やびんやおもちゃが散らかっているのが見えました。二人の子供は汚れた洗たく物の山の上で取っ組み合いをしています。そして妻はこの大混乱の中で安楽イスに平然と座り,両足をテーブルの上にのせ,ゆうゆうと何かを読んでいました。「私が毎日一体何をしているのかあなたに分かっていただく一番いい方法は,いつもやっていることを全くしないでいることだと思ったのよ」と,彼女は言いました。
確かに家事は大切な仕事です。清潔で落ち着いた,そしてきちんと整った家に帰って来るのを喜ばない人がいるでしょうか。反対に,ごみやあかは人の心をいらだたせ,不快にします。
「しかし,『平凡な掃除婦』として一生を送るよりも,夫の良き相手となり,時勢に後れないようにする方がもっと大切なのではないでしょうか。頭のいい女性に,家事だけに時間を費やすよう期待するのはやはり不公平だと思います」と,多くの人は言います。あなたもそうお考えですか。
家事が,全部の時間を取り上げてしまう,面白くない仕事とならないようにするには,巧みさと独創力が必要です。今は精神的に怠惰な時代ですから,これは決して小さな要求ではありません。この道のある専門家は次のように言っています。「家をきちんと整え,良い食事を準備し,家族がいつも心地よく生活できるようにしておくことを大事と考える女性は,さっさと仕事に取りかかり,しかも手早く能率的に仕事をかたづける傾向がある。だから夫や子供の相手になれる時間も多くなる」。
あまり注意を要しない仕事をしている間に,ほかの事柄を考えることのできる主婦たちもいます。例えば,先々の食事の献立を考えたり,その日の仕事の予定を立てたり,あるいは霊的な事柄を思い巡らしたりします。
なぜある女性は家事を,重要で品位ある仕事と考えるのでしょうか。「家事というものは個人のためにする仕事だから」と,21年の経験を持つ主婦は答えました。そして,「私がしているのは,ほかの人のためになる個人的な事柄です。私たちは個人的でない事柄の多い世界に住んでいます。ですから自分の行なった仕事の良い結果を直接に見ることはできません。でも家事は非常に個人的な方法で人に影響を与え,満足も直接に得られます」。勤勉に働く主婦の多くはこういう考え方に賛成です。そして家事を,家族のための「愛の労働」と見ています。
また,仕事のできばえを見ることにも満足があります。「家事を,夢中になるほど面白い,自分の力を発揮できる,やりがいのある仕事と考えている人を私はまだ知りません。でも,どうしても避けて通れませんからね」と,ある母親は率直に答えました。しかしまたこのようにも言いました。「それでも,銅器やテーブルはぴかぴかで,家の中にはさわやかな香りが漂い,みがき上げた床に暖炉の火が映ったりしていると,一つの事を成し遂げたという感じで,なんだか偉くなったようないい気分になることは確かです」。
家が汚ないことを絶えず弁解する必要がないので,「事を成し遂げたという感じ」に加えて良心はさわやかですし,自尊心も保てます。こうした事柄はみな,家事を「感謝されない,面白くない仕事」とみなすべきでない,りっぱな理由と言えます。
しかし,一点のしみもない状態でなければ気のすまない,ジュリーのような人はどうですか。
床がすり減るほどみがけとだれが言った?
「洗たく物は“もっと白く”,髪の毛はさらっと清潔で,床には一点のしみもなく,そして自動車はぴかぴか光っているようでなければ,ちゃんとした(マディソン街が命ずる)標準にかなった生活をしているとは言えないと,われわれは何年もの間絶え間なく脅されてきた」と,二人のアメリカ人教授は主張し,一部の広告会社への不満を述べています。そして,「清潔さはステイタス・シンボル」ということで,環境汚染をもたらす商品の需要は激増し,多くの女性は「家族と家と自分の身を清潔にすることに,狂気のさたと言えるほどに躍起になった」と,これらの専門家は言っています。
また,家事を女性の最高の美徳と考えるように育てられてきた女性たちがいます。そういう人は,家をしみ一つない清潔な状態に保つことで頭がいっぱいです。そのためにはどれほど多くの時間がかかってもかまいません。
「家政」(英文)という本には次のように書かれています。「みんなが,イスに腰をかけることも,テーブルに手を触れることも,くつをはいたまま部屋の中を通ることも恐れるほど家をきれいにすることくらい,家族と自分を惨めな気持ちにさせるものはない」。むろん,この言葉を盾に,主婦は家をきれいにすることに精を出さなくてもよい,などと考えるべきではありませんが,家をきれいにする理由,つまり家族が気持ちよく暮らせるようにするという目的を忘れてはなりません。始終,きれいにきれいにとうるさく騒ぎ立てれば,家族はゆったりと落ち着いた気分になれません。
かつて地上を歩んだ人のうち最大の影響力を持つ,そして幾百万もの人が権威と仰ぐある人物は,家事について平衡の取れた見方を明示しました。イエス・キリストが二人の姉妹に客として招かれていた時,一人がイエスに強い不満を訴えました。「主よ,わたしの姉妹[マリア]がわたしひとりに用事をさせておりますことをなんとも思われないのですか。ですから,いっしょになってわたしを助けるよう彼女におっしゃってください」。マリアのほうはイエスの足もとに座って,「ずっと彼のことばを聴いていた」ので姉妹のマルタは,家事,つまり食事の準備をしなければなりませんでした。マルタはそのことが一番大事な仕事と考えていたようです。しかしイエスはそうはお考えにならず,「マルタ,マルタ,あなたは多くのことを思い煩って気を乱しています。だが,必要なのはわずかの事,というよりただ一つだけです。マリアは良いほうを選んだのであり,それは彼女から取り去られないのです」と言われました。―ルカ 10:38-42。
イエスが教えておられた霊的な事柄は,『多くのもの』が食卓に供される食事よりも重要なことでした。「必要なのはわずかの事,というよりただ一つ」,いわば簡単な料理が一品あれば十分だということをイエスは示されたのです。言い換えればそれは,本当に「必要な」ことをしなさい,そうすればより崇高な事柄に注意を向ける時間ができるということでした。今日の主婦もこの事を心に銘記することが大変重要です。しかしどうすればそのように平衡が取れるでしょうか。
平衡の取れた見方を培う
それにはまず優先順位を決めます。何を第一にしますか。家ですか,それとも家の中に住む人ですか。あなたの標準はほかの人を不快にさせるほど高いですか。ある主婦はこう言いました。「家族のために食事は栄養のある,簡単なものを準備し,ベッドや衣服は清潔に整え,家は居心地がよい程度に掃除します。あとのことはみな適当にします」。
家事はこれで終わりということがありません。いつも何かすることがあります。それで家事に費やす時間を決めておき,自分のペースが許す限り多くの事を熱心に行ないます。家事に費やす時間が毎日平均わずか1時間という主婦もあるとのことです。家族の生活習慣,主婦自身の能力,体力そして様々な状況によって,もっと多くの時間をかける人もいるでしょう。
自分の限界を認めることは大切です。経験の深いある主婦は,「時間や体力もお金の場合と同じで,使いすぎるといけませんね。遅かれ早かれ高い代償を支払うことになります。できることは限られていますから」と言いました。
しかし中には,人間の性質のもう一つ大きな弱点である怠惰と闘わねばならない主婦もいます。怠惰は家事に対する見方をゆがめます。怠け者の言い訳はよく知られています。働こうにも問題が多すぎて働けない,「おどろの垣」で道をふさがれているみたいだと怠け者は言うと,聖書は述べています。あるいは疲れすぎていて,つまり「うみ疲れて」これ以上力が出ないと言います。(箴 15:19; 26:15,新)もし自分にそんな傾向が見られるなら,何か対策を考えなければなりません。「怠惰」に過ぎると家庭は多くの面で荒れすさんでしまうかもしれません。―伝道 10:18,新。
「でも,今のやり方で平衡が取れているかどうか,どうしたら分かるのだろう」と考える人もあるでしょう。ではそれを知る助けとして,聖書の箴言 31章に記されている模範的な主婦について考えてみましょう。
模範的な主婦についての驚くべき描写
昔ある王の母親は,妻の理想像をあざやかに描写しました。神の霊感によるその描写は,王の考えをさえ正しました。確かにこの「有能な妻」は,「家の事を見守って」いる者,また料理や着る物を作ることなど,ある人々が“女性の仕事”と考えている事柄の多くを行なうものとして描かれています。しかし彼女の関心や働きは家庭の中だけに限られていません。―10,15,21,22,27節,新。
例えば,買い物をするにもよく考え,「はるか遠くから」食料品を買い入れて来ます。また手作りの品々を商人に売ります。それどころか土地を買う交渉まで行なって,ぶどう畑を作ります。それは簡単な仕事ではありません。実際,彼女が行なうと明示されている仕事は11ありますが,そのうちの七つは家庭の外でなされる仕事です。確かにこの女性は,“モップとバケツにつながれている”女性ではありません。―13,14,16,18,24節,新。
その生活は家事だけで終わるのではなく,「そのたなごころを悩んでいる者に差し伸べ,その手を貧しい者に差し出し」ます。つまりほかの人々,家族以外の人々を助けることにも関心を示します。―20節,新。
そのような女性を見つけるのはむずかしいことでしたが,見つかったなら,「さんごよりもはるかに貴い」,はかり知れない価値を持つ存在となりました。高価な赤さんごは装身具や装飾品として昔から一般に高く評価されていましたが,それもこの女性の「宝石」に比べればつまらないものに見えました。勤勉で,平衡の取れた妻,「怠惰のパン」を食べず,家庭の外にも関心を向け,家族の益となる事を行ない,また物質的な面や霊的な面で困っている人々を助ける妻は,今日でもやはり貴重な存在と言えます。―10,27節,新。
しかし主婦が家庭の外に仕事を持って一日中働かねばならないと,どんなことになるでしょうか。
働く女性の場合はまた別
「経済的な理由で働いているのですけれど,本当は子供と一緒に家にいたいと思います。8時間働いて帰って来てから,妻と母親と主婦の役目を果たそうとすると,とてもつらいですね」とある主婦は言いました。この主婦の言葉は,同じ苦しい境遇にある多くの女性の声でもあります。
妻が夫の一日の労働時間と同じほど家庭の外で働く場合は,家族の理解と助けがぜひとも必要です。全時間勤務の仕事に就いているある若い主婦は,「私の場合は主人が,何もおとながおとなのすることの後始末をして歩く必要はない,家事も一緒にするのが本当だ,という考えでいてくれますので,とても幸せです」と誇らしげに言いました。子供たちも手伝えますし,また手伝うべきです。もし片親しかいなくてその片親が一日中働かなければならないならなおのことです。
家族があまり多くの事を要求しないで手伝うようにすれば,家事はむしろ面白いものになるでしょう。ある主婦は次のように書いています。「うちの主人は,毎日,シャワーを浴びた後おふろを洗うことにしています。夕食の後は,私がストーブや調理台の上を拭き,残り物を片づけている間に,お皿をきれいにしたり,こびりついたものをこそげ落としたりしてくれます。……さきおとついの晩など,私が夕食を準備している間にアイロンかけをしてくれました。そんな事をしながら,その日にあったことを話し合います。……私たちはまたよく一緒に料理をします。面白がってやるんです。ぶどう酒のグラスを片手におしゃべりしながら。もし私一人が家の仕事をしなければならないとしたら,きっと,いやな仕事だと思うでしょうね」。
そのようにして妻を手伝う夫は,妻への愛を示すだけにとどまらず,聖書が「弱い器である女性」と呼んでいる妻への思いやりを示すことにもなります。―ペテロ第一 3:7。
平衡の取れた見方から喜びが生まれる
経験を積んだある主婦は,結論としてこう言いました。「必要なのは平衡を保つということでしょうね。小さな事にあまりこせこせしないこと。そうでなければ不愉快ですものね。かといって,あまりだらしがなさすぎると,両方ともいらいらしてくるでしょう。主婦の方は,自分がやるべき事をやっていないので,心がとがめていらいらするでしょうし,家族は家族で,もう一日ほこりっぽいのをがまんしなければならないので,いらいらするでしょう」。
平衡をよく保って家事を行なう場合,家はぴかぴかとまではいかなくとも,その中にはくつろいだ雰囲気が漂うことでしょう。ですから家事は,第一にも最後にもせず,適当に行なうことです。つり合いを保つということが秘訣です。聖書の次の言葉はまさにこの原則を述べた言葉です。「あなたがたが道理をわきまえていることをすべての人に知らせなさい」― フィリピ 4:5。