呼吸 ― 鳥と昆虫の場合
あなたが毎日2万3,040回ほど行なっているのに,あまり意識していない事柄があります。一体なんでしょうか。それは呼吸です。人の呼吸系の仕組みは極めて優れており,極めて効率的に働くので,今この瞬間にも,あなたは呼吸をしていることをあまり意識していません。
もちろん,空気の希薄な山の頂上などにいる場合は,呼吸はそれほど楽ではないでしょう。あるいは水に潜って泳いでいるなら,その時間の長さがどれほどであろうと,やがて呼吸の必要を強く感じるようになります。ところが鳥は高い所を飛んでも呼吸困難を感じません。また昆虫の中には,空気中の酸素に依存していながら,水中で呼吸のできるものがいます。それらの昆虫はどのようにして呼吸するのでしょうか。鳥と昆虫の呼吸作用を詳しく調べてみると,それらが本当に驚くべき知恵と設計の表われであることが分かります。
鳥の呼吸
飛行機で空を飛んだことのある人ならだれでも,飛行に必要な二つの重要な要素に気付きます。それは機体の骨組みの軽さと十分の燃料です。鳥の呼吸系はその両方の必要に対処するようにできています。
エネルギーを多く消費する活動は酸素を非常に速く燃焼させます。人間は酸素の欠乏を,深い,そして速い呼吸によって補います。高度の高い場所では活動を控え目にし,たびたび休息して,血液中の酸素の濃度を補う時間を体に与えなければなりません。もし鳥が飛行中にそれと同じような状態になったらどうなるか想像してください。しかし鳥の呼吸系は,鳥がそのような困った目に遭わないようにできているので,高度6,000㍍くらいのところを飛んでいる鳥に出会っても,苦しそうな様子は見られません。目も飛び出していないし,顔も青くないし,あえいでいる様子さえありません。どうしてそのような状態でいられるのでしょうか。
鳥の呼吸器官は,酸素を人間の場合よりもずっと効率的に吸収できるようにできているのです。人間の肺は,いっぱいになったり空になったりする袋,もしくは風袋なのです。ところが鳥の肺は違います。鳥の肺は特殊な造りになっています。空気は普通に先端から肺の中に入って行きます。しかし,それから肺を通過し,胸腔や腹腔内に位置する薄壁の様々な気嚢の中に入って行くのです。(図を参照。)1758年のこと,ジョン・ハンターという人は,本当に驚くべきことを発見しました。1羽の鳥が,気管はふさがれ,翼骨は折れていたのに,それでも呼吸していたのを発見したのです。そのようなことがなぜあり得たのでしょうか。
鳥の骨には髄がありません。骨は中空で空気が入っています。そしてその空気の入った空洞は諸気嚢につながっており,それらの気嚢は肺につながっているのです。それで,その鳥の気管がふさがれた時,空気は,折れた中空の翼骨を通って肺に出入りしていたのです。体の重さと燃料の問題を同時に処理するとは,何と気の利いた方法なのでしょう。骨格全体に燃料タンクがあるのです。しかし燃料の貯蔵量についてはどうでしょうか。
燃料の実際の貯蔵量はごくわずかです。鳥は飛行中に,つまり空中で,燃料すなわち酸素を取り入れるのです。空気はそれら多くの気嚢や通路を通過して組織の広い部分と接触するため,空気が吐き出されるまでに多くの酸素が吸収されます。とはいえ,高度の高い所での飛行は多量のエネルギーを必要とする運動です。燃料を可能な限り効率的に用いなければなりません。それで,鳥の呼吸器には向流として知られている仕組みが備わっています。そのために鳥はごく簡単な原理によって空気から迅速に,そして効率的に酸素を得ることができるのです。
鳥の肺の中では,空気と血液は互いに反対方向から接近します。空気は肺を通過する時に次第に多くの酸素を血液に与えます。ですから血液は次第に多くの酸素を絶え間なく得ることができます。言い換えると,“渇いた”静脈血は最初すでに酸素の少ない,いわば酸素が“二,三滴”しか残っていない空気に接触します。“渇いた”血液はその酸素を吸収すると“もっと湿った”空気の方に進みます。その空気にはもっと多くの酸素があります。そのころになると血液はそれ程“渇いて”おらず,したがって酸素の吸収も次第に少なくなってきます。この驚くべき作用の最終結果は,空気からの極めて効率的な酸素の抽出となります。そしてこれこそ鳥が高度の高い所を飛行するために必要とするものなのです。
昆虫の呼吸
あなたはゾウほどの大きさのアリがいた場合のことを考えたことがありますか。そのようなアリの力を想像してみてください。アリは自分の体重の2倍の物を運ぶことができるのです。昆虫は小さなもの(最大のヨナクニサンというガでさえも,羽を広げた時の長さは25㌢から30㌢にすぎない)ですが,食欲は大変おう盛です。ノースダコタ州では,いなごが作物や放牧場に与えた損害はわずか1年間に171万4,000㌦(約3億9,400万円)に上りました。もし,いなごが馬ほどの大きさだったらその損害はどれほどのものになるでしょう。
しかし,それを心配しなければならない理由はありません。昆虫はその呼吸系ゆえに,大きさの点で,今より大きくなることはないからです。サイエンティフィック・アメリカン誌によると,「信じられないほどの生物学的技術の粋」と同誌が呼ぶ昆虫の呼吸系は,大きさを制限する要素を内蔵しています。さらに,鳥の呼吸系が飛行に理想的なものであるのと同じく,昆虫の呼吸系もその生活に理想的にできています。それはどんなものでしょうか。
昆虫はエネルギー生産工場と言えます。昆虫たちはその大きさに似合わず,ヘラクレスのような大力のいる仕事をやってのけます。それで酸素を多量に必要とします。ところが昆虫には肺がありません。それでも,息も切れ切れの昆虫を見付けることなどないでしょう。なぜかというと,昆虫には,無制限の需要に応じられるように造られた呼吸系があるからです。
幼虫の間に,昆虫の皮膚は多くの箇所で内側へ管状に伸びます。それらの管は外気に向かって開いています。またそれらの管は昆虫の体の奥深く入るにつれて何度も枝別れし,各枝は次第に細くなっていきます。そして最後に2本以上の管が各細胞と接触します。したがって,各細胞は外気に直通の空気のパイプラインを持っているわけです。これは,酸素が血液循環系を通るのを待つ必要がなく,すぐにそれを得て使えることを意味します。これこそ,昆虫がエネルギーのたくさん要る活動を続けるのに必要なものです。
しかし管を通して呼吸をする方法の場合に問題となるのは,入って来る酸素,そして出て行く二酸化炭素というふうに,二方向の流れが必要になってくるということです。昆虫の体にある管は酸素を取り入れることができますが,二酸化炭素はどうなるのでしょうか。二酸化炭素は酸素と違い,組織を通って容易に拡散します。ですから管を通って外に出ようとはしないのです。むしろ昆虫の皮膚を通って外に出てしまうのです。
昆虫は酸素の供給を大気に依存しているものの,ある昆虫の幼虫は水中に住みます。それらの幼虫は水の中でどのように呼吸するのでしょうか。ある幼虫は“シュノーケル”のような管を水面に出します。それらの管には,波が荒くなって水が入りそうな時のために弁が付いているものもあります。“潜水鐘”つまり泡の内部で生活する幼虫もいます。泡の中の酸素を使い果たしたならもちろん補充することが必要です。研究者たちは長い間,泡の中の酸素がとっくに尽きているはずなのに,昆虫が水の中にいられるのを不可解に思っていました。どうしてそんなことができるのでしょうか。
ここでは拡散作用が一役演じることになります。泡の内部の酸素分圧が周囲の水の中の酸素分圧より低くなれば,水の中の酸素が泡の内部に殺到するのです。(水は水素2,酸素1でできていることを思い出してください。)『それにしてもなぜ泡が壊れないのだろう』とあなたは思われるかもしれません。それは,泡の空気の中に窒素があるからです。窒素は水中に拡散せず,泡の中にとどまることを好みます。そういうわけで,昆虫の幼虫はその変態に窒素を必要としないかもしれませんが,昆虫の“命を支える仕組み”は確かに窒素に依存しているのです。
こうして鳥と昆虫がどのように呼吸するかを調べてみると,それらの生物の呼吸系は本当に驚くべき知恵と設計の表われであることが分かります。しかし,あなたは,科学的法則に依存するところの大きいこれらの呼吸系が,全く偶然に発達したとか,鳥や昆虫自身が発達させたと信じるのを易しいことに思われますか。それとも有名な発明家トマス・エジソンと同じような結論を引き出しますか。エジソンは言いました。「自然の様々な作用を何年ものあいだ観察してきたわたしは,最高の英知の存在を疑うことができない」。
[22ページの図版]
鳥の呼吸系
気管
二つの肺
気嚢
[23ページの図版]
ある昆虫の呼吸系とその働き
肺はない
管
細胞