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  • アメリカの宗教の分裂史
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1953
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  • 道は広まる
  • 更に多くの分裂
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1953
塔53 10/1 353–355ページ

アメリカの宗教の分裂史

最初アメリカに移民した人々は,多くの色々な宗教を持ち込みました。英国教会,清教徒,巡礼者,スコットランド長老派,カルヴィン派,ルーテル派,クェーカ派,バプテスト派,メソジスト派及びその他の宗派がありました。然し,その開拓者達は,素朴な孤独主義者達でした。そして,宗教に於いても,政治に於いても独立的な立場をとり,自分の好む道に従う決意をもつて居たのです。

既に混乱して居る宗教を材料として,それを供給し,それを一層小さいグループに分裂したのです。『ダンカーズ派やメノナイト派などの名称は,欧州起源でありますが,それが米国に移つた時,分裂に分裂を重ねて,西の果の未開地へとひろまつて行つたのである。』とスゥイート氏は申して居ります。彼はその辺境地方の宗教を評して,『それは屢々ゆがめられて,殆どもとの俤を失つてしまつた』と言つて居ます。従つて,新しい宗教の基礎は,確固とした教義に基いて居るのでなく,ゆがめられた辺境地方の観点に基いて居るのであります。真実の礼拝から益々遠く離れるに従つて,宗派数は益々多くなりました。

アメリカの宗教が更に分裂しましたのは,1734年から,1790年にかけての『大覚醒』に於いてでした。これは,ニューイングランドからニュージャーシイを越えて南へひろがつた信仰復興運動の波でした。然し,『新しい光』つまり新しい宣教師達はそれより保守的な者,つまり『古い光』に歓迎されませんでした。その保守的な者は,屢々新しいグループを追放しました。これらの者は非常に宣教に力を入れたので,自分達自身の会衆を打ちたてました。その幾つかは新しい宗教となつたのであります。ユニテリアン派はこの様にして組合教会派から分裂したのです。長老派は,一時的に『新派』と『旧派』に分裂し,新しくつくられた多くの『分離』会衆はバプテスト派となりました。その一つの創始者であるシュバル,スターンズ氏は,北カロライナへ移転しました。其処で彼の宣教は,分離した新しいバプテスト派をうみ出しました。その派は今では比較的小さい宗派ですが,その瞬間的増大は,『バプテスト派の歴史上比類がない』と言われて居ります。

既に述べた奴隷制度は,分離を生ぜしめた第三の理由となりました。それは,1844年メソジスト派を大分離しました。バプテスト派の大分離は1845年に生じました。長老派はメイソン ― ディクソン線で南北に分離しました。完全に分離した宗教制度が打ちたてられて,政治に合流しました。そして,政治が教会を分裂させ得る時それはキリストや使徒達の教え即ち政治とキリスト教の分離を守らない証拠であります! バプテスト派と長老派の分裂は今日に於てもそのままです。メソジストの仲違いは1939年になつてやつと解決しました。フランクス・エス・ミード氏は,その著,ハンドブック・オヴ・デノミネーションに於いて,その分裂を次の様に評して居ります ―『これは,教義にも政策にも関係して居らず,全く政治的社会的分裂である。』彼らの真の努力は神の御言葉に従うことに払われたのでなく,教会員の政治的見解を支持する為になされたのであります。即ち「福音を彼ら自身の目的に利用する」為努力したのであります。監督教会は他と異つて,分裂しませんでした。彼らは単に互に打ち合いました。ボルク司教は,南方の将軍でした。そしてミードの軍旗の行方を見よ(英文)によれば『オハヨ州のムクラヴェン司教とルイジアナ州の司教ボルクは安息日毎に互に聖壇で祈り合つた。』彼らは単に『一時的に分れた。それは,丁度二人の旅行者が,泥濘を避ける為に離れて歩き,その障害物を過ぎたら再び一緒になるのに似て居る。』

道は広まる

更にこの宗派的紛争がそれらの宗教を白人と黒人に分け,黒人の為の新しい宗派をうみだしたばかりでなく,国家的分離も他の群を分裂させました。初代クリスチャン会衆は,ユダヤ人とギリシア人の区別も自由人と奴隷の区別もなく,ヤコブの言によれば階級差別は罪であるにも拘らず,米国に於ける東部正教教会は,アルバニアン,ブルガリアン,シリアン,及びウクライニアンの派に分裂して居るのであります。ルーテル派は,ダニッシ,フィニッシ,ノーウェジアン及びその他の派に分裂しました。H・リチャード,ニーブール氏は次の様に申して居ます。『アメリカの教会はヨーロッパのそれと同様,共観福音書の勧めに従わず,かえつて地域的階級的な影響を屢々受けて来た。』― コリント前 12:13。ヤコブ 2:1-9。

分裂の第四と第五の主な原因となつたものは,19世紀はじめに辺境地方に起つた異常な反宣教運動と楽器使用であります。反宣教主義は,辺境地が宣教師に支払う金を東部に送ることに反対したことと,辺境地の宣教師が,自分達より雄弁な良い訓練を受けた新任宣教師をうらやんだことに起因したのです。その運動は辺境地全体特にケンタッキーやテネシー地方にひろがりました。その様,バプテストは非常に打撃を受けたので,『ハード・シェル』つまり『反宣教』バプテストの派が少くとも3つ未だに残つて居ります。

これは,あの特に騒々しいオルガンに関する論争と共に,「キリストの弟子」を烈しく分裂させたので,彼らの会員の4分の1は,分離して『キリストの教会をつくりました。反オルガン論は次の様に言つて居ます ―『公けの礼拝に関して新約聖書に明示されて居ない要素はすべて合法的でない。楽器はその様な権威がない。従つて合法的でない。』この反オルガンの程度は,ラード・クォターリ(1864年)に良く示されて居ます。それは次の様に記して居ます ―『すべての宣教師は我々の兄弟の家で,オルガンのある集会所に決して入らない決意をすべきである。一つの教会から手紙を受ける者は,すべてオルガンを使う人と協力してはならない。その様な家に行くなら,寧ろ教会外で生活させよう。若し一つのオルガンが持ち込まれるならオルガンに反対する人々はすべて,教会から引上げるべきである。』今日,何百万もの人々は,歌う人の調子を保つのに役立つ楽器があるかどうかについて神は深い関心をもつて居られると考えて居ます。勿論彼らは,聖書に記されていない他の近代的な発明物を使用することに反対しません。例えばラヂオの歌の本,着色したガラス窓などです。彼らは音の出る物は崇拝の要素であると考えて居ります。しかし,これらの近代に発明されたものは崇拝の要素ではないと申して居り,これの使用に反対しないのです。しかしながら楽器による音楽は,所謂『新約聖書』も認めて居る様です。―黙示 5:8; 15:2。

特殊な人々が自分達の群の指導権を握ろうとする慾望は,宗教的分裂のもう一つの主要原因であります。その様な教区の分裂はモルモン教徒の実例で良く示されて居ります。その創始者ジョセフ,スミスが死んだ時,その最大の群である「チャーチ・オヴ・ジサス・クライスト・オヴ・レイターディ・セイント」はブリガム,ヤングに従つてウタへ行き,其処にソルト・レイク市をたてました。第2の群である「リオガナイズド・チャーチ・オヴ・ジサスクライスト・オヴ・レイターディセイント」は,ジョセフ・スミスの息子に指導されました。第3の群はキリストの教会(テムプル・ロト)をつくり,第4の群は,ジサスクライストの教会(ピカトナイト)をつくり,シドニーリジオンに従い,第5の群はジサス,クライストの教会(カトラライト)をつくり,モルモン教の7長老の一人であるアルフェス,カトラーに従いました。第6の群はジサスクライストの教会(ストレンジト)をつくり,ジェイムJ,スストラングに従いました。ストラングはジョセフスミスの書いた信任状を持つて居ると主張したのです。

更に多くの分裂

他の者は,自分自身のあいまいな観念に従い,情勢を一層混乱させて居ます。「ツーシイド・イン・スピィリット・ブリデステネアリアンバプテスト」(反宣教主義の一グループで宿命論者)の『二種』論は,エデンの園に於いて神が善い種を人に植え,サタンが悪い種を植えたという論です。そして,幼児は,そのどちらかの種を持つて生まれるから,宣教は無駄であると考えて居るのです。そして悪い種を持つて生まれた人は絶望的で,善い種を持つて生まれた人は当然教会に集まるというのです。この前の報告(8年前)によれば,彼らの数は僅か200人になつてしまいました。彼らの教義は,婦の裔に関する創世記 3章15節の誤つた解釈に基いて居るのです。

そして,或作家が次の様に書いて居る通りです。『聞きなれぬ宗派がどんな都市にでも存在できる。それは屢々ただの一つか二つの教会で構成されて居る事がよくある。不満な宣教者達にとつては,一つの群を連れ去つて,自分の新しい宗派をつくることはいとやさしいことである。……小さい群の大部分は,教会闘争以外に何の歴史も有して居ない。そして何か著明な教理や儀式をもつて居るものは殆んどない。』この様に独立した群は,凡そ3000程あると推定されます。

1890年,小冊子「米国に於ける教会史略」(英文)は,その急所をついて次の様に申しました。『宗教制度の増加は,アメリカの宗教生活の特徴である。』或人々はこれらのものを称して『父の家には住居は多い』と言いたがります。彼らは,天の祝福に関するヨハネ伝 14章2節を曲解してそう言いたがるのです。今日,多くの人々は,信仰の相違と教義の分離に遭遇した時,曖昧な混合をして,それらはみな一つの目的地へ通ずる異つた道であると言つて,容赦するのです。然し,それらは一つの目的地へ通ずるものではありません。彼らは自分達自身の理論をつくりながら,キリストと共に集まることは出来ないのであります。キリストは当時に於いて神の権利を受けたと主張しながら,正しい教義を守らなかつた人々を指して偽善者,盲目の案内者,愚か者,蛇,蝮の裔,破滅の運命に定められた者と申しました。(マタイ 12:30; 23:1-39)生命と真理を求めて居る人々は,それら広い道から離れて,聖書の塵を払い,その1000の頁をひもどいて,矛盾だらけの混合教理と,ヱホバ神の霊による御言葉との相違を学んで下さい。

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