豊かな祝福を注がれた「地に平和」国際大会
紀元前1027年,壮大なエホバの宮の献納式に出席したイスラエル人は,『エホバが施したまひし恩恵のために喜びかつ心に楽しみつつ』家路につきました。このことばは,1969年の夏,「地に平和」国際大会に出席して家路についたエホバの証人たちの気持ちをもよく言い表わしているではありませんか。(歴代下 7:10)100以上の国から来た幾十万の人々が,北アメリカの8つの都市で1週間ずつ開かれたクリスチャンの大会に集まり,数々の心暖まる思い出を得たのです。
「この大会は,エホバの証人の歴史の上で一つの里程標になります」。これは一大会出席者のことばです。別の人は語りました。「世界の道徳状態はしだいに低下しており,これに対する防壁を築くという点で,これは特に顕著な大会でした!」 また,「期待をはるかに上まわるものでした!」,「エホバはほんとうに天の窓を開き,あふれるばかりの祝福を注いでくださいました」と語った人々もいます。
しかし,こうした祝福は一連の北アメリカ大会の閉幕をもって終わったわけではありません。シカゴでの大会が終わってから2日後,別の「地に平和」大会が英国のロンドンで開かれ,続いて,デンマーク,フランス,ドイツ,イタリア,また太平洋ぞいの国々でも同じ大会が開かれたからです。
六つの新しい出版物
アメリカとカナダの大会で注がれた豊かな祝福のうち,まずあげるべきものは,英語の新しい出版物六つが発表されたことです。まず第一に,「聖書はほんとうに神のことばですか」と題する,192ページ,ポケット版の美しい本が発表されました。この本は,聖書が確かに神のことばであるという証拠を,すぐれた仕方で提出しています。エホバの証人すべては,聖書が神のことばであることを堅く信じており,他の人々がそうした信仰をもつように助ける点で役だつ新しい本を得て,大いに喜びました。
ついで32ページの小印刷物が出されました。それは大会の初めの2日間の各プログラムを伝えたものです。
その翌日,「聖書を理解する助け」という本が発表されました。これは大版544ページの本であり,「アロン」(Aaron)から「出エジプト」(Exodus)に至る聖書関係の事項を,神の霊感を受けた聖書に忠実な仕方で説明しています。これは聖書研究のための大きな助けではありませんか!
大会の週の終わり近く,出席者を驚かせまた大いに喜ばせたものとして,「ギリシア語聖書の御国行間逐語訳」が発表されました。これを手にすれば,たとえギリシア語に通じていないクリスチャンでも,ギリシア語原文でのほんとうの意味を知り,ギリシア語聖書のどんな翻訳についても,その正確さを知ることができます。どうしてですか。その本の各ページの左側には,聖書のギリシア語の原文が掲げられ,そのギリシア語の各単語の下には,それに対応する英語の基本的なことばがしるされているからです。そしてページの右側には,改訂された新世界訳がのっています。
もう一つ,大会出席者を大いに喜ばせたものは,研究用の新しい書籍「その時,神の秘密は終わった」です。美しい朱色の表紙を施した384ページのこの本は,黙示録の初めの13章を解説しています。それが扱う数多くの事柄の中には,使徒ヨハネが見た神の幻,天使が吹く七つのラッパ,メシヤが王となる神の国の誕生のことなどがあります。この本を読んだある人は,その内容について「心をとらえる速い展開,要領を得た明快な説明」と評しました。
大会の最終日,「近づく一千年の平和」と題する公開講演ののち,今大会最後の小印刷物が発表されました。それは公開講演の原稿全文,前日に採択された宣言文,そして大会の他のプログラムの要旨を収録したものです。
ニューヨークでの大会においては,世界の多くの場所から来た人々の便宜のために,17か国語を使って,国語別の集会も開かれました。そして他の,幾つかの都市では,大会のプログラムがスペイン語と英語で行なわれました。スペイン語の大会では,スペイン語の新しい歌の本と,「聖書はほんとうに神のことばですか」という本のスペイン語版が発表されました。またニューヨークでは,ヤンキー野球場での大会に先だって,デンマーク語,オランダ語,ドイツ語,イタリア語,スウェーデン語などの歌の本も発表され,フランス語の歌の本は大会の週中に発表されました。
これら新しい出版物すべてはすばらしい祝福ではありませんか。それはわたしたちの信仰を強め,神のことばを他の人々に伝道するための備えとなるのです。
数々の実際的な教訓
大会のプログラムそのものも,終始,エホバからの祝福に満ちたものでした。講演の多くは,話の要点を実際に示し,それを聴衆の心に銘記させるための興味深い実演を伴うものでした。クリスチャンの行動および家族生活について,実際的な教訓が与えられました。そして,クリスチャンの正しい崇拝,またクリスチャン宣教をいかに改善するかという点に関しても多くのことが話されました。
ほとんど毎日,こうした助言のある部分が,聖書時代や今日のできごとを題材とした劇の形で提出されました。そうした劇は聖書の記述を生き生きと表現し,その教訓が今の時代にいかにあてはまるかを示していました。バッファロー市の一婦人は,大会の劇を自分の家の玄関から見て楽しみ,「ヨナの物語は何度も聞いたことがありますが……聖書の物語がわたしにとって何か現実的な意味をもったのはこれが初めてです」と語りました。
クリスチャンの崇拝に関する助言
大会の開会の話は,プログラムを通じて注がれる豊かな祝福を存分に楽しむため,プログラムに十分な注意を払い,大会での時間を最大限に活用することを,出席者すべてに勧めるものでした。もう一つその話の中で強調されたのは,正しい心の態度つまり感謝の心をもって,エホバの御前に来なければならないということでした。講演者は,詩篇 95篇の初めの数節を声を出して読むように聴衆に勧め,結びに,「エホバよ,わたしたちは心をつくしてあなたに感謝します」と語って,聴衆の感謝を言い表わしました。
クリスチャンの崇拝に関する助言の中では,クリスチャンがなぜ集会に定期的に出席すべきかという理由の多くが論じられました。同時に強調されたのは,会衆の集会に備えていつも十分に予習すること,そして集会で学ぶ事柄に心を傾けることの大切さでした。
音楽がクリスチャンの崇拝において占める役割に関する話を聞くことも大きな祝福となりました。このプログラムの中で示されたとおり,音楽は聖書の中で顕著な地位を占めており,昔の神の民は音楽においてひいでていました。音楽は神からの賜物の一つであり,その最善の用い方は,音楽を用いてエホバを賛美することです。わたしたちは心をこめて賛美の歌をうたい,その歌詞に十分な注意を払いたいと思います。わたしたちの祈りを聞かれるエホバは,わたしたちの賛美の歌声をも聞いておられるからです。
祈りについてもすぐれた助言が与えられ,大会出席者すべてはそれを大いに喜びました。クリスチャンは忙しすぎて祈りができないというようなことがあってはなりません。それは神をないがしろにし,神の不興をこうむることになるでしょう。クリスチャンは「すべてのことを感謝」すべきです。そのすべてのことの中には小さな事柄も含まれています。(テサロニケ前 5:17,18)そのようにするならば,わたしたちは,自分がいかに多くの祝福を受けているかを認識できるでしょう。話の結びとして,ヤンキー野球場での講演者は聴衆にこう勧めました。「不道徳な事柄に対しては,忙しすぎてそのための時間がないようにしなさい。世の事柄に対しても,忙しすぎてそのために用いる時間がないようにしなさい。そして,忙しく日を送って,悪魔サタンにすきを与えないようにしなさい。しかし,どんなことがあっても,忙しすぎてエホバ神に祈るひまがないということがあってはなりません」。
平和な組織も祝福
平和が祝福の一つであることはまちがいありません。そして,正式に立てられた権威すべてに敬意を払いなさいという大会での助言は,確かに平和に役だつものでした。「権威を無視する今日の傾向の背後にはサタンがいます。わたしたちもそうした傾向にならいたいですか」,と大会出席者は問われました。もとよりそうではありません! 神の取り決めの中ではすべてのものがエホバに服従しています。(コリント前 11:3)これは有益な取り決めです。「エホバの任命された人々を敬いなさい」と題する聖書劇は,ダビデとサウル王およびナバルとアビガルに関する聖書の記述に基づいて,この点を強調するものでした。正式に立てられた権威すべてに敬意を払ってきた神の民は,今日の平和と幸福と繁栄を得ているのです。
もう一つ平和に役だつものは,クリスチャンの組織内で権威を持つ人々に与えられた助言です。ものみの塔協会の代表者として各地の会衆を尋ねる人々に対しては,会衆内の任命されたしもべたちと接する際に,思いやりと親切さと同情心を働かせるように助言が与えられました。また会衆のしもべたちに対しては,自分の悟りに頼らず,すべての事柄を神のことばによって確かめるようにとの助言が与えられました。そして,補佐のしもべたちは,一つのチームとなり,自分たちの監督を補佐するものとして一致して働き,宣教奉仕において率先して,いつも深い霊の思いを保つようにとの助言を与えられました。
いよいよ輝きを増した光
一連の大会で注がれた豊かな祝福の一つは,神のみことばにあてられる光がいよいよ輝きを増したことです。(箴言 4:18)「神を知って平和を保ちなさい」と題する大会の基調講演は,モーセ,イザヤ,エゼキエルその他の人々が見たエホバの幻に基づき,熱心に耳を傾ける聴衆すべてにエホバの壮厳さをいよいよ深く感じさせました。
同じく啓発的であったのは,「得るすべてのものをもって理解を得なさい」と題する話です。その話は,物事の理解を得るために正しい態度が必要なこと,ラバのようになってはならないことを指摘しました。(詩 32:8,9)知識は考えの基礎材料であり,事実に通ずることです。しかし,良い結果になるようにその知識を活用させるのは知恵です。理解は物事を見とおす力となり,なぜか,どうしてかということを考えさせます。この話の初めの部分で,講演者は「聖書を理解する助け」を発表しました。
「『大いなる患難』のさなかにおける神との平和」と題する話は聖書の預言に光を当て,大会出席者のあいだに多くの反響を呼びました。その話は,マタイ伝 24章3-22節が模型的な意味で,使徒の時代にどのように完全に成就したかを説明しました。そして,『大いなる患難』はいま近づいており,それも大いなるバビロンの滅びをもって初めて始まりハルマゲドンで終わること,そしてなぜそう言えるかという点が指摘されました。講演者が述べたとおり,比較的短期間に起きるという意味で,それは『少なく』もしくは『短かく』されるのです。
聖書の真理と原則に対する理解をいよいよ明瞭にさせたのは,「真理の正確なことばの記録」と題する話です。適切にも,聖句中の語句の意味に重きを置いた「御国行間逐語訳」が紹介されたのはこの講演の途中です。
黙示録 8章から11章に基づいた,「神との平和を妨げる敵に臨む最後の災い」と題する講演は豊富な内容のものでした。この話の中では,象徴的な七つのラッパを吹くことの意味が説明されました。指摘された点の一つをあげれば,黙示録 9章16節が述べる2億頭の象徴的な馬は,キリスト教世界と世界の急進勢力とに象徴的な災いを加えるために用いられる,印刷物をさしています。必ず到来する火のような滅びについて予告するそうした出版物は,災いを加えるという役目を果たしているのです。
この講演の終わりに大会全体の盛り上がりの一つがありました。強力な宣言文が読まれ,満場一致で採択されたのです。その中では,「遠い昔から約束されたメシヤによる神の国によって実現する,天と地の創造者との平和,これこそ,人類世界全体の恒久平和の鍵として,わたしたちが奉ずるものです。神との平和を守るとき,わたしたちは,ともに神の創造物であるわたしたちの隣人に対して戦うことは決してできません」ということが宣言されました。またエホバの証人は,この宣言の中で,幾たびも戦争を助長してきたキリスト教世界の宗教となんの関係も持たないこと,また神のさばきがキリスト教世界を非としており,それがやがて執行されようとしていることを明らかにしました。さらに証人たちは,政治上のあらゆる論争に対する厳正な中立を宣言し,また,神の国に全幅の信頼を置き無条件の忠誠をつくすこと,そして,すべての国の民への証しとして,終わりが到来するまで御国の伝道をやめないという態度を表明しました。
クリスチャンとして自分の宣教奉仕を改善する
真のクリスチャンすべては,自分の宣教を最善の方法で行なうことに深い関心をもっています。それゆえ,宣教奉仕の仕方をどのようにして改善するかという点で多くのすぐれた助言が与えられたことも豊かな祝福でした。エホバ神の任命を受けた奉仕者になろうとする人々に対しては,バプテスマに関する話が行なわれました。北アメリカでの一連の大会において,合計1万2894名の人が水の浸礼を受けるために起立したことは,大きな喜びではありませんか。バプテスマ希望者に対して話されたとおり,世界の状態はしだいに悪化しているとはいえ,いま生きるのは非常に幸福なことです。なぜ? 全身全霊をつくして仕えるしもべとなってエホバ神の善意を得,永遠の命にあずかるための時間がまだ残されているからです。―箴言 8:35。
大会出席者に対して話されたとおり,神の御心を行なうことの中には,『りっぱな態度で宣教を行なう』ことも含まれています。いちばん大切なのは,良い動機,エホバに対する愛と感謝,そして隣人に対する愛を持つことです。また,正しくふるまい,慎みを欠いたけばけばしい服装で人の注意を引かないこと,また清楚できちんとした用具を携えることも大切です。『あなたの聖書は家の人に好ましく見えますか。それとも宣教の際に恥ずかしいものとなりますか』と講演者は尋ねました。講演者は,エホバ神のりっぱな代表者となることを聴衆に勧めたのです。
全時間の開拓宣教奉仕も大いに勧められました。家族の父親でありながら開拓奉仕をしている人々,また82歳の老齢でなお開拓奉仕を続けている人々もいます。高等学校在学中の若い人々に対しては,速記,塗装,木工など,実際的な職業や技術を身につけることが勧められました。将来開拓者となって自活するためです。「開拓奉仕は打ち込んで行なえる仕事です」とひとりの若い開拓者は語りました。開拓奉仕をできる立場にありながら,まだ開拓奉仕をしていない人は,『なんぢらおのがために宝を地に積むな……まず神の国を求めよ』という,イエスのことばを考えなおすように勧められました。―マタイ 6:19,33。
また,全時間宣教奉仕に携わっている人々に対しては,その奉仕において忍耐するようにとの激励が与えられました。しかし自活するための世俗の職についてはどうですか。アトランタ大会での講演者はこう語りました。「どんな世俗の仕事につくかについてはより好みをしてはなりません。パウロは法学の能力があったにもかかわらず,天幕を縫う仕事を卑しいこととは考えませんでした」。
そして全時間の開拓宣教にはいれない人々に対しても,自分の奉仕の特権を拡大することが勧められました。どのようにしてですか。必要の大きな所で奉仕すること,休暇開拓をすること,1日中野外奉仕に用いる日を月に少なくとも1日設けること,晩の時間を活用することなどによってです。講演者のひとりはこう勧めました。「現代の便利品や個人的な楽しみを,御国の伝道より優先させてはなりません。エホバに奉仕するために,今日のさまざまな便利品すべてが必要なわけではありません。自分の活動をあらためて検討してください。……あなたはいま3000ドル(約100万円)の預金を持ち,6000ドルを目ざしているなら,そうすることもできるでしょう。しかしそれによって,とこしえの命をつかむ力が弱くなるかもしれないのです」。
「これからなすべき仕事があり」,そのための時間は少ないということも,すべての奉仕者の心に刻み込まれました。すべての者は残された時を最大限に活用し,この大会で学んだ事柄を活用して,より巧みに,かつ勤勉に働くべきです。
大会の最高潮
「地に平和」国際大会の圧巻は,「近づく一千年の平和」と題する公開講演です。エホバの証人だけでなく,幾千幾万という一般の人々が,この大切な講演を聞くため大会場に集まりました。八つの大会都市では,総計49万2310名の人が大会施設を埋めつくしました。その多くは講演予定時間のずっと前から集まってきたのです。その人々は,聖書が差し伸べる地上の平和の希望について力づよい説明を聞きました。この講演の価値を認識した人々は,割れるような拍手で何度も講演を中断させたのです。講演者は,世界平和を脅かしているものについて述べたのち,こうした脅威が存在しても,世界平和は必ず実現すると語りました。なぜならそれは,偽ることのできない神のお約束だからです。それは人間の手段で実現するのではなく,神が約束された「平和の君」によって実現するのです。―イザヤ 9:6,7。
この平和の実現は迫っています。そのことは,聖書預言の成就となる世界の現状だけでなく,人類史の6000年がまもなく終わろうとしていることによっても示されています。講演の中で述べられたとおり,古代のイスラエルの安息日は6日間の苦役に続く楽しい安息の日となっていました。また,キリストの千年統治は神の目から見るとき,ほんの1日にすぎません。講演者は語りました。「主イエス・キリストが『安息の主』であるなら,イエスの千年統治は,1000年を一期間とする第7番目の期間であるはずです」。(マタイ 12:8)その時は今や近いのです!
話の結びに講演者はこう語りました。「エホバのクリスチャン証人は,喜びをいだいて,この近づく一千年の平和のために備えをしています。そして,『神のよろこびたまふ人』に予告された『地上の平和』を待ちこがれる人すべてに対し,ともに加わって,この祝福された平和な千年期を迎える備えをすることを心から勧めています」。
「平和のうちに生きつづけなさい」
これはコリント後書 13章11節のことばであり,大会の結びの話の主題となっていました。ものみの塔協会のN・H・ノア会長はその話の中でこう語りました。「この大会はわたしたちに多くの問題について考えさせました。それはわたしたちに平和な影響を与えるはずです。愛と平和の神エホバは確かにわたしたちの中におられます。この大会の結果として,わたしたちすべては自分の生活を,多少なりとも『再調整』することができるでしょう」。
ついで大会のおもな点をふり返ったのち,会長は大きな進歩が見られていることについて述べました。御国伝道者の数は4月に132万2001名に達したのです。そのうち13万2121名が全時間奉仕者でした。121万8315の家庭聖書研究が司会され,記念式には271万4810名が出席しました。また会長は,膨大な量の聖書文書が生産されかつ発送されていること,支部の建物が昨年中に幾つか新築され,今年度にも幾つか新築が計画されていることについて報告しました。また,来年の地域大会の開催地についても知らせました。
会長は聴衆にこう勧めました。「わたしたちすべてには,自分の心からの愛を表わすすばらしい機会があるではありませんか。わたしたちにはなすべき仕事があります。イエス・キリストによる神の御国を公に宣明しつつ,その仕事にともに励み,ともに平和のうちに生活しようではありませんか」。こののち,大会の主題にかなった賛美の歌と祈りをもって,大会は幕を閉じました。
「外の人」も祝福を受ける
これら一連の「地に平和」大会に出席した人々は聖書の原則に従って行動することに努めましたが,そのことは「外の人」の多くも大会の祝福を受ける結果になりました。幾つかの場所では,報道機関もこの点に注目しました。(テモテ前 3:7)たとえば,1969年7月12日付「ロックラウンド・カウンティー・ジャーナルニューズ」はこう述べました。「暴力行為が公然となされ,社会の騒動がひん発するこの時代にあって……『地に平和』大会は人々の心にひとつのことを銘記させるものとなるであろう。つまり,真のキリスト教が今でも存在し,あらゆる国のあらゆる人種の人々が……共通の目的の下に平和裏に生活し,かつ働くことは可能であるということである」。
ジョージア州アトランタの「コンスティチューション」紙は,1969年7月14日付紙上に,同市のホテル・モテル協会役員のことばを次のように掲載しました。「めんどうな問題を何も起こさなかったという点で,この人々は当市を訪れた旅客のうち最善のグループであったと当協会は見ている。この人々は行儀がよく,快活で,いかにも満ち足りており,幸福そうである」。そしてアトランタ市の運輸関係の一役員はこう語りました。「わたしはこの仕事にこれまで25年携わってきたが,このような人々のグループを扱ったのは初めてである。……彼らは忍耐づよく,礼儀正しく,いつもにこやかに笑っている」。
これらの大会の出席者数は当初の予想をはるかに上まわるものでした。球場からあふれるほどに人の集まった所もありますが,出席者たちは大会に参加できたことを喜んでいました。出席者は全部で114の国から来ました。ヨーロッパからだけで6000人以上が出席し,中南米,アフリカ,アジアなどからさらに数千人が来たのです。こうした大会は,クリスチャンが古い友人に会い,新しい友だちをつくり,あらゆる土地から来た幾万人もの人々と祈りと歌に心をあわせる機会となりました。エホバ神に近づくとき,どんな国の人人でもこの地上で豊かな平和を楽しめるのであり,彼らはその生きた証拠です!
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バッファロー大会でノア兄弟とともに新しい出版物を見るインドからの出席者たち
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アトランタ球場で,5万6703名の聴衆に,「近づく平和」について話すF.W.フランズ
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北アメリカ全体では合計49万2310名の人が「近づく一千年の平和」と題する講演を聞いた。これはヤンキー野球場に集まった聴衆
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プログラムの呼び物の一つは聖書劇。これは放とうむすこに関するイエスのたとえ話を劇で行なったもの
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雨が降っても出席者たちは熱心に話を聞いた
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新たに発表された「その時,神の秘密は終わった」を示すN.H.ノア
ニューヨークで「御国行間逐語訳」を発表するF.W.フランズ
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北アメリカの大会では合計1万2894名がバプテスマを受けた