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聖書 Q&A
イ聖 記事151
石の書き板に刻み込まれた十戒

十じっ戒かいとは何なんですか

聖せい書しょの答こたえ

十じっ戒かいは,神かみが古こ代だいイスラエル国こく民みんに与あたえた律りっ法ぽうです。この律りっ法ぽうは「十とおの言こと葉ば」としても知しられ,ヘブライ語ごのアセレト ハッデヴァーリームの訳やくです。この言こと葉ばは聖せい書しょの最さい初しょの5つの書しょである,ペンタチューク(トーラー)の中なかで3回かい使つかわれています。(出しゅつエジプト記き 34:28。申しん命めい記き 4:13; 10:4)同おなじ表ひょう現げんがギリシャ語ごではデカ(10)ログース(言こと葉ば)となっており,この単たん語ごの組くみ合あわせから「デカローグ(十じっ戒かい)」という語ごが派は生せいしました。

神かみは十じっ戒かいを2枚まいの石いしの書かき板いたに書かき記しるし,シナイ山さんで預よ言げん者しゃモーセに与あたえました。(出しゅつエジプト記き 24:12-18)十じっ戒かいは出しゅつエジプト記き 20章しょう1–17節せつと申しん命めい記き 5章しょう6–21節せつに出でてきます。

  • 十じっ戒かい(10の命めい令れい)

  • 十じっ戒かいに違ちがいがあるのはなぜなのか

  • 十じっ戒かいが与あたえられた目もく的てき

  • クリスチャンは十じっ戒かいを守まもる必ひつ要ようがあるのか

  • 十じっ戒かいは今いまでも役やく立だつのか

  • 新しん約やく聖せい書しょに出でてくる十じっ戒かいを反はん映えいした教おしえ

十じっ戒かい(10の命めい令れい)

  1. 神かみエホバだけを崇すう拝はいする。(出しゅつエジプト記き 20:3)

  2. 崇すう拝はいに像ぞうを使つかわない。(出しゅつエジプト記き 20:4-6)

  3. 神かみの名な前まえを不ふ敬けいな仕し方かたで使つかわない。(出しゅつエジプト記き 20:7)

  4. 安あん息そく日びを守まもる。(出しゅつエジプト記き 20:8-11)

  5. 親おやを敬うやまう。(出しゅつエジプト記き 20:12)

  6. 殺さつ人じんをしない。(出しゅつエジプト記き 20:13)

  7. 姦かん淫いんをしない。(出しゅつエジプト記き 20:14)

  8. 盗ぬすみをしない。(出しゅつエジプト記き 20:15)

  9. 偽ぎ証しょうをしない。(出しゅつエジプト記き 20:16)

  10. 強ごう欲よくな人ひとにならない。(出しゅつエジプト記き 20:17)

十じっ戒かいに違ちがいがあるのはなぜなのか

聖せい書しょは十じっ戒かいに1から10まで番ばん号ごうを振ふってはいません。それで,十じっ戒かいをどこで区く分ぶんするかについてはいろんな意い見けんがあります。前ぜん述じゅつのリストは十じっ戒かいの一いっ般ぱん的てきな区く切ぎり方かたです。しかし,1番ばん目め,2番ばん目め,10番ばん目めのおきての区く切ぎり方かたについては違ちがった意い見けんもあります。a

十じっ戒かいが与あたえられた目もく的てき

十じっ戒かいはモーセの律りっ法ぽうの一いち部ぶを構こう成せいしています。その律りっ法ぽうは600を超こえる法ほう律りつから成なっており,神かみと古こ代だいイスラエル国こく民みんの間あいだに交かわされた合ごう意い,または契けい約やくとなりました。(出しゅつエジプト記き 34:27)神かみは,モーセの律りっ法ぽうに従したがうなら繁はん栄えいすることを民たみに約やく束そくしました。(申しん命めい記き 28:1-14)しかし,律りっ法ぽうが与あたえられた主おもな目もく的てきは,イスラエル人じんを約やく束そくのメシア,またはキリストに備そなえさせることでした。(ガラテア 3:24)

クリスチャンは十じっ戒かいを守まもる必ひつ要ようがあるのか

いいえ。十じっ戒かいを含ふくめた律りっ法ぽうは神かみが古こ代だいイスラエル国こく民みんに特とく別べつに与あたえたものです。(申しん命めい記き 5:2,3。詩し編へん 147:19,20)モーセの律りっ法ぽうはクリスチャンに課かせられておらず,ユダヤ人じんのクリスチャンたちも「律りっ法ぽうから解とかれました」。(ローマ 7:6)b モーセの律りっ法ぽうは,イエスが追つい随ずい者しゃに守まもり行おこなうよう教おしえた「キリストの律りっ法ぽう」に取とって代かわられました。(ガラテア 6:2。マタイ 28:19,20)

十じっ戒かいは今いまでも役やく立だつのか

はい,役やく立だちます。なぜなら十じっ戒かいは神かみの考かんがえを反はん映えいしており,そこには教きょう訓くんが含ふくまれているからです。(テモテ第だい二に 3:16,17)十じっ戒かいの根こん底ていにある教おしえは時じ代だい遅おくれになることが決けっしてありません。(詩し編へん 111:7,8)実じっ際さいのところ,これらの多おおくは一いっ般ぱん的てきに新しん約やく聖せい書しょとして知しられる部ぶ分ぶんの教おしえの基き礎そとなっています。(「新しん約やく聖せい書しょに出でてくる十じっ戒かいを反はん映えいした教おしえ」をご覧らんください。)

イエスは十じっ戒かいを含ふくむモーセの律りっ法ぽう全ぜん体たいを,2つの重じゅう要ようなおきてにまとめることができると教おしえました。こう述のべています。「『あなたは,心こころをこめ,魂たましいをこめ,思おもいをこめてあなたの神かみエホバを愛あいさねばならない』。これが最さい大だいで第だい一いちのおきてです。第だい二にもそれと同どう様ようであって,こうです。『あなたは隣りん人じんを自じ分ぶん自じ身しんのように愛あいさねばならない』。律りっ法ぽう全ぜん体たいはこの二ふたつのおきてにかかって[います]」。(マタイ 22:34-40)ですから,クリスチャンはモーセの律りっ法ぽうを守まもることを求もとめられてはいませんが,神かみと仲なか間まの人にん間げんを愛あいさなければなりません。(ヨハネ 13:34。ヨハネ第だい一いち 4:20,21)

新しん約やく聖せい書しょに出でてくる十じっ戒かいを反はん映えいした教おしえ

教おしえ

新しん約やく聖せい書しょ中ちゅうの参さん照しょう箇か所しょ

神かみエホバだけを崇すう拝はいする

啓けい示じ 22:8,9

崇すう拝はいに像ぞうを使つかわない

コリント第だい一いち 10:14

神かみの名なを敬うやまう

マタイ 6:9

神かみの崇すう拝はいをおろそかにしない

ヘブライ 10:24,25

親おやを敬うやまう

エフェソス 6:1,2

殺さつ人じんをしない

ヨハネ第だい一いち 3:15

姦かん淫いんをしない

ヘブライ 13:4

盗ぬすみをしない

エフェソス 4:28

偽ぎ証しょうをしない

エフェソス 4:25

強ごう欲よくな人ひとにならない

ルカ 12:15

a ユダヤ人じんの伝でん承しょうでは,「出しゅつ[エジプト記き]20章しょう2節せつを第だい1の『言こと葉ば』とし,3–6節せつをひとかたまり,つまり第だい2としている」とあります。「ユダヤ百ひゃっ科か事じ典てん」(英えい語ご)。一いっ方ぽう,カトリックでは出しゅつエジプト記き 20章しょう1–6節せつを1つのおきてとみなしています。その結けっ果か,神かみの名な前まえを不ふ敬けいな仕し方かたで使つかわない,というおきてが2番ばん目めのおきてとなります。十じっ戒かいの数かずを合あわせるために,最さい後ごの強ごう欲よくを禁きんじるおきてを,隣りん人じんの妻つまを欲ほっしてはならない,隣りん人じんの持もち物ものを欲ほっしてはならない,の2つに分わけています。

b ローマ 7章しょう7節せつが10番ばん目めのおきてを「律りっ法ぽう」の一いち例れいとして挙あげていることから,モーセの律りっ法ぽうに十じっ戒かいが含ふくまれていることが分わかります。

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