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コリント第一ものみの塔出版物索引 1951-1985
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13:4 塔80 5/15 6; 塔80 7/15 26; 家 36,72-73; 塔78 9/15 4; 塔78 12/15 22; 塔74 631-632; 目74 10/22 8; 塔73 484; 塔72 355; 塔66 67; 塔65 388; 目65 11/22 4; 塔64 752; 目64 8/8 4; 塔63 548; 目63 1/8 17; 目63 6/22 7; 塔62 199; 目62 10/22 27; 塔61 109,404; 塔57 48
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コリント第一 注釈 13章新世界訳聖書 (スタディー版)
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愛: 愛についてのこの有名な説明の中で,パウロはヨ一 4:8-10と同じギリシャ語(アガペー)を使っている。ヨハネはそこで「神が……愛してくださっている」と書いている。8節では「神は愛」とさえ言っている。エホバはまさしく愛を体現しているということ。(ヨハ 3:16の注釈を参照。)クリスチャン愛を定義するには,それがどのように働くかを説明するのが一番良い。クリスチャン愛は無私の気持ちの類義語で,原則によって導かれる。原則に導かれる愛には,いつでも温かな愛情が伴うわけではない。そのような愛を示す人は,時にはそれが正しいことなのでそうする。例えば,深く傷つけられても「根に持」たないことによってクリスチャン愛を示す。(コ一 13:5)とはいえ,パウロが説明している神に倣った愛はたいてい,心からの愛情と神の定めた正しい基準に従おうとする決意が組み合わさったもの。マタ 5:44; 22:37の注釈を参照。
愛は辛抱強く: このギリシャ語は「気が長い」とも訳せる。動詞でも名詞形でも,穏やかに忍耐することやすぐに怒らないことを意味する。辛抱強さは神の聖なる力が生み出すものの一面で(ガラ 5:22),神の奉仕者を見分ける印となる。(コ二 6:4-6。コロ 3:12。テサ一 5:14)エホバとイエスは人間に対していつも辛抱強さを示している。(ロマ 2:4; 9:22。テモ一 1:16。ペ一 3:20。ペ二 3:9,15)イエスとエホバに倣うクリスチャンは,人に辛抱強く接するようにする。(コ一 11:1。エフ 5:1)
愛は……親切です: 「親切です」と訳されるギリシャ語動詞(クレーステウオマイ)に対応する名詞はクレーストテース(親切)で,それは「聖なる力が生み出すもの」の一面。(ガラ 5:22)親切な人は,他の人を進んで気遣い,優しく助けになることをし,人のために行動する。親切には,他の人が必要としていることをよく考えて配慮しながら行動することが含まれる。穏やかで優しい仕方でそうする。(コロ 3:12。テト 3:4)
愛は嫉妬しません: ギリシャ語動詞ゼーロオーは強い感情を表し,その感情が良い場合も良くない場合もある。この節では,ライバルと思える人や,より良い立場にいると思える人に対する良くない感情という考えを伝えているので,「嫉妬する」と訳されている。対応する名詞ゼーロスはよく「嫉妬」と訳され,ガラ 5:19-21にある「罪深い欲望から出る行い」の1つに挙げられている。そうした嫉妬は自己中心的で,愛ではなく憎しみを生む。神に倣った愛を示す人は,嫉妬したりせず,他の人を信じ,良いことを願い,いつも他の人のために行動する。(コ一 13:4-7)このギリシャ語動詞の良い意味合いについては,コ二 11:2の注釈を参照。
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