ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
新世界訳聖書 (スタディー版)

メディア・ギャラリー - コリント第二

  • コリント第二 1

  • コリントのクリスチャンへの第二の手紙の紹介動画

  • パウロが書いたコリント第二の手紙

  • コリント 繁栄した大都市

  • 印章

  • コリント第二 2

  • 勝利の行進

  • ローマにあるティトゥスの凱旋門

  • コリント第二 4

  • 土の器

  • コリント第二 6

  • 不釣り合いなくびきで結ばれる

  • コリント第二 9

  • コリントの家族がユダヤの兄弟たちを助けるために寄付する

  • コリント第二 11

  • サウロとダマスカス

  • 王アレタ4世が鋳造した硬貨

  • ペトラ ナバテアの首都

メディア・ギャラリーに掲載されている絵や3D動画は広範な調査に基づくものですが,それらはイメージです。幾つかある可能性のうちの1つが描写されているにすぎない場合もあります。

サウロとダマスカス

サウロとダマスカス

西暦1世紀,ダマスカスの町はこの見取り図のようだったと思われる。交易の中心地として重要で,近くのバラダ川(王二 5:12のアバナ川)から水が引かれ,町の周りの地域はオアシスのようだった。ダマスカスにはたくさんの会堂があった。サウロがこの町に来たのは,「この道に従う人を見つけ」て捕まえるためだった。「この道に従う人」とは,イエスの弟子たちのこと。(使徒 9:2; 19:9,23; 22:4; 24:22)しかし,ダマスカスへの道で,栄光を受けたイエスがサウロに現れた。その後,サウロは,ダマスカスの「真っすぐ」という通りにあるユダという人の家にしばらく滞在した。(使徒 9:11)イエスは幻の中で,弟子のアナニアに,ユダの家に行ってサウロの視力を回復させるようにと命じた。そしてサウロはバプテスマを受けた。サウロはユダヤ人のクリスチャンを捕まえるのでなくその仲間になった。ダマスカスの会堂で良い知らせの伝道者としての活動を始めた。サウロはアラビアに行ってからダマスカスに帰り,恐らく西暦36年ごろにエルサレムに戻った。(使徒 9:1-6,19-22。ガラ 1:16,17)

A. ダマスカス

1. エルサレムへの道

2. 「真っすぐ」という通り

3. アゴラ

4. ユピテルの神殿

5. 劇場

6. 音楽堂(?)

B. エルサレム

関連聖句

使徒 9:1, 2; 使徒 22:5; コ二 11:32; ガラ 1:17
コリント第二 1
コリント第二 2
コリント第二 4
コリント第二 6
コリント第二 9
コリント第二 11
日本語出版物(1953-2027)
ログアウト
ログイン
  • 日本語
  • シェアする
  • 設定
  • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
  • 利用規約
  • プライバシーに関する方針
  • プライバシー設定
  • JW.ORG
  • ログイン
シェアする