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巧みに羊を牧するものみの塔 1959 | 9月15日
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ておられるか,イエスはそれをどのようにしたか,彼はどんな道を歩いたか,と自問しなければなりません。羊を神の道にいつでもみちびかねばなりません。神の羊をみちびく者は,ヱホバの御名をあがめるということを心にとめねばなりません。イエスは次のように祈れと弟子たち全部に教えたとき,神の御名を第一にいたしました,『天にいますわれらの父よ,御名があがめられますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり,地にも行われますように。』(マタイ 6:9,10,新口)彼はヱホバの御名のうちに羊をみちびきました。
21 監督はどこで神の御言葉を巧みに用いますか。なぜ彼はためらうことができませんか。
21 羊飼パウロは,次のように語つて指導者としての特質を示しました,『私はあなたがたの益になることなら,何でもあなたがたに語つて,人中でも,家から家へ行つても,あなた方を教えるのをためらわなかつた。』(使行 20:20,新世)パウロは,これらの益になる事柄をどこで学びましたか。神の御言葉から学んだのです。彼はどこで伝道しましたか。いたるところで伝道しました。今日の監督は神の御言葉を知つており,家から家の良いたよりの伝道や,再訪問の活動および聖書研究のわざをするさい,神の御言葉を極めて巧みに用いるでしよう。そして他の奉仕者たちを訓練することに真実の指導をいたします。しかし,会衆の監督は,時々このように考えることがあります。すなわち,巡回の僕は近い中に来るから指導するということは巡回の僕の仕事の一部である,という考えです。それで,彼は不定期な奉仕者にたいする援助をおろそかにして,羊は指導をすこしも受けません。しかし,神の全部の制度はいつしよに働くべきであつて,各人は,それぞれの分を果します。良い羊飼は,羊が強く,健康に,そして丈夫に生長するのを見たいと欲します。そして,彼は益のあることをいたします。それは後になつて羊の中のある者が監督になり,羊をみちびくことができるためです。このわざは決して中止しません。たくさんの新しい羊は,新しい会衆をつくり上げ,新しい羊飼を必要としているのです。パウロは『ためらわなかつた。』あなたは?
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今日の羊の必要物をみたすものみの塔 1959 | 9月15日
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今日の羊の必要物をみたす
1 羊飼は,どのように巧みなものになりますか。羊飼は,どんな質問を自問すべきですか。
イエスは,『私の小羊を養いなさい』と言われました。良い羊飼は,羊をやわらかい草と清い水にみちびきます。神の小羊は,羊を『生命の水の泉に導いて下さる』と告げられました。(黙示 7:17,新口)あなた方監督は,同じことをしようと切望し,良い食物で羊を養い,そして羊を生命の水にみちびきますか。幾年かむかし,ある人は羊飼であるあなた方をみちびき,生命の水を無料で飲ませたではありませんか。それでは,あなた方が援助をうけた同じ牧場で他の羊が食し,同じ水を飲むようにしてはいかがですか。巧みな指導は,真理の正確な知識を持つこと,および羊を良く知ることによつて得られるのです。あなたは自分の会衆を良く知つていますか。あなたは彼らを訓練して正しい声に耳を傾けさせましたか。イエスの言われたことに耳を傾けなさい,『羊は彼(羊飼)の声を聞く。そして,彼は自分の羊の名を呼んで連れ出す。』(ヨハネ 10:3,新口)イエスは,自分の羊の名をみな知つていました。あなたは会衆内のすべての人の名前を知つていますか。あなたは,会衆内のすべての人に話しますか。あなたは新しい羊によろこんで会い,その人たちが御国会館に来るとき,よろこんで知り合うようになりますか。イエスはそうでし
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