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  • 塔研24 02月号 8–13ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2024
塔研24 02月号 8–13ページ

研究記事6

10番ばんの歌うた 私わたしたちの神かみエホバを賛さん美びしましょう!

「エホバの名なを賛さん美びせよ」

「エホバに仕つかえる人ひとたち,賛さん美びせよ。エホバの名なを賛さん美びせよ」。詩し編へん 113:1

ポイント

どんなことについて考かんがえると,エホバの神しん聖せいな名なをいつも賛さん美びしたいという気き持もちになるでしょうか。

1-2. エホバはご自じ分ぶんの評ひょう判ばんを傷きずつけられた時とき,どんな気き持もちになりましたか。それをどんな例たとえで考かんがえることができますか。

こんな場ば面めんを想そう像ぞうしてみてください。大たい切せつにしている人ひとからひどいことを言いわれました。それは事じ実じつではないのに,ある人ひとたちは信しんじてしまいます。さらに,そのうそは広ひろまり,もっと多おおくの人ひとがそれを信しんじるようになりました。あなたは自じ分ぶんの評ひょう判ばんや周まわりの人ひとのことを大だい事じに思おもっています。それで,根こん拠きょのない悪わる口くちを言いわれたら,悲かなしくなるのではありませんか。(格かく 22:1)

2 この例たとえから,エホバがご自じ分ぶんの評ひょう判ばんを傷きずつけられた時ときにどんな気き持もちになったかを知しることができます。エホバの子こ供どもである天てん使しの1人ひとりがエバに,エホバについてのうそを言いいました。エバはそのうそを信しんじました。そしてアダムとエバはエホバに反はん逆ぎゃくしました。こうして人じん類るいに罪つみと死しが入はいりました。(創そう 3:1-6。ロマ 5:12)今いまの世よの中なかに見みられる死しや戦せん争そうといったつらいことは全すべて,サタンがエデンの園そので広ひろめたうそが原げん因いんです。エホバはこうした根こん拠きょのないうそや,その結けっ果か起おきている問もん題だいを見みてどう感かんじているでしょうか。悲かなしんでいるに違ちがいありません。それでも,腹はらを立たてたり根ねに持もったりしてはいません。エホバはずっと「幸こう福ふくな神かみ」です。(テモ一いち 1:11)

3. 私わたしたちはどんなことに貢こう献けんできますか。

3 私わたしたちはうそによって傷きずつけられたエホバの評ひょう判ばんを回かい復ふくすることに貢こう献けんできます。「エホバの名なを賛さん美びせよ」というシンプルな命めい令れいに従したがうことによってです。(詩し 113:1)つまり,エホバという聖せいなる名なを持もつ方かたの素す晴ばらしいところについて語かたるのです。そうしたいと思おもいませんか。では,心こころを尽つくしてエホバの名なを賛さん美びしたいという思おもいを強つよめるのに役やく立だつ3つの点てんを考かんがえましょう。

エホバに喜よろこんでもらうことができる

4. 私わたしたちがエホバを賛さん美びするとエホバが喜よろこぶのはどうしてですか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

4 私わたしたちがエホバの名なを賛さん美びする時とき,エホバは喜よろこんでくれます。(詩し 119:108)ある人ひとは,不ふ安あんで自じ信しんがないので褒ほめ言こと葉ばが欲ほしいと思おもうかもしれませんが,全ぜん能のうの神かみであるエホバはそうではありません。例たとえで考かんがえてみましょう。幼おさない娘むすめが父ちち親おやに抱だき付つき,「世せ界かいで一いち番ばん好すき!」と言いいます。父ちち親おやは娘むすめの素す直なおな言こと葉ばを聞きいて感かん動どうし,とても幸しあわせな気き持もちになるでしょう。では,この父ちち親おやについて,「この人ひとは娘むすめからのこういう言こと葉ばがないと不ふ安あんになるんだ」と思おもうでしょうか。そんなことはないはずです。きっと,「娘むすめが愛あいや感かん謝しゃを示しめすのを見みて,子こ供どもの成せい長ちょうを喜よろこんでいるんだ」と思おもうことでしょう。この父ちち親おやは,愛あいや感かん謝しゃがずっと幸しあわせでいるために役やく立だつということをよく知しっています。私わたしたちがエホバを賛さん美びする時とき,最さい高こうのお父とうさんであるエホバも同おなじような理り由ゆうで喜よろこんでくれます。

幼い娘が自分の描いた絵をうれしそうに父親に渡している。

父ちち親おやが子こ供どもから愛あいや感かん謝しゃを伝つたえられるとうれしいのと同おなじように,私わたしたちがエホバの名なを賛さん美びする時とき,エホバは喜よろこぶ。(4節せつを参さん照しょう。)


5. エホバを賛さん美びするなら,どんなうそに反はん論ろんできますか。

5 天てんの父ちちエホバを賛さん美びするなら,サタンが私わたしたち一人ひとり一人ひとりについて述のべているうそに反はん論ろんできます。サタンは最さい後ごまで神かみに忠ちゅう誠せいを尽つくす人ひとはいないと主しゅ張ちょうしました。人ひとは神かみに背そむいた方ほうが自じ分ぶんにプラスになると思おもったなら必かならず神かみに背そむくと言いいました。(ヨブ 1:9-11; 2:4)でも,ヨブはサタンがうそつきであることを証しょう明めいしました。あなたはどうですか。私わたしたちはエホバに忠ちゅう誠せいを尽つくすことによって,エホバの評ひょう判ばんを守まもり,喜よろこんでいただくことができます。(格かく 27:11)これは本ほん当とうに光こう栄えいなことです。

6. どうすればダビデやレビ族ぞくの人ひとたちに倣ならうことができますか。(ネヘミヤ 9:5)

6 エホバを愛あいする人ひとはエホバという名なを心こころから賛さん美びしたいと思おもうはずです。ダビデ王おうはこう書かきました。「私わたしはエホバを賛さん美びする。心こころを尽つくして神かみの聖せいなる名なを賛さん美びする」。(詩し 103:1)ダビデはエホバの名なを賛さん美びするなら,エホバを賛さん美びしていることになるということを理り解かいしていました。エホバの名なには評ひょう判ばんが含ふくまれているので,それはエホバの素す晴ばらしい性せい格かくや行おこないを連れん想そうさせます。ダビデはお父とうさんエホバの名なを大たい切せつにしていて,「心こころを尽つくして」賛さん美びしたいと思おもっていました。レビ族ぞくの人ひとたちも同おなじようにエホバの名なを心こころから賛さん美びしました。エホバの聖せいなる名なはどんな言こと葉ばでも賛さん美びしきれないということを謙けん虚きょに認みとめていました。(ネヘミヤ 9:5を読よむ。)このように自じ分ぶんの小ちいささを認みとめつつ心こころから捧ささげられる賛さん美びを聞きいて,エホバはとても喜よろこんだに違ちがいありません。

7. 宣せん教きょうや日にち常じょう生せい活かつの中なかでどのようにエホバを賛さん美びできますか。

7 現げん代だいの私わたしたちも,エホバへの愛あいや感かん謝しゃを熱あつく語かたることによって,エホバに喜よろこんでもらうことができます。宣せん教きょうの一いち番ばんの目もく的てきは,人ひと々びとが私わたしたちと同おなじようにエホバと親したしくなり,愛あい情じょう深ぶかい天てんのお父とうさんを知しるように助たすけることです。(ヤコ 4:8)エホバの愛あいや公こう正せいさ,知ち恵え,力ちからといった魅み力りょく的てきなところについて,聖せい書しょが教おしえていることを人ひと々びとに伝つたえられるとうれしくなります。さらに,エホバに倣ならうために一いっ生しょう懸けん命めい努ど力りょくすることによっても,エホバを賛さん美びできます。(エフェ 5:1)私わたしたちがエホバに倣ならうなら,人ひと々びとはこの悪わるい世よの中なかにあって,私わたしたちの生いき方かたが違ちがうことに気き付づき,興きょう味みを持もつかもしれません。(マタ 5:14-16)そしてそれは,私わたしたちがほかの人ひとと違ちがう理り由ゆうについて説せつ明めいするチャンスにつながるかもしれません。その結けっ果か,誠せい実じつな人ひとたちはエホバのもとに引ひき寄よせられます。私わたしたちはいろいろな方ほう法ほうでエホバを賛さん美びすることによって,エホバに心こころから喜よろこんでもらうことができます。(テモ一いち 2:3,4)

イエスに喜よろこんでもらうことができる

8. イエスが誰だれよりもエホバの名なを賛さん美びしたといえるのはどうしてですか。

8 イエスほど,エホバのことを知しっている方かたはいません。(マタ 11:27)イエスは天てんのお父とうさんのことを心こころから愛あいしていて,誰だれよりもエホバの名なを賛さん美びしました。(ヨハ 14:31)死しぬ前まえの晩ばんに捧ささげた祈いのりの中なかで,地ち球きゅうにいた間あいだに行おこなった宣せん教きょうを振ふり返かえって,「私わたしはあなたのお名な前まえを彼かれらに知しらせました」と言いいました。(ヨハ 17:26)これはどういう意い味みだったのでしょうか。

9. イエスはどんな例たとえ話ばなしをして,天てんのお父とうさんについて分わかりやすく教おしえましたか。

9 イエスは神かみの名な前まえがエホバだということをただ人ひとに伝つたえただけではありません。当とう時じのユダヤ人じんは神かみの名な前まえをすでに知しっていたからです。イエスは進すすんで「神かみについて説せつ明めいし[まし]た」。(ヨハ 1:17,18)ヘブライ語ご聖せい書しょは,エホバが憐あわれみ深ぶかく,思おもいやりがある神かみであることを明あきらかにしています。(出しゅつ 34:5-7)イエスはそのことを,好すき放ほう題だいの生せい活かつをした息子むすこと父ちち親おやの例たとえ話ばなしでさらに分わかりやすく教おしえました。父ちち親おやは,本ほん心しんに立たち返かえった息子むすこを「まだ遠とおくにいる間あいだに」見みつけ,走はしっていって抱だき締しめ,心こころから許ゆるしました。私わたしたちはこの話はなしを読よむと,エホバが思おもいやりがあって,憐あわれみ深ぶかい神かみであることをはっきりとイメージすることができます。(ルカ 15:11-32)このように,イエスは天てんのお父とうさんがどんな方かたかを明あきらかにしたのです。

10. (ア)イエスはほかの人ひとたちにもエホバの名なを使つかってほしいと思おもっていました。どんなことからそれが分わかりますか。(マルコ 5:19)(挿さし絵えも参さん照しょう。)(イ)イエスは私わたしたちにどんなことを願ねがっていますか。

10 イエスはほかの人ひとにもエホバの名な前まえを使つかってほしいと思おもっていたでしょうか。確たしかにそう思おもっていました。当とう時じの偽ぎ善ぜん的てきな宗しゅう教きょう指し導どう者しゃの中なかには,神かみの名な前まえはあまりにも神しん聖せいなものなので発はつ音おんするべきではないと考かんがえる人ひとたちもいました。でもイエスは,聖せい書しょに基もとづかないそうした伝でん統とうに影えい響きょうされることなく,エホバの名なを賛さん美びしました。ゲラサの人ひとたちの地ち域いきで邪じゃ悪あくな天てん使しに取とりつかれた男だん性せいを癒いやした時ときのことを考かんがえてみましょう。起おきたことを見み聞ききした人ひとたちはイエスのことを恐おそれ,その地ち域いきから去さってほしいとお願ねがいしました。それでイエスはその通とおりにしました。(マル 5:16,17)でもイエスはエホバの名ながその地ち域いきの人ひとたちにも知しられることを願ねがっていました。それでイエスは癒いやされた男だん性せいに1つの務つとめを与あたえます。イエスではなくエホバがしたことを人ひと々びとに伝つたえる,という務つとめです。(マルコ 5:19を読よむ。)a イエスの願ねがいは今いまも変かわっていません。私わたしたちに世せ界かい中じゅうでエホバの名なを知しらせてほしいと思おもっています。(マタ 24:14; 28:19,20)それで,私わたしたちが一いっ生しょう懸けん命めいに努ど力りょくする時とき,王おうであるイエスに喜よろこんでもらうことができます。

イエスが舟でゲラサの人たちの地域を去ろうとしている。岸辺には邪悪な天使に取りつかれていた男性がいて,舟の上にいるイエスと話している。

イエスは邪じゃ悪あくな天てん使しに取とりつかれていた男だん性せいに,エホバがどのように助たすけてくださったかを人ひと々びとに知しらせるようにと命めいじた。(10節せつを参さん照しょう。)


11. イエスは弟で子したちにどんなことを祈いのるように教おしえましたか。そのことが重じゅう要ようなのはどうしてですか。(エゼキエル 36:23)

11 エホバがご自じ分ぶんの名めい誉よを回かい復ふくし,お名な前まえを神しん聖せいなものとしようとしていることをイエスは知しっていました。それで弟で子したちにこう祈いのるように教おしえました。「天てんにおられる私わたしたちの父ちちよ,お名な前まえが神しん聖せいなものとされますように」。(マタ 6:9)イエスは,この問もん題だいが人にん間げんにとっても天てん使したちにとっても一いち番ばん大おおきな問もん題だいであることを理り解かいしていました。(エゼキエル 36:23を読よむ。)イエスは誰だれよりもエホバのお名な前まえを神しん聖せいなものとしました。でも敵てきたちは,イエスが神かみを冒ぼう瀆とくしたと言いってイエスを逮たい捕ほしました。イエスにとって,神かみの名なを汚けがしたと訴うったえられたことはこの上うえなくつらいことでした。だからこそ,逮たい捕ほされる数すう時じ間かん前まえ,イエスは「深ふかく苦く悩のうし」たのでしょう。(ルカ 22:41-44)

12. イエスはエホバの名なを神しん聖せいなものとするためにどんな素す晴ばらしいことをしましたか。

12 イエスはお父とうさんエホバの名なを神しん聖せいなものとするために,ありとあらゆる虐ぎゃく待たいや侮ぶ辱じょくを忍にん耐たいしました。ずっとエホバに従したがってきましたし,恥はじるべきことは何なにもありませんでした。(ヘブ 12:2)また,サタンから直ちょく接せつ攻こう撃げきされているということも分わかっていました。(ルカ 22:2-4; 23:33,34)サタンはイエスがエホバに心こころを尽つくして仕つかえるのをやめさせようとしましたが,そのたくらみは失しっ敗ぱいに終おわりました。イエスは,サタンがたちの悪わるいうそつきであることを明あきらかにし,どんな難むずかしい問もん題だいの中なかでも心こころを込こめてエホバに仕つかえる人ひとがいるということを証しょう明めいしました。

13. 王おうであるイエスに喜よろこんでもらうために何なにができますか。

13 王おうであるイエスに喜よろこんでもらいたいと思おもうなら,エホバがどんな方かたかについてほかの人ひとに伝つたえて神かみの名なを賛さん美びしましょう。そのようにしてイエスの手て本ほんにしっかり付ついていくことができます。(ペテ一いち 2:21)イエスのようにエホバを喜よろこばせ,神かみの敵てきであるサタンがひどいうそつきであることを証しょう明めいできます。

人ひと々びとの命いのちを救すくうことができる

14-15. 人ひと々びとにエホバについて教おしえるなら,どんな良よい結けっ果かになりますか。

14 エホバの名なを賛さん美びするなら人ひと々びとの命いのちを救すくうことにもなります。どうしてそういえるでしょうか。サタンは「信しん仰こうのない人ひとたちの思し考こうを遮さえぎ」ってきました。(コリ二に 4:4)それで,次つぎのようなうそをうのみにしている人ひとたちがいます。「神かみなんていない」。「神かみは遠とおく離はなれていて,人にん間げんのことを気きに掛かけてなどいない」。「神かみは残ざん酷こくで悪あく人にんをいつまでも苦くるしめる」。サタンはこうしたうそを使つかってエホバの評ひょう判ばんを傷きずつけ,エホバと親したしくなりたいと思おもわせないようにしています。でも私わたしたちが伝でん道どうを行おこなうなら,サタンの思おもい通どおりにはなりません。エホバについて人ひと々びとに伝つたえることによって神かみの名なを賛さん美びすることができます。

15 聖せい書しょに書かかれている真しん理りには大おおきな力ちからがあります。エホバがどんな方かたかについて教おしえるなら,とても良よい結けっ果かになります。人ひと々びとはサタンのうそから徐じょ々じょに解かい放ほうされ,エホバが素す晴ばらしい方かたであることを知しるようになります。例たとえば,エホバが持もつ無む限げんの力ちからを畏おそれるようになります。(イザ 40:26)完かん璧ぺきに公こう正せいである神かみエホバを信しん頼らいするようになり,深ふかい知ち恵えから多おおくのことを学まなびます。(申しん 32:4。イザ 55:9。ロマ 11:33)神かみが愛あいであることを知しって安あん心しんします。(ヨハ一いち 4:8)神かみと親したしくなるにつれて,神かみの子こ供どもとして永えい遠えんに生いきるという希き望ぼうはより確たしかなものになっていきます。このように,エホバと親したしくなるよう人ひと々びとを助たすけられるのは本ほん当とうに光こう栄えいなことです。そうするなら,エホバは私わたしたちのことを「共ともに働はたらく者もの」と見みてくださいます。(コリ一いち 3:5,9)

16. ある人ひとたちは神かみの名な前まえを知しって,どんな良よい影えい響きょうを受うけましたか。

16 神かみの名な前まえがエホバだというシンプルな真しん理りも,誠せい実じつな人ひとたちの生いき方かたに大おおきな影えい響きょうを与あたえることがあります。例たとえば,アリーアという若わかい女じょ性せいは,クリスチャンではない家か庭ていで育そだちました。b 宗しゅう教きょうに入はいってはいましたが,心こころは満みたされず,神かみを身み近ぢかにも感かんじていませんでした。でも,エホバの証しょう人にんと聖せい書しょを学まなぶようになって,神かみを親したしい友ともと思おもえるようになりました。神かみの名な前まえがたくさんの聖せい書しょから取とり除のぞかれ,「主しゅ」などの称しょう号ごうに置おき換かえられてきたということを知しって,とても驚おどろきました。エホバという名な前まえを知しったことで,アリーアの人じん生せいは大おおきく変かわりました。「神かみ様さまには名な前まえがあって,しかも親しん友ゆうになれるんだ!」と思おもいました。アリーアはこう言いいます。「今いまでは本ほん当とうに穏おだやかな気き持もちを味あじわうことができています。エホバという名な前まえを知しることができて本ほん当とうにうれしいです」。スティーブという男だん性せいは,ミュージシャンで,ユダヤ教きょうの影えい響きょうを強つよく受うけて育そだちました。でも,組そ織しきとしての宗しゅう教きょうには関かかわりたくないと思おもっていました。宗しゅう教きょうが教おしえていることと実じっ際さいに行おこなっていることの違ちがいをたくさん目めにしてきたからです。でも,愛あいする家か族ぞくを亡なくした時とき,エホバの証しょう人にんの聖せい書しょレッスンに同どう席せきする機き会かいがありました。そこで神かみの名な前まえを知しってとても感かん動どうしました。スティーブはこう言いいます。「それまで,神かみ様さまに名な前まえがあるなんて知しりませんでした。……生うまれて初はじめて,神かみ様さまを身み近ぢかな存そん在ざいに感かんじることができました。最さい高こうの友とも達だちを見みつけたと思おもいました」。

17. あなたがこれからもエホバの名なを賛さん美びしていきたいと思おもうのはどうしてですか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

17 伝でん道どうや聖せい書しょレッスンで,エホバという名な前まえについて伝つたえていますか。エホバがどんな方かたかを知しるように助たすけているでしょうか。もしそうしているなら,神かみの名なを賛さん美びしていることになります。エホバがどんな方かたかを知しらせることによって,これからもエホバの名なを賛さん美びしていきましょう。それは人ひとの命いのちを救すくうことになります。私わたしたちの王おうキリスト・イエスにしっかり付ついていくことにもなります。そして何なによりも,お父とうさんエホバに喜よろこんでもらえます。私わたしたちが「[神かみ]の名なをいつまでも永えい遠えんに賛さん美び」できますように。(詩し 145:2)

姉妹が年配の女性と聖書レッスンをしている。壁には十字架が掛かっていて,後ろのテーブルには像が置いてある。女性は自分の聖書にエホバの名前が載っていることに驚いている。

エホバの名な前まえやエホバがどんな方かたかを人ひと々びとに伝つたえるなら,エホバの名なを賛さん美びすることができる。(17節せつを参さん照しょう。)

エホバの名なを賛さん美びするなら…

  • エホバが喜よろこんでくれるのはどうしてですか。

  • イエスが喜よろこんでくれるのはどうしてですか。

  • 命いのちを救すくうことになるといえるのはどうしてですか。

2番ばんの歌うた あなたの名なはエホバ

a マルコがイエスの言こと葉ばを記き録ろくした時ときにエホバという名な前まえを使つかったといえる十じゅう分ぶんな証しょう拠こがあります。それで,「新しん世せ界かい訳やく聖せい書しょ」ではエホバの名な前まえが使つかわれています。この聖せい句くの注ちゅう釈しゃくもご覧らんください。

b 名な前まえは変かえてあります。

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