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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2024
塔研24 03月号 8–13ページ

研究記事10

13番ばんの歌うた キリストは私わたしたちの手て本ほん

バプテスマの後あともイエスに従したがい続つづける

「誰だれでも私わたしに付ついてきたいと思おもうなら,自じ分ぶんを捨すて,日ひ々び苦くるしみの杭くいを持もち上あげ,絶たえず私わたしの後あとに従したがいなさい」。ルカ 9:23

ポイント

この記き事じは,エホバに献けん身しんすることが自じ分ぶんの生いき方かたにどう関かん係けいしているかを考かんがえる上うえで役やく立だちます。特とくに,最さい近きんバプテスマを受うけた人ひとがエホバに仕つかえ続つづける上うえで助たすけになるでしょう。

1-2. バプテスマを受うけるなら,どんな人じん生せいを送おくれますか。

バプテスマを受うけてエホバの家か族ぞくの一いち員いんになれるのはとても幸しあわせなことです。エホバとの素す晴ばらしい絆きずなを持もつことができるからです。詩し編へん作さく者しゃダビデも次つぎのように言いいました。「幸しあわせです,[エホバ]に選えらばれて近ちかくに招まねかれ,[エホバ]の庭にわに住すむ人ひとは」。(詩し 65:4)

2 エホバは,ご自じ分ぶんの庭にわに入はいることを誰だれにでも許ゆるしているわけではありません。前まえの記き事じで学まなんだ通とおり,エホバはご自じ分ぶんに近ちかづこうとする人ひとを引ひき寄よせます。(ヤコ 4:8)エホバに献けん身しんしてバプテスマを受うけるなら,エホバと特とく別べつな友ゆう情じょうを築きずくことになります。エホバは必かならず「あふれるほどに祝しゅく福ふくを注そそ」いでくださるでしょう。(マラ 3:10。エレ 17:7,8)

3. 献けん身しんしてバプテスマを受うけたクリスチャンにはどんな大たい切せつな責せき任にんがありますか。(伝でん道どうの書しょ 5:4,5)

3 バプテスマはゴールではなく,スタートラインにすぎません。バプテスマを受うけた後あとは,試し練れんや誘ゆう惑わくに遭あったとしても,エホバに仕つかえ続つづけるという献けん身しんの誓ちかいを守まもるためにベストを尽つくしたいと思おもうことでしょう。(伝でん道どうの書しょ 5:4,5を読よむ。)イエスの弟で子しとして,イエスの手て本ほんに倣ならい,その教おしえに従したがうよう努ど力りょくします。(マタ 28:19,20。ペテ一いち 2:21)この記き事じでは,そうする上うえで役やく立だつ点てんを学まなびます。

試し練れんや誘ゆう惑わくがあってもイエスに従したがい続つづける

4. イエスの弟で子したちが「苦くるしみの杭くい」を負おうとはどういう意い味みですか。(ルカ 9:23)

4 バプテスマを受うけたからといって,いろいろな問もん題だいを経けい験けんしなくなるわけではありません。イエスは弟で子したちに,「苦くるしみの杭くい」を「日ひ々び」負おうことになる,とはっきり言いいました。(ルカ 9:23を読よむ。)これは,イエスに従したがうといつも苦くるしまなければいけない,ということでしょうか。そうではありません。イエスは,幸しあわせな生いき方かたができるとはいえ問もん題だいを抱かかえずに済すむわけではない,ということを強きょう調ちょうしていました。大たい変へんな試し練れんを経けい験けんすることさえあります。(テモ二に 3:12)

5. イエスは,犠ぎ牲せいを払はらう人ひとにどんなことを約やく束そくしましたか。

5 もしかすると,あなたも家か族ぞくに反はん対たいされたり,生せい活かつの中なかで王おう国こくを第だい一いちにするためにお金かねや物ものを犠ぎ牲せいにしたりしてきたかもしれません。(マタ 6:33)エホバは,これまであなたがエホバのためにしてきたことを全ぜん部ぶ見みていて覚おぼえてくださっています。(ヘブ 6:10)イエスはこう言いいました。「私わたしのため,また良よい知しらせのために,家いえ,兄きょう弟だい,姉し妹まい,母はは親おや,父ちち親おや,子こ供ども,あるいは畑はたけに別わかれを告つげた人ひとは皆みな,今いまこの時じ期きに百ひゃく倍ばいを,家いえ,兄きょう弟だい,姉し妹まい,母はは親おや,子こ供ども,畑はたけを迫はく害がいと共ともに得えて,新あたらしい体たい制せいで永えい遠えんの命いのちを得えます」。あなたもこの言こと葉ばの通とおりのことを経けい験けんしてきたかもしれません。(マル 10:29,30)確たしかに,エホバが与あたえてくださる良よいものは,私わたしたちが犠ぎ牲せいにするどんなものよりもはるかに素す晴ばらしいといえます。(詩し 37:4)

6. バプテスマを受うけた後あとも「罪つみ深ぶかい欲よく望ぼう」と闘たたかい続つづける必ひつ要ようがあるのはどうしてですか。

6 バプテスマを受うけた後あとも,「罪つみ深ぶかい欲よく望ぼう」と闘たたかい続つづける必ひつ要ようがあります。(ヨハ一いち 2:16)アダムから罪つみを受うけ継ついでいるからです。あなたも,次つぎのように語かたった使し徒とパウロと同おなじような気き持もちになることがあるかもしれません。「私わたしは,内ない面めんでは神かみの律りっ法ぽうを本ほん当とうに喜よろこんでいます。しかし,体からだの中なかで別べつの律りっ法ぽうが,考かんがえを導みちびく律りっ法ぽうと戦たたかい,私わたしを捕とらえて体からだの中なかにある罪つみの律りっ法ぽうに従したがわせているのが分わかります」。(ロマ 7:22,23)間ま違ちがったことをしたくなる自じ分ぶんにがっかりすることもあるでしょう。でも,献けん身しんした時ときにエホバにした約やく束そくについて考かんがえるなら,誘ゆう惑わくに立たち向むかう助たすけになります。

7. 献けん身しんすることは,エホバに忠ちゅう実じつに仕つかえ続つづける上うえでどのように助たすけになりますか。

7 エホバに献けん身しんすると,自じ分ぶんを捨すてることになります。つまり,間ま違ちがった欲よっ求きゅうを満みたそうとしたり,エホバを悲かなしませるようなことをしたりしないということです。(マタ 16:24)誘ゆう惑わくに遭あった時とき,どうしようかと迷まようことはありません。エホバを喜よろこばせ,忠ちゅう実じつに仕つかえ続つづけることを心こころに決きめているからです。それで,たとえ難むずかしい試し練れんに遭あったとしても,「私わたしは……忠ちゅう誠せいを貫つらぬく!」と言いったヨブと同おなじ決けつ意いを保たもつことができます。(ヨブ 27:5)

8. 献けん身しんした時ときの祈いのりを思おもい返かえすことは,良よくない考かんがえをはねのけるのにどのように助たすけになりますか。

8 献けん身しんした時ときにエホバに捧ささげた祈いのりを思おもい返かえすことは,良よくない考かんがえをはねのける力ちからになります。例たとえば,結けっ婚こんしている誰だれかのことが気きになってしまったらどうしますか。その気き持もちをそのままにしたり,相あい手ての気きを引ひこうとしたりはしないはずです。エホバを悲かなしませるようなことはしない,と約やく束そくしたからです。欲よく望ぼうが膨ふくらんでからではなく,最さい初しょからきっぱり退しりぞけるならつらい思おもいをせずに済すみます。「悪あく人にんが通とおる道みち」から「離はなれ」ることができるのです。(格かく 4:14,15)

9. 献けん身しんした時ときの祈いのりについてじっくり考かんがえることは,生せい活かつの中なかでエホバを崇すう拝はいすることを第だい一いちにする上うえで,どのように助たすけになりますか。

9 もし,集しゅう会かいに定てい期き的てきに出しゅっ席せきするのが難むずかしくなるような仕し事ごとの話はなしが来きたらどうしますか。きっと迷まようことはないでしょう。そうした話はなしが来くるよりもずっと前まえに,集しゅう会かいに行いけなくなるような仕し事ごとは受うけ入いれたりしない,と心こころに決きめているからです。それで,良よくない決けっ定ていをしてもなんとかうまくいくのではないか,と考かんがえたりはしないでしょう。この点てんでイエスの手て本ほんについてじっくり考かんがえることは助たすけになります。イエスは,エホバに喜よろこばれることをしようと決けつ意いしていました。私わたしたちも,エホバに献けん身しんしたことを考かんがえるなら,エホバを悲かなしませるようなことはどんなことであれきっぱり退しりぞけることができます。(マタ 4:10。ヨハ 8:29)

10. バプテスマの後あともイエスに従したがい続つづけられるよう,エホバはどのように助たすけてくださいますか。

10 試し練れんや誘ゆう惑わくに遭あう時とき,それは「絶たえず[イエス]の後あとに従したがい」たいと思おもっていることを証しょう明めいするチャンスになります。エホバは頑がん張ばる私わたしたちのことを必かならず助たすけてくださいます。聖せい書しょにはこうあります。「神かみは信しん頼らいできる方かたで,皆みなさんが耐たえられないほど誘ゆう惑わくを受うけるままにはしません。出で口ぐちを設もうけて,誘ゆう惑わくに耐たえ切きれるようにしてくださいます」。(コリ一いち 10:13)

イエスに従したがい続つづけるには

11. イエスに従したがい続つづけるためにはどんなことが大たい切せつですか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

11 イエスはエホバに心こころから仕つかえ,いつでも祈いのりによってエホバに近ちかづきました。(ルカ 6:12)私わたしたちもエホバとの絆きずなを深ふかめる習しゅう慣かんを守まもるなら,バプテスマの後あともイエスに従したがい続つづけることができます。聖せい書しょにはこう書かかれています。「私わたしたちはこれまで進しん歩ぽしてきたのですから,この同おなじ道みちをきちんと歩あゆんでいきましょう」。(フィリ 3:16)時ときには,エホバにもっと仕つかえようと努ど力りょくしている兄きょう弟だい姉し妹まいの話はなしを聞きくことがあるかもしれません。王おう国こく福ふく音いん伝でん道どう者しゃのための学がっ校こうに出しゅっ席せきした人ひとや,さらに伝でん道どう者しゃが必ひつ要ような区く域いきに移い動どうした人ひとたちの話はなしです。もし同おなじような目もく標ひょうを立たてられるなら,それは素す晴ばらしいことです。私わたしたちはみんな,もっと宣せん教きょうを行おこないたいという熱ねつ意いにあふれています。(使し徒と 16:9)でも,今いまはそうできないとしたらどうでしょうか。そのような人ひとたちと比くらべて,自じ分ぶんは劣おとっているなどと考かんがえないでください。クリスチャンの競きょう走そうで大たい切せつなのは,最さい後ごまで走はしり続つづけることです。(マタ 10:22)エホバが喜よろこばれるのは,あなたが自じ分ぶんの状じょう況きょうでできる限かぎりのことをして,精せいいっぱいエホバにお仕つかえすることです。それがバプテスマの後あともイエスに従したがい続つづける上うえで大たい切せつです。(詩し 26:1)

バプテスマを受けたばかりの若い姉妹がプールの中でうれしそうに立っている。1. 姉妹が伝道をしている。2. 姉妹が王国福音伝道者のための学校に出席している。3. 姉妹が建設奉仕で電気の配線をしている。

バプテスマの後あとも,エホバとの絆きずなを強つよめるのに役やく立だつ目もく標ひょうを持もちましょう。(11節せつを参さん照しょう。)


12-13. 喜よろこびや熱ねつ意いが弱よわくなっているように感かんじたなら,どんなことができますか。(コリント第だい一いち 9:16,17)(「最さい後ごまで走はしり続つづけるために」の囲かこみも参さん照しょう。)

12 自じ分ぶんの祈いのりに心こころがこもっていないとか,宣せん教きょうがマンネリ化かしているとか,聖せい書しょ通つう読どくを前まえほど楽たのしめていない,と感かんじる場ば合あいはどうでしょうか。バプテスマを受うけた後あとにそうした気き持もちになるとしても,今いまの自じ分ぶんはエホバの聖せいなる力ちからを受うけることができていないとは考かんがえないでください。私わたしたちは完かん全ぜんではないので,気き持もちの浮うき沈しずみを経けい験けんすることがあります。熱ねつ意いが冷さめているように感かんじる時ときには,パウロの例れいを考かんがえてみてください。パウロはイエスに倣ならおうと努ど力りょくしていましたが,なかなかやる気きが出でないこともありました。(コリント第だい一いち 9:16,17を読よむ。)それでも,「たとえ自じ分ぶんの意い志しに反はんして果はたすとしても,管かん理り人にんとしての責せき任にんがあることに変かわりはありません」と言いっています。パウロは,意い欲よくが湧わかない時ときにも自じ分ぶんの務つとめを果はたそうと心こころに決きめていたのです。

13 私わたしたちも,自じ分ぶんの感かん情じょうに振ふり回まわされないようにしましょう。気き持もちが乗のらない時ときにも正ただしいことを行おこなうと決けつ意いしてください。努ど力りょくを続つづけるなら,やがて意い欲よくが湧わいてくるかもしれません。それまで,信しん仰こうを強つよめる良よい習しゅう慣かんを守まもりましょう。そうするなら,バプテスマを受うけた後あともずっとイエスに従したがい続つづける助たすけになります。あなたが粘ねばり強づよく努ど力りょくを続つづける姿すがたは,仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいにとって大おおきな励はげみになるに違ちがいありません。(テサ一いち 5:11)

最さい後ごまで走はしり続つづけるために

1. アスリートが栄養バランスの取れた食事を取っている。兄弟が聖書を読んでいる写真が挿入されている。2. アスリートがストレッチをしている。兄弟が集会でコメントしている写真が挿入されている。3. アスリートが走っている。兄弟がカートの横に立って伝道している写真が挿入されている。

ランナーはレースを走はしり切きるために,日ひ頃ごろから健けん康こうに気きを配くばります。同おなじように,バプテスマを受うけた後あともエホバに仕つかえ続つづけるためには,エホバとの強つよい絆きずなを守まもる必ひつ要ようがあります。

「いつも確たしかめ……いつも調しらべてください」

14. 私わたしたちはいつもどんなことを確たしかめる必ひつ要ようがありますか。それが大たい切せつなのはどうしてですか。(コリント第だい二に 13:5)

14 バプテスマの後あとも定てい期き的てきに自じ分ぶん自じ身しんを調しらべることは大たい切せつです。(コリント第だい二に 13:5を読よむ。)祈いのりや聖せい書しょの通つう読どくや研けん究きゅう,集しゅう会かいへの出しゅっ席せき,宣せん教きょうへの参さん加かなどの習しゅう慣かんを時とき々どき見み直なおしてみるといいでしょう。こうした活かつ動どうをもっと楽たのしむ方ほう法ほうを探さがしましょう。次つぎのように考かんがえてみることができます。「聖せい書しょの基き本ほん的てきな教おしえを説せつ明めいできるだろうか。どうすれば宣せん教きょうをもっと楽たのしめるだろうか。どれほど具ぐ体たい的てきに祈いのっているだろうか。私わたしの祈いのりにはエホバを心こころから信しん頼らいしていることが表あらわれているだろうか。集しゅう会かいに定てい期き的てきに出しゅっ席せきしているだろうか。どうすればもっと集しゅう会かいのプログラムに集しゅう中ちゅうし,良よいコメントができるだろうか」。

15-16. ロバート兄きょう弟だいの経けい験けんからどんなことを学まなべますか。

15 自じ分ぶんがどんな弱よわさを持もっているかを知しることも大たい切せつです。ロバート兄きょう弟だいの例れいを考かんがえてみましょう。兄きょう弟だいは自じ分ぶんが経けい験けんしたことについてこう言いっています。「20歳はたちの頃ころ,パートタイムで働はたらいていました。ある日ひ,仕し事ごとが終おわった後あと,同どう僚りょうの女じょ性せいから家いえに来くるように誘さそわれました。その女じょ性せいは『2人ふたりだけで“夜よる”を過すごそうよ』と言いいました。最さい初しょは遠とお回まわしにしか断ことわれませんでしたが,最さい終しゅう的てきには理り由ゆうを説せつ明めいしてきちんと断ことわることができました」。ロバート兄きょう弟だいが誘ゆう惑わくに抵てい抗こうしたのは立りっ派ぱなことです。でも,後あとで兄きょう弟だいはこの出で来き事ごとについて振ふり返かえり,もっと上じょう手ずに対たい処しょできたことに気き付づきました。兄きょう弟だいはこう言いっています。「ヨセフがポテパルの妻つまからの誘ゆう惑わくに抵てい抗こうした時ときのように,はっきりと,そしてすぐに退しりぞけるべきでした。(創そう 39:7-9)断ことわるのがこんなに大たい変へんだとは思おもいませんでした。この経けい験けんを通とおして,エホバとの絆きずなをもっと強つよめる必ひつ要ようがあることに気き付づきました」。

16 私わたしたちもロバート兄きょう弟だいのように自じ分ぶんを分ぶん析せきしてみることができます。誘ゆう惑わくに抵てい抗こうできた場ば合あいにも,「はっきり断ことわるまでに時じ間かんがかかっただろうか」と考かんがえてみましょう。改かい善ぜん点てんが見みつかったとしても,がっかりしないでください。自じ分ぶんの弱よわさに気き付づけたのは良よいことです。そのことについて祈いのり,エホバに従したがいたいという気き持もちを強つよめられるよう,できることを行おこないましょう。(詩し 139:23,24)

17. ロバート兄きょう弟だいの行こう動どうは,どのようにエホバの評ひょう判ばんを守まもる結けっ果かになりましたか。

17 ロバート兄きょう弟だいの話はなしには続つづきがあります。兄きょう弟だいはこう言いっています。「私わたしが誘さそいを断ことわった後あと,女じょ性せいは『よく引ひっ掛かからなかったわね』と言いいました。どういう意い味みか尋たずねると,エホバの証しょう人にんだった友とも達だちから,エホバの証しょう人にんの若わか者ものはみんな裏うら表おもてがあるから,チャンスがあれば悪わるいことをするはずだ,と聞きいていたようです。それで,私わたしで試ためしてみようという話はなしになったみたいです。それを知しった時とき,エホバの評ひょう判ばんを守まもることができて本ほん当とうに良よかったと思おもいました」。

18. あなたはどんなことを決けつ意いしていますか。(「役やく立だつ2つの記き事じ」の囲かこみも参さん照しょう。)

18 エホバに献けん身しんしてバプテスマを受うけるなら,どんな時ときにもエホバの評ひょう判ばんを高たかめたいと思おもっていることを示しめせます。エホバは,あなたが直ちょく面めんしている試し練れんや誘ゆう惑わくについてよく知しっています。そして,忠ちゅう実じつを保たもとうとするあなたの姿すがたを見みて喜よろこび,支ささえてくださいます。エホバが聖せいなる力ちからを与あたえて頑がん張ばれるようにしてくださるということを確かく信しんしてください。(ルカ 11:11-13)エホバが必かならず助たすけてくださるので,バプテスマを受うけた後あともイエスに従したがい続つづけることができます。

役やく立だつ2つの記き事じ

エホバの証しょう人にんの親おやに育そだてられた若わかい人ひとたちは,jw.orgの「若わかい人ひとは尋たずねる バプテスマの後あと,何なにをしたらいい?」という記き事じから大たい切せつな点てんを学まなべます。パート1では,クリスチャンの習しゅう慣かんをきちんと守まもること,パート2では,問もん題だいや誘ゆう惑わくがあってもエホバとの約やく束そくを守まもることが取とり上あげられています。

どのように答こたえますか

  • 「日ひ々び苦くるしみの杭くいを持もち上あげ[る]」とはどういう意い味みですか。

  • バプテスマを受うけた後あとも「絶たえず[イエス]の後あとに従したが」うために,どんなことができますか。

  • 献けん身しんした時ときの祈いのりについてじっくり考かんがえることは,エホバに仕つかえ続つづける上うえでどのように助たすけになりますか。

89番ばんの歌うた 聞きいて従したがい,神かみの祝しゅく福ふくを得える

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