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  • 塔研23 09月号 26–31ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 09月号 26–31ページ

研究記事41

ペテロの2通つうの手て紙がみから学まなべること

「私わたしは常つねにこうした事こと柄がらを皆みなさんに思おもい起おこさせたいと思おもっています」。ペテロ第だい二に 1:12

127番ばんの歌うた 私わたしはどんな人ひとになるべきだろうか

何なにを学まなぶかa

1. ペテロは生しょう涯がいが終おわる頃ころに何なにをしましたか。

ペテロは自じ分ぶんの生しょう涯がいの終おわりが近ちかいことを知しっていました。これまで何なん十じゅう年ねんもの間あいだ,エホバに忠ちゅう実じつに仕つかえてきました。イエスと一いっ緒しょに伝でん道どうし,ユダヤ人じんではない人ひとたちにも良よい知しらせを伝つたえ,後のちに統とう治ち体たいの成せい員いんとして奉ほう仕ししました。でも,ペテロの奉ほう仕しはこれで終おわったわけではありません。西せい暦れき62年ねんから64年ねんごろに,聖せいなる力ちからに導みちびかれて2通つうの手て紙がみを書かきました。「ペテロの第だい一いちの手て紙がみ」と「ペテロの第だい二にの手て紙がみ」です。ペテロは,自じ分ぶんが死しんだ後あともこの手て紙がみが仲なか間まのクリスチャンの助たすけになることを願ねがっていました。(ペテ二に 1:12-15)

2. ペテロの手て紙がみがぴったりのタイミングで書かかれたと言いえるのはなぜですか。

2 ペテロが手て紙がみを書かいた頃ころ,クリスチャンは「さまざまな試し練れんに悩なやまされて」いました。(ペテ一いち 1:6)間ま違ちがった教おしえや汚けがれた行おこないを会かい衆しゅう内ないに広ひろめようとしている人ひとたちがいました。(ペテ二に 2:1,2,14)エルサレムに住すんでいるクリスチャンは,間まもなく「全すべてのものの終おわり」を経けい験けんすることになっていました。ローマ軍ぐんによって,エルサレムの都と市しとユダヤ人じんの体たい制せいは滅ほろぼされることになっていたのです。(ペテ一いち 4:7)ペテロの手て紙がみは,当とう時じのクリスチャンにとって目めの前まえの試し練れんを乗のり越こえる助たすけとなっただけでなく,将しょう来らいに備そなえさせるものにもなりました。b

3. ペテロが書かいた手て紙がみを調しらべるとよいのはどうしてですか。

3 ペテロが書かいた手て紙がみは,1世せい紀きのクリスチャンに宛あてられたものでしたが,エホバはそれを聖せい書しょに含ふくめることにしました。それで,私わたしたちもペテロの手て紙がみから学まなぶことができます。(ロマ 15:4)私わたしたちは汚けがれた行おこないが広ひろまっている世せ界かいで暮くらしているので,エホバに仕つかえるのを難むずかしく感かんじることがあります。さらに,ユダヤ人じんの体たい制せいが滅ほろぼされた時ときよりもっと大おおきな患かん難なんを間まもなく経けい験けんすることになります。ペテロが書かいた2通つうの手て紙がみは,私わたしたちがエホバの日ひを待まち続つづけ,人ひとへの恐おそれを乗のり越こえ,互たがいへの愛あいを強つよめるのに役やく立だちます。長ちょう老ろうたちは,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいを支ささえる上うえで助たすけになる点てんを学まなべるでしょう。

エホバの日ひを待まち続つづける

4. ペテロ第だい二に 3章しょう3,4節せつによると,どんなことが原げん因いんで信しん仰こうが揺ゆらぐかもしれませんか。

4 私わたしたちの周まわりには,聖せい書しょの預よ言げんを信しんじていない人ひとが大おお勢ぜいいます。私わたしたちが長なが年ねん「終おわりは近ちかい」と言いい続つづけていることをばかにする人ひともいるかもしれません。「終おわりなんて絶ぜっ対たいに来こない」という人ひとさえいます。(ペテロ第だい二に 3:3,4を読よむ。)伝でん道どうで出で会あう人ひとや同どう僚りょうや家か族ぞくからそんなふうに言いわれたら,信しん仰こうが揺ゆらぐかもしれません。どんなことが助たすけになるでしょうか。ペテロの言こと葉ばに注ちゅう目もくしましょう。

5. この体たい制せいの終おわりについて正ただしい見み方かたを保たもつのに何なにが役やく立だちますか。(ペテロ第だい二に 3:8,9)

5 「エホバはどうしてこの悪わるい世せ界かいをもっと早はやく滅ほろぼさないのか」と感かんじる人ひとがいるかもしれません。ペテロの言こと葉ばは正ただしい見み方かたを持もつのに助たすけになります。エホバの時じ間かんの感かん覚かくは人にん間げんとは大おおきく異ことなる,とペテロは書かいています。(ペテロ第だい二に 3:8,9を読よむ。)エホバにとって,1000年ねんは1日にちのようです。エホバは,一人ひとりも滅ほろぼされないでほしいと思おもって辛しん抱ぼうしてくださっています。でも,エホバの日ひが来きたらこの体たい制せいは終おわります。それまでの間あいだ,残のこされた時じ間かんを使つかって全すべての国くにの人ひとに良よい知しらせを伝つたえられるのは素す晴ばらしいことです。

6. エホバの日ひについて「いつも考かんがえ」るために,どんなことができますか。(ペテロ第だい二に 3:11,12)

6 ペテロはエホバの日ひについて「いつも考かんがえ」るようにと勧すすめています。(ペテロ第だい二に 3:11,12を読よむ。)どうすればそうできますか。新あたらしい世せ界かいでの素す晴ばらしい生せい活かつについて,毎まい日にち考かんがえることができます。想そう像ぞうしてみてください。空くう気きのきれいなところで深しん呼こ吸きゅうをし,栄えい養よう豊ゆたかな物ものを食たべ,復ふっ活かつしてきた愛あいする人ひとと再さい会かいし,ずっと昔むかしに生いきていた人ひとたちに聖せい書しょ預よ言げんの実じつ現げんについて教おしえることができます。こうしたことをじっくり考かんがえるなら,新あたらしい世せ界かいを待まち続つづける力ちからが得えられます。そして,この体たい制せいの終おわりは必かならず来くるという確かく信しんも強つよめることができます。将しょう来らいについて,「こうしたことを前まえもって知しって」おくなら,間ま違ちがった考かんがえを持もつ人ひとたちに「惑まどわされ」ることはありません。(ペテ二に 3:17)

人ひとへの恐おそれを乗のり越こえる

7. 人ひとへの恐おそれを感かんじると,どうなるかもしれませんか。

7 エホバの日ひについていつも考かんがえているなら,良よい知しらせを他たの人ひとに伝つたえたいという気き持もちになります。でも,人ひとの目めが気きになって話はなすのをためらってしまうことがあるかもしれません。ペテロもそうでした。イエスが裁さい判ばんにかけられた夜よる,自じ分ぶんがイエスの弟で子しであることを明あかすことができず,イエスを知しらないと何なん度ども言いってしまいました。(マタ 26:69-75)でも後のちに,「人ひと々びとが恐おそれるものを恐おそれたり,動どう揺ようしたりしてはなりません」と確かく信しんを持もって言いうことができました。(ペテ一いち 3:14)このペテロの言こと葉ばから,私わたしたちも人ひとへの恐おそれを乗のり越こえられることが分わかります。

8. 人ひとへの恐おそれを乗のり越こえるのに,どんなことが助たすけになりますか。(ペテロ第だい一いち 3:15)

8 どうすれば人ひとへの恐おそれを乗のり越こえられますか。ペテロはこう言いいました。「心こころの中なかで主しゅキリストを神しん聖せいな方かたとしてください」。(ペテロ第だい一いち 3:15を読よむ。)イエス・キリストが王おうであり,大おおきな力ちからを持もっているということを思おもい巡めぐらしましょう。誰だれかに良よい知しらせを伝つたえられそうな場ば面めんで,緊きん張ちょうしたり不ふ安あんを感かんじたりするなら,イエスのことをイメージしてみてください。イエスは天てんで王おうとして治おさめていて,周まわりには数かぞえ切きれないほどの天てん使しがいます。「天てんと地ちにおける全すべての権けん威い」を持もっていて,「体たい制せいの終しゅう結けつまでいつの日ひもあなたたちと共ともにいる」と約やく束そくしています。(マタ 28:18-20)ペテロは,信しんじていることを「いつでも弁べん明めいできるよう,準じゅん備びしておきましょう」と言いいました。職しょく場ばや学がっ校こうにいる時ときなど,いろんな機き会かいに伝でん道どうしたいと思おもいますか。どんなタイミングで話はなせるか,どんなことを言いったらいいか,前まえもって考かんがえておくことができます。勇ゆう気きを求もとめて祈いのりましょう。人ひとへの恐おそれを乗のり越こえられるよう,エホバが必かならず助たすけてくださいます。(使し徒と 4:29)

「熱ねつ烈れつに愛あいし合あってください」

ペテロが異国人の兄弟たちと食事をしている。

ペテロはパウロからの矯きょう正せいを受うけ入いれた。2通つうの手て紙がみの中なかで,仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいに愛あいを示しめすことの大たい切せつさを教おしえている。(9節せつを参さん照しょう。)

9. どんな場ば面めんで,ペテロは愛あいを示しめせませんでしたか。(挿さし絵えも参さん照しょう。)

9 ペテロは,どのように愛あいを示しめすべきかについて大たい切せつなことを学まなびました。イエスが次つぎのように言いうのをペテロは直ちょく接せつ聞きいていました。「私わたしはあなたたちに新あたらしいおきてを与あたえます。それは,互たがいに愛あいし合あうことです。私わたしがあなたたちを愛あいした通とおりに,あなたたちも互たがいを愛あいしなさい」。(ヨハ 13:34)それでもペテロは,ユダヤ人じんのクリスチャンを恐おそれて,異い国こく人じんの兄きょう弟だい姉し妹まいと食しょく事じをするのをやめてしまったことがありました。パウロはペテロに対たいして,それは「偽ぎ善ぜん的てきな行こう動どう」だと言いいます。(ガラ 2:11-14)ペテロはこの矯きょう正せいを受うけ入いれ,失しっ敗ぱいから学まなびました。2通つうの手て紙がみの中なかで,兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あいは感かんじるだけでなく示しめすべきものだ,ということを強きょう調ちょうしています。

10. 「偽ぎ善ぜんのない兄きょう弟だい愛あい」を示しめすために,どんなことが助たすけになりますか。(ペテロ第だい一いち 1:22)

10 ペテロは仲なか間まのクリスチャンに対たいして「偽ぎ善ぜんのない兄きょう弟だい愛あい」を持もつべきだと言いいました。(ペテロ第だい一いち 1:22を読よむ。)そうするために,「真しん理りに従じゅう順じゅんであること」は助たすけになります。聖せい書しょには,「神かみ[は]不ふ公こう平へいではない」と書かかれています。(使し徒と 10:34,35)もし会かい衆しゅうの一いち部ぶの人ひとにしか愛あいを示しめしていないなら,愛あいに関かんするイエスのおきてに従したがっているとは言いえません。もちろん,誰だれかにより親したしみを感かんじることはあるものです。イエスもそうでした。(ヨハ 13:23; 20:2)でもペテロが教おしえている通とおり,全すべての兄きょう弟だい姉し妹まいに,家か族ぞくに対たいするような温あたたかい愛あいを持もてるよう努ど力りょくしましょう。(ペテ一いち 2:17)

11. 「心こころから熱ねつ烈れつに」愛あいするとはどういうことですか。

11 ペテロは,「心こころから熱ねつ烈れつに愛あいし合あ」うようにと勧すすめました。この「熱ねつ烈れつに」愛あいするという表ひょう現げんには,愛あいを示しめすのが難むずかしいと思おもえる相あい手てにも努ど力りょくして愛あいを示しめす,という考かんがえが含ふくまれています。例たとえば,誰だれかから嫌いやな思おもいをさせられた時とき,愛あいを示しめすよりそっけない態たい度どを取とりたくなるかもしれません。でもイエスはペテロに,仕し返かえしは神かみに喜よろこばれないと教おしえました。(ヨハ 18:10,11)ペテロはこう書かきました。「傷きずつけられたり侮ぶ辱じょくされたりしても,仕し返かえしをしてはなりません。かえって,相あい手てに親しん切せつにしてください」。(ペテ一いち 3:9)熱ねつ烈れつな愛あいを示しめすよう努ど力りょくするなら,自じ分ぶんを傷きずつけた相あい手てにも,親しん切せつに思おもいやり深ぶかく接せっすることができるでしょう。

12. (ア)熱ねつ烈れつな愛あいがあるなら,どんなこともしやすくなりますか。(イ)「友ゆう情じょうを大だい事じにする」の動どう画がのどんな点てんが役やく立だつと思おもいましたか。

12 ペテロは別べつの箇か所しょでも,「熱ねつ烈れつに愛あいし合あってください」と言いっています。そうするなら,少すこしの罪つみではなく,「多おおくの罪つみ」を覆おおうことができます。(ペテ一いち 4:8)ペテロは,イエスから許ゆるすことについて教おそわった時ときのことを思おもい出だしていたのかもしれません。ペテロは仲なか間まを「7回かい」許ゆるすつもりだと言いった時とき,自じ分ぶんはいい人ひとだと思おもっていたかもしれません。でもイエスは,「77回かい」まで,つまり限げん度どを決きめずに許ゆるすようにと教おしえました。(マタ 18:21,22)イエスのこの言こと葉ばの通とおりにするのは難むずかしいと感かんじるかもしれません。私わたしたちはみんな完かん全ぜんではないからです。それでも,仲なか間まを許ゆるして仲なか直なおりするために,できる限かぎりのことを行おこなうようにしましょう。c

長ちょう老ろうとして会かい衆しゅうの仲なか間まを支ささえる

13. 長ちょう老ろうたちにとって会かい衆しゅうの仲なか間まを支ささえるのが簡かん単たんではないのはどうしてですか。

13 ペテロは復ふっ活かつしたイエスから「私わたしの小ちいさな羊ひつじを世せ話わしなさい」と言いわれたことを決けっして忘わすれなかったことでしょう。(ヨハ 21:16)長ちょう老ろうたちも,この務つとめを真しん剣けんに受うけ止とめています。でも,時じ間かんを取とるのが難むずかしいと感かんじることがあるかもしれません。まず,家か族ぞくを身しん体たい的てき,感かん情じょう的てきに世せ話わし,エホバとの強つよい絆きずなを持もてるよう助たすける必ひつ要ようがあります。また,熱ねっ心しんに伝でん道どうに参さん加かし,集しゅう会かいや大たい会かいの割わり当あての準じゅん備びもしなければなりません。医い療りょう機き関かん連れん絡らく委い員いん会かい(HLC)や支し部ぶ設せっ計けい建けん設せつ部ぶ門もん(LDC)で働はたらいている兄きょう弟だいたちもいます。長ちょう老ろうたちにはやるべきことがたくさんあります。

長老がビデオ会議で兄弟を牧羊している。長老は聖書を開き,「家族の幸せのために」の動画をタブレットに表示させている。

長ちょう老ろうたちは忙いそがしい中なかでも,兄きょう弟だい姉し妹まいを優やさしく支ささえるためにできる限かぎりのことをする。(14-15節せつを参さん照しょう。)

14. どんなことを考かんがえると,兄きょう弟だい姉し妹まいを支ささえたいという気き持もちになりますか。(ペテロ第だい一いち 5:1-4)

14 ペテロは長ちょう老ろうたちに,「神かみの羊ひつじの群むれを世せ話わしてください」と言いっています。(ペテロ第だい一いち 5:1-4を読よむ。)長ちょう老ろうの皆みなさんは兄きょう弟だい姉し妹まいを愛あいし,支ささえになりたいと思おもっていることでしょう。でも,忙いそがしかったり疲つかれていたりして,そうするのが難むずかしいと感かんじることがあるかもしれません。そのような時ときには,自じ分ぶんの気き持もちを全すべてエホバに話はなしてください。ペテロは,「奉ほう仕しする人ひとは,神かみが与あたえてくださる力ちからに頼たよって奉ほう仕ししてください」と書かいています。(ペテ一いち 4:11)兄きょう弟だい姉し妹まいが直ちょく面めんしている問もん題だいの中なかには,この体たい制せいでは解かい決けつできないものもあります。でも,「牧ぼく者しゃの長ちょう」であるイエス・キリストが兄きょう弟だい姉し妹まいを支ささえてくださいます。長ちょう老ろうたちにできる以い上じょうのことを,今いまも新あたらしい世せ界かいでも行おこなってくださいます。エホバが今いま長ちょう老ろうたちに願ねがっているのは,兄きょう弟だい姉し妹まいを愛あいし,支ささえ,「群むれの模も範はん」となることです。

15. ある長ちょう老ろうはどのようにして会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいを支ささえていますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

15 長なが年ねん長ちょう老ろうとして奉ほう仕ししているウィリアム兄きょう弟だいは,牧ぼく羊ようは大たい切せつだと感かんじています。新しん型がたコロナウイルスの流りゅう行こうが始はじまった時とき,ウィリアム兄きょう弟だいは同おなじグループの長ちょう老ろうたちと協きょう力りょくして,グループの兄きょう弟だい姉し妹まいと毎まい週しゅう必かならず連れん絡らくを取とるようにしました。兄きょう弟だいはこう言いいます。「家いえに独ひとりでいると,いろいろと良よくない方ほう向こうに考かんがえてしまうことがあるものです」。仲なか間まの大たい変へんそうな様よう子すに気き付づいた時とき,兄きょう弟だいはよく話はなしを聞きいて,どんなことが心しん配ぱいなのか,何なにを必ひつ要ようとしているのかを見み極きわめるようにしています。そしてjw.orgから役やく立だちそうな動どう画がや資し料りょうを見みつけて,それを伝つたえるようにしています。兄きょう弟だいはこう言いいます。「エホバから委ゆだねられた羊ひつじを世せ話わすることは,これまでになく大たい切せつになっていると思おもいます。一人ひとりでも多おおくの人ひとにエホバについて知しらせるよう一いっ生しょう懸けん命めい努ど力りょくするのであれば,兄きょう弟だい姉し妹まいがエホバの側がわにとどまれるよう支ささえるためにも,同おなじように努ど力りょくするべきだと思おもいます」。

エホバに最さい後ごまで訓くん練れんしていただく

16. ペテロの手て紙がみから学まなんだことをどのように当あてはめられますか。

16 この記き事じでは,ペテロの手て紙がみから学まなべる点てんを幾いくつか取とり上あげました。あなたも努ど力りょくしたいと思おもうところがあったかもしれません。例たとえば,新あたらしい世せ界かいでの素す晴ばらしい生せい活かつについてもっと考かんがえようと思おもいましたか。職しょく場ばや学がっ校こうにいる時ときなど,いろんな機き会かいに伝でん道どうしようと思おもいましたか。兄きょう弟だい姉し妹まいへの熱ねつ烈れつな愛あいをもっと示しめすためにできそうなことがありますか。長ちょう老ろうの皆みなさんはエホバの羊ひつじを一いっ生しょう懸けん命めいに世せ話わしようという決けつ意いが強つよまりましたか。正しょう直じきに自じ分ぶんを分ぶん析せきするなら,努ど力りょくすべき点てんに気き付づくかもしれません。でも,がっかりしないでください。「主しゅ[は]親しん切せつで」,私わたしたちが頑がん張ばれるように助たすけてくださいます。(ペテ一いち 2:3)そして,ペテロが言いっている通とおり,「神かみは,皆みなさんの訓くん練れんを終おえ……皆みなさんをしっかりした人ひと,強つよい人ひと,揺ゆらぐことのない人ひとにしてくださ」います。(ペテ一いち 5:10)

17. ペテロのように諦あきらめず,エホバに訓くん練れんしていただくなら,どんな良よい結けっ果かになりますか。

17 ペテロは,自じ分ぶんがイエスと一いっ緒しょにいるのはふさわしくない,と感かんじたことがありました。(ルカ 5:8)でも,エホバとイエスの優やさしい支ささえによって,キリストの弟で子しとして頑がん張ばり続つづけることができました。そして,「救すくい主ぬしである主しゅイエス・キリストの永えい遠えんの王おう国こくに入はいる」ことができました。(ペテ二に 1:11)素す晴ばらしい報むくいです。私わたしたちもペテロと同おなじように諦あきらめずに頑がん張ばり続つづけ,エホバに訓くん練れんしていただくなら,永えい遠えんの命いのちを得えることができます。「信しん仰こうの結けっ果かとして救すくいを得えられる」のです。(ペテ一いち 1:9)

ペテロの手て紙がみからどんなことを学まなびましたか

  • エホバの日ひを待まち続つづけることについて

  • 人ひとへの恐おそれを乗のり越こえることについて

  • 「熱ねつ烈れつに愛あいし合あ[う]」ことについて

109番ばんの歌うた 心こころから熱ねつ烈れつに愛あいしましょう

a この記き事じでは,いろいろな問もん題だいを乗のり越こえるのにペテロの手て紙がみがどのように役やく立だつかを考かんがえます。また,長ちょう老ろうたちが牧ぼく者しゃとしての務つとめを果はたす上うえで助たすけになる点てんを取とり上あげます。

b パレスチナのクリスチャンがペテロの2通つうの手て紙がみを受うけ取とったのは,西せい暦れき66年ねんにエルサレムが攻こう撃げきされるよりも前まえだったと思おもわれます。

c jw.orgの「友ゆう情じょうを大だい事じにする」という動どう画がを参さん照しょう。

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