エホバの声
『きよき美はしき物をもてヱホバを拝め』― 詩篇 29:2(ア標)
1 何を宣明することにエホバの証者は献身していますか? そしてどういう点で新しい聖書訳の出版者は不思議に見えますか?
エホバの証者はエホバの御名を宣明することに献身している。エホバの御名はヘブル語聖書中に四子音文字יהוהによつて明らかに示されている。そしてその四子音文字に対するラテン語文字はJHVH<ジエーエツチヴイエツチ>であり,英語ではYHWHである。この名前に対する4つのヘブル文字の正しい正確な発音は知られていないが,我々が長く知つているように宇宙の最高支配者の名前は日本語でエホバである。エホバの証者は地の端から端まで隈なく全国民がエホバの名前とエホバの意味を熟知するよう望んでいる。全国家の国民は聖名をそれぞれの国語で知るべきである。しかしキリスト教国の宗教指導者達がその名前をかくす,否それどころか抹殺しようとしていることは不思議なことであり道理に合わない。宗教指導者達はこのことを最近に出版した聖書の改正標準訳でなした。というのはアメリカ合衆国内のキリスト教会国家会議のクリスチャン教育派はその名前が除去されるのを欲し,斯くして新しく改正した英語の聖書よりエホバという名前を取り除いたことに対する名誉と責任を取つているのである。
2 いかに宗教委員会は神の名の威厳を落しましたか? しかし何故に神の名を抹殺する力がないのですか?
2 この改正訳の出版者は詩篇 83:18を如何に読むのか疑問に思われた。その箇所を欽定訳は次の如く述べている。『さればかれらはエホバという名をもち給う汝のみ全地をしろしめす至上者なることを知るべし。』改正標準訳の出版権を今持つている国家会議のこのクリスチャン教育委員会はそのところを次のごとく読むよう言つている。『主(LORD<ロード>)という名をもち給う』しかしながらヘブル語の四子音文字に主(LORD)を当て嵌めたところで宇宙の最高者に何等の特性も,主権も,又至上権をも与えることにはならない。『主』は今日の一般の人々にとつて多くの意味がある。この宗教委員会は世界の人々にエホバの真の名前を知らせないことによつて,最高支配者を単なる一個人もしくはそれ以下のものにしようとしているのだろうか? それとも彼等はエホバは真の名前を持つていないと言つているのであろうか? 何故名前をかくすのか? エホバの実際の名前を言う代り四子音文字を称号『主』と読ますことによつて,何故人々に全能の神は単なる別の主人,支配者もしくは高貴なる者ぐらに過ぎないと考えさせるのか? 名前を除去することによつて何故に神の名の威厳を落すのか? 神がモーセに語つた時,神は『我全能の神と言いてアブラハム・イサク・ヤコブに顕れたり然ど我名のエホバの事は彼等しらざりき』と言つた。(出埃 6:3)改正標準訳では『主という我名のことは彼等しらざりき』とある。だがたとえ改正標準訳が広く頒布しようとも,この委員会は宇宙の唯一の真の神の名前エホバを抹殺することは出来ない。何故? 何故ならエホバの証者は今猶生存しており,彼等は今まで以上に忙しく又活潑にエホバの御名を地上のあらゆる国の種族そして国語に宣べ伝え,知らしめているからである。
3 『エホバの声』は今何をするでしょうか? そして現在は何を決定する時でしようか?
3 現代のこれらの宗教家達は神の名エホバについて思う通りのことが出来よう。しかし大支配者は彼の民が彼の御名を宣明し,知らしめるのを見るであろう。『エホバの声』はこれをするであろう。何物もたとえキリスト教国の宗教家達であつても,全能の神が全地いたるところに彼の名をしろしめるのを止めることは出来ないであろう。エホバ自身『我わが民を汝らの手より救いいださん汝等すなわちわがエホバなるを知るにいたるべし』と言つている。(エゼキエル 13:23)エホバはキリスト教国の僧侶達がこの古き組織制度に奉仕しているのを知つている。そしてエホバはこの古き制度をハルマゲドンの戦いで滅ぼされるのである。全く僧侶達はエホバに奉仕していない。このことの故にエホバの言葉はエホバを愛する者に『我が民よ,その中より出でよ』と言つているのである。(黙示 18:4)あらゆる人がいずれの側,すなわちエホペの側かもしくはエホバに反対する者の側に立つかを決定する時が来ている。
4,5 詩篇 29:1はどんな『子ら』を述べておりますか? その『子ら』は誰れですか? 何故?
4 エホバの筆者ダビデを通じて,エホバ自身何と言われているかに耳を傾けよう。ダビデは詩篇 29篇を書いた。この描写風の詩篇の始まりの句は次の通りである。『なんじら能者の子らよ,エホバに献ずまつれ,栄と能とをエホバに献げまつれ。エホバの御名にふさわしき栄光をエホバにささげまつれ,きよき美しき物をもてエホバを拝め』(詩 29:1,2,ア標)この描写から祝いの時すなわち喜ばしき時が来たように見える。
5 この2節を考えて見る時,一体誰が『能者の子ら』であろうか? 多分エホバ神の神権組織内で非常に高い地位を持つているものであろう。おそらくはエホバが特別な仕事に膏注いだ能ある僕達であろう。又別にアメリカ標準訳の註にあるように『神の子ら』という意味であろう。もしそうならば『神の子ら』は人間の目には見えぬがエホバの宇宙組織を形造る天の天使達を指すのである。ヨブ記にはかく録されている。『或日神の子等きたりてエホバの前に立つ,サタンも来りてその中にあり』(ヨブ 1:6)このような祝いの時には歌も讃美も最高の神エホバの御名に捧げられたにちがいない。それは美しい荘厳な光景であつたに違いない。反逆せるサタンすらこの壮麗な集りを見ようとし,又忠実な僕達が歌つていた歌を聞かんとやつて来た。この特別な場合にエホバはサタンに『汝何処より来りしやすなわち『お前は何処から来たか』と言つた。これに対してサタンは地を行きめぐり,地のここかしこを歩いてやつて来たと答えた。(ヨブ 1:7)地にあるものは悪魔の世界であつた。悪魔は地を汚した。悪魔はエホバの能ある者の前に,最高支配者を讃美するため,この集まりに来たのではない。悪魔は天と地の創始者に備わる荘厳と威厳を単に観る者にすぎなかつた。
6 詩篇 89:5-7節はどのようにエホバの至上さを示していますか?
6 詩篇記者はエホバがこれら能ある者の上に高く秀いでていることを美しく述べた。詩篇 89:5-7は次の通り書かれてある。『エホバよもろもろの天はなんじの奇しき事跡をほめんなんじの真実もまた潔きものの会いにてほめらるべし。蒼天にてたれかエホバに類うものあらんや。神の子のなかに誰かエホバのごとき者あらんや。神はきよきものの公会のなかにて畏むべきものなりその四周にあるすべての者にまさりて懼るべきものなり』
『神々の子等』
7 アメリカ標準訳の註で詩篇 29:1は他にどんな翻訳がありますか? それらの子等とは誰ですか?
7 アメリカ標準訳の第二の註によれば,詩篇 29:1は別の翻訳があり得る。ヘブル聖書は『なんじら神々の子らよ,エホバに献げまつれ』とも読み得る。これは最初の人間の生みの親である創造者,エホバ神を忘れた人々の子等を指しているのであろう。あらゆる国の人々は神格化した英雄の実際に有り得ない想像的な保護の下に身を置いている。もちろん想像を助けるために人々は銀や石・金・木の大きな偶像を作つた。このようにして世界の人々は自分自身の神々を発明し作つた。人々はこれらの偶像を何世紀もの間崇拝して来た。しかしこの崇拝は人々に何を得させたか? 世界の多くの宗教はしばしば国民と国家間の戦争,争闘にくしみ,そして階級差別,孤立主義の原因であつた。偽りの宗教家に向つてイエスは『あなた方は悪鬼という父から来ている』と言つた。(ヨハネ 8:44,新約聖書口語訳)人々が崇拝する神々の子等は,初期の神話に始まつた偽りの宗教をいまだに行つている。彼等の教義,考え,そして生命の哲学は引き継がれ,我々の時代にまで及んでいるのである。至上の支配者エホバは多くの神々の子等すべてに今こそ当然に正しき栄光と,力をエホバに献げるよう叫ばれている。過去幾十世紀前にニムロデは神よりも高きに自分を置いた。ニムロデはエホバより先んじて能ある者になろうと欲した。今日ニムロデの力と栄光はどこにあるのか? 生きることを望むならば,ニムロデに従う者そして多くの異教の神々や,習慣や信念に従う者にすべて,神々と偽りの宗教を捨てさせ,ある人間や偶像ではなくエホバに栄光を与えさすべきである。しかし多くの神々を持つている宗教家達はエホバを認めないであろう。かえつて『現代主義者』はエホバをかくすのに努めている。
8 改正標準訳は詩篇 29:2をいかに曖昧に翻訳しましたか? そして誰に向つてこの句は語つていますか? 又何をするためにですか?
8 現在世界のいたるところに多くの異つた神々を持つ多くの種類の宗教がある。キリスト教国でさえも多くの神々や主を持とうとし,これら多くの神々の子等が,アメリカ合衆国内キリスト教会の国家会議の最近の出版物,すなわち新しい改正標準訳聖書で満足するよう望んでいる。だから彼等はエホバの名前を除去し,エホバの代りに『主(THE LORD<ザ ロード>)』とするのである。しかしアメリカ標準訳の詩篇 29:2『その御名にふさわしき栄光を主にささげ(LORD)まつれ』を読む時,彼等の新しい翻訳あるいは旧い翻訳の改正は極めてはつきりせず曖昧である。委員会に尋ねるが,その御名とは何か? それは主(LORD)か? 否,J・Bロッテルハムの『詩篇研究』(英文)と題する本によると詩篇 83:18の正確な翻訳は次の通りである。『然ればかれらはエホバという名をもち給う汝のみ全地をしろしめす至上者なることを知るべし』キリスト教国が気儘勝手な道を行くに反して,全能者に忠実に従う者はエホバの声を聞くであろう,そしてエホバの音信とエホバの御名を人々に知らしめるであろう。エホバを讃えるため『神々の子等』を招くというこの聖句の第三の翻訳が若し許されるならば,それは目に見えぬ天の被造物ばかりでなく全人類,すなわち造られたものすべてがエホバの前に畏れるべきであるという意味である。詩篇 96篇の記者はこの考えを7-9節に述べている。すはわち『エホバの御名にふさわしき栄光をエホバに献げまつれ,献物をたずさえてエホバの大庭にきたれ,きよき美わしき物をもてエホバを拝め。全地よエホバの御前におののけ』(ア標)ここに地にいるすべての者がエホバを崇拝するよう促されており,この表現は詩篇 29:1,2の表現と非常に類似している。
9 誰が神の名の讃美者に耳を傾けていますか? そして彼等が神に戻り神を崇拝することはどのように予言されていますか?
9 地上の国々の国民の大部分がこの呼び声に耳を藉さないが,しかし多くの他の羊がいる。その他の羊は神を神の名前エホバで呼ぶことを愛する讃美者の群に耳を傾けている,そしてこれら羊は群に来り,群と一緒になつてこの讃美の歌を歌う。若しイエスが『他の羊』を持つていると言つたならば,イエスはこれらを『小さき群』と交際するよう連れ導かねばならぬ。『小さき群』は天的栄光のうちにイエスと共に嗣子となるべく選ばれている者である。そしてこれらは導かれ一つの群とならねばならぬ,そしてイエス・キリストは彼等の『一人の牧羊者』であろう。(ヨハネ 10:16)心の正しき者は牧羊者なるイエスによつてエホバを見出し,エホバを知るであろう。そして彼等は詩篇 22篇26,27節に書かれてある如くエホバの組織に導かれるであろう。『謙遜者はくらいて飽くことを得エホバをたずねもとむる者はエホバをほめたたえん,願くはなんじらの心とこしえに生きんことを。地のはては皆おもいいだしてエホバに帰り,諸の国の族はみな御前にふしおがむべし』これは黙示録にある表現とぴつたり一致している。黙示録には大いなる群集がすべての国・種族・国語から来ると述べられている。彼等は栄光はエホバの御名に帰せられると知つているが故にエホバを崇拝するであろう。(黙示 7:9)彼等の牧羊者イエスは一つの生ける真の神がおり多くの神々,多くの主がいないことを認めた。そしてこの唯一の神すなわち宇宙の至上支配者は一つの名前を持つていることに依つてあらゆる偽りの神々から明白に区別される。天と地の被造者すべてにとつてその名前は讃美するに価値あるものである。
10 何故他の羊のこの群集はこれをするのですか?
10 エホバの証者は他の多くの神々と掛り合うとはしない。今我々は悪魔の制度の終りにいるのであるから,他の羊は国民の間にある崇拝の混乱を見ており,そして他の羊はこの混乱から逃れている。すでに何百何千という人々がエホバの名は何を意味するかを知つている。その人々はエホバが被造物に対してエホバの目的を示していることを知つている。彼等はエホバが約束を果たされたことを知つており,エホバに固い信頼を置いている。彼等はエホバの言葉に注意を払い,エホバの言葉は信頼し得るということを知つている。しかし正しきことと真理を愛する者にこれらすべてのことを為した者は誰か? エホバである ― エホバこそ彼の御名であり,そして彼等はエホバを崇拝するのである。
11,12 如何にそして何故イスラエル人はきよき美しきものをもてエホバを崇拝すべきでしたか? どのようにして彼等はこのことが出来なかつたか?
11 詩篇 29:2(ア標)『きよき美しき物をもてエホバを崇拝せよ』は多くのことを意味する。この詩篇が完全に成就されるとき,天と地に行われる壮麗な光景を理解することは難しい。エホバ神がイスラエルの子等を特別の国民として選んだ時,エホバは祭司達にきよき衣をつけさせた。アロンの衣服は出埃<シユツエジプト> 28章に記されており,もつとも美わしかつた。その衣服によつてアロンは他の祭司達とは全く違つていた。アロンがエホバ神の前にあらわれた時,アロンは栄光と美の衣服をつけた時であつた。昔エホバの民が荒野を横ぎつて進んでゐた時,エホバは適当な地位に民を排列した。これは皆エホバの指図に従つて行われた。それは組織であつた。どの族もよろこんで正しい地位についた。一つの族が地位で第一になろうなどということはなかつた。神が神自身の指図によつて民を地位につけたのである。エホバが彼等の神であつた。エホバは彼等を導いたのである。エホバは彼等を導き,荒野を横切りそして終に約束の土地に彼等を率いられた。彼等はきよき美わしきものをもてエホバを崇拝すべきであつた。であるから彼等が他の神々の崇拝に向つた時,エホバは不満を示された。
12 エホバがイスラエルの子等に食物や,すり切れない衣服や,又歩いても穴の開かない靴を与えても,彼等は幾たびも偽りの神々の崇拝に向つた。神が彼等をエジプトから救われた事と,又彼等を追跡したパロとエジプト人たちを滅ぼすのに示された力を彼等は良く知つていたが,それでも彼等はエホバを見棄て他の神々の崇拝に向つた。これらの神々がイスラエル人に何事もし得なかつた。丁度神々を崇拝した国民に対して何事もなし得なかつたのと同様である。予言者エレミヤはこれを強くそして明白に2章26-28節に述べている。『盗人の執えられて恥辱をうくるが如くイスラエルの家恥辱をうく,彼等その王その牧伯その祭司その予言者みな然り,彼等木にむかいて汝は我父なりと言い,また石にむかいて汝は我を生たりという。彼等は背を我にむけて其面を我に向けず,されど彼等災に会う時は起てわれらを救い給えという。汝がおのれの為に造りし神は何処にあるや,もし汝が災に会う時かれら汝を救うを得ば起つべきなり,そはユダよ,汝の神は汝の邑の数に同じければなり』
13 どのようにそれは現在の世界の国々と類似していますか? どんな終りが近づいていますか?
13 イスラエルの子の場合と同じことが現在の世界の人々について言える。人々の神(々)の力は何処にあるか? 何処に神々は人に祝福をもたらすのか? 地上の国々は軍隊で以つて進軍し,流血の戦争を行い,新しい国を占領し,僧侶と牧師達はこれらの行いをする国々を祝福する。しかしその祝福はどこにあるか? 戦敗国を祝福した僧侶達は敗北者と共に捕虜となる。戦勝国を祝福した宗教指導者達は戦勝者に平和と繁栄をもたらさない。何故世の人達はこれら宗教指導者達から離れないのか? 極く少数の者は離れる,だがこの地上の大多数の人々は盲目の宗教指導者に従つており,そして指導者達が穴に落ち込むであろう。(マタイ 15:14)不正な政府に従うそのような人々が,支配者もろとも穴に落ちこむことはそう遠いことではない。ハルマゲドンの戦いはそう遠いことではない,その時に聖き美しきものの中に在すエホバ神はこれらのすべての国を打ちすつかり滅ぼして仕舞うであろう。
14 幾世紀もの間どのようにしてエホバは話されましたか? しかしまもなくエホバはどのように話しますか?
14 詩篇 29篇は神の力と,そしてどのように神は国々を滅ぼすか,そして又神にとつて世界の組織政府の勢力を低めることはいかに容易かということを美しく示している。エホバ神は寛容と慈悲を持たれており,言葉とエホバの民を通して何世紀もの間話して来られた。今日エホバはエホバの名を地の果にまで宣めるため何千何百という証者を集められた。彼等はエホバの声をエホバの言葉を通して聞く。しかしまもなくエホバの声は全然違つた方法で話すだろう。エホバは天から雷のような語調で話すだろう。
雷の如く
15 何にエホバの声は似せられましたか? シナイ山でどんな例がイスラエル人にありましたか?
15 詩篇 29篇は天の雷は神の声のようであると示している。天の嵐の恐ろしい現象は神の荘厳さ,神の永遠性,至上性そして不動性を表わすものである。エホバが天より権威の声で話すとき,地上の全国家はおののき震え,そして消え亡せるであろう。エホバの声がハルマゲドンで天より話す以前に今こそ羊の如き性質の人が言葉を通して語られる神の声に注意を払うべきである。エホバの表現は力あるものである。エホバがシナイ山でモーゼに十誡を与えた時,その光景は畏怖に満ちたものであつた。エホバは丁度彼の民を救い出されたばかりであつた。男も女も子供も,おそらくは200万人以上の人々がエジプトから引き出され荒野に導かれた。エホバは更に彼等を約束の土地に導かれようとした。彼等はエホバの選ばれた者であつた。彼等はエホバの神権組織であつた。そしてエホバは彼等に天より力を示された。『かくて三日の朝にいたり雷と電および密雲山の上にあり又ラッパの声ありて甚だ高かり営にある民みな震う。』(出埃 19:16)そして18節にはかく記されている。『シナイ山すべて煙を出せりエホバ火の中にありてその上に下りたまえばその煙かまどのごとく立のぼり山すべて震う』― 出埃 20:18を見よ。
16 エホバの証者が,エホバが語られる時に注意するのは何故ですか?
16 天の大いなる神はかよわく話すような方ではない。彼は憤怒の神であり彼に奉仕せぬ者,そして彼に敵対する者に怒りを示す神である。彼は彼の造つた者に押しのけられるような神ではない。『視よエホバの名はとおき所より来り,そのはげしき怒はもえあがる焰のごとく,その唇はいきどおりにみち,その舌はやきつくす火のごとく』(イザヤ 30:27)エホバの証者が崇拝する神は宇宙の至上の支配者であり,そして神は宇宙の唯一の正しい支配者としての壮大さ,素晴らしさを神は示された。彼の民は彼の創造を良く知つている。彼等は彼の言葉を良く知つており,又彼等は過去に於ける神の大いなる行いを良く知つている,そして彼等は神が近い将来為されようとしていることに信仰を持つている。詩篇記者と共に彼等は言う『わが霊魂よエホバをほめまつれ,わが神エホバよなんじは至大にして尊貴と稜威とを衣たまえり。なんじ光をころものごとくにまとい天を幕のごとくにはり水のなかにおのれの殿の棟梁をおき雲をおのれの車となし風の翼にのりあるきかぜを使者となし焰のいずる火を僕となしたもう。エホバは地を基のうえにおきて永遠にうごくことなからしめたもう』(詩 104:1-5)であるからエホバの証者はエホバの語られる時に注意する。
17 エホバを知るようになつた人々が為さんと欲することは何ですか?
17 宇宙の真の神の名エホバを知つた者はよろこんで彼の名に尊貴を与える。彼らは何かをしたくなる。彼等は他の人々にエホバについての知識を示したくなる。これこそ何故エホバの証者はそんなに活潑であるかという理由である。そして彼等は『生けるかぎりはエホバに向いてうたい,我ながらふるほどはわが神をほめうたわん』と言う(詩 104:33)彼等はきよき美しきものもてエホバへの崇拝に加ろうと切望している。地上で作られた一つの組織,すなわちエホバの目に見える組織があることを彼等は認める。
18 エホバは地上に何を造られましたか? 私達の安全はどこですか?
18 エホバは目に見えぬ権威と力の組織を持つている。その組織はその組織内で適当な地位を占めるケルビム・セラピムそして天使で構成されている。これと全く同じようにエホバは地上にも大きな組織を作られた。地上の神の僕は一つの言語で話すその言語とはエホバ神が彼の言葉の中に教えるものである。と同時に彼等は神の言葉からのこれらの真理を地上いたるところ多くの言語で話すことが出来る。神は彼の民を一都市或いは地方もしくは地上にある安全と避難の場所に集めなかつた。指導者イエスキリストに依つて神の僕は地の果にまで送られ,神の御国の良き音信を伝導するのである。たとえ多くの国の国語を話しても彼等が神の組織内にいるかぎり,彼等はやはり神の言葉の清い言語を話しているのである。保護をもたらすのは地理的な場所の問題ではない。エホバがハルマゲドンで打つ時に問題となるのはエホバ神に誠実であるか,又きよき美しきものをもてエホバ神を崇拝しつつ,彼の組織内にあつて彼に接しているかどうかである。神の民の間には一致がなければならぬ。地のいかなる場所であろうとも,エホバが彼の組織シオンを作られたからには彼等は調和しておらねばならぬ。昔のイスラエルの子が1箇所から他の場所へ行進するのに組織され,そして荒野の幕屋でめいめい各自の立場があつたように,現在でもそうあらねばならぬ。
19 この目に見える組織にはどのような群がありますか? そしてそれはどのように新しい地域に拡張されますか?
19 今エホバの人々は聖書研究を行つている小さな群に組織されている。これより大きな群ではエホバの人々は会の制度を行い,更に大きな組織では巡回大会を行つている。それから多くの巡回区は地域区組織に集合され,そして或る地方のすべての地域区は支部組織の指令に従う。これらの支部組織は世界中に分散しているが,やはり本部事務所の指令に従つている。すべてはワッチタワー雑誌を通じて同じ組織的指令を受けるそして次のことを知つている。即ち,どのように行うか,何を言い何をすべきか,どのように貧しき者と柔和なる者を慰めるか,どのようにして囚人を解放しどのようにして囚人を悪魔の組織より神の組織に導くか,又どのようにしてこれらの人々が神の民の中での立場を採り,きよき美しきものをもてエホバを崇拝するのを助けるか等である。これら会の組織に参加している多くの全時間伝導者がいる。彼等は常に神の玉座の前に讃美の歌を歌いながら全時間を良き音信<ニユース>を伝導するのに捧げている。これらの或る者はギリアデのワッチタワー聖書学校で訓練を受け,宣教者として他の国々に送られている。これら全時間伝導者は他の羊を見出すまでしばらくの間孤立していることがある。しかし他の羊が小さな群となつて聖書研究を始めるようになりそして終には会が発足するようになる。それで地上のその部分でエホバの組織の他の一部が形成される。
20 私達が共通に関心を持つているものは何ですか? 私達はすべての人々に何をするよう呼びかけますか?
20 神の組織内ではすべての人が自分の地位を持つている。そして皆共によろこびの中に働く地域の僕であろうとも,又巡回の僕,会の僕,本部又は支部の勤労者,開拓者,宣教者あるいは又会の伝導者であろうとも,すべての者が深い関心を寄せてゐる唯一の事は神であるエホバを崇拝することである。それらの者の崇拝は至上者にとつてよろこばしいものである。エホバがハルマゲドンの戦いを起す以前に大きな仕事をなされることを彼等は知つている。ノアの日の時あつたように現在も又同じである。人々に警告が与えられねばならぬ。何が起るうかについての充分な通知を与えた後エホバは国々を滅ぼす。エホバの証者は何が起るかを知つており,破滅の警告<メッセージ>を宣べている。だが又同時に慰めの音信<メッセージ>をも宣べているのである。エホバの御国は宣伝られねばならぬ。エホバが地上の国々を打ち砕かれ秤の塵のようになると言う時,それは全くその通りなのである。万事順調に行つており,平和と繁栄は人の努力でもたらされると言つて人々を眠りに寝かつせる時ではない。エホバ神は間違いなく明白に次のように宣言されている。すなわちすべての人はきよき美しき物をもてエホバを崇拝せねばならぬ。そしてエホバに崇拝を捧げぬ者をエホバは震い動かし滅すであろう。