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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1953
塔53 8/15 288–293ページ

聖殿の教

『ヱホバはその聖殿に在ますぞかし,全地その御前に黙すべし。―ハバクク 2:20。

1 (イ)クリスチャン会衆は,霊の聖殿として,聖書的に如何に示されて居りますか?(ロ)聖殿が建設される為には,その成員に関して何が必要となりますか?

クリスチャンの会衆は,霊の聖殿,神の讃美となる礼拝の制度,と言われて居ます。ペテロはそれをこう申して居ます ―『あなた方は皆,生ける石として,自らを霊の家に築きあげ,聖い祭司となり,イエスキリストを通して神の御意にかなう霊的な犠牲を献げなさい。』(ペテロ前 2:5,口語)使徒パウロも,同様に,それら神の家の子らを聖殿の建物と言つて居ります ―『あなた方は……神の家族である。神の家族は使徒たちと予言者らとの,礎の上に建てられ,キリストイエス御自身が隅の首石になつて居られる。彼にあつてすべての建物は結び合わされ,成長発展して主〔ヱホバ,新世〕にある一大聖殿となつてゆく。そして彼にあつてあなた方も建設され,御霊によつて神の住居となるのである。』(エペソ 2:19-22,口語)この聖殿の制度が完全に建設される為には,その成員で死んだ者の復活が必要であるということは,容易にうなずけることであります。キリストイエスの成員で,死の眠について居る者の復活は,成員を集めることによつてその聖殿を建てることでありましよう。使徒パウロは,その様な者の一人であります。彼はテモテにこう申しました ―『私はよい闘いをたたかつた。私は走路<コース>を走りつくした。私は信仰を守りつづけた。今から後は義の冠が私のために用意されて居る。その冠を,公平な決勝審判人である主は,かの日に,私に与えて下さるであろう。そして私のみならず,主の出現を待ち望んで居るすべての人々にも,これを与えられるであろう。』― テモテ後 4:7,8,口語。

2 (イ)聖殿の制度の成員が復活する生命の型について聖書的な証拠を言つて下さい。(ロ)キリストの体の成員すべてが,長い死の眠につくのですか?

2 それら,キリストの体の成員となる者の復活は,人間としてではなく,霊的体をもつ者としてであります。それは,彼らが,天に在す頭と交わり得る地位にある為です。即ちこう記されて居ます ―『動物としての体で蒔かれて,霊の体によみがえらされる。動物としての体があるならば,霊の体もある。聖書にこう記してある「最初の人アダムは生命のある生身となつた。終りのアダムは生命を与える霊となつた。」第一の人は地から出て居り,「地の人」である。第二の人は天から出たのである。そして私たちは「土の人」の像を有つて居るように,「天の人」の像を持つに至るであろう。兄弟たちよ,私は敢て言う,血肉は神の国を相続することはできない。朽ちるものは朽ちないものを嗣ぐことはできないのである。さあ,これから私はあなたに祕義を語ろう。私たちすべての者が眠らされるのではない,すべての者が化されるであろう。― 一瞬にして,目ばたきする間に,最後のラッパと共に。実に,そのラッパの鳴り響くときに,死人たちは朽ちない者となつてよみがえされ,私達は化されるであろう。』(コリント前 15:44,45,47,49-52,口語)パウロは,ここで他の事柄と共に次の事を示して居ます。即ち,キリストの体の成員中の或者は,文字通りに死の眠りにつかねばならないという事です。その様な者はすべて死なねばならず,眠つた者の復活後に死ぬ者は,瞬間的な復活をするのです。

3 聖殿の完全な建設が可能であると同時に,その成員の幾人かが地上に住んで居ることも可能なわけを説明して下さい。

3 聖殿は天の制度であります。それに属する人々は,一般の人類より撰ばれ,天の希望を持ちます。そして彼らは若し忠実であるならば,それらの希望を意識するのであります。(黙示 2:10,新世)その聖殿の体となる者で,既に眠つた者が復活する時,地上には未だその体となるもの〔遺残者〕が残つて居るという事は良く分ります。聖殿の建設,即ち聖殿を形成する子らの誕生は,既に眠つた成員が復活する時に生じます。そして,それは,未だ地上に残つている成員で屢々『遺残者』と呼ばれる人々が,調和した活動的な聖殿の状態に集められて完成するのであります。それら遺残者は,聖殿の成員が夫々死んで朽ちぬ者に変る時まで地上に居るわけです。しかしながら,我々は,彼ら遺残者と神及びその制度との関係を憶え,彼らがその関係を通じて制度と交わることが,聖殿の成員としての身分を知る上に非常に大切であるということを銘記する時,我々はシオンの建設が実際的なものであることを知り得ます。それは,すべての石を集めることによつて完成される本当の物であります。その石のうちには,地上に於いて忠信を保ち,集められ古い世の事を離れて『とりあげられ』精神をつくし,思念をつくして天を仰ぐ人々も含まれて居るのです。

4 この事に関するテサロニケ前書 4章13-18節の素晴らしい説明について述べて下さい。

4 この事はテサロニケ人に良く示されましたが,その素晴らしさに注目して下さい ―『そこで兄弟たちよ,あなた方が眠つている人々について無知であることを私は欲しない。これは,あなた方が,望みをもたない他の人々の如くに,悲しむことのないようにと思うからである。私たちは,イエスが死に,そしてよみがえり給うたことを信じて居るのであるから,その通りに,神は眠つた人々を,イエスによつて,イエスと共に連れて来て下さるであろう。このことを私たちは主〔ヱホバ,新世〕の言葉としてあなた方に言う,私たち生きて居る者,主のこられるまで生き残つて居る者は,眠つた人々より先になることはないと。何故ならば,天使長の声と神のラッパの音と共に,主ご自身歓呼のうちに天から降られるであろうから。そしてキリストにあつて死んだ人々は先ずよみがえり,それから,私たち生きている者,生き残つて居る者は同時に雲の中に取り去られ,空中で主と会うであろう。こうして私たちは常に主と共に居るであろう。だから,あなた方はこれらの言葉によつて,互に慰め合いなさい。』― テサロニケ前 4:13-18,口語。

5 では,聖殿はどの様なことによつて建てられるのですか?

5 1914年の御国誕生以来行われて来た真理の宣明はラッパの仕事でありますが,それはこの象徴的な聖句に示されて居ります。然し,我々はこの研究に於いては,聖殿が建設される時,地上に住んで居る体の成員が彼に集められるという事実に特別な注意を払つて居るのです。何故ならテモテに宛てたパウロの言葉によれば,成員達は『主の出現を待ち望んで居る』からです。(テモテ後 4:8,口語)イエスが昇天した時,雲が地上にある追従者達の眼からイエスの姿を隠しました。然し,その雲は,彼らにとつてイエスの昇天の証拠となりました。(使行 1:9)雲がイエスの臨在の代表であるという事は,マタイ伝 26章64節にあるイエスご自身の言葉にも示されて居ます。集められた者は,本当に『主と共にあり』地上に於いては常に主に忠実であり,死んで復活してからも天に於いて主と共になるのです。この素晴らしい神のみ行為によつて,即ち聖殿の成員で眠つた者を復活させ,未だ地上に生き残つて居るその成員を集めることによつて,聖殿は建てられるのであります。

6 地上に残つて居る成員が,『雲の中に取り去られ,空中で主と会う』のは,どの様にしてですか?

6 前述の事から明らかになる事は,テサロニケ前書 4章13-18節の成就する時復活する聖殿の成員は,『キリストにあつて死んだ者』で頭との調和ある関係を示した者であるという事です。さて,地上に生き残つて居る者,即ち死んだ彼らの仲間が復活する時に未だ『生き残つて居る者』が『雲の中に取り去られ,空中で主と会う』のは,どの様にしてでしよう? 前に述べた通り,それは古い組織制度の事をはなれて去られ集められることによつてであります。この様に『天の』所までも高くあげられることは,地上に住んで忠実にキリストイエスの足跡に従い,神の制度とその頭に調和した一つの心を持つて神の会衆内に住み,奉仕に励む人々の祝福された関係を示すものであります。これはエペソ書 2章1-7節(口語)にも示されて居ます。『さてあなた方について言えば,あなた方はいろいろな罪過と罪とによつて死んだ者であり,その時,罪にあつて,この世のしきたりに従つて歩み,空中の権力をもつ王,即ち不従順の子らに働く霊に従つていた不従順の子らの中にあつて,私たちすべては,その時,自分の肉慾のうちに生活し,肉と心との欲するところを行つていた。そして私たちは,他の人々と同じように,生まれながらの怒りの子であつた。しかし神は憐みに富み給う方であるから,私たちを愛するその豊な愛によつて,罪のために死んでいた私たちをキリストと共に生かし,(み恵みによつて,あなた方は救われた,)私たちをイエスキリストにあつて,天界において共によみがえらせ,共に坐らせて下さつた。これは神がキリストイエスにおいて私たちへの慈愛による恵みの量るべからざる豊かさを来るべき時代に於て示すためである。』

7 イエスキリストとの調和は,如何にして得られますか?

7 聖殿に属するすべての成員は,天に於いても地に於いても,『天の所』に於いても,必要な正しい関係と信仰と行動と交友と制度とを通じて,イエスキリストとの調和を得ることが出来るのであります。この様にして聖殿は建てられるのです。

8 クリスチャンの審判と清掃とによつて,霊的な清掃はどの様に行われましたか? これは如何に予言され説明されて居ますか?

8 地上に於ける聖殿の成員に関する審判と清掃とは,必然的に行われます。それはイエスが王に任命されてから3年半の後,実際の宮を清掃たことによつて示されて居ります。(マタイ 21:13)予言の大規模な成就に於いてもそうであります。御国は1914年の暮に誕生し,それから3年半の後の1918年春,「主は突然聖殿にあらわれました。」それはマラキに証言した準備的な仕事の後でありました ―『みよ,我わが使者を遣さん,かれ我が面の前に道を備えん,また汝らが求むる所の主すなわち汝らの悦楽ぶ契約の使者忽然その殿に来らん,視よ彼来らんと万軍のヱホバ云い給う,されどその来る日には誰か堪え得んや,その顕著るる時には誰か立ち得んや,彼は金をふきわくる者の火の如く布晒の灰汁の如くならん,かれは銀をふきわけてこれを潔むる者の如く坐せん。彼はレビの裔を潔め,金銀の如くかれらをきよめん,而して彼らは義をもて献物をヱホバにささげん。その時ユダとエルサレムの献物はむかしの日の如く,又先の年の如くヱホバに悦ばれん,われ汝らにちかづきて審判をなし,巫術者にむかい姦淫を行う者にむかい,偽の誓をなせる者にむかい傭人の価金をかすめ,寡婦と孤子をしえたげ,異邦人を推枉げ我を畏れざる者どもにむかいて速かに証をなさんと万軍のヱホバ云い給う,それわれヱホバは易らざる者なり,故にヤコブの子らよ汝らは亡ぼされず。』― マラキ 3:1-6。

9 御国の営みを示す徴が,聖殿の審判をも示し,1918年を確証して居るという事はどうして分りますか?

9 御国の誕生を示す徴は,主が宮に来り給うその後の出来事,つまりシオンの宮の建設をも示して居ます。それは黙示録 11章の予言的な象徴にあらわれて居る通りであります ―「この世の国は私たちの主と彼のキリストとの国となつた。そして彼は永遠限りなく治め給うであろう。アーメン」すると神の御前にあつて座位に坐つていた二十四人の長老たちはひれ伏し,神を拝して言つた。「感謝します,全能者ヱホバ神,今在し,昔いました方よ,あなたが大いなる権力を執つて王として統治を始められたことを,諸国民は怒り,あなたの怒りもまた来ました。死人らを裁き,あなたの僕たち,予言者達,聖徒たち,御名を畏む人々に,小なるもの,大いなるもの,すべてに報賞を与え,地を壊す人々を亡ぼし給う時は来ました。」すると,天にある神の聖所の中に神の契約の櫃が見えた。』― 15-19節,新世訳。

10 迫害や,清掃が,如何に聖殿の徴であるか示して下さい。

10 第一次大戦にまき込まれた国々ははげしく怒りたちました。その為に生じた逆境にもめげず神の国の音信を宣明した人々に対し,烈しい迫害が加えられました。地上の全人類は『ヱホバはその聖殿に在ますぞかし,全地その御前に黙すべし』という予言的な命令に服うべきでした。(ハバクク 2:20)天の聖殿からの審判がはじめられました ―『ヱホバはその聖宮にいます,ヱホバの宝座は天にあり,その目はひとのこをみ,その眼瞼はかれらをこころみ給う。』(詩篇 11:4)又,マルコ伝 11章15節から18節にある,イエスに関するマルコの記事をもお読み下さい。

11 地上に於いて,聖殿の成員の遺残者であると自認するものが非常に少いという事実によつて,重要などんな質問が起りますか?

11 地上に於いて自らシオンの霊的子らであると主張する者,つまりキリストの体の遺残者であると自認する者の数は,非常に少いものです。事実1952年ではイエスの死を記念する年毎の祝節で,パンと葡萄酒の象徴に与かつて自らキリストの体の成員であると告白した者は,全地に於いて僅か2万221名しか居ませんでした。彼らだけが,地上でヱホバを礼拝して居るのでしようか? 彼らがシオンの子らであり,ヱホバに教えを受けて居ることは勿論のことですが,ヱホバの弟子つまりヱホバから学ぶ者は,彼らだけなのでしようか? あなた方は次の如く自問しますか?『私個人に関係あるのだろうか? 私は御言葉と御霊と神の制度を通じてヱホバに教えを受けることが出来るだろうか?』と。実にあなた方一人々々に関係があるのです!

12 (イ)イエスはそれらの質問に答えて,(1)ヨハネ伝 10章16節に於いて,(2)黙示録 7章に於いて,(3)マタイ伝 25章31-46節に於いて,夫々何と言つて居りますか?(ロ)『新しい世の社会』とは何ですか?

12 イエスは,彼の聖殿の会衆内の羊について語り次の様に申しました。『そして私はこの檻にいない他の羊たちを有つている。私はこれらをも連れて行かねばならない。そして彼らは私の声を聞くであろう。こうして一つの群れ一人の牧羊者となるであろう。』正しい牧羊者であるイエスは,羔即ち『神の羔』とも言われて居ります。(ヨハネ 10:11-16; 1:36,口語)黙示録 7章は教会即ち会衆の限られた者に関して語つて居りますが,それに加えて,聖殿に仕えて居る大いなる群衆をも示して居ります。彼らの仕えて居る所は何処でしよう? 聖殿に於いてです ― 聖殿の建設される時には地上に於いてです! これに神の審判がともないます。そしてキリストイエスの前に諸国民が集められ,彼らはイエスご自身の譬を引用するなら,羊と山羊に分けられるのであります。(マタイ 25:31-46)その様な人々は,今や全地にひろがり,何千何万も居ります。そして彼らはすべてヱホバ神を礼拝して居るのであります。聖殿の成員である『遺残者』と『他の羊』は共に約束の新しい世に身を献げ,ヱホバ礼拝者となり,『新しい世の社会』を形成するのであります。そして神の食卓で霊的真理を食して居り,それら聖殿の教えを他の人々にも提供して居るのです。―ペテロ後 3:13。

13 新しい世の社会の会員となるときには何を排除すべきですか? 何故?

13 人が新しい世の社会の一員となり,ヱホバに教えられ,ヱホバの祝福を受けるのは,単にヱホバの証者の一人であると主張し告白することだけによるのでしようか? いいえ! その様な,なまやさしい事ではありません。それは人間的な見地から見れば非常に困難であります。然し,それはヱホバの余りある御慈愛によつて可能なのです。ヱホバはイエスキリストを通じて充分な備えをして下さいます。人間的な制度に加わり,会費を払い,何らかの方法で登録簿に記名してもらうことは,容易であります。然し,神の制度の一人になり,神の『婦』の子となり,神から教えを受ける為の唯一つの道は,神と正義に身を捧げ,力の及ぶ限り神の御言葉,即ち聖書の原則を為し遂げることであります。新しい世の社会と交わるときに要求されることは,我々が今まで研究して来た事柄から容易に分ることでしよう。我々が傲慢にならず,教えを受ける為従順となる必要があることは明白であります。我々は神の教訓の御言葉に服がい,正義に対する本当の愛を持たなければなりません。

14 現在どんな撰択が可能ですか?

14 現在悪魔の子であるか神の子であるかが問題なのでありません。全くそうでありません。真の神ヱホバに仕えるか仕えないかを撰び,もろもろの神々の中から自分の神を撰ぶ機会が,現在すべての人々に与えられて居るのです。何故ならこれこそ,ヱホバが1914年の御国誕生以来備え給うた機会であるからです。

15 (イ)我らが,子であることを決定する原則は何ですか?(ロ)我々がヱホバに教えられる為には,何が必要ですか?

15 イエスは,当時のユダヤ人及びパリサイ人とこの問題について討議した時彼らに一つの原則を適用しました。その原則は,我々が窮極に於いて神の子となるか悪魔の子となるかを決定するものであります。ヨハネ伝 第8章全体をお読み下さい。それは実に力強い節であります! この悪い世の制度に属する人達は『アブラハムは私達の父である』と威張りました。イエスはそれを知りました。その様な血統は最も大切な物ではありませんでした。苦し彼らが本当にアブラハムの子孫であるならば,彼らはアブラハムの行いをなすべきであり,イエスキリストを愛すべきであります。イエスは彼らに言いました。然し彼らすべてに対してでなく,宗教的教師で人々の指導者であると自称して居た人々に対して言つたのであります ―『あなた方は悪鬼という父から来て居る。そしてあなた方は自分の父の慾望を遂げようと思つて居る。』彼らはアブラハムの如き信仰を少しも持たず,ヱホバに対してもイエスに対しても,正義に対しても少しの愛も持ちませんでした。彼らが聖なることを主張してもそれは何の価値もありません。彼らは虚言者であり,人殺しであり,真理と光を憎む者でありました。彼らが自分の罪の為に死ぬことは誠に当然でした。彼らは神々の撰択に誤り,他の人々をもその誤つた道に導きました。『これによつて神の子たちか,悪魔の子らかは明かである。すべて義を行わない人と,その兄弟を愛しない人とは,神からの者ではない。』(ヨハネ第一 3:10-12,口語)それ故,現在ヱホバに教えられ,聖殿の教訓を受けるためには,愛に基く正義の実践が必要であります。

16 (イ)今や我々は何に与すべきですか?(ロ)それはどうしたら可能ですか?(ハ)古い世から我々が奇蹟的に救助されることに於いて,次のものは夫々どんな役を果しますか?(1)ワッチタワー聖書冊子協会,(2)ヱホバの証者,(3)ヱホバ礼拝の宗教,(4)聖書。

16 ワッチタワー聖書冊子協会は,神の婦でしようか? 宇宙的制度ですか? 我々は「いいえ!」と答えます。我々が首唱して居る宗教はヱホバの証者の教えでしようか? 我々は再び「否!」と答えます。まことワッチタワー聖書冊子協会は新しい世の社会に用いられて居る一つの道具にすぎません。その新しい世の社会こそ我々が愛するものであり,神の民の教えに関して素晴しく祝福されて居るものであります。我々が首唱し宣教して居る宗教は,聖書に一致したヱホバの礼拝であります! ただこれによつてのみ,あなた方は神の子となり正義を求める正義の愛好者となり,ヱホバの教えを受けることが出来るのです。今や,人間は,生れながらの不完全に対抗し,悪い人間の環境に対抗し,誤つた導きに対抗しこの悪い世を営む悪霊と闘わなければなりません。この古い世から救助されることは,奇蹟的な事柄であります。然し,若し我々が聖書を学び,それを信じ,それに従つて生きるならば,その奇蹟的な救助が我々個々にのぞむのであります。正義を愛し,古い世の慣習や標準に左右されない人々と交わりなさい。世の慣習は死をもたらします。何故なら,それらはヱホバ神の正しい立派な原則を意識的に犯して居るからです。(ロマ 1:32,口語)その様な悪から離れなさい。そしてヱホバとその民の方へ与しなさい。

『光の実』

17 (イ)神の子として,又将来に神の子となる者として,我々も実を結ぶことが出来ますか?(ロ)それは何で,どの様にして出来ますか?

17 『虚しい言葉に迷わされるな。このことのために不従順の子らに神の怒りが来るからである。だから,彼らの仲間となるな。あなた方は曾て暗闇であつたが,今は主にある光である。光の子らとして歩みなさい。実に光の結ぶ実はすべて善いもの正しいもの真実なものにある。何が主に悦ばれることであるかを反省し,暗い無益な行いに加わらず,むしろこれを暴露しなさい。』(エペソ 5:6-11)それ故,あなた方が,地上に於いて神の御言葉擁護に献身して居る制度,群,聯合,協会を見るならば,それらの人々と交わり,御言葉を研究して下さい。あなた方はその様な群があることを知つて居ます。その群は,神の御言葉の擁護とヱホバの御名の継持に専心して居ります。そしてヱホバの名誉を損つたり嘲つたりせず,彼の誉をたかめることに専心して居ります。その様な制度と交わりなさい。パウロはここで,『善いもの正しいもの真実なもの』の『実』を結ぶようにと言つて居ます。その『実』を結びなさい。善いもので正しいもので真実なものでありなさい。ヱホバを唯一の善い正しい真実な神と認めなさい。

18 ヱホバが全地の神であるという一証拠は何ですか? これは我々に何をすすめますか?

18 現代のパリサイ人はこう申します ―「『ヱホバ』は単に小さい,地域的,残虐な,古代ヘブル人の民族的な神である」と。これは誤つた説であり,知識がない為の誤説か,意識的なものかです。その何れにしても悪いものであります。彼の御名は,我々が前号で知つた通りイエスキリストの神の名であります。彼は真実の神であり宇宙的な王であります。ユダヤ人は,当時イスラエルに於いてヱホバを礼拝しました。ヱホバは彼らの神でした。彼ら及びイスラエルと交わつた非イスラエル人だけが,当時ヱホバを礼拝しました。然し嘗てイスラエル民族がヱホバを礼拝したという理由でヱホバの敵が,ヱホバ神を単にユダヤ人の民族的な神であると主張するならば,その結論はどうなるでしよう? 今や聖殿の建設と,主の『他の羊』をも含む,シオンの子らの集められることが始まつて以来,ヱホバは同じ徴によつて全地の神であります。何故なら,今やはじめてヱホバの讃美が全地上127の国々,地域,海の島々に於いて,『すべての国民,種族,民族,いろいろな言葉を話す人々』によつて声高らかに歌われて居るからです!(黙示 7:9,口語)その神こそ,我らが拝さねばならぬ神であります。何故なら,我らの生命の希望は悉く,イエスキリストを通じてその神にあるからです。彼は我らが献身するに充分な価値ある神であります。

19 この号と前号のものみの塔の主要な点に関して要略して下さい。

19 さて,この号と前号でヱホバ神に教えられることに関して,研究しましたが,その要点を述べましよう。彼は唯一の神であり,真実にして最高至上な神であります。最高至上者であると同時に,彼は造物主であり,又すべての善き物の偉大な源泉であります。それらの善き物について彼に造られた物が雄弁に証言して居ます。彼に献身した者の制度は,彼の目的の為に,彼によつてつくられます。彼は,その宇宙的大制度に対して,慈愛深く導く夫の立場を占めて居ります。彼はその制度によつて育てられ,その制度の一員となつたすべての子ら,及び現在地上にあつて献身して居る正義の愛好者すべての父であり教師であります。

20 (イ)個々にとつて賢明な行動走路<コース>はどんなものですか? イザヤ 54章13,17節は何と言つて居ますか?

20 我々にとつて,イエスキリストを通じての神の教えは,未来に備えられた生命であります。我々は今それを撰ぶことが出来ます。そして,正義の新しい世の生命に対する我らの望みは,現在我らが正義に献身するか否かにかかつて居る事を認識出来ます。現在正義に献身することは,ヱホバへの献身に通ずるのです。我々はこの賢明な行動走路<コース>に於いて,人々の中にただ独りなのでしようか? 少しもそうでありません。何故なら,今や新しい世の社会は実存し,全地に於いて清い宗教を実践して居ります。古い世,即ち現在の組織制度には,定められた運命への悪い道を勝手にたどらせなさい。我々がそれと共に歩む必要はありません。反つて理解と認識をもつて,ヱホバに教えられる者の平和と安全と正義の嗣業を受けなさい ―『汝の子らは皆ヱホバに教をうけ,なんじの子らのやすきは大いならん。すべてなんじを攻んとてつくられしうつわものは利あることなし,興起ちて汝とあらそい訴うる舌は汝に罪せらるべし,これヱホバの僕等のうくる産業なり,これかれらが我よりうくる義務なりとヱホバのたまえり。』― イザヤ 54:13,17。

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