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長老たち,牧羊の責任を真剣に考えなさいものみの塔 1985 | 11月15日
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また神の相続財産である人々に対して威張る者のようにではなく,かえって群れの模範となりなさい」。(ペテロ第一 5:1-3)
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長老たち,牧羊の責任を真剣に考えなさいものみの塔 1985 | 11月15日
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9 クリスチャンの牧者が,『神の相続財産である人々に対して威張ってはならない』のはなぜですか。
9 ペテロは,長老たちが『神の相続財産である人々に対して威張る者のようにではなく,かえって群れの模範となって』エホバの民を牧すべきである,とも述べました。愛ある牧者は,尊大な態度を取ったり,羊に対して威張ったりして権威を誤用しないよう注意を払います。誇りの精神はクリスチャンのものではないので,エホバを喜ばせることを願うすべての人々はそれを避けなければなりません。箴言 21章4節は,「ごう慢な目と尊大な心,邪悪な者たちのともしびは罪である」と述べています。またイエスは追随者たちにこう言われました。「あなた方は,諸国民の支配者たちが人々に対して威張り,偉い者たちが人々の上に権威を振るうことを知っています。あなた方の間ではそうではありません。かえって,だれでもあなた方の間で偉くなりたいと思う者はあなた方の奉仕者でなければならず,だれでもあなた方の間で第一でありたいと思う者はあなた方の奴隷でなければなりません」。(マタイ 20:25-27)確かに長老たちは,群れを形造っているのが神の羊であり,それらの人たちを厳しい仕方で扱ってはならないことを思い起こすべきです。
10 (イ)エゼキエルの時代,神の牧者のある者たちは何を行なっていましたか。(ロ)忠節な監督たちは,どのように羊の群れに対するりっぱな模範となっていますか。
10 エゼキエルの時代の利己的な牧者にエホバはこう言われました。「あなた方は病気のものを強めず,病んでいるものをいやさず,打ち砕かれたものに包帯をせず,追い散らされたものを連れ戻さず,失われたものを見いだそうとせず,かえって,過酷に,それも圧制的に彼らを従わせた」。それから神は,過酷な牧者たちが『病気になっているすべてのものを突き,ついにはこれを散らしてしまった』と言われました。(エゼキエル 34:4,20,21)しかし,今日の「神の羊の群れ」の愛ある牧者の場合は違います。彼らは自らの権威を誇示することなく,1匹の羊をもつまずかせないように注意を払います。(マルコ 9:42と比較してください。)むしろそのような長老は,愛ある助けと励ましを与えます。それに加えて,祈りのうちにエホバに依り頼み,「語ることにも,行状にも,愛にも,信仰にも,貞潔さにも」りっぱな手本となるよう懸命に働きます。(テモテ第一 4:12)その結果,羊は自分たちが愛ある,神を恐れる牧者の世話を受けていることを知って,満足感と安心感を覚えます。
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