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  • 「新しい天と新しい地」を待ち望む
    世の苦難からの人間の救いは近い!
    • 「今ある天と地」

      28 (イ)それで,「今ある天と地」は,大洪水前に存在していたのとは異なった新しい大気を伴う新しい地球のことですか。(ロ)神は人間を創造した時,地球の上方に停滞していた水を破壊をもたらす目的で用いることなどお考えにはなりませんでした。どうしてそれが分かりますか。

      28 それで,ペテロ第二 3章7節の「今ある天と地」は,新しい大気の『おおぞら』で取り巻かれた新しい地球のことを指しているとは考えられません。また,5節と6節で使徒ペテロは『昔からの天と引き締まったかたちで立っていた地』が水のために蓄えられ,裁きの日のために留め置かれたとは述べていない点も注目に値します。神は最初に文字通りの天と地を作って,人間を地上に住まわせた時,そのようなことをお考えにはなりませんでした。当時,神は完全な男女に地上のパラダイスで裁きの日を迎えずに永遠に生きる機会をお与えになりました。―創世 2:17-25。

      29 (イ)「今ある天と地」は,ペテロ第二 3章5節で言及されている天と地と同じものですか。(ロ)それで,7節で言及されている「火」もやはり比喩的なものです。なぜですか。

      29 従って,「今ある天と地」は世界的な洪水の大水のためではなく,火のために蓄えられ,裁きの日と『不敬虔な人びとの滅び』の日まで留め置かれています。これは明らかに,最初の文字通りの天と地とは別の種類の天と地を指しています。そうであれば,ここで指摘されている「火」も文字通りの火とは異なったもの,従って霊感を受けた聖書の中でしばしば述べられている比喩的な「火」であるに違いありません。

  • 「新しい天と新しい地」を待ち望む
    世の苦難からの人間の救いは近い!
    • 『火のために蓄え置かれる』

      34 どんな幾つかの事実からすれば,ペテロ第二 3章7節で指摘されている火を文字通りのものとみなすのは不合理ですか。

      34 全地球的な規模の洪水をもう一度起こすことはないというこうした誓いの言葉も,もしその代わりに神が文字通りの火で全地を包み,文字通りの世界的大火災を起こすことを意図されたとしたなら,人類にとってほとんど慰めとはなりません。それに,もし「今ある天と地」という表現に人間の目に見える天の星が含まれているとしたら,わたしたちの太陽系内の太陽や銀河系内の他のすべての恒星,また既に地上で起こされる火よりも高温の火の球体を成している他の星雲すべてにとって,そのような文字通りの火が何を行なえるでしょう。全地球的な規模の大火災でこの地球を焼け焦げた燃えかすにすることは,この地をメシアによる王国によって世界的なパラダイスに変えるとの明らかにされた神の目的とはとても合致するものではありません。

      35 (イ)では,その句の「火」は何を意味していますか。(ロ)また,「火のために蓄え置かれて」いる「天」とは何ですか。

      35 ですから明らかに,「今ある天と地」がそのために蓄えられている「火」とは,文字通りの火が可燃物を速やかに燃やすのと同様に,有罪と定められたものの滅びをもたらす象徴的な火なのです。このような事情ですから,「今ある天と地」という表現は象徴的な意味を帯びてきます。それで,「天」は統治機構,つまり「今ある」,そして人類がそれに服している支配的権威を象徴しています。ローマ 13章1節の中でクリスチャンの使徒パウロはそのような権威のことを「上にある権威」と呼んで,こう述べています。「すべての魂は上にある権威に服しなさい。神によらない権威は存在しないからです。現存する権威は神によってその相対的な地位に据えられているのです」。

      36 (イ)それと調和して,「火のために蓄え置かれて」いるその「地」とは何ですか。(ロ)「地」という語のそのような用法の例を聖書から述べなさい。

      36 従って,それらの天のもとにある「地」は,「上にある権威のもとでそれに服している人類の社会を象徴しています。この人類社会は一時ノアの日の大洪水後一世紀余の間,ただ一つの言語を用いました。創世記 11章1節はこのことに注意を引いてこう述べています。『全地は一つの言語一つの音のみなりき』。

      37,38 (イ)聖書では統治機関は,高い,あるいはそびえ立つほかのどんなものになぞらえられていますか。(ロ)そのことをイザヤ書 34章やミカ書 1章から例を挙げて説明しなさい。

      37 「上にある権威」のことを「天」と述べていることと全く一致して,聖書は統治機関のことを「山々」になぞらえています。例えば,イザヤ書 34章2-5節(新)で主権者であられる主なる神はこう言われます。「エホバはすべての国の民に対して憤りを,彼らのすべての軍隊に対して怒りを抱かれる……この方は必ず彼らを滅ぼし,必ず彼らを殺りくに渡される。そして,彼らの殺された者たちは投げやられ,彼らの死骸はと言えば,その臭気が立ち昇る。山々は彼らの血のゆえに必ず溶ける。そして,天の軍勢のすべては必ず朽ち果てる。そして天は巻き物の書のように,必ず巻き上げられる。その軍勢は皆,しなび果てる。葉がしなびてぶどうの木から落ちるように。いちじくの木から落ちるしなびたいちじくのように。天ではわたしの剣は確かにびしょぬれになるからだ。見よ,エドムの上にそれは下り,わたしにより公正をもって滅ぼし絶やされる民の上に下る」。ハルマゲドンにおける来たるべき「全能者なる神の大いなる日の戦争」でそれらの軍勢が滅びると共に,彼らの支持していた諸政府は殺された軍勢の血で溶ける山々のように溶け,消滅させられます。

      38 天に達するような高い象徴的な山々が消滅する様を描いた別の光景はミカ書 1章3,4節の中でこう述べられています。『みよ エホバその処より出でくだり 地の高き処を踏みたまはん 山は彼の下にとけ 谷は裂けたり 火の前なる蝋のごとく 坂に流るゝ水のごとし』。全能者なるエホバ神が間もなくご自分の天の処刑隊を用いて,この事物の体制の山のような政府と接触する時,それらの山は燃えたつような熱気に会わされるでしょう。そして,その固体は溶けてしまいます!

      39 「今ある天と地」および「不敬虔な人びと」は前途に何を控えていますか。なぜですか。

      39 それで,「今ある天と地」がそのために留め置かれている「不敬虔な人びとの裁きと滅びとの日」は比喩的に言って,それがもたらす滅びのゆえに焼けつくような日となります。それは事物の見える全体制に対して神の裁きを執行する日となります。また,それは「不敬虔な人びとの滅び」の日となります。そのような人はエホバ神をおそれ多い方,宇宙の主権者とみなしませんし,またそのように扱わないからです。聖なるその方に対して不敬な態度を取っているのです。

      行動ののろい神ではない

      40,41 嘲笑者たちにとってエホバの「裁きの日」の到来は遅いように思えるとは言え,時間に関するどんな事実を考慮に入れるべきですか。

      40 「今ある天と地」は「その同じみことばによって」,すなわち「神のことば」によって相変わらず,「火のために蓄えられており,不敬虔な人びとの裁きと滅びとの日まで留め置かれて」います。これは主なる救い主イエス・キリストの「臨在」をまだ起きていない事として扱う,現代の嘲笑者たちの考えるべき事柄です。「今ある天と地」が大変長い期間存続するのを許した目的を権威をもって明らかにした,神のその「同じみことば」は必ず遂行されます。

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