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くじ聖書に対する洞察,第1巻
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使徒時代のくじ イエスの弟子たちは,イエスの活動と復活の証人となった12人の一人としてユダ・イスカリオテの空席を埋める人を決めるため,祈りをささげると共にくじを引きました。選ばれたのはマッテヤでした。(使徒 1:21-26)ここで用いられているギリシャ語はクレーロスという言葉で,相続財産を意味するクレーロノミアという言葉と関係があります。コロサイ 1章12節とペテロ第一 5章3節では,神がクリスチャンにお与えになった相続財産もしくは割り当て分に関連してクレーロスが用いられています。
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マッテヤ聖書に対する洞察,第2巻
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マッテヤ
(Matthias)[多分,「エホバの贈り物」を意味するヘブライ語マタテヤの短縮形]
ユダ・イスカリオテに代わる使徒としてくじで選ばれた弟子。イエスの昇天後ペテロは,詩編作者ダビデがユダの逸脱を予告していただけでなく(詩 41:9),ダビデが「その監督の職をほかの者が取るように」とも書いていたこと(詩 109:8)に注目し,一緒に集まっていた約120人の弟子たちに対して,その職の空席を埋めることを提案します。ヨセフ・バルサバとマッテヤがその候補者として推薦されます。祈りの後,くじが引かれ,マッテヤが選ばれます。聖霊が注ぎ出されるほんの数日前に生じたこの出来事は,ある問題におけるエホバの選びを決定する際にくじに頼ったことが伝えられている,聖書中で最後の例です。―使徒 1:15-26。
ペテロの言葉によると(使徒 1:21,22),マッテヤはイエスの3年半にわたる宣教期間中ずっとキリストに付き従い,使徒たちと密接に交わっており,宣べ伝えるためにイエスが送り出した70人の弟子または福音宣明者の一人でもあったようです。(ルカ 10:1)マッテヤは選ばれた後,会衆によって「十一人の使徒と共に数えられ(ました)」。(使徒 1:26)それで,「使徒たちの活動」の書がその直後から「使徒たち」あるいは「十二人の者」と述べている場合,そこにはマッテヤが含まれています。―使徒 2:37,43; 4:33,36; 5:12,29; 6:2,6; 8:1,14。「パウロ,I」を参照。
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パウロ,I聖書に対する洞察,第2巻
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自分自身が使徒職にあるという強い確信と証拠があっても,パウロは決して自分を「十二人の者」の中に含めませんでした。ペンテコステの前,ペテロが聖書から説き勧めた結果,集まっていたクリスチャンは不忠実なユダ・イスカリオテに代わる人物を求めました。その集まりの男子の成員(ペテロは「皆さん,兄弟たち」と話し掛けている。使徒 1:16)による投票という方法が取られたようですが,そのようにして二人の弟子が候補者として選ばれました。それから彼らは,不忠実な使徒の代わりとしてこれら二人のどちらを選んだかを神がお示しになるよう,エホバ神に祈りました。(使徒 1:24をサム一 16:7と,また使徒 15:7,8と比較。)祈りの後,彼らがくじを引くと,「くじはマッテヤに当たった」と記されています。―使徒 1:15-26。箴 16:33と比較。
マッテヤが神ご自身によって選ばれたことを疑うべき理由はありません。確かにパウロは,転向してからというもの非常に顕著な存在になり,その労苦は他のすべての使徒の労苦をしのいでいました。(コリ一 15:9,10)しかし,パウロが使徒職に就くことが個人的にあらかじめ定められていたことを示す証拠はありません。あらかじめ定められていたとすれば,神は事実上,クリスチャンのその集まりでささげられた祈りに答えて行動することを差し控え,ユダの抜けた所をパウロの転向まで空席とされ,マッテヤの任命をそのクリスチャンの集まりの単なる独断的な行動とされたことになりますが,そのようなことを示す証拠は全くありません。その反対に,マッテヤが代わりとして神から任命されたことを示す確かな証拠があります。
ペンテコステの日には聖霊が注がれ,使徒たちに特異な力が与えられました。新しくバプテスマを受けた人たちに手を置き,霊の奇跡的な賜物を伝えることができたのは,それら使徒たちだけであったことが示されています。(「使徒」[奇跡的な力]を参照。)もしマッテヤが実際に神から選ばれたのでないとしたら,マッテヤがそのような奇跡を行なえないことはすべての人に明らかになったことでしょう。記録が示すところによると,そのようなことはありませんでした。「使徒たちの活動」の書の筆者ルカはパウロの旅行仲間であり,特定の使命を帯びていた時のパウロと交わっていました。ですから「使徒たちの活動」の書は,様々な物事に関するパウロ自身の見解を反映し,その見解と一致しているはずです。同書は「十二人の者」が,食物の分配の問題を扱う7人の男子を任命したことについて述べています。それは西暦33年のペンテコステの後であるとはいえ,パウロの転向よりも前の出来事でした。したがって,ここでマッテヤは「十二人の者」の一人として認められており,指名された7人の上に他の使徒たちと共に手を置いたのです。―使徒 6:1-6。
では,ヨハネの幻に出て来る新しいエルサレムの「十二の土台石」にはだれの名が含まれているのでしょうか。マッテヤの名ですか,パウロの名ですか。(啓 21:2,14)ある線に沿って推論すると,パウロの可能性が高いように思えるかもしれません。パウロは自分の奉仕の務めにより,また特にクリスチャン・ギリシャ語聖書のかなりの部分を書いた(14通の手紙が彼の作とされている)ことにより,クリスチャン会衆に大きく貢献しました。それらの点でパウロは,使徒 1章から後の部分では直接言及されていないマッテヤよりも“光を放って”います。
とはいえ,冷静に考えてみると,パウロは当初の12使徒のうちの多くより“光を放っている”ことも明らかになります。それら12使徒の中には,使徒の名が列挙されている箇所を別にすると,名前さえめったに出ていない人もいるのです。クリスチャン会衆すなわち霊的イスラエルはパウロが転向した時までにすでに確立され,つまり土台が据えられ,恐らく1年かそれ以上の期間,成長を続けていました。それにまた,正典とされるパウロの最初の手紙は,西暦50年ごろまでは書かれなかったようです。(「テサロニケ人への手紙」を参照。)西暦50年といえば,新しい国民である霊的イスラエルの土台が据えられた西暦33年のペンテコステの17年後になります。このように,これらの事実,それにこの項の前のほうで提出された証拠によって問題は明確になります。ですから,「子羊の十二使徒」の中のユダに代わる者として神が最初にマッテヤを選んだことは,その後も変わることなく,後に使徒職に就いたパウロの影響を受けなかったとするのは道理にかなっているようです。
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