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コリント第一の概略

    • E. 仲間のクリスチャンを気遣い,信仰を妨げないように配慮する(8:1–11:1)

      • 1. 偶像に捧げられた食物について(8:1-13)

        • 愛は知識より優れている(8:1-3)

        • 偶像に捧げられた食物を食べることで人に過ちを犯させてしまわないようにする(8:4-13)

      • 2. 使徒としてのパウロの模範(9:1-27)

        • 奉仕者が生活に必要な物を受ける権利(9:1-18)

        • あらゆる人に対してあらゆるものになる(9:19-23)

        • 命を目指す競走では自制が必要(9:24-27)

      • 3. 過去のイスラエルの悪い例から学ぶ(10:1-22)

        • 荒野でのイスラエル人(10:1-5)

        • 貪欲,偶像崇拝,不道徳などの悪い事柄を避けるようにとの警告(10:6-11)

        • 耐えられないほど誘惑を受けることはない(10:12,13)

        • 「偶像崇拝から逃げ去ってください」。邪悪な天使の食卓を避ける(10:14-22)

      • 4. 他の人に配慮してクリスチャンの自由を行使する(10:23–11:1)

        • 「全てのことが許されていますが,全てのことが励みになるわけではありません」(10:23,24)

        • 他の人の良心に配慮する(10:25-30)

        • 全てのことを神の栄光のためにする。パウロとキリストに倣う(10:31–11:1)

コリント第一 9:1

  • 使徒: ロマ 1:1の注釈を参照。

欄外参照

  • +コ一 15:9, 10; コ二 12:12; テモ一 2:7
  • +使徒 9:3-5; コ一 15:7, 8

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  • 出版物索引

    秘 90; 目72 7/22 28; 目62 3/8 26; 塔59 391; 塔52 79

コリント第一 9:2

メディア

  • 文書に証印を押す

脚注

  • *

    または,「証拠」。

欄外参照

  • +コ二 3:2

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  • 出版物索引

    秘 90; 目72 7/22 28

コリント第一 9:4

脚注

  • *

    直訳,「権威」。

コリント第一 9:5

  • ケファ: 使徒ペテロの名前の1つ。(マタ 10:2,コ一 1:12の注釈を参照。)ここで,ケファは妻帯者として述べられている。福音書の記述からすると,しゅうとめはケファの家に住んでいて,兄弟アンデレもその家に住んでいた。(マタ 8:14。マル 1:29-31。ルカ 4:38の注釈を参照。)この節から分かるように,ケファの宣教に妻が同行することがあった。他の使徒たちの妻やイエスの異父弟たちの妻も夫に同行した。

    クリスチャンの妻を: または,「姉妹を妻として」。「姉妹」という語は信者同士の関係で使われ,クリスチャン会衆の女性のこと。(ロマ 16:1。コ一 7:15。ヤコ 2:15)

欄外参照

  • +マタ 13:55; 使徒 1:14; ガラ 1:19
  • +マタ 8:14; ヨハ 1:42
  • +マタ 19:11

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    「洞察」

    「すべての人のための書物」16ページ

    「ものみの塔」

    1996/10/15,20ページ

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    洞-1 731,1076; 書 16; 塔96 10/15 20;

    目80 6/8 31; 目72 7/22 23; 塔70 583; 塔68 670; 塔62 500; 遠 141

コリント第一 9:6

欄外参照

  • +使徒 13:2

コリント第一 9:7

  • 自費で: 直訳,「自分の賃金で」。パウロはここで,兵役に就いている人たちに与えられる「支給物」を指すギリシャ語を使っている。(ルカ 3:14の注釈を参照。)この文脈でこの語は比喩的な意味で使われていて,よく働くクリスチャンの兵士が生活上の援助をいくらか受けるに値するということを示している。

欄外参照

  • +申 20:6; 格 27:18

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    洞-2 56,700

コリント第一 9:9

  • 神が気に掛けているのは牛でしょうか: パウロは要点を示すために,この修辞的な質問をしている。「脱穀している牛に口籠を付けてはなりません」というモーセの律法を直前で引用した。(申 25:4)働いている牛に脱穀している穀物を食べる権利があるのと同じように,神からのものをほかの人に分け与えているクリスチャンは生活に必要な物を受けるに値する。パウロはコ一 9:10で,申 25:4の律法が「書かれたのは私たちのためです」と言っている。動物を思いやりのある仕方で扱うという神の定めた原則をクリスチャンが軽視してもよいということではない。パウロが言いたかったのは,この原則が,働いている動物に当てはまるのであれば,働いている人間,特に神への奉仕に励んでいる人には,より一層当てはまるということ。

メディア

  • 牛の口籠

欄外参照

  • +申 25:4; テモ一 5:18

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    「洞察」

    「ものみの塔」

    1989/5/1,17ページ

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    洞-1 461,707,963; 塔89 5/1 17;

    塔82 11/1 14; 塔55 408

コリント第一 9:10

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    「洞察」

    「洞察」

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    洞-1 707,963,1253;

    塔55 408

コリント第一 9:11

脚注

  • *

    直訳,「まいた」。

  • *

    直訳,「刈り取る」。

欄外参照

  • +ロマ 15:26, 27; ガラ 6:6; フィリ 4:15-17

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    「ものみの塔」

    1989/12/1,27ページ

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    洞-2 144-145; 塔89 12/1 27;

    塔73 415

コリント第一 9:12

脚注

  • *

    直訳,「権威」。

欄外参照

  • +使徒 18:3; 20:34; テサ一 2:9; テサ二 3:7, 8
  • +コ二 6:3; 11:7

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    「ものみの塔」

    1989/12/1,25-27ページ

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    塔89 12/1 25,27;

    塔73 415

コリント第一 9:13

欄外参照

  • +レビ 6:14, 16; 民 18:30, 31; 申 18:1

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    塔68 562; 塔56 45

コリント第一 9:14

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  • +マタ 10:9, 10; ルカ 10:7, 8

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    「ものみの塔」

    1989/12/1,27ページ

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    感 213; 塔89 12/1 27;

    塔80 4/1 31; 塔68 562; 塔63 178

コリント第一 9:15

欄外参照

  • +使徒 18:3; 20:34; コ一 4:11, 12; テサ二 3:8
  • +コ二 11:8-10

コリント第一 9:16

  • 任務: 直訳,「必要性」。パウロは伝道する務めを与えられ,その仕事をする義務があると感じていた。(使徒 9:15-17。ガラ 1:15,16)「必要性」に当たるギリシャ語は,「ぜひとも……なければなりません」とも訳されている。(ロマ 13:5)パウロは続けて,もし良い知らせを広めないなら,それは私にとって悲惨なことです!と述べている。「悲惨なこと」と訳されているギリシャ語を使って,もし義務を果たさなかったなら感じたであろう苦悩を表現している。パウロの命は忠実であることに懸かっていた。(エゼ 33:7-9,18,使徒 20:26と比較。)エレミヤやアモスの言葉が念頭にあったのかもしれない。(エレ 20:9。アモ 3:8)しかし,パウロが伝道する動機は,単なる義務感ではなく愛。(コ二 5:14,20。フィリ 1:16)

欄外参照

  • +エレ 20:9; ルカ 17:10
  • +エゼ 3:18

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    「目ざめよ!」

    2001/7/22,11ページ

    「ものみの塔」

    1996/9/15,17-19ページ

    「聖書全体」212ページ

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    洞-1 722; 目01 7/22 11; 塔96 9/15 17-18; 感 212;

    塔78 11/15 22; 塔77 217; 組 5; 塔61 306,364

コリント第一 9:17

欄外参照

  • +ガラ 2:7; エフ 3:1, 2; コロ 1:25

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    「ものみの塔」(研究用)

    2024/3,11-12ページ

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    塔研26.01 23; 塔研24.03 11-12;

    塔80 4/1 31; 塔67 501; 塔66 4,363,478

コリント第一 9:18

脚注

  • *

    または,「権利」。

  • *

    または,「無償で」。

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    洞-2 999-1000;

    塔80 4/1 31

コリント第一 9:19

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    洞-1 881;

    塔62 148,694; 塔61 522-523; 塔53 46

コリント第一 9:20

  • ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになりました: パウロはユダヤ人で,「良い知らせのために全てのことを」進んで行う気持ちがあったので,イエスをメシアとして受け入れるよう謙遜なユダヤ人を助けることができた。(コ一 9:23)例えば,パウロは「ユダヤ人のために[テモテ]に割礼を施した」。クリスチャンに割礼は求められていなかったにもかかわらず,パウロはそのようにし,テモテも協力した。(使徒 16:1-3)

欄外参照

  • +使徒 16:3; 18:18
  • +使徒 21:24, 26

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    「ものみの塔」

    1989/11/15,11ページ

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    塔89 11/15 11;

    目64 5/8 17; 塔63 580; 塔62 694; 塔61 522-523,555,651; 塔60 14; 塔53 46

コリント第一 9:21

  • 律法を持たない人に対しては律法を持たない人のようになりました: 「律法を持たない人」という表現は,異国人,つまりユダヤ人でない人,モーセの律法の下にいない人を指す。パウロはアテネでギリシャ人に話した時,その人たちの考え方を考慮に入れ,その人たちに知られていない神について語った。ギリシャの詩人の言葉も引用した。(使徒 17:22-34)

欄外参照

  • +ガラ 2:3
  • +ヨハ 13:34; 15:10, 12; ガラ 6:2

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    1996/9/1,14-19ページ

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    目64 5/8 17; 塔63 580; 塔62 694; 塔61 522-523,555,651

コリント第一 9:22

  • 弱い人に対しては弱い人になりました: パウロは力強い話をしたが,会衆内の特定のユダヤ人と異国人の敏感な良心を考慮に入れて,弱い人に対して「弱い人にな」った。(ロマ 14:1,13,19; 15:1)

欄外参照

  • +ロマ 14:1; 15:1; コ二 11:29

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    2005/12/1,27-31ページ

    1989/11/15,12ページ

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    1992/11/8,15ページ

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    塔05 12/1 27-31; 目92 11/8 15; 塔89 11/15 12;

    宣 76/2 8; 目64 5/8 17; 塔63 335,580; 塔62 551,694; 塔61 391,522-523,557; 塔60 14; 塔53 46

コリント第一 9:23

  • 私は良い知らせのために全てのことを行います: パウロはここで,幅広くいろいろな人々に良い知らせを伝えるためにどのように相手に合わせてきたかをまとめている。(コ一 9:19-23)とはいえ,人々を弟子とするために「神の言葉をゆがめたり」,「ずる賢く」行動したり,つまりだましたりすることは決してしなかった。(コ二 4:2)

メディア

  • パウロがコリントの市場で伝道する

欄外参照

  • +使徒 19:26; テサ一 2:8

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    「ものみの塔」

    1989/11/15,10-14ページ

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    塔89 11/15 10-14;

    塔78 8/1 20; 塔63 497; 塔62 694; 塔61 522-523,557

コリント第一 9:24

  • 競走: 「競走」という語はギリシャ語スタディオンを訳したもの。そのギリシャ語は,競走などに使われる構造物,長さ,競走自体を指すことがある。この文脈で,パウロは競走のことを言っている。ギリシャ語のスタディオンの長さは場所によって違った。コリントでは約165メートルだった。ローマ・スタディオンの長さはおよそ185メートルだった。付録B14参照。

    競走では走者: 運動競技会はギリシャ文化に欠かせないものだったので,パウロはそれをうまく例えに使った。(コ一 9:24-27。フィリ 3:14。テモ二 2:5; 4:7,8。ヘブ 12:1,2)コリントのクリスチャンは近くで開かれるイストミア競技会の競技に通じていた。その競技会は2年ごとに行われた。西暦51年の競技会の時,パウロはコリントにいただろう。イストミア競技会は,ギリシャのオリンピアで開かれるオリンピア競技会に次いで重要なものだった。そうしたギリシャの競技会では,いろいろな距離の競走があった。パウロは走者とボクサーの例えを使って,自制,効果性,忍耐の価値を教えた。(コ一 9:26)

    賞を得るのは1人だけ: 古代ギリシャの運動競技で優勝した人は賞として,たいてい木の葉で作られた冠を与えられた。冠は大きな栄誉の印で,参加者に見えるように競技場に飾られていたようだ。パウロは天に行くよう選ばれたクリスチャンに,朽ちる冠よりはるかに優れたもの,不滅の命という朽ちない冠のために奮闘するよう勧めた。勝利を収めるには,その賞にずっと目を留めていなければならない。(コ一 9:25; 15:53。ペ一 1:3,4; 5:4)

欄外参照

  • +マタ 10:22; ガラ 5:7; フィリ 3:14; テモ二 4:7, 8

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    1990/9/15,25ページ

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    洞-1 728,961; 洞-2 66-67,640; 徹 149; 塔11 9/15 16,24; 塔04 5/1 29; 塔99 10/1 18; 塔92 8/1 13-15; 塔90 9/15 25;

    塔85 7/15 15-20; 目84 11/8 10-11; 目78 7/8 29; 塔69 728; 塔67 592; 塔63 466; 目62 1/22 27; 塔59 68; 塔56 268

コリント第一 9:25

  • 競技に参加する人: または,「運動選手」。ここで使われているギリシャ語動詞は,運動競技を指してよく使われた名詞と関連がある。その名詞は,ヘブ 12:1でクリスチャンの命の「競走」を指して比喩的に使われている。同じ名詞は,「苦闘」(フィリ 1:30),「奮闘」(コロ 2:1),「戦い」(テモ一 6:12。テモ二 4:7)など,より一般的な意味でも使われている。ここコ一 9:25で使われているギリシャ語動詞は語形によって,「精力的に励み」(ルカ 13:24),「努力して」(コロ 1:29。テモ一 4:10),「戦い」(テモ一 6:12)などと訳されている。ルカ 13:24の注釈を参照。

    自制します: 運動選手は競技に参加する準備として自制した。食事制限をする人が多く,ぶどう酒を控える人もいた。歴史家パウサニアスはオリンピア競技会に向けたトレーニングは10カ月に及んだと書いていて,他の主要な競技会のためにも同じくらいの長さのトレーニングが行われたと考えられる。

メディア

  • 「朽ちる冠」

欄外参照

  • +テモ二 2:5
  • +ヤコ 1:12; ペ一 5:4; 啓 2:10

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    1990/9/15,25ページ

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    塔85 8/15 19-20; 目84 11/8 10-11; 目76 11/8 15; 塔67 592; 塔63 237; 目62 5/22 15-16; 塔54 205

コリント第一 9:26

  • こぶしの振るい方: パウロはここで,自分をボクシングの試合で勝利を目指すボクサーに例えている。トレーニングを積んだボクサーは,空振りをして力を無駄にしたりせず,こぶしがしっかり当たるようにする。同じように,クリスチャンは永遠の命という最終的な報いをいつも目指して,それに向かってよく努力する必要がある。(マタ 7:24,25。ヤコ 1:22)内面で生じるものを含め,報いを得る上で障害や問題となりかねないどんなものとも闘う。(コ一 9:27。テモ一 6:12)

欄外参照

  • +ガラ 2:2; フィリ 2:16; ヘブ 12:1
  • +テモ一 6:12

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    洞-1 728; 塔研16.09 9; 宣 12/1 1; 塔02 10/1 31; 塔92 7/1 28-29; 塔92 8/1 17-18; 塔90 9/15 25;

    塔68 504; 塔64 562; 塔57 137; 塔54 205

コリント第一 9:27

  • 打ちたたき: または,「処罰し」,「厳しく訓練し」。「打ちたたく」と訳されるギリシャ語は,字義的には「[目の]下を打つ」という意味。クリスチャンは目の下を打ったような痛みを感じるほどに自制して自分を訓練する必要がある。そのように自分を厳しく訓練するなら,神から「退けられない」で済むだろう。ルカ 18:5の注釈と比較。

脚注

  • *

    または,「失格にならない」。

欄外参照

  • +ロマ 8:13; コロ 3:5

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訳の一覧

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引用元

コリ一 9:9申 25:4

全般

コリ一 9:1コ一 15:9, 10; コ二 12:12; テモ一 2:7
コリ一 9:1使徒 9:3-5; コ一 15:7, 8
コリ一 9:2コ二 3:2
コリ一 9:5マタ 13:55; 使徒 1:14; ガラ 1:19
コリ一 9:5マタ 8:14; ヨハ 1:42
コリ一 9:5マタ 19:11
コリ一 9:6使徒 13:2
コリ一 9:7申 20:6; 格 27:18
コリ一 9:9テモ一 5:18
コリ一 9:11ロマ 15:26, 27; ガラ 6:6; フィリ 4:15-17
コリ一 9:12使徒 18:3; 20:34; テサ一 2:9; テサ二 3:7, 8
コリ一 9:12コ二 6:3; 11:7
コリ一 9:13レビ 6:14, 16; 民 18:30, 31; 申 18:1
コリ一 9:14マタ 10:9, 10; ルカ 10:7, 8
コリ一 9:15使徒 18:3; 20:34; コ一 4:11, 12; テサ二 3:8
コリ一 9:15コ二 11:8-10
コリ一 9:16エレ 20:9; ルカ 17:10
コリ一 9:16エゼ 3:18
コリ一 9:17ガラ 2:7; エフ 3:1, 2; コロ 1:25
コリ一 9:20使徒 16:3; 18:18
コリ一 9:20使徒 21:24, 26
コリ一 9:21ガラ 2:3
コリ一 9:21ヨハ 13:34; 15:10, 12; ガラ 6:2
コリ一 9:22ロマ 14:1; 15:1; コ二 11:29
コリ一 9:23使徒 19:26; テサ一 2:8
コリ一 9:24マタ 10:22; ガラ 5:7; フィリ 3:14; テモ二 4:7, 8
コリ一 9:25テモ二 2:5
コリ一 9:25ヤコ 1:12; ペ一 5:4; 啓 2:10
コリ一 9:26ガラ 2:2; フィリ 2:16; ヘブ 12:1
コリ一 9:26テモ一 6:12
コリ一 9:27ロマ 8:13; コロ 3:5
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新世界訳聖書 (スタディー版)
コリント第一 9:1-27

コリント​の​クリスチャン​へ​の​第​一​の​手紙

9 私わたしは自じ由ゆうではないのでしょうか。使し徒とではないのでしょうか+。私わたしは主しゅイエスを見みたのではありませんか+。皆みなさんは,私わたしが主しゅのために奉ほう仕しした成せい果かではありませんか。 2 私わたしはほかの人ひとたちにとっては使し徒とでないとしても,皆みなさんにとっては確たしかに使し徒とです。皆みなさんは,主しゅとの関かん係けいで私わたしが使し徒とであることを示しめす証しょう印いん*なのです+。

3 私わたしを調しらべる人ひとたちに,私わたしは次つぎのように弁べん明めいします。 4 私わたしたちには飲いん食しょくする権けん利り*があります。そうではないでしょうか。 5 私わたしたちには,ほかの使し徒とや主しゅの弟おとうとたち+やケファ+と同おなじように,クリスチャンの妻つまを伴ともなう権けん利りがあります+。そうではないでしょうか。 6 バルナバ+と私わたしだけ,生せい活かつのための仕し事ごとをやめる権けん利りがないのですか。 7 自じ費ひで兵へい役えきに就つく人ひとなどいるでしょうか。ブドウ園えんを造つくったのに,収しゅう穫かくした実みを食たべない人ひとがいるでしょうか+。羊ひつじの群むれを飼し育いくしているのに,搾しぼった乳ちちを飲のまない人ひとがいるでしょうか。

8 私わたしはこうしたことを,単たんに人にん間げんの観かん点てんで話はなしているのでしょうか。律りっ法ぽうも同おなじことを述のべているのではありませんか。 9 モーセの律りっ法ぽうに,「脱だっ穀こくしている牛うしに口くつ籠こを付つけてはならない+」と書かかれています。神かみが気きに掛かけているのは牛うしでしょうか。 10 それとも,私わたしたちのために神かみはそう述のべているのでしょうか。それが書かかれたのは私わたしたちのためです。耕たがやす人ひとも脱だっ穀こくする人ひとも,分わけ前まえをもらうことを期き待たいして働はたらくものだからです。

11 私わたしたちが皆みなさんに神かみからのものを与あたえた*のであれば,皆みなさんから生せい活かつに必ひつ要ような物ものを受うける*のは行いき過すぎたことでしょうか+。 12 ほかの人ひとたちが皆みなさんに援えん助じょを求もとめてよいのであれば,私わたしたちはなおのことそうしてよいのではないでしょうか。それでも私わたしたちはその権けん利り*を行こう使しせず+,全すべてのことを忍にん耐たいしています。キリストについての良よい知しらせが広ひろまるのを決けっして妨さまたげないようにするためです+。 13 皆みなさんは,神しん聖せいな務つとめを果はたす人ひとが神しん殿でんの物ものを食たべることや,祭さい壇だんでいつも奉ほう仕しする人ひとが祭さい壇だんから分わけ前まえを得えることを知しらないのですか+。 14 同おなじように主しゅは,良よい知しらせを広ひろめる人ひとは良よい知しらせによって生せい活かつするようにと命めいじました+。

15 しかし私わたしは,そのような権けん利りを一いち度ども利り用ようしたことがありません+。こうしたことを書かいたのも,援えん助じょを求もとめたいからではありません。そうするくらいなら死しんだ方ほうがましです。誇ほこる理り由ゆうを私わたしから奪うばうことは誰だれにもできません+! 16 私わたしが良よい知しらせを広ひろめていることは,誇ほこる理り由ゆうにはなりません。私わたしに与あたえられた任にん務むだからです+。もし良よい知しらせを広ひろめないなら,それは私わたしにとって悲ひ惨さんなことです+! 17 その任にん務むを進すすんで果はたすなら,私わたしは報むくいを得えます。しかし,たとえ自じ分ぶんの意い志しに反はんして果はたすとしても,管かん理り人にんとしての責せき任にんがあることに変かわりはありません+。 18 では,私わたしの報むくいとは何なんでしょうか。それは,良よい知しらせに関かんする私わたしの権けん威い*をむやみに用もちいることなく,援えん助じょを受うけずに*良よい知しらせを伝つたえられるということです。

19 私わたしは自じ由ゆうであり,誰だれにも束そく縛ばくされていませんが,全すべての人ひとの奴ど隷れいになりました。できるだけ多おおくの人ひとを引ひき寄よせるためです。 20 ユダヤ人じんに対たいしてはユダヤ人じんのようになりました。ユダヤ人じんを引ひき寄よせるためです+。律りっ法ぽうの下もとにいる人ひとに対たいしては律りっ法ぽうの下もとにいる人ひとのようになりました。私わたし自じ身しんは律りっ法ぽうの下もとにいませんが,律りっ法ぽうの下もとにいる人ひとを引ひき寄よせるためにそうしたのです+。 21 律りっ法ぽうを持もたない人ひとに対たいしては律りっ法ぽうを持もたない人ひとのようになりました+。私わたしは神かみの律りっ法ぽうを持もっていないわけではなく,キリストの律りっ法ぽうの下もとにいますが+,律りっ法ぽうを持もたない人ひとを引ひき寄よせるためにそうしたのです。 22 弱よわい人ひとに対たいしては弱よわい人ひとになりました。弱よわい人ひとを引ひき寄よせるためです+。私わたしはあらゆる人ひとに対たいしてあらゆるものになってきました。できる限かぎりのことをして,何なん人にんかでも救すくいたいからです。 23 私わたしは良よい知しらせのために全すべてのことを行おこないます。良よい知しらせを人ひと々びとに伝つたえるためです+。

24 競きょう走そうでは走そう者しゃ全ぜん員いんが走はしりますが,賞しょうを得えるのは1人ひとりだけだということを,皆みなさんは知しらないのですか。賞しょうを得えられるような走はしり方かたをしてください+。 25 また,競きょう技ぎに参さん加かする人ひとは皆みな,どんなことについても自じ制せいします。もちろん,そのようにして彼かれらが得えようとするのは朽くちる冠かんむりですが+,私わたしたちの場ば合あいは朽くちない冠かんむりです+。 26 それで私わたしは,どこに向むかっているか分わからないような走はしり方かたをしてはいません+。空から振ぶりになるようなこぶしの振ふるい方かたもしてはいません+。 27 自じ分ぶんの体からだを打うちたたき+,奴ど隷れいにして従したがわせます。人ひと々びとに伝でん道どうしておきながら,私わたし自じ身しんが何なにかのことで退しりぞけられない*ためです。

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