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  • 塔研23 06月号 20–25ページ
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  • エホバを畏れる人はいつまでも幸せでいられる
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 06月号 20–25ページ

研究記事28

エホバを畏おそれる人ひとはいつまでも幸しあわせでいられる

「正しょう直じきに歩あゆむ人ひとはエホバを畏おそれている」。格かく言げん 14:2

122番ばんの歌うた 揺ゆらぐことなく勝しょう利りを得える

何なにを学まなぶかa

1-2. 現げん代だいのクリスチャンはロトと同おなじようにどんな問もん題だいを経けい験けんしていますか。

今いまの世よの中なかの道どう徳とく基き準じゅんについて考かんがえると,私わたしたちは正ただしい人ひとロトと同おなじような気き持もちになります。ロトは,お父とうさんエホバが悪わるい行おこないを嫌きらっていることを知しっていたので,「不ふ法ほうな人ひと々びとの恥はじ知しらずな行おこないに非ひ常じょうに苦くるしんでい」ました。(ペテ二に 2:7,8)でも,エホバを畏おそれ,愛あいしていたので,周まわりの人ひとたちの低ひくい道どう徳とく基き準じゅんに染そまってしまうことはありませんでした。私わたしたちもエホバの基き準じゅんを守まもろうとしない人ひとたちに囲かこまれて生せい活かつしています。それでも,エホバを愛あいし,畏おそれているなら,道どう徳とく的てきに清きよい人ひとでいることができます。(格かく 14:2)

2 エホバは,この点てんで役やく立だつアドバイスを「格かく言げんの書しょ」に収おさめてくださっています。年ねん齢れいや性せい別べつに関かん係けいなく,全すべてのクリスチャンはここから大たい切せつなことを学まなべます。

エホバへの畏おそれは私わたしたちを守まもる

1. お昼休みに,同僚の女性が兄弟にコーヒーを差し出している。2. 仕事の後,同じ女性がほかの同僚と一緒に出掛けようと兄弟を誘っている。

職しょく場ばにいる時とき,エホバを愛あいしていない人ひとと親したしくなったり良よくない誘さそいを受うけ入いれたりしないよう注ちゅう意いする必ひつ要ようがある。(3節せつを参さん照しょう。)

3. 格かく言げん 17章しょう3節せつによると,私わたしたちが心こころを守まもるべきなのはどうしてですか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

3 私わたしたちが心こころを守まもることはどうして大たい切せつでしょうか。エホバは心こころを調しらべる方かたです。人ひとの見みえるところではなく,内ない面めんに注ちゅう目もくしています。(格かく言げん 17:3を読よむ。)永えい遠えんの命いのちにつながるエホバの教おしえについていつも考かんがえている人ひとは,エホバから愛あいされます。(ヨハ 4:14)サタンやサタンの世せ界かいが広ひろめている不ふ道どう徳とくな行おこないやうそに影えい響きょうされてしまうことはありません。(ヨハ一いち 5:18,19)エホバのことを身み近ぢかに感かんじるようになればなるほど,エホバへの愛あいや敬けい意いが深ふかまっていきます。お父とうさんエホバを悲かなしませたくないと思おもうので,罪つみを犯おかすことについて考かんがえることさえしません。何なにかの誘ゆう惑わくを受うけた時ときには,「これほど愛あいしてくださっているエホバを悲かなしませることになってもいいのだろうか」と考かんがえるようにしましょう。(ヨハ一いち 4:9,10)

4. ある姉し妹まいにとって,エホバへの畏おそれはどのように助たすけになりましたか。

4 クロアチアのマルタ姉し妹まいは,不ふ道どう徳とくなことを行おこないそうになったことがありました。b こう書かいています。「理り性せい的てきに考かんがえるのは大たい変へんでした。間ま違ちがったことをしたいという気き持もちに負まけそうになりました。でも,エホバへの畏おそれの気き持もちが助たすけになりました」。どのようにでしょうか。姉し妹まいは,悪わるい決けっ定ていをしたらどんな結けっ果かになるかをじっくり考かんがえました。私わたしたちも同おなじようにすることができます。エホバをがっかりさせ,エホバに仕つかえ続つづけられなくなってしまうとしたら,本ほん当とうに悲かなしいことではないでしょうか。(創そう 6:5,6)

5. レオ兄きょう弟だいの例れいからどんなことを学まなべますか。

5 エホバを畏おそれているなら,悪わるい行おこないを一いっ切さい避さけるように努ど力りょくします。コンゴ民みん主しゅ共きょう和わ国こくのレオ兄きょう弟だいは,このことの大たい切せつさを学まなびました。バプテスマを受うけた4年ねん後ご,兄きょう弟だいは悪わるい友とも達だちと関かかわるようになりました。自じ分ぶん自じ身しんが悪わるいことを行おこなっていなければ,エホバに罪つみを犯おかしていることにはならない,と考かんがえていました。でもすぐに友とも達だちの悪わるい影えい響きょうを受うけて,アルコールにおぼれ,不ふ道どう徳とくなことを行おこなうようになってしまいます。やがて,クリスチャンの親おやから教おそわったことや,以い前ぜんの幸しあわせな日ひ々びについてじっくり考かんがえるようになり,再ふたたび正ただしい考かんがえ方かたができるようになりました。そして,長ちょう老ろうたちに助たすけてもらい,エホバの元もとに戻もどることができました。今いまでは,長ちょう老ろうまた特とく別べつ開かい拓たく者しゃとして奉ほう仕しを楽たのしんでいます。

6. これからどんな2人ふたりの女じょ性せいについて考かんがえていきますか。

6 では,格かく言げん 9章しょうを調しらべてみましょう。その中なかでは,知ち恵えと愚おろかさが2人ふたりの女じょ性せいに例たとえられています。(ローマ 5:14,ガラテア 4:24と比ひ較かく。)サタンの世せ界かいは,性せい的てきな不ふ道どう徳とくやポルノであふれています。(エフェ 4:19)それで,エホバへの畏おそれの気き持もちを強つよめ,悪わるいことから離はなれていることはとても大たい切せつです。(格かく 16:6)男だん性せいであっても女じょ性せいであっても,私わたしたち全すべては格かく言げん 9章しょうから大たい切せつな点てんを学まなべます。2人ふたりの女じょ性せいはどちらも,「分ふん別べつのない人ひとたち」を招しょう待たいしています。いわば,「私わたしの家いえに来きて一いっ緒しょに食しょく事じをしましょう」と言いっているかのようです。(格かく 9:1,5,6,13,16,17)でも,どちらの家いえに行いくかによって結けっ果かは大おおきく変かわってきます。

愚おろかな女じょ性せいの誘さそいを退しりぞける

古代の場面。娼婦が家の入り口に座って男性を誘っている。

「愚おろかな女じょ性せい」の誘さそいを受うけ入いれるなら,悲ひ惨さんな結けっ果かになる。(7節せつを参さん照しょう。)

7. 格かく言げん 9章しょう13-18節せつによると,愚おろかな女じょ性せいの誘さそいに応おうじる人ひとはどうなりますか。(挿さし絵えも参さん照しょう。)

7 「愚おろかな女じょ性せい」の誘さそいについて考かんがえてみましょう。(格かく言げん 9:13-18を読よむ。)この女じょ性せいは分ふん別べつのない人ひとたちに,「こちらに来き[て]」一いっ緒しょに楽たのしむようにと呼よび掛かけています。この誘さそいに応おうじる人ひとはどんな結けっ果かになるでしょうか。「死しんだ無む力りょくな人ひとたちがそこに[いる]」と書かかれています。「格かく言げんの書しょ」の前まえの方ほうの章しょうでも,似にたような表ひょう現げんがあります。「いかがわし[く]不ふ道どう徳とくな女じょ性せい」について,「彼かの女じょの家いえは死しへと沈しず[む]」と書かかれています。(格かく 2:11-19)また,格かく言げん 5章しょう3-10節せつでも,「いかがわしい女じょ性せいの……足あしは死しへと下くだる」と警けい告こくされています。

8. 私わたしたちはどんな選せん択たくをする必ひつ要ようがありますか。

8 「愚おろかな女じょ性せい」の声こえが聞きこえてきたなら,その誘さそいに応おうじるか退しりぞけるかを決きめなければなりません。性せい的てきに不ふ道どう徳とくなことをするように誘ゆう惑わくを受うけたり,ポルノが突とつ然ぜん目めに飛とび込こんできたりした時とき,私わたしたちはどうするでしょうか。

9-10. 性せい的てきに不ふ道どう徳とくな行おこないを避さけるべきなのはどうしてですか。

9 性せい的てきに不ふ道どう徳とくな行おこないを避さけるべきなのはどうしてでしょうか。「愚おろかな女じょ性せい」は,「盗ぬすんだ水みずは甘あま[い]」と言いっています。この「盗ぬすんだ水みず」とは何なんでしょうか。聖せい書しょは,夫ふう婦ふの性せい関かん係けいを爽さわやかな水みずに例たとえています。(格かく 5:15-18)正せい式しきに結けっ婚こんした夫ふう婦ふだけが性せい的てきな親しん密みつさを楽たのしむことができます。しかし,「盗ぬすんだ水みず」はそれとは全まったく違ちがいます。これは正ただしくない性せい関かん係けいを指さしているようで,多おおくの場ば合あい隠かくれて行おこなわれます。泥どろ棒ぼうが人ひと目めを避さけて家いえに忍しのび込こむのとよく似にています。誰だれにも気き付づかれていないと思おもっているなら,「盗ぬすんだ水みず」は甘あまく感かんじるかもしれません。でも実じっ際さいには,エホバが全すべてを見みています。エホバに嫌きらわれてしまうとしたら,それ以い上じょうに悲かなしいことはありません。とても大おおきなものを失うしなうことになるのです。(コリ一いち 6:9,10)考かんがえるべき点てんはほかにもあります。

10 性せい的てきに不ふ道どう徳とくなことを行おこなうなら,恥はずかしい気き持もちや自じ分ぶんには価か値ちがないという気き持もちになるかもしれません。望のぞまないのに妊にん娠しんしたり,家か庭ていが崩ほう壊かいしたりすることもあります。命いのちに関かかわる病びょう気きになることさえあるでしょう。(格かく 7:23,26)格かく言げん 9章しょう18節せつの最さい後ごには,「彼かの女じょの客きゃくが墓はかの底そこにいる」とあります。ですから,愚おろかな女じょ性せいの「家いえ」に行いかないのは本ほん当とうに賢かしこいことです。では,大おお勢ぜいの人ひとが悲ひ劇げきをもたらすこの誘さそいに応おうじてしまうのはどうしてでしょうか。(格かく 9:13-18)

11. ポルノがとても有ゆう害がいなのはどうしてですか。

11 多おおくの人ひとはポルノのわなにはまっています。ポルノは無む害がいだと考かんがえる人ひともいますが,実じっ際さいには有ゆう害がいです。自じ分ぶんや他たの人ひとの尊そん厳げんを傷きずつけます。中ちゅう毒どく性せいがあるので,見みるのをやめるのはかなり大たい変へんです。不ふ道どう徳とくな画が像ぞうは頭あたまに残のこり,なかなか消けすことができません。さらに,ポルノは間ま違ちがった欲よく望ぼうを膨ふくれ上あがらせてしまいます。(コロ 3:5。ヤコ 1:14,15)実じっ際さい,ポルノを見みる多おおくの人ひとが不ふ道どう徳とくなことを行おこなうようになっています。

12. 不ふ道どう徳とくな欲よく望ぼうを湧わき上あがらせないために,どんなことができますか。

12 クリスチャンである私わたしたちは,ポルノが目めに飛とび込こんできたならどうすべきでしょうか。すぐに目めを背そむけるべきです。エホバとの友ゆう情じょうが一いち番ばん大だい事じだということをいつも意い識しきしているなら,こうしたきっぱりとした行こう動どうを取とることができます。一いっ般ぱん的てきにはポルノと考かんがえられていない画が像ぞうであっても,不ふ道どう徳とくな欲よく望ぼうを湧わき上あがらせる場ば合あいがあります。そうしたものも避さけるべきなのはどうしてでしょうか。たとえ小ちいさなことであっても,心こころの中なかで姦かん淫いんを犯おかすことにつながるようなことはしたくない,と思おもっているからです。(マタ 5:28,29)タイで長ちょう老ろうとして奉ほう仕ししているデービッド兄きょう弟だいはこう言いいます。「『これはポルノではないかもしれないけれど,見み続つづけるならエホバは喜よろこぶだろうか』と考かんがえるようにしています。そうすることで,良よい決けっ定ていができています」。

13. 賢かしこく行こう動どうするためには何なにが必ひつ要ようですか。

13 エホバを悲かなしませたくないという気き持もちがあるなら,賢かしこく行こう動どうすることができます。聖せい書しょに,「知ち恵えはエホバへの畏おそれから始はじまる」と書かかれている通とおりです。(格かく 9:10)この点てんは,格かく言げん 9章しょうの初はじめの方ほうで説せつ明めいされています。そこでは,「真しんの知ち恵え」が別べつの女じょ性せいとして描えがかれています。

賢かしこい女じょ性せいの招しょう待たいを受うけ入いれる

14. 格かく言げん 9章しょう1-6節せつには,どんな招しょう待たいについて書かかれていますか。

14 格かく言げん 9:1-6を読よむ。これは,創そう造ぞう者しゃであり全すべての知ち恵えの源みなもとである,エホバからの招しょう待たいです。(格かく 2:6。ロマ 16:27)ここに出でてくる家いえは,7本ほんも柱はしらがある大おおきな家いえです。ここから,エホバが惜おしみなく与あたえる方かただということが分わかります。エホバは,役やく立だつ知ち恵えを求もとめる人ひとたちを喜よろこんで迎むかえ入いれてくださいます。

15. 私わたしたちにはどんな招しょう待たいが差さし伸のべられていますか。

15 「真しんの知ち恵え」を表あらわしている女じょ性せいの様よう子すからも,エホバが惜おしみなく与あたえてくださる方かただということが分わかります。この女じょ性せいは,肉にくをしっかり用よう意いし,ぶどう酒しゅに香こう料りょうを混まぜ,食しょく卓たくも整ととのえました。(格かく 9:2)さらに,9章しょう4,5節せつにはこうあります。「知ち恵えは,分ふん別べつのない人ひとに言いう。『来きて,私わたしのパンを食たべ……なさい』」。この賢かしこい女じょ性せいの招しょう待たいを受うけ入いれるべきなのはどうしてでしょうか。エホバはご自じ分ぶんの子こ供どもたちに賢かしこく歩あゆんでほしいと思おもっています。間ま違ちがいを通とおして学まなぶようなつらい学まなび方かたをしないように守まもりたいと思おもっています。それで,エホバは「正しょう直じきな人ひとのために,役やく立だつ知ち恵えを蓄たくわえ」ています。(格かく 2:7)エホバを畏おそれているなら,エホバに喜よろこばれることをしたいと思おもうはずです。エホバからのアドバイスに耳みみを傾かたむけ,喜よろこんで当あてはめます。(ヤコ 1:25)

16. アラン兄きょう弟だいが賢かしこい決けっ定ていをする上うえで,エホバへの畏おそれはどのように助たすけとなりましたか。どんな結けっ果かになりましたか。

16 エホバへの畏おそれは,賢かしこい決けっ定ていをする上うえでどのように助たすけとなるでしょうか。長ちょう老ろうで学がっ校こうの教きょう師しをしているアラン兄きょう弟だいの例れいを考かんがえてみましょう。兄きょう弟だいはこう言いいます。「同どう僚りょうの多おおくは,ポルノ映えい画がも性せい教きょう育いくの一いち部ぶだと考かんがえていました」。でも,兄きょう弟だいはこの間ま違ちがった考かんがえ方かたに影えい響きょうされることはありませんでした。さらにこう言いっています。「エホバを悲かなしませたくなかったので,そうした映えい画がを一いっ切さい見みないようにしました。そして,その理り由ゆうについて同どう僚りょうに説せつ明めいしました」。兄きょう弟だいは,「真しんの知ち恵え」の声こえに耳みみを傾かたむけ,「理り解かいの道みちを前ぜん進しんしなさい」というアドバイスを当あてはめたのです。(格かく 9:6)何なん人にんかの同どう僚りょうは,兄きょう弟だいのきっぱりとした態たい度どに感かん心しんし,聖せい書しょレッスンを始はじめ,集しゅう会かいにも出しゅっ席せきするようになっています。

古代イスラエルの女性が1組の夫婦を家に招待している。テーブルには,栄養豊かで美しく盛り付けられた料理が準備されている。

「真しんの知ち恵え」の招しょう待たいを受うけ入いれるなら,いつまでも幸しあわせでいられる。(17-18節せつを参さん照しょう。)

17-18. 「真しんの知ち恵え」の招しょう待たいを受うけ入いれるなら,どんな素す晴ばらしい経けい験けんができますか。(挿さし絵えも参さん照しょう。)

17 エホバは2人ふたりの女じょ性せいの例たとえを使つかって,どうすれば幸しあわせになれるかを教おしえてくれています。騒さわがしく「愚おろかな女じょ性せい」の招しょう待たいを受うけ入いれる人ひとは,不ふ道どう徳とくな行おこないから喜よろこびを得えようとします。そうした人ひとは,今いまが楽たのしければいいと考かんがえ,将しょう来らいのことなど気きに留とめていません。でも,最さい終しゅう的てきには「墓はかの底そこ」に下くだることになります。(格かく 9:13,17,18)

18 一いっ方ぽう,「真しんの知ち恵え」の招しょう待たいを受うけ入いれる人ひとたちは,幸しあわせを味あじわうことができます。今いま,エホバとの絆きずなを強つよめるのに必ひつ要ようなものがふんだんに与あたえられています。栄えい養よう豊ゆたかで美うつくしく盛もり付つけられた料りょう理りが目めの前まえに並ならんでいるかのようです。(イザ 65:13)エホバはイザヤを通とおしてこう言いっています。「私わたしの言いうことを一いっ心しんに聞きき,良よい物ものを食たべなさい。そうすれば,本ほん当とうに豊ゆたかな物ものを大おおいに喜よろこべる」。(イザ 55:1,2)私わたしたちは,エホバが愛あいするものを愛あいし,エホバが憎にくむものを憎にくむよう教おしえられています。(詩し 97:10)また,「真しんの知ち恵え」を学まなぶよう人ひと々びとに勧すすめることから喜よろこびを味あじわっています。まるで,「町まちの高たか台だいから……『経けい験けんのない人ひとは誰だれでもこちらに来きなさい』」と呼よび掛かけているかのようです。でも,私わたしたちが味あじわっている喜よろこびは今いまだけのものではありません。永えい遠えんに生いきて,「理り解かいの道みちを前ぜん進しんし」ていくことができるのです。(格かく 9:3,4,6)

19. 伝でん道どうの書しょ 12章しょう13,14節せつからすると,どうすることが大たい切せつですか。(「エホバへの畏おそれがあるなら…」の囲かこみも参さん照しょう。)

19 伝でん道どうの書しょ 12:13,14を読よむ。では,これからもエホバへの畏おそれの気き持もちを強つよめていきましょう。そうするなら,この邪じゃ悪あくな終おわりの時じ代だいの中なかでもエホバとの友ゆう情じょうを守まもることができます。心こころを守まもり,道どう徳とく的てきに清きよい人ひとでいることもできます。そして,この畏おそれの気き持もちは,「真しんの知ち恵え」について学まなぶようできるだけ多おおくの人ひとに伝つたえていく力ちからともなるでしょう。

エホバへの畏おそれがあるなら…

  • エホバと親したしくなれる。(詩し 25:14。ヘブ 5:7)

  • エホバに従したがいたいと思おもうようになる。(詩し 112:1)

  • 悪あくを憎にくみ,謙けん遜そんで賢かしこい人ひとになれる。(ヨブ 28:28。格かく 8:13)

  • 正ただしいことを行おこなう勇ゆう気きを持もてる。(出しゅつ 1:15-17,21)

  • 親しん切せつで信しん頼らいできる人ひとになれる。(ネヘ 5:15; 7:2)

どのように答こたえますか

  • エホバへの畏おそれによって,どのように心こころを守まもることができますか。

  • どうすれば「愚おろかな女じょ性せい」からの誘さそいを退しりぞけることができますか。

  • 「真しんの知ち恵え」の招しょう待たいを受うけ入いれるなら,どんな良よい結けっ果かになりますか。

127番ばんの歌うた 私わたしはどんな人ひとになるべきだろうか

a クリスチャンはエホバへの畏おそれを持もつ必ひつ要ようがあります。エホバを畏おそれているなら心こころを守まもることができ,性せい的てき不ふ道どう徳とくやポルノの誘ゆう惑わくに負まけることはありません。この記き事じでは,「格かく言げんの書しょ」9章しょうに注ちゅう目もくします。そこでは,知ち恵えと愚おろかさが対たい照しょう的てきな2人ふたりの女じょ性せいとして描えがかれています。この章しょうから,今いまも将しょう来らいも役やく立だつアドバイスを学まなぶことができるでしょう。

b 一いち部ぶの名な前まえは変かえてあります。

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