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徹 25章 196–202ページ

25章

「カエサルに上じょう訴そします!」

良よい知しらせのために闘たたかったパウロから学まなぶ

使し徒と 25:1–26:32

1,2. (ア)パウロは今いまどんな状じょう況きょうに置おかれていますか。(イ)パウロがした上じょう訴そについて,どんなことを知しりたいと思おもいますか。

パウロは,まだカエサレアで厳げん重じゅうな監かん視し下かに置おかれています。2年ねん前まえにユダヤ地ち方ほうに戻もどってきましたが,戻もどって何なん日にちもたたないうちに少すくなくとも3回かい殺ころされそうになりました。(使し徒と 21:27-36; 23:10,12-15,27)これまでのところ難なんを逃のがれ,生いき延のびていますが,ユダヤ人じんたちは諦あきらめていません。彼かれらが再ふたたび訴うったえてきて,パウロは命いのちを失うしなう恐おそれがあったので,ローマ総そう督とくのフェストに「カエサルに上じょう訴そします!」と言いいます。(使し徒と 25:11)

2 ローマ皇こう帝ていに上じょう訴そするというのは,エホバの考かんがえに合あった決けっ定ていだったでしょうか。それをぜひ知しりたいと思おもいます。私わたしたちも今いまの終おわりの時じ代だいに,神かみの王おう国こくについて徹てっ底てい的てきに伝つたえているからです。「良よい知しらせを擁よう護ごし,その知しらせを広ひろめる法ほう的てき権けん利りを得えるために」どんなことができるか,パウロの例れいから学まなびましょう。(フィリ 1:7)

「裁さばきの座ざの前まえに立たって」(使し徒と 25:1-12)

3,4. (ア)パウロをエルサレムに呼よんでほしいというユダヤ人じんたちの要よう望ぼうには,どんな裏うらがありましたか。どんなことがあって,パウロは難なんを逃のがれることができましたか。(イ)パウロを支ささえたエホバは,私わたしたちのことも支ささえてくれます。どのようにしてですか。

3 フェストはユダヤの総そう督とくになって3日か後ご,エルサレムに行いきます。a そこで,祭さい司し長ちょうとユダヤ人じんの主おも立だった人ひとたちから,ある訴うったえを聞ききます。パウロが重じゅう大だいな罪つみを犯おかしたと言いうのです。彼かれらは,フェストがローマから,ユダヤ人じんとうまくやっていくよう指さし図ずされているのを知しっています。そこで,それに付つけ込こんで相そう談だんを持もち掛かけ,パウロをエルサレムに呼よんで,ここで裁さい判ばんにかけてほしい,と言いいます。でもその要よう望ぼうには裏うらがありました。カエサレアからやって来くる道みちの途と中ちゅうでパウロを殺ころす計けい画かくでした。フェストは要よう望ぼうには応おうじず,こう言いいます。「その男おとこに悪わるい点てんが本ほん当とうにあるなら,あなた方がたのうちの有ゆう力りょくな人ひとたちが私わたしと一いっ緒しょに[カエサレアに]来きて,彼かれを訴うったえなさい」。(使し徒と 25:5)パウロはまたも難なんを逃のがれ,生いき延のびました。

4 エホバはイエス・キリストを通とおして,パウロを試し練れんの間あいだずっと支ささえました。例たとえば,幻まぼろしの中なかでイエスがパウロに「勇ゆう気きを出だしなさい!」と言いったことがありました。(使し徒と 23:11)私わたしたちも大たい変へんな目めに遭あったり迫はく害がいを受うけたりすることがあります。エホバは,問もん題だいを全ぜん部ぶなくしてくれるわけではありませんが,やっていくための知ち恵えや力ちからをくれます。エホバは私わたしたちのことを愛あいしていて,「普ふ通つうを超こえた力ちから」を必かならず与あたえてくれます。(コリ二に 4:7)

5. フェストはパウロの件けんをどう扱あつかいましたか。

5 何なん日にちかたってから,フェストはカエサレアに戻もどり,「裁さばきの座ざに座すわ」ります。b 前まえには,パウロと,パウロを訴うったえた人ひとたちがいます。告こく訴そ人にんたちは根こん拠きょのない訴うったえをし,パウロはこう答こたえます。「私わたしは,ユダヤ人じんの律りっ法ぽうに対たいしても,神しん殿でんに対たいしても,カエサルに対たいしても,何なんの罪つみも犯おかしておりません」。パウロは無む実じつです。釈しゃく放ほうされるべきです。フェストはどうするでしょうか。ユダヤ人じんの機き嫌げんを取とろうとして,パウロにこう尋たずねます。「エルサレムに上のぼって,そこでこの件けんに関かんして私わたしの前まえで裁さばきを受うけることを望のぞむか」。(使し徒と 25:6-9)なんとひどい提てい案あんでしょう。もしエルサレムに戻もどされれば,パウロは,この告こく訴そ人にんたちに裁さばかれることになります。確かく実じつに死し刑けいになるでしょう。フェストにとっては,正ただしく裁さばくことよりも,自じ分ぶんの都つ合ごうの方ほうが大たい切せつでした。何なん年ねんも前まえ,別べつの総そう督とくポンテオ・ピラトも,イエスに対たいして同おなじようなことをしました。(ヨハ 19:12-16)現げん代だいでも,裁さい判ばん官かんたちが政せい治じ的てきな圧あつ力りょくに屈くっすることがあります。それで,エホバの証しょう人にんが何なんの根こん拠きょもなく有ゆう罪ざいの判はん決けつを受うけることがあっても,驚おどろくには当あたりません。

6,7. パウロがカエサルに上じょう訴そしたのはどうしてですか。パウロに倣ならって,現げん代だいのエホバの証しょう人にんもどんなことをしますか。

6 フェストがユダヤ人じんの好すきにさせようとしていたので,パウロは命いのちを失うしなう恐おそれがありました。それで,ローマ市し民みんとして持もっている権けん利りを行こう使しすることにします。フェストにこう言いいます。「私わたしはカエサルの裁さばきの座ざの前まえに立たっており,ここで裁さばかれるのが当とう然ぜんです。ユダヤ人じんに悪わるいことは何なにもしていません。あなたも十じゅう分ぶんご存ぞんじの通とおりです。……カエサルに上じょう訴そします!」いったんカエサルに上じょう訴そすると,まず取とり消けせません。それを踏ふまえてフェストは,「あなたはカエサルに上じょう訴そした。カエサルのもとに行いくように」と言いいます。(使し徒と 25:10-12)パウロが上じょう位いの司し法ほう機き関かんに訴うったえたことから,私わたしたちも同おなじようにできることが分わかります。反はん対たい者しゃたちが「法ほうの名なの下もとに問もん題だいを巻まき起おこしている」とき,エホバの証しょう人にんは法ほう制せい度どを活かつ用ようして,宗しゅう教きょう活かつ動どうの自じ由ゆうを守まもろうとします。c (詩し 94:20)

7 こうしてパウロは,事じ実じつ無む根こんの罪つみで2年ねん以い上じょう拘こう束そくされた後あと,ローマに行いって弁べん明めいすることになりました。でも出しゅっ発ぱつ前まえに,別べつの政せい治じ家かがパウロに会あいたがります。

法廷で判決を聞いた場面。兄弟や弁護士たち,傍聴席のエホバの証人たちが険しい表情をしている。勝訴した側の,エホバの証人ではない人たちは喜び,法廷に立った人たちをねぎらっている。

裁さい判ばんに敗やぶれたとき,上じょう訴そする。

「私わたしは……背そむくことなく……知しらせていきました」(使し徒と 25:13–26:23)

8,9. アグリッパ王おうがカエサレアにやって来きたのはどうしてですか。

8 パウロがカエサルに上じょう訴そしてから何なん日にちか後ごのことです。総そう督とくに就しゅう任にんして間まもないフェストを,アグリッパ王おうと妹いもうとのベルニケが「表ひょう敬けい訪ほう問もん」します。d ローマ時じ代だい,役やく人にんが新しん任にんの総そう督とくにそうした訪ほう問もんをするのは,よくあることでした。アグリッパは,フェストの就しゅう任にんを祝いわうことで,政せい治じ的てきにも個こ人じん的てきにもパイプをつくっておこうと思おもったのでしょう。(使し徒と 25:13)

信しん教きょうの自じ由ゆうのために上じょう訴そした現げん代だいの例れい

エホバの証しょう人にんは,神かみの王おう国こくの良よい知しらせについて伝でん道どうする自じ由ゆうを求もとめて,上じょう位いの裁さい判ばん所しょに上じょう訴そすることがあります。2つの例れいを見みてみましょう。

1938年ねん3月がつ28日にち,アメリカ合がっ衆しゅう国こく最さい高こう裁さい判ばん所しょは,ジョージア州しゅうグリフィンで聖せい書しょ出しゅっ版ぱん物ぶつを配はい布ふしたことで逮たい捕ほされたエホバの証しょう人にんたちについて,無む罪ざいの判はん決けつを下くだしました。州しゅう裁さい判ばん所しょの判はん決けつを覆くつがえしての判はん決けつでした。この判はん決けつ以い降こう,良よい知しらせについて伝でん道どうする権けん利りを巡めぐって,幾いくつもの件けんがアメリカ合がっ衆しゅう国こく最さい高こう裁さい判ばん所しょに上じょう訴そされました。g

もう1つの例れいは,ギリシャのエホバの証しょう人にんミノス・コキナキスの件けんです。兄きょう弟だいは,「改かい宗しゅうの勧かん誘ゆう」をしたとして48年ねん間かんに60回かい以い上じょう逮たい捕ほされ,18回かい起き訴そされました。刑けい務む所しょでの服ふく役えきやエーゲ海かいの離り島とうへの流る刑けいを何なん年ねんも経けい験けんしました。コキナキス兄きょう弟だいが最さい後ごに有ゆう罪ざい宣せん告こくを受うけたのは1986年ねんのことです。その後ご,兄きょう弟だいはギリシャの上じょう位いの裁さい判ばん所しょに訴うったえますが,認みとめられませんでした。それでヨーロッパ人じん権けん裁さい判ばん所しょに救きゅう済さいを求もとめます。1993年ねん5月がつ25日にち,ヨーロッパ人じん権けん裁さい判ばん所しょは,ギリシャがコキナキス兄きょう弟だいの信しん教きょうの自じ由ゆうを侵しん害がいしたという判はん決けつを下くだしました。

エホバの証しょう人にんは,救きゅう済さいを求もとめてヨーロッパ人じん権けん裁さい判ばん所しょに何なん十じゅっ件けんもの申もうし立たてをしてきました。その大たい半はんで,エホバの証しょう人にんの側がわを支し持じする判はん決けつが下くだっています。ヨーロッパ人じん権けん裁さい判ばん所しょで基き本ほん的てき人じん権けんを擁よう護ごすることにこれほど成せい功こうしているグループは,宗しゅう教きょう以い外がいの団だん体たいも含ふくめ,ほかにありません。

学がく者しゃのチャールズ・C・ヘインズによれば,エホバの証しょう人にんの法ほう的てき勝しょう利りによって,ほかの人ひとたちにも恩おん恵けいが及およんでいます。こう書かいています。「われわれは皆みな,エホバの証しょう人にんに恩おん義ぎがある。彼かれらは,何なん度ど侮ぶ辱じょくされても,町まちから追おい出だされても,さらには暴ぼう力りょくを振ふるわれても,自じ分ぶんたちの(ひいてはわれわれの)信しん教きょうの自じ由ゆうのために闘たたかい続つづける。彼かれらの勝しょう利りは,われわれ全すべての勝しょう利りでもある」。

g 言げん論ろんの自じ由ゆうに関かんするアメリカ合がっ衆しゅう国こく最さい高こう裁さい判ばん所しょの判はん決けつについては,「目めざめよ!」2003年ねん1月がつ8日か号ごう3-11ページを参さん照しょう。

9 アグリッパはフェストからパウロのことを聞きき,興きょう味みをそそられます。次つぎの日ひ,フェストとアグリッパは裁さばきの座ざに着つき,パウロが連つれてこられます。仰ぎょう々ぎょうしく出でてきて腰こしを下おろした2人ふたりでしたが,パウロの堂どう々どうとした話はなしを聞きいて圧あっ倒とうされることになります。(使し徒と 25:22-27)

10,11. パウロはアグリッパにどのように敬けい意いを表あらわしましたか。過か去このどんな行おこないについて,アグリッパに話はなしましたか。

10 パウロは敬けい意いを込こめて話はなし始はじめ,弁べん明めいさせてもらえることをアグリッパ王おうに感かん謝しゃします。そして,王おうがユダヤ人じんの習しゅう慣かんや論ろん争そうに通つうじていることを認みとめます。それから,自じ分ぶんの以い前ぜんの生いき方かたについて話はなし,「崇すう拝はいに関かんして最もっとも厳げん格かくなパリサイ派はとして生せい活かつしていた」と言いいます。(使し徒と 26:5)パウロはパリサイ派はとして,メシアの到とう来らいを待まち焦こがれていました。今いまはクリスチャンとして,イエス・キリストがその待たい望ぼうのメシアだと熱ねっ心しんに知しらせています。パウロは,これまでユダヤ人じんみんながずっと信しんじてきた,メシアに関かんする神かみの約やく束そくについて語かたったために,こうして裁さい判ばんにかけられています。これを聞きいてアグリッパはますます興きょう味みを持もちます。e

11 パウロは,自じ分ぶんがクリスチャンたちにしていたひどい仕し打うちについて話はなします。「私わたし自じ身しん,どんな手しゅ段だんを使つかってでもナザレ人じんイエスの名なに敵てき対たいすべきだと確かく信しんしていました。……彼かれら[クリスチャンたち]のことでひどく激げき怒どしてほかの町まち々まちでも迫はく害がいするほどでした」。(使し徒と 26:9-11)パウロは大おおげさに言いっていたわけではありません。パウロがクリスチャンたちを苦くるしめていたことは広ひろく知しられていました。(ガラ 1:13,23)アグリッパは,「そんな人ひとがどうしてクリスチャンになったのか」と思おもったでしょう。

12,13. (ア)パウロはクリスチャンになった経けい緯いをどのように説せつ明めいしましたか。(イ)パウロがしていたことは,「突つき棒ぼうを蹴けり返かえ」すことにどう似にていましたか。

12 パウロが続つづけて話はなしたのは,まさにそのことでした。「祭さい司し長ちょうたちから権けん限げんと委い任にんを受うけてダマスカスに旅たびをしていた時とき,王おうよ,私わたしは真ま昼ひるに路ろ上じょうで天てんからの光ひかりを見みました。それは太たい陽ようの輝かがやきより明あかるく,私わたしの周まわりと,一いっ緒しょに旅たびをしていた者ものたちの周まわりを照てらしました。私わたしたちが皆みな,地じ面めんに倒たおれてしまった時とき,ヘブライ語ごで私わたしにこう言いう声こえが聞きこえました。『サウロ,サウロ,なぜ私わたしを迫はく害がいしているのですか。あなたは突つき棒ぼうを蹴けり返かえしては,自じ分ぶんを傷きずつけています』。私わたしは,『主しゅよ,あなたはどなたですか』と言いいました。すると主しゅは言いいました。『イエスです。あなたは私わたしを迫はく害がいしています』」。f (使し徒と 26:12-15)

13 イエスの声こえを聞きく前まえまで,パウロは「突つき棒ぼうを蹴けり返かえして」いました。パウロがしていたことは,荷に物もつを運はこぶ動どう物ぶつが先さきのとがった突つき棒ぼうを蹴けり返かえして,自じ分ぶんの体からだを傷きずつけるのに似にていました。神かみの考かんがえに反はん発ぱつした行こう動どうを取とって,自じ分ぶんと神かみとの関かん係けいを台だい無なしにしていたのです。パウロは真まっすぐな人ひとでしたが,間ま違ちがったことに力ちからを注そそいでいました。復ふっ活かつしたイエスは,ダマスカスへの道みちでパウロの前まえに現あらわれ,考かんがえを正ただしました。(ヨハ 16:1,2)

14,15. パウロは,自じ分ぶんの生いき方かたがどう変かわったと話はなしましたか。

14 パウロは生いき方かたを180度ど変かえました。アグリッパにこう言いいます。「私わたしは天てんからのその幻まぼろしに背そむくことなく,まずダマスカスの人ひとたちに,次ついでエルサレムの人ひとたちに,またユダヤ地ち方ほう全ぜん体たいに,さらには異い国こくの人ひと々びとにも,悔くい改あらためるように,そして悔くい改あらためたことを示しめす行こう動どうを取とって神かみを崇すう拝はいするようにと知しらせていきました」。(使し徒と 26:19,20)真ま昼ひるの幻まぼろしの中なかでイエス・キリストから与あたえられた任にん務むに,パウロはこれまで何なん年ねんも取とり組くんできました。どんな成せい果かがあったでしょうか。良よい知しらせを聞きいて喜よろこんだ人ひとたちは,それまでの良よくない行おこないを反はん省せいし,心こころを入いれ替かえ,神かみの考かんがえに合あわせた生いき方かたをするようになりました。今いまは,法ほう律りつを守まもって穏おだやかに生せい活かつする,善ぜん良りょうな市し民みんになっています。

15 でも,ユダヤ人じんたちはそういう良よい面めんには見み向むきもしませんでした。パウロはこう話はなします。「ですからユダヤ人じんたちは私わたしを神しん殿でんで捕とらえ,殺ころそうとしたのです。しかし,私わたしは神かみの助たすけを得えてきましたので,今日きょうまでずっと,身み分ぶんが低ひくい人ひとにも高たかい人ひとにも伝でん道どうし続つづけています」。(使し徒と 26:21,22)

16. 裁さい判ばん官かんや役やく人にんたちに自じ分ぶんの信しん仰こうについて話はなすときは,パウロにどのように倣ならえますか。

16 私わたしたちも,「いつでも弁べん明めいできるよう,準じゅん備びしておき」たいものです。(ペテ一いち 3:15)裁さい判ばん官かんや役やく人にんたちに自じ分ぶんの信しん仰こうについて話はなすときは,パウロに倣ならいたいと思おもいます。パウロがアグリッパとフェストに話はなした時ときと同おなじように,聖せい書しょの教おしえを学まなんで自じ分ぶんの人じん生せいがどう変かわったかを話はなせます。私わたしたちが聖せい書しょについて教おしえた人ひとたちの人じん生せいがどう良よくなったかも話はなせます。敬けい意いを込こめてそうしたことを伝つたえれば,役やく人にんたちの心こころに訴うったえ掛かけられるかもしれません。

「あなたは……私わたしを説とき伏ふせてクリスチャンにならせようとしている」(使し徒と 26:24-32)

17. フェストはパウロの弁べん明めいを聞きいて,どう反はん応のうしましたか。現げん代だいでも,どんな反はん応のうをする人ひとたちがいますか。

17 客きゃっ観かん的てきに聞きいていたはずの2人ふたりも,パウロの話はなしに引ひき込こまれ,黙だまっていられなくなります。こう記き録ろくされています。「パウロがこう弁べん明めいしていると,フェストが大おお声ごえで言いった。『パウロ,あなたは気きが狂くるっている! 博はく学がくのためにおかしくなっているのだ!』」(使し徒と 26:24)現げん代だいでも,フェストと同おなじような反はん応のうをする人ひとがいます。聖せい書しょに書かかれている通とおりのことを教おしえると,狂きょう信しん的てきだと思おもわれるかもしれません。例たとえば,たいていの人ひとは,死しんだ人ひとが復ふっ活かつするという教おしえは信しんじ難がたいと感かんじます。

18. パウロはフェストにどう答こたえましたか。アグリッパはどう反はん応のうしましたか。

18 パウロはフェストにこう答こたえます。「気きが狂くるってなどいません,フェスト閣かっ下か。真しん実じつで理りにかなった言こと葉ばを述のべているのです。実じっ際さい,私わたしが気き兼がねなくお話はなししております王おうが,これらのことについてよくご存ぞんじです。……アグリッパ王おう,預よ言げん者しゃたちを信しんじておられますか。信しんじておられることを知しっております」。アグリッパ王おうはこう答こたえます。「あなたはわずかな時じ間かんで私わたしを説とき伏ふせてクリスチャンにならせようとしている」。(使し徒と 26:25-28)本ほん心しんでそう言いったかどうかは分わかりませんが,パウロの話はなしが王おうにかなりのインパクトを与あたえたのは確たしかです。

19. アグリッパとフェストはどんな結けつ論ろんに至いたりましたか。

19 その後ご,アグリッパとフェストは立たち上あがり,聴ちょう聞もんが終おわります。記き録ろくはこう続つづいています。「[彼かれらは]そこを去さっていき,互たがいに,『この人ひとは死し刑けいや拘こう禁きんに値あたいすることは何なにもしていない』と言いうのだった。また,アグリッパはフェストに,『この人ひとはカエサルに上じょう訴そしていなければ釈しゃく放ほうされただろうに』と言いった」。(使し徒と 26:31,32)2人ふたりはパウロが無む実じつだということが分わかりました。以い後ご,クリスチャンたちにより理り解かいを示しめすようになったかもしれません。

20. パウロがアグリッパやフェストと話はなしたことには意い味みがあった,といえるのはどうしてですか。

20 アグリッパもフェストも,神かみの王おう国こくの良よい知しらせについて学まなぼうとはしなかったようです。パウロが2人ふたりと話はなしたことには意い味みがあったのでしょうか。もちろんありました。パウロがユダヤの「王おうや総そう督とくの前まえに連つれていかれ」たことで,普ふ通つうなら会あえなかったローマの役やく人にんたちに伝でん道どうできました。(ルカ 21:12,13)兄きょう弟だい姉し妹まいは,大たい変へんな中なかでもパウロが行いった先さき々ざきで奮ふん闘とうしていることを聞きいて,自じ分ぶんも頑がん張ばろうと思おもったはずです。(フィリ 1:12-14)

21. 逆ぎゃっ境きょうの中なかでも伝でん道どうを続つづけることで,どんな良よいことが起おきていますか。

21 現げん代だいでも,同おなじことが言いえます。逆ぎゃっ境きょうの中なかでも伝でん道どうを続つづけることで,いろんな良よいことが起おきています。普ふ段だんは会あえない役やく人にんたちに話はなせることがあります。兄きょう弟だい姉し妹まいも仲なか間まの頑がん張ばりについて聞きいて,元げん気きをもらえます。自じ分ぶんも決けっして諦あきらめずに,神かみの王おう国こくについて徹てっ底てい的てきに知しらせていこうという気き持もちになります。

ローマの行ぎょう政せい長ちょう官かんポルキオ・フェスト

ポルキオ・フェストについて書かかれている資し料りょうとして残のこっているのは,「使し徒との活かつ動どう」とフラウィウス・ヨセフスの著ちょ作さくだけです。フェストは58年ねんごろ,フェリクスの後あとを継ついでユダヤの行ぎょう政せい長ちょう官かんになりました。職しょく務むに就ついてわずか2,3年ねん後ごに亡なくなったようです。

ポルキオ・フェスト

フェストは,前ぜん任にんのフェリクスや後こう任にんのアルビノスとは違ちがい,おおむね理り性せい的てきで有ゆう能のうな行ぎょう政せい長ちょう官かんだったようです。フェストが着ちゃく任にんした時とき,ユダヤには無む法ほう者ものが多おおくいました。「フェストは,その地ち方ほうで治ち安あんを乱みだす者ものたちを正ただすことにした。それで,盗とう賊ぞくの大たい半はんを捕とらえ,かなりの数かずの者ものを処しょ刑けいした」とヨセフスは書かいています。フェストの在ざい任にん中ちゅう,ユダヤ人じんは,神しん殿でん域いきの様よう子すをアグリッパ王おうに見みられないよう壁かべを建けん設せつしました。フェストは当とう初しょ,それを取とり壊こわすよう命めいじました。しかし後あとになってユダヤ人じんの要よう望ぼうに応おうじ,壁かべを残のこしてよいかローマ皇こう帝ていネロに尋たずねることを許きょ可かしました。

フェストは,犯はん罪ざい者しゃや反はん乱らんを起おこす人ひとたちに断だん固ことした措そ置ちを取とったようです。とはいえ,ユダヤ人じんと良よい関かん係けいでいようとして,正せい義ぎに反はんすることもしました。少すくなくとも使し徒とパウロへの対たい応おうについて,そういえます。

ヘロデ・アグリッパ2世せい

使し徒と 25章しょうに出でてくるアグリッパ王おうはヘロデ・アグリッパ2世せいです。ヘロデ大だい王おうのひ孫まごで,14年ねん前まえにエルサレム会かい衆しゅうを迫はく害がいしたヘロデの息子むすこです。(使し徒と 12:1)ヘロデ家けの最さい後ごの王おうでした。

ヘロデ・アグリッパ2世

44年ねんに父ちち親おやが死しんだ時とき,アグリッパは17歳さいでした。ローマにいて,ローマ皇こう帝ていクラウディウスの宮きゅう廷ていで教きょう育いくを受うけていました。父ちち親おやの領りょう土どを受うけ継つぐには若わかすぎると皇こう帝ていの顧こ問もん官かんたちが考かんがえたので,代かわりにローマ総そう督とくが任にん命めいされ,その領りょう土どを治おさめました。とはいえ,フラウィウス・ヨセフスによれば,アグリッパはローマにいる間あいだも,ユダヤ人じんのために物もの事ごとに介かい入にゅうし,ユダヤ人じんに配はい慮りょした発はつ言げんをしました。

50年ねんごろ,クラウディウスはアグリッパをカルキスの王おうに任にん命めいし,53年ねんには,イツリア,テラコニテ,アビレネの統とう治ち権けんも与あたえました。さらにアグリッパは,エルサレムの神しん殿でんの監かん督とくを任まかされ,ユダヤ人じんの大だい祭さい司しを任にん命めいする権けん限げんを委ゆだねられました。彼かれの領りょう土どはクラウディウスの後こう継けい者しゃネロによって拡かく大だいされ,ガリラヤやペレアの一いち部ぶも含ふくむようになりました。アグリッパは,カエサレアでパウロと会あった時とき,妹いもうとのベルニケと一いっ緒しょでした。ベルニケは,キリキアの王おうだった夫おっとと離り縁えんしていました。(使し徒と 25:13)

66年ねん,アグリッパはユダヤ人じんのローマへの反はん逆ぎゃくを鎮しずめようとして失しっ敗ぱいします。ユダヤ人じんたちの怒いかりの矛ほこ先さきが自じ分ぶんに向むけられたため,ローマの側がわに付つくしかありませんでした。ユダヤ人じんの反はん乱らんが鎮ちん圧あつされた後あと,新しん皇こう帝ていウェスパシアヌスがアグリッパに褒ほう美びとしてさらに領りょう土どを与あたえました。

a 「ローマの行ぎょう政せい長ちょう官かんポルキオ・フェスト」という囲かこみを参さん照しょう。

b 「裁さばきの座ざ」とは,壇だん上じょうに置おかれた椅い子すのことでした。裁さい判ばん官かんの判はん決けつは,高たかい場ば所しょから言いい渡わたされることによって重おもみが増まし,変へん更こうできないものであることが印いん象しょう付づけられました。ピラトも,イエスについての訴うったえを審しん理りした時とき,裁さばきの座ざに着ついていました。

c 「信しん教きょうの自じ由ゆうのために上じょう訴そした現げん代だいの例れい」という囲かこみを参さん照しょう。

d 「ヘロデ・アグリッパ2世せい」という囲かこみを参さん照しょう。

e クリスチャンになったパウロは,イエスがメシアだと信しんじていました。イエスを信しんじないユダヤ人じんたちは,パウロのことをユダヤ教きょうを捨すてた背はい教きょう者しゃと見みていました。(使し徒と 21:21,27,28)

f パウロが「真ま昼ひるに」旅たびをしていたことに注ちゅう目もくして,ある聖せい書しょ学がく者しゃはこう言いっています。「旅たび人びとはよほど急いそいでいない限かぎり,真ま昼ひるの暑あつい時じ間かんは休きゅう息そくを取とった。それゆえ,パウロが,迫はく害がいするというこの使し命めいにどれほど燃もえていたかが分わかる」。

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