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  • 塔研23 01月号 8–13ページ
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  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 01月号 8–13ページ

研究記事2

「考かんがえ方かたを新あたらしくすることによって自じ分ぶんを変へん化かさせましょう」

「考かんがえ方かたを新あたらしくすることによって自じ分ぶんを変へん化かさせましょう。それは,神かみの善よい意い志し,喜よろこばしい完かん全ぜんな意い志しを見み極きわめるためです」。ローマ 12:2

88番ばんの歌うた あなたの道みちを教おしえてください

何なにを学まなぶかa

1-2. バプテスマの後あともどんな努ど力りょくを続つづける必ひつ要ようがありますか。どうしてですか。

あなたはどのくらいの頻ひん度どで家いえを掃そう除じしていますか。引ひっ越こしをする場ば合あい,新あたらしい家いえを一いっ生しょう懸けん命めいに掃そう除じすることでしょう。でも,そのまま放ほうっておくなら,すぐにほこりや汚よごれがたまってしまいます。いつも家いえをきれいにしておくためには,小こまめに掃そう除じをする必ひつ要ようがあります。

2 考かんがえ方かたや人じん格かくについても同おなじことが言いえます。バプテスマを受うける前まえに,「体からだと精せい神しんのあらゆる汚けがれを除のぞき去さって自じ分ぶんを清きよめ」るよう一いっ生しょう懸けん命めい努ど力りょくしました。(コリ二に 7:1)でも,バプテスマの後あとも,パウロが言いっている通とおり,「考かんがえ方かたを新あたらしくする努ど力りょくを続つづけ」る必ひつ要ようがあります。(エフェ 4:23)努ど力りょくをやめるなら,世よの中なかの悪わるい影えい響きょうを受うけて,考かんがえ方かたや人じん格かくが汚よごれてしまうからです。エホバに喜よろこんでいただくためには,自じ分ぶんの考かんがえ方かたや人じん格かくや欲よく望ぼうを小こまめにチェックする必ひつ要ようがあります。

「考かんがえ方かたを新あたらしくする」努ど力りょくを続つづける

3. どうすれば「考かんがえ方かたを新あたらしくする」ことができますか。(ローマ 12:2)

3 「考かんがえ方かたを新あたらしくする」とはどういうことでしょうか。(ローマ 12:2を読よむ。)何なにかに少すこし飾かざり付つけをして見み栄ばえを良よくしても,それを新あたらしくしたことにはなりません。同おなじように,考かんがえ方かたを新あたらしくするには,良よいことを少すこし行おこなうだけでは十じゅう分ぶんでありません。自じ分ぶんの内ない面めんをよく調しらべ,エホバの基き準じゅんに合あわせて自じ分ぶんを変かえる必ひつ要ようがあります。そうした努ど力りょくを続つづけることが大たい切せつです。

若い兄弟が2つの目標を比べて考えている。1. ビジネスマンになってセミナーで講演をしている姿を想像している。2. 男性と聖書レッスンをしている姿を想像している。

教きょう育いくや仕し事ごとを選えらぶ時とき,王おう国こくを第だい一いちにしているだろうか。(4-5節せつを参さん照しょう。)c

4. 今いまの体たい制せいによって考かんがえ方かたを形かたち作づくられないために,何なにができますか。

4 将しょう来らい,完かん全ぜんになれば,エホバの喜よろこぶことをいつも行おこなえるようになります。でも,今いまはまだ努ど力りょくが必ひつ要ようです。ローマ 12章しょう2節せつでパウロは,考かんがえ方かたを新あたらしくすることと神かみの意い志しを見み極きわめることを結むすび付つけて説せつ明めいしました。私わたしたちは今いまの体たい制せいによって形かたち作づくられないようにしなければなりません。自じ分ぶんの目もく標ひょうや選せん択たくが,世よの中なかの考かんがえ方かたではなく神かみの考かんがえ方かたに沿そっているかどうか確たしかめましょう。

5. エホバの日ひが近ちかいことを意い識しきしているかどうか,どのように確たしかめられますか。(写しゃ真しんを参さん照しょう。)

5 エホバはどんなことを望のぞんでいるのでしょうか。例たとえば,私わたしたちが「エホバの日ひが来くる[こと]についていつも考かんがえ」るようにと願ねがっています。(ペテ二に 3:12)それで,次つぎのように自じ問もんしてみましょう。「自じ分ぶんはこの体たい制せいの終おわりが近ちかいことを意い識しきした生いき方かたをしているだろうか。教きょう育いくや仕し事ごとを選えらぶ時とき,エホバに仕つかえることを第だい一いちにしているだろうか。エホバが自じ分ぶんや家か族ぞくに必ひつ要ようなものを与あたえてくれる,と心こころから信しんじているだろうか。それともお金かねや物もののことをいつも心しん配ぱいしているだろうか」。エホバの考かんがえに合あわせた生いき方かたをするなら,エホバはとても喜よろこんでくれます。(マタ 6:25-27,33。フィリ 4:12,13)

6. どんな努ど力りょくを続つづける必ひつ要ようがありますか。

6 自じ分ぶんの考かんがえ方かたを小こまめにチェックし,直なおすべきところに気き付づいたなら改かい善ぜんしましょう。パウロはコリントのクリスチャンにこう言いいました。「自じ分ぶんがクリスチャンの信しん条じょうの通とおりに生いきているかどうか,いつも確たしかめてください。自じ分ぶんがどんな人ひとかをいつも調しらべてください」。(コリ二に 13:5)集しゅう会かいや奉ほう仕しに時とき々どき参さん加かするだけでは,「クリスチャンの信しん条じょうの通とおりに生いきている」とは言いえません。思し考こうや願ねがいや動どう機きも関かん係けいしています。それで,考かんがえ方かたを新あたらしくする努ど力りょくを続つづけましょう。聖せい書しょを読よみ,エホバと同おなじ考かんがえ方かたをし,エホバの意い志しに合あわせて自じ分ぶんを変かえていくようにしましょう。(コリ一いち 2:14-16)

「新あたらしい人じん格かくを身みに着つけ」る

7. エフェソス 4章しょう31,32節せつによると,どんなことをする必ひつ要ようがありますか。そうするのが大たい変へんな場ば合あいがあるのはどうしてですか。

7 エフェソス 4:31,32を読よむ。考かんがえ方かたを新あたらしくすることに加くわえて,「新あたらしい人じん格かくを身みに着つけ」ることも大たい切せつです。(エフェ 4:24)そのためには一いっ生しょう懸けん命めい努ど力りょくしなければなりません。例たとえば,悪あく意い,怒いかり,憤いきどおりなどを捨すてる必ひつ要ようがあります。そうするのは大たい変へんな場ば合あいがあります。こうした良よくない性せい質しつは,深ふかく染しみ付ついていることがあるからです。聖せい書しょにも,「怒おこりっぽい人ひと」や「激げき怒どしやすい人ひと」がいる,と書かかれています。(格かく 29:22)それで,バプテスマを受うけた後あとも,良よくない性せい質しつを捨すてる努ど力りょくを続つづける必ひつ要ようがあるでしょう。

8-9. スティーブン兄きょう弟だいの経けい験けんからすると,古ふるい人じん格かくを脱ぬぎ捨すてる努ど力りょくを続つづける必ひつ要ようがあるのはどうしてですか。

8 例たとえば,スティーブンという兄きょう弟だいはとても怒おこりっぽい性せい格かくでした。こう言いっています。「バプテスマを受うけた後あとも,自じ分ぶんの激はげしい気き性しょうと闘たたかわなければなりませんでした。例たとえば,家いえから家いえの伝でん道どうをしていた時ときのことですが,わたしの車くるまからラジオを盗ぬすんだ人ひとを追おいかけたことがあります。もう少すこしで追おいつくというところで,その人ひとはラジオを捨すてて逃にげました。一いっ緒しょに伝でん道どうしていた仲なか間またちに,どうやってラジオを取とり戻もどしたか話はなしていたところ,ある長ちょう老ろうから,『スティーブン,もし追おいついたらどうしようと思おもったんですか』と尋たずねられました。これには考かんがえさせられ,平へい和わを愛あいする人ひとになるために努ど力りょくを続つづけようと思おもいました」。b

9 スティーブン兄きょう弟だいの経けい験けんから分わかる通とおり,私わたしたちは自じ分ぶんの良よくない部ぶ分ぶんを克こく服ふくできたと思おもっても,思おもいがけない時ときにそれが再ふたたび現あらわれてしまうということがあります。それでも,がっかりしたり,「自じ分ぶんはクリスチャン失しっ格かくだ」と考かんがえたりはしないでください。パウロも,「正ただしいことをしたいと願ねがうのに,自じ分ぶんの中なかに悪あくがある」と言いっています。(ロマ 7:21-23)私わたしたちはみんな完かん全ぜんではないので,良よくない性せい質しつと闘たたかっています。家いえにすぐにたまってしまうほこりや汚よごれを小こまめに掃そう除じするのと同おなじように,良よくない性せい質しつを除のぞく努ど力りょくを続つづける必ひつ要ようがあります。では,どんなことができるでしょうか。

10. 良よくない性せい質しつを克こく服ふくするために何なにができますか。(ヨハネ第だい一いち 5:14,15)

10 良よくない性せい質しつを克こく服ふくしたいと思おもっていることについて,エホバに祈いのりましょう。エホバがその祈いのりを聞きいて,力ちからを与あたえてくださると確かく信しんしてください。(ヨハネ第だい一いち 5:14,15を読よむ。)もちろん,エホバは奇き跡せきによって悪わるい性せい質しつをなくしてくれるわけではありません。でも,私わたしたちが諦あきらめないで頑がん張ばり続つづけられるように助たすけてくれます。(ペテ一いち 5:10)私わたしたちにもできることがあります。祈いのりに沿そった行こう動どうをすることです。自じ分ぶんが克こく服ふくしようとしている悪わるい性せい質しつを美び化かするような映えい画がやテレビや本ほんを見みないようにしましょう。良よくないことを考かんがえ続つづけないようにするのも大たい切せつです。(フィリ 4:8。コロ 3:2)

11. 新あたらしい人じん格かくを身みに着つけるためにどんなことができますか。

11 古ふるい人じん格かくを脱ぬぎ捨すてたなら,新あたらしい人じん格かくを身みに着つけましょう。そのために,エホバの性せい質しつについて学まなび,エホバに倣ならうことを意い識しきできます。(エフェ 5:1,2)例たとえば,聖せい書しょを読よんでいて,エホバが誰だれかを許ゆるしたことが出でてきたなら,「自じ分ぶんもエホバのようにほかの人ひとを許ゆるしているだろうか」と考かんがえてみましょう。つらい状じょう況きょうにある人ひとたちにエホバが思おもいやりを示しめしたことについて読よんだなら,「自じ分ぶんも困こまっている仲なか間まに温あたたかい関かん心しんを示しめし,助たすけになっているだろうか」と考かんがえられます。考かんがえ方かたを新あたらしくする努ど力りょくを続つづけ,新あたらしい人じん格かくを身みに着つけるようにしましょう。うまくいかないように感かんじることがあっても,諦あきらめないで取とり組くむのは大たい切せつなことです。

12. スティーブン兄きょう弟だいは聖せい書しょの力ちからでどのように自じ分ぶんを変かえることができましたか。

12 スティーブン兄きょう弟だいも,だんだんと新あたらしい人じん格かくを身みに着つけることができました。こう言いっています。「バプテスマを受うけてから,暴ぼう力りょくで仕し返かえししそうになる場ば面めんが幾いく度どもありましたが,挑ちょう発はつしてくる人ひとから離はなれたり,別べつの仕し方かたで自じ分ぶんを落おち着つかせたりできるようになりました。妻つまをはじめ多おおくの人ひとたちが,そういう状じょう況きょうでのわたしの対たい応おうを褒ほめてくれました。自じ分ぶんでも驚おどろいています。わたしは,自じ分ぶんの力ちからで人じん格かくを変へん化かさせることができたとは思おもっていません。わたしが変へん化かできたのは,聖せい書しょに人ひとを変へん革かくする力ちからがあることの証しょう拠こだと思おもっています」。

悪わるい欲よく望ぼうと闘たたかい続つづける

13. どうすれば悪わるい欲よく望ぼうに負まけずに正ただしいことを行おこなえますか。(ガラテア 5:16)

13 ガラテア 5:16を読よむ。エホバは,私わたしたちが正ただしいことを行おこなえるよう,聖せいなる力ちからを惜おしみなく与あたえてくださいます。聖せい書しょを学まなんだり集しゅう会かいに行いったりするなら,エホバから聖せいなる力ちからを頂いただけます。集しゅう会かいに行いくと,自じ分ぶんと同おなじように正ただしいことを行おこなおうと頑がん張ばっている兄きょう弟だい姉し妹まいと励はげまし合あえます。(ヘブ 10:24,25; 13:7)「自じ分ぶんの弱よわさを克こく服ふくできるよう助たすけてください」と真しん剣けんに祈いのることもできます。そうするなら,エホバは正ただしいことを行おこなえるよう力ちからを与あたえてくれます。もちろん,聖せい書しょを学まなび,集しゅう会かいに行いき,真しん剣けんに祈いのっても,悪わるい欲よく望ぼうが完かん全ぜんになくなるわけではないかもしれません。でも,欲よく望ぼうに抵てい抗こうできるようになります。ガラテア 5章しょう16節せつにある通とおり,聖せいなる力ちからに導みちびかれて歩あゆんでいる人ひとは,「罪つみ深ぶかい欲よく望ぼうのままに行こう動どうすることは決けっしてありません」。

14. 正ただしいことを行おこないたいという気き持もちを強つよめていくのが大たい切せつなのはどうしてですか。

14 エホバとの友ゆう情じょうを深ふかめる良よい活かつ動どうを習しゅう慣かんにしたなら,その習しゅう慣かんを守まもり,正ただしいことを行おこないたいという気き持もちを強つよめていくのは大たい切せつです。なぜでしょうか。私わたしたちは悪わるい欲よく望ぼうというしつこい敵てきと闘たたかっているからです。バプテスマを受うけた後あとも,ギャンブルやアルコールやポルノの誘ゆう惑わくと闘たたかう必ひつ要ようがあるかもしれません。(エフェ 5:3,4)ある若わかい兄きょう弟だいはこう言いっています。「私わたしにとって特とくに厄やっ介かいなのは,同どう性せいに引ひかれる気き持もちです。そうした気き持もちはそのうちなくなるだろうと思おもっていましたが,今いまでも闘たたかい続つづけています」。悪わるい欲よく望ぼうがなかなか消きえない場ば合あい,どうしたらよいでしょうか。

1人の姉妹と2人の兄弟が聖書を読んでいる。後ろには,それぞれが闘ってきた問題が描かれている。ボクシンググローブ,お酒の瓶,たばこ,銃,賭け事に使うチップ,トランプ,さいころ。

悪わるい欲よく望ぼうが湧わき上あがってくるとしても諦あきらめずに努ど力りょくを続つづけてください。同おなじような問もん題だいと闘たたかって克こく服ふくしてきた人ひとたちがいます。(15-16節せつを参さん照しょう。)

15. 闘たたかっているのは自じ分ぶんだけではない,ということを考かんがえるとよいのはどうしてですか。(写しゃ真しんを参さん照しょう。)

15 闘たたかっているのは自じ分ぶんだけではない,ということを忘わすれないでください。聖せい書しょには,「皆みなさんが受うけてきた誘ゆう惑わくは,多おおくの人ひとが同おなじように経けい験けんしてきた誘ゆう惑わくです」とあります。(コリ一いち 10:13前ぜん半はん)この言こと葉ばはコリントの兄きょう弟だい姉し妹まいに宛あてて書かかれました。兄きょう弟だい姉し妹まいの中なかには,姦かん淫いんや同どう性せい愛あいや酩めい酊ていといった問もん題だいを抱かかえていた人ひとたちがいました。(コリ一いち 6:9-11)そうした人ひとたちは,バプテスマを受うけた後あとはもう悪わるい欲よく望ぼうと闘たたかわなくてよくなったのでしょうか。そうではありません。みんな天てんに行いくよう選えらばれたクリスチャンでしたが,完かん全ぜんではなかったので,悪わるい欲よく望ぼうが時とき々どき湧わき上あがってくることがあったでしょう。私わたしたちと同おなじような問もん題だいに負まけずに立たち向むかってきた人ひとたちがいる,ということを考かんがえると,自じ分ぶんも頑がん張ばろうという気き持もちになります。聖せい書しょにある通とおり,「世せ界かい中じゅうにいる,信しん仰こうで結むすばれた兄きょう弟だいたちが,同おなじような苦くるしみを経けい験けんしています」。ですから,私わたしたちも「揺ゆるぎない信しん仰こうを持も」って立たち向むかうことができます。(ペテ一いち 5:9)

16. どんな考かんがえ方かたに気きを付つける必ひつ要ようがありますか。どうしてですか。

16 自じ分ぶんの大たい変へんさを誰だれも分わかってくれない,とは考かんがえないようにしましょう。そうした考かんがえ方かたをするなら,悪わるい欲よく望ぼうに立たち向むかうことなんてできないと思おもうようになるかもしれません。でも聖せい書しょにはこうあります。「神かみは信しん頼らいできる方かたで,皆みなさんが耐たえられないほど誘ゆう惑わくを受うけるままにはしません。出で口ぐちを設もうけて,誘ゆう惑わくに耐たえ切きれるようにしてくださいます」。(コリ一いち 10:13後こう半はん)どれほど強つよい欲よく望ぼうと闘たたかっているとしても,エホバへの忠ちゅう実じつを保たもつことができます。エホバの助たすけがあるなら,欲よく望ぼうに負まけて悪わるいことを行おこなってしまわないよう,踏ふみとどまることができます。

17. 悪わるい欲よく望ぼうが湧わき上あがってくるとしても,どうすることができますか。

17 次つぎのことを覚おぼえておきましょう。私わたしたちは完かん全ぜんではないので,悪わるい欲よく望ぼうが全まったく湧わき上あがってこないようにすることはできないかもしれません。でも,そうした欲よく望ぼうをきっぱりはねのけることはできます。ヨセフもポテパルの妻つまから誘ゆう惑わくされた時ときにすぐに逃にげました。(創そう 39:12)悪わるい欲よく望ぼうに立たち向むかうことはできるのです。

努ど力りょくを続つづける

18-19. 考かんがえ方かたを新あたらしくするために,どんなことを自じ問もんできますか。

18 考かんがえ方かたを新あたらしくするには,エホバに喜よろこばれる考かんがえ方かたや行こう動どうをするよう努ど力りょくし続つづける必ひつ要ようがあります。それで,時とき々どき次つぎのように考かんがえてみましょう。「自じ分ぶんは終おわりが近ちかいことを意い識しきした生いき方かたをしているだろうか。新あたらしい人じん格かくを身みに着つける面めんで成せい長ちょうしているだろうか。聖せいなる力ちからに助たすけてもらい,悪わるい欲よく望ぼうをきっぱりとはねのけているだろうか」。

19 完かん璧ぺきを目め指ざすのではなく,成せい長ちょうすることを目め指ざしましょう。直なおすべきところに気き付づいてもがっかりしないでください。フィリピ 3章しょう16節せつにはこうあります。「私わたしたちはこれまで進しん歩ぽしてきたのですから,この同おなじ道みちをきちんと歩あゆんでいきましょう」。考かんがえ方かたを新あたらしくする努ど力りょくをこれからも続つづけていくなら,エホバは必かならず祝しゅく福ふくしてくださいます。

どんなことができますか

  • 考かんがえ方かたを新あたらしくするために

  • 新あたらしい人じん格かくを身みに着つけるために

  • 悪わるい欲よく望ぼうと闘たたかうために

36番ばんの歌うた 心こころを守まもる

a パウロは仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいに,邪じゃ悪あくな世せ界かいに形かたち作づくられてしまわないようにと言いいました。このアドバイスは現げん代だいの私わたしたちにも役やく立だちます。世よの中なかの悪わるい影えい響きょうを受うけないようにする必ひつ要ようがあります。そのためには,エホバと同おなじ考かんがえ方かたができるように自じ分ぶんを変かえていくことが大たい切せつです。では,どんなことができるでしょうか。

b 「ものみの塔とう」2015年ねん7月がつ1日ついたち号ごうの「生いき方かたは悪わるくなる一いっ方ぽうでした」という記き事じを参さん照しょう。

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: 若わかい兄きょう弟だいが,大だい学がくに行いくか開かい拓たく奉ほう仕しを始はじめるかを考かんがえている。

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