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  • 新世界訳聖書 (スタディー版)

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テモテ第一の概略

    • D. 資格ある男性は会衆の強さを保つ(3:1-16)

      • 監督の資格(3:1-7)

      • 援助奉仕者の資格。クリスチャン女性への助言(3:8-13)

      • 会衆は「真理の柱また支え」(3:14,15)

      • 「神への専心に関する神聖な秘密」(3:16)

テモテ第一 3:1

  • 次の言葉は真実です: または,「この言葉は真実です」。ここで使われているギリシャ語表現はパウロが前に述べた事(テモ一 2:15)を指すという見方もあるが,「この言葉」という表現は後に述べる事を指すと考える方が妥当。パウロは,監督になろうと努めることについてこれから述べる事柄が特に重要で注目に値する,ということを示しているようだ。

    監督になろうと: 監督は,世話を委ねられた仲間の信者を見守り保護する責任がある。(用語集の「監督」参照。)それで監督は,クリスチャンとして十分に成長した男性で,パウロが続く部分で挙げた性質を表す人であるべき。パウロが使っているギリシャ語は「監督の職」とも訳せるが(使徒 1:20),それは監督がほかの兄弟姉妹より高い地位にいることを示唆してはいない。パウロはコリントのクリスチャンにこう言った。「私たちは皆さんの信仰の主人ではありません。皆さんの喜びのために働く仲間です」。(コ二 1:24と注釈。ペ一 5:1-3)

    努めている: ここで使われているギリシャ語動詞は字義的には,身を「伸ばしている」という意味。監督としての資格を得るには,精力的な努力が必要なことを示唆している。続く部分でパウロは,真剣に努力すれば不完全な男性でも身に付けられる性質を挙げている。(テモ一 3:2-10,12,13)もちろん,それらの性質は任命された男性だけではなく全てのクリスチャンに必要。(ロマ 12:3,18,フィリ 4:5,テモ一 3:11,テト 2:3-5,ヘブ 13:5,ペ一 2:12; 4:9と比較。)

    立派な仕事: 監督の仕事は,立派な,つまり素晴らしいまたは有益な,と描写されているが,それでも仕事であることに変わりはない。ある参考文献はこう述べている。「形容詞[カロス,「立派な」]は素晴らしさを,名詞[エルゴン,「仕事」]は仕事の大変さを表している」。それで監督は,利他的で,進んで犠牲を払って他の人のために一生懸命働かなければならない。

メディア

  • エフェソスで集まるテモテと他の長老たち

欄外参照

  • +使徒 20:28; テト 1:5-9

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」(研究用)

    2023/12,28ページ

    「いつまでも幸せに暮らせます」レッスン55

    「組織」32-33,40ページ

    「洞察」

    「洞察」

    「ものみの塔」(研究用)

    2016/8,21ページ

    「ものみの塔」

    2014/9/15,3-4ページ

    2010/5/15,24ページ

    2001/1/1,9-10ページ

    2000/7/1,29ページ

    1999/12/1,28ページ

    1999/8/1,13-14ページ

    1990/9/1,18-23ページ

    1990/8/15,19ページ

    1989/9/15,16-17ページ

    「案内書」190-191ページ

    「目ざめよ!」

    1992/8/8,12ページ

    「聖書全体」236-237ページ

  • 出版物索引

    洞-1 668,882; 塔研23.12 28; 暮 レッスン55; 行 32-33,40; 塔研16.08 21; 塔14 9/15 3-4; 塔10 5/15 24; 塔01 1/1 9-10; 塔00 7/1 29; 塔99 8/1 14; 塔99 12/1 28; 案 190-191; 目92 8/8 12; 塔90 8/15 19; 塔90 9/1 18-23; 感 236; 塔89 9/15 16-17; 務 31,39;

    塔85 7/1 30; 塔83 12/1 26; 塔77 309,532-533; 宣 76/1 6; 塔74 468; 塔73 662,762; 組 58-60; 塔72 115-116,120-122,202-203,217; 塔67 94; 目65 6/8 4; 塔63 611; 目63 3/8 30; 塔62 401,411; 目62 12/22 30; 塔61 658; 塔60 190; 塔59 346; 塔57 95,196,234,353

テモテ第一 3:2

  • 監督: パウロはここで,「監督」に当たるギリシャ語の単数形(定冠詞付き)を使っているが,監督は各会衆に1人だけであるべきと言っているわけではない。例えば,フィリピの会衆には複数の監督がいた。パウロは,そこのクリスチャンへの手紙を,会衆と「監督たちと援助奉仕者たち」に宛てて書いた。フィリ 1:1の注釈を参照。使徒 20:28の注釈も参照。

    とがめられるところがなく: ここで使われているギリシャ語は,「非難される余地がなく」,「批判される余地がなく」とも訳せる。これは監督が完全でなければならないという意味ではないが,監督は誰からも正当に訴えられることがあってはならない。行状,人への接し方,生き方に,非難される余地がないようにすべき。最も高い道徳基準を守る人でなければならない。(コ二 6:3,4。テト 1:6,7)監督として任命されるクリスチャン男性の資格全てはこの1語に要約できる,という見方をする学者もいる。

    1人の妻の夫: 既に,エホバの本来の基準である一夫一婦婚をイエスが再び確立していた。(マタ 19:4-6)それで,クリスチャンの監督は一夫多妻者であってはならなかった。とはいえ,一夫多妻はモーセの律法で許されていて,クリスチャンでない人の間ではよく見られた。離婚や再婚も,ユダヤ人の間でさえ,よく見られた。しかしイエスは,聖書的な根拠がなければクリスチャンは妻を離婚して別の人と結婚することはできないと教えた。(マタ 5:32; 19:9)これらの基準は全てのクリスチャンに当てはまったが,監督と援助奉仕者は模範となるべきだった。(テモ一 3:12)さらに,結婚している監督は妻に忠実でなければならず,性的な罪があってはならなかった。(ヘブ 13:4)

    節度をわきまえ: ある辞典によれば,ここで使われているギリシャ語は字義的には,「しらふである,節酒している,ぶどう酒を完全に……あるいは節度なく飲むのは控えている」という意味。しかし,この語はもっと広い意味で使われて,バランスの取れた人や落ち着いた人,良識のある人を指すようになった。この節は,クリスチャンの監督が生活のあらゆる面で節度をわきまえていなければならないことを示している。次の節でパウロは,アルコールの乱用についてもっと直接的に述べている。(テモ一 3:3)

    健全な考え方をし: または,「良い判断をし」,「分別があり」。ある辞典によると,「健全な考え方をする」と訳されるギリシャ語は,「慎重な,思慮深い,自制心がある」ことを指す。健全な考え方をする人は,バランスが取れていて,性急な判断を避ける。

    秩序正しく行動し: 直訳,「整えられていて」。監督の生活の仕方は,きちんとした,よく整ったものであるべき。このギリシャ語は良い振る舞いも指せる。それで,無規律であったり秩序を無視したりする人は監督の資格にかなっていない。(テサ一 5:14。テサ二 3:6-12。テト 1:10)

    人をよくもてなし: クリスチャンは皆,人をよくもてなす必要がある。(ヘブ 13:1,2。ペ一 4:9)とはいえ,監督として任命されている兄弟はこの点で模範的であるべき。(テト 1:8)「もてなし」に当たるギリシャ語は,字義的には「見知らぬ人に対する愛」を意味する。(ロマ 12:13の注釈を参照。)関連する形容詞がここで「人をよくもてなし」と訳されていて,その語を「見知らぬ人や訪問者に気を配る」や「客に気前よく与える」と定義している辞典もある。ある参考文献は,よくもてなす人が示す精神を次のように表現している。「その家の扉も心の扉も,見知らぬ人に対して開かれていなければならない」。それで,親しい人だけでなく他の人ももてなしの対象とするべき。例えば,クリスチャンは貧しい人や,会衆を訪問するよう派遣された人をもてなすよう勧められている。(ヤコ 2:14-16。ヨ三 5-8)

    教える資格がなければなりません: 監督は,聖書の真理と道徳上の原則を仲間の信者に伝え,上手に教えることができる人であるべき。パウロはテトスへの手紙の中で,監督は,励まし,説き勧め,戒めるために,「神の信頼できる言葉にしっかり従った教え方を」する必要があると言っている。(テト 1:5,7,9)テモテ第二の手紙でも,「教える資格がある」という表現を使っている。そこでは,「主の奴隷」は自制し,「好意的でない人たちを温和な態度で」教える必要があると言っている。(テモ二 2:24,25)それで監督は,納得させる仕方で聖書から論じ,健全な助言を与え,聞き手の心を動かすことができる人であるべき。(マタ 28:20の注釈を参照。)聖書を自分でも学ぶ他の人たちを教えるには,神の言葉を勤勉に学ぶ必要がある。

欄外参照

  • +出 18:21
  • +ロマ 12:3; ペ一 4:7
  • +使徒 28:7; ペ一 4:9
  • +エレ 3:15; テモ一 5:17; テモ二 2:24; テト 1:7, 9

索引

  • リサーチガイド

    「いつまでも幸せに暮らせます」レッスン42

    「組織」32,34-37ページ

    「洞察」

    「ものみの塔」

    2013/11/15,29ページ

    1999/9/15,10ページ

    1997/1/1,28ページ

    1996/10/15,17ページ

    1990/9/1,24-25,27ページ

    「目ざめよ!」

    1998/6/8,16-17ページ

    1992/5/8,27ページ

    1989/8/8,12-13ページ

    「ふれ告げる人々」182-183ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 20-22,24; 洞-1 988; 暮 レッスン42; 行 32,34-37; 塔13 11/15 29; 塔99 9/15 10; 目98 6/8 16-17; 塔97 1/1 28; 塔96 10/15 17; 告 182-183; 目92 5/8 27; 塔90 9/1 24-25,27; 務 31,33-37; 目89 8/8 12-13;

    塔83 7/15 25; 塔83 12/1 24-25; 塔81 5/15 30-31; 塔75 659-661; 宣 75/7 4; 塔74 469,471-472,722-723; 塔73 429; 組 58-59; 目73 6/8 4; 塔72 176-177,203-205; 塔66 371-372; 塔65 493; 正 42; 塔63 23,300,626; 塔62 500-501,531,762; 塔61 422-423,528; 塔57 349

テモテ第一 3:3

  • 暴力を振るわず: または,「人を殴らず」。ここで「暴力を振る」うと訳されているギリシャ語は字義的に,人を殴打する人を指す場合がある。とはいえ,この語はもっと意味が広く,「いじめる人」とも定義されている。残酷な言葉や悪意のある言葉でいじめる人もいる。それは殴打と同じほど痛みを与えかねない。(コロ 3:8の注釈を参照。)パウロは聖なる力に導かれて,クリスチャンは難しい状況でも穏やかで温和であるべきだと教えた。その基準は特に長老に当てはまる。(テモ二 2:24,25と比較。)

    分別があり: ここでパウロが使っているギリシャ語は意味が広く,穏やかな,礼節がある,寛容な,という考えも伝える。(フィリ 4:5の注釈を参照。)字義的には「すぐに応じる」という意味。しかし,パウロはこの語を使って,監督が悪に対して譲歩したり寛容だったりするとか神の基準を曲げると言っているのではない。むしろ,個人の好みの範囲であれば,他の人の考えにすぐに応じるということを言っている。監督は,自分の権利や自分のいつものやり方を頑固に主張したりしない。個人の見方の問題であれば,他の人の好みを尊重し,進んで状況の変化に適応する。監督は,聖書の律法と原則をしっかり支持するが,そうした基準を親切でバランスの取れた仕方で適用するよう努める。分別があることは,神からの知恵の一面であり,イエス・キリストの際立った性格。(ヤコ 3:17。コ二 10:1の注釈を参照。)全てのクリスチャンも,分別があることで知られているべき。(テト 3:1,2)

    お金を愛さず: 物を手に入れることばかりに注意を向けながら,「神の羊の群れ」の世話にきちんと注意を向けることはできない。(ペ一 5:2)この世にある物に目が奪われているなら,「新しい体制」での永遠の命をとらえるよう神に仕える人を効果的に援助することはできない。(ルカ 18:30)自分が「不確かな富」に頼っているのに,「神に希望を抱くように」説得力をもって教えることはできない。(テモ一 6:17)それで,「お金を愛」する人は監督として奉仕する資格にかなっていない。監督に関するこの資格は,全てのクリスチャンに対する聖なる力による助言と一致している。(マタ 6:24。テモ一 6:10。ヘブ 13:5)

欄外参照

  • +ロマ 13:13
  • +フィリ 4:5; ヤコ 3:17
  • +ロマ 12:18; ヤコ 3:18
  • +ヘブ 13:5; ペ一 5:2

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  • リサーチガイド

    「組織」32,35-36ページ

    「洞察」

    「洞察」

    「ものみの塔」

    1990/9/1,25-26,27-28ページ

    「目ざめよ!」

    1988/11/22,8ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 21-23; 洞-1 21; 洞-2 309-310; 行 32,35-36; 塔90 9/1 25-28; 務 31,34-36; 目88 11/22 8;

    塔83 10/15 25; 塔83 12/1 24; 塔78 11/1 5; 塔74 469,472; 塔73 37; 組 58-59; 塔72 205; 塔60 190,227; 塔57 350

テモテ第一 3:4

  • 家庭を立派に治め: 「治め」または「管理し」という言葉の意味は5節で明らかにされている。そこでパウロは,夫が家族を治める方法を,監督が「神の会衆を世話する」方法に例えている。(テモ一 3:5)ある参考文献によると,その節で「世話する」と訳されている動詞は「指導(導き)と気遣いの両方を示唆する」。それで,文脈から分かる通り,夫や父親は厳しい支配者や独裁者ではなく,家族を愛情深く世話する人であるべき。テモ一 3:5の注釈を参照。

    治め: または,「管理し」。ロマ 12:8の注釈を参照。

    子供はよくしつけられて従っている: 「よくしつけられて従っている」クリスチャンの子供は,従順で,敬意を払い,行儀良くする。年齢や状況に応じた適切な行動をする。聖書に示されているように,子供が笑い,遊ぶのは自然なこと。(ルカ 7:32。伝 3:4,イザ 11:8と比較。)パウロはコ一 13:11で,自分も子供の頃は「子供の」話し方,考え方,捉え方をしていたことを認めている。それで,子供に大人のように考えたり振る舞ったりすることを期待すべきだと言っているのではない。

欄外参照

  • +エフ 6:4

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  • リサーチガイド

    「組織」32,34,133-134ページ

    「洞察」

    「ものみの塔」

    2011/6/15,26ページ

    1996/10/15,20-21ページ

    1993/5/15,17-19ページ

    1990/9/1,25ページ

    1989/5/15,20ページ

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    塔研24.11 22; 洞-1 455; 行 32,34,133; 塔11 6/15 26; 塔96 10/15 20-21; 塔93 5/15 17-19; 塔90 9/1 25; 塔89 5/15 20; 務 31,33;

    塔84 8/1 30-31; 塔83 12/1 23-24; 塔78 5/1 31; 宣 75/9 7; 塔74 309-310,470; 塔73 127; 組 58-59; 塔72 191,205-206; 自 261; 塔66 463,488; 塔64 664; 塔63 46,691; 塔62 460,717; 塔61 403; 塔57 252,350; 塔53 155

テモテ第一 3:5

  • 世話する: ここで使われているギリシャ語は,福音書筆者ルカも親切なサマリア人の例えの中で使っている。その人は,強盗に襲われた男性の「世話をし」た。(ルカ 10:34,35)監督も会衆の人たちを優しく「世話する」べき。

索引

  • リサーチガイド

    「組織」32,34ページ

    「ものみの塔」

    2012/5/15,9ページ

    1996/10/15,20-24ページ

    1993/5/15,17-19ページ

    1990/9/1,25ページ

    1988/3/1,23-24ページ

  • 出版物索引

    行 32,34; 塔12 5/15 9; 塔96 10/15 20-24; 塔93 5/15 17-19; 塔90 9/1 25; 務 31,33; 塔88 3/1 24;

    塔83 12/1 23-24; 塔78 1/1 23; 塔75 661; 塔74 309-310,470; 塔73 127; 組 58-59; 塔66 463; 塔63 46,691; 塔57 252,350

テモテ第一 3:6

  • クリスチャンになって間もない人: パウロが使ったギリシャ語は,字義的には「新しく植えられた」という意味。この表現は比喩的に使われ,最近クリスチャンになった人を指している。(コ一 3:6-8と比較。そこでは,人々を弟子とする活動が植えることに例えられている。)パウロはここで,監督として任命される男性は,クリスチャンとして十分に成長した人であるべきで,最近信者になった人であってはならないことをはっきり述べている。

    思い上がって: テモ二 3:4の注釈を参照。

    悪魔と同じように断罪される: パウロは,悪魔サタンになった完全な天使の例を警告として挙げている。悪魔は神から与えられた務めを果たすのではなく,「思い上がっ」た。誇りと利己的な野心のために,立場を失い,断罪された。それで,パウロが示しているように,クリスチャン会衆で監督として権威を委ねられる前に,本当に謙遜であることを実証する時間が必要である。謙遜な人はイエスの模範に従う。イエスは決して,より大きな権威への野心を抱いたりはしなかった。(フィリ 2:5-8。ヘブ 5:8-10)

欄外参照

  • +テモ一 5:22

索引

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    「組織」32,33-34ページ

    「洞察」

    「ものみの塔」

    1990/9/1,26ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 23-24; 洞-1 778; 行 32-34; 塔90 9/1 26; 務 31-33;

    塔84 10/15 9; 塔79 3/1 19-20; 塔79 3/15 31; 塔76 643; 今 82; 目75 2/8 4; 塔74 470; 塔73 662; 組 58-59; 塔72 206; 目71 8/8 10; 塔65 149; 塔64 499; 塔62 489; 塔61 391; 塔57 351; 天 82; 塔52 185-186

テモテ第一 3:7

  • 人々から非難され,悪魔のわなに陥る: 監督に任命されるクリスチャン男性は,会衆外の人から「良い評判」を得ている必要がある。もし悪い評判があるのに任命されるなら,自分自身や会衆,特にエホバに非難をもたらす。また,誇りや野心などの悪魔のわなに陥る危険があり,それは神への不従順につながりかねない。(テモ一 3:6。テモ二 2:26)パウロは,「非難」が悪魔の仕掛ける「わな」の一部とも読める言い方をしている。サタンは,監督の悪い評判のためにクリスチャン会衆が非難されるなら,それを見て喜ぶ。

欄外参照

  • +使徒 22:12; テサ一 4:11, 12

索引

  • リサーチガイド

    「組織」32,34-35ページ

    「洞察」

    「ものみの塔」

    2005/9/15,30ページ

    1990/9/1,24ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 21; 洞-2 203; 行 32,34-35; 塔05 9/15 30; 塔90 9/1 24; 務 31,33-34;

    塔80 12/15 6; 塔74 472; 塔73 49; 組 58-59; 塔72 207; 目71 8/8 10; 塔63 23; 目63 4/8 11; 塔61 690; 塔60 190,352; 塔57 351

テモテ第一 3:8

  • 援助奉仕者: または,「補佐」。「奉仕者」や「召し使い」とも訳されるギリシャ語ディアコノスの訳の1つ。この文脈では,会衆に仕えて長老団を補佐するよう任命された人を指す。援助奉仕者は,会衆がスムーズに機能するための実務的な仕事をたくさん行ったようだ。そのような助けによって,長老たちは教えたり牧羊したりすることに専念できた。用語集の「援助奉仕者」とフィリ 1:1の注釈を参照。マタ 20:26の注釈も参照。

    真面目で: テモ一 3:8,11とテト 2:2で「真面目で」と訳されているギリシャ語は,「尊敬に値する」,「威厳がある」,「品位のある」とも訳せる。援助奉仕者としての資格を得るには,敬意を得られる品位のある仕方で振る舞うべきである。信頼でき,頼りになり,真面目に務めを果たすべき。

    二枚舌を使わず: または,「人をだますようなことを言わず」。直訳,「二重の話をせず」。パウロがここで使っている表現は,不誠実であるという考えを伝えている。援助奉仕者や監督に任命される男性は,自分が得するためにお世辞を言ったり人に誤解を与えたりするような,偽善的な人であってはならない。また,相手によって全く違うことを言って欺く人であってもならない。(格 3:32。ヤコ 3:17)むしろ,語る言葉が信頼でき,裏表がなく真実を話す人でなければならない。

    貪欲に不当な利益を得: ある辞典によると,この表現(テト 1:7にもある)は基本的に,「恥ずべきほどに物質的な利益や利得に貪欲な」人を指す。(テモ一 3:3,ペ一 5:2と比較。)お金を愛する人はエホバとの関係を危険にさらしていて,貪欲な人は神の王国を授けられることはない。(コ一 6:9,10。テモ一 6:9,10)それで,そのような人は監督や援助奉仕者の資格にかなっていない。その人は権限を誤用するだろう。例えば,任命された人は,会衆の基金を管理して一部を困っている人に渡す務めを委ねられることがある。もし「貪欲に不当な利益を得」ようとしていれば,お金の一部を盗みたくなるだろう。そのような盗みは会衆にとって有害なだけでなく,エホバを怒らせることにもなる。(ヨハ 12:4-6)

欄外参照

  • +フィリ 1:1
  • +使徒 6:3; テト 1:7; ペ一 5:2

索引

  • リサーチガイド

    「いつまでも幸せに暮らせます」レッスン55

    「洞察」

    「ものみの塔」

    1990/9/1,25-26ページ

    1987/8/1,6ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 17-18; 洞-2 824; 暮 レッスン55; 塔90 9/1 25-26; 塔87 8/1 6;

    塔85 9/15 15-16; 塔83 7/15 25-26; 塔77 414-415,719; 塔76 144-145; 塔74 469-471; 目74 6/8 26; 組 60; 塔72 116; 塔67 703; 塔63 21

テモテ第一 3:9

  • やましいところのない良心: ロマ 2:15の注釈を参照。

    神聖な秘密である信仰の道: このフレーズは,クリスチャンの信仰の道に関する真理を指すようだ。その真理は秘密で,知られていなかったが,やがて神がご自分の子の弟子たちに啓示した。それで,援助奉仕者は実務的な仕事をして長老を助けるだけでなく,啓示された真理をしっかりと揺るぎなく支持し,この信条全体を熱心に擁護できなければならなかった。

欄外参照

  • +テモ一 1:5, 18, 19; テモ二 1:3; ペ一 3:16

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」

    1990/9/1,26ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 18; 塔90 9/1 26;

    塔85 9/15 16; 塔74 471; 塔73 50; 組 60; 塔72 213; 塔67 703

テモテ第一 3:10

脚注

  • *

    または,「資格があるかどうか」。

欄外参照

  • +ペ一 2:12

索引

  • リサーチガイド

    「組織」54ページ

    「洞察」

    「ものみの塔」

    2011/4/15,11ページ

    2006/5/1,23-24ページ

    1990/9/1,24,26ページ

    1989/7/1,29ページ

    「王国宣教」

    2000/5,8ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 18-19; 洞-2 825; 行 54; 塔11 4/15 11; 塔06 5/1 23-24; 宣 00/5 8; 塔90 9/1 24,26; 塔89 7/1 29; 務 56-57;

    塔85 9/15 15; 塔78 2/15 25; 塔76 144-145; 塔74 470; 塔73 49,662; 組 60; 塔72 191,213,217; 塔67 703; 塔64 499; 塔63 21-22

テモテ第一 3:11

  • 女性たちも……べきです: パウロは任命される男性の資格を述べる中で,クリスチャン女性に求められる同様の性質も挙げている。ここで使われているギリシャ語は,女性とも妻とも訳せる。(テモ一 3:2,12)それでこの助言は,クリスチャン女性全員に,特に会衆で責任を委ねられている人の妻に当てはまる。

欄外参照

  • +格 11:13; テモ一 5:13
  • +テト 2:3-5

索引

  • リサーチガイド

    「ものみの塔」

    1996/10/15,17ページ

  • 出版物索引

    塔96 10/15 17;

    目73 6/8 4; 塔67 703; 塔66 239; 塔65 493; 塔51 139

テモテ第一 3:12

  • 1人の妻の夫: テモ一 3:2の注釈を参照。

    立派に治めている: テモ一 3:4の注釈を参照。

索引

  • リサーチガイド

    「組織」133-134ページ

    「ものみの塔」

    1997/1/1,28ページ

    1990/9/1,24-25ページ

    1988/3/1,23-24ページ

  • 出版物索引

    塔研24.11 19; 塔研24.12 31; 行 133; 塔97 1/1 28; 塔90 9/1 24-25; 塔88 3/1 24;

    塔85 9/15 16; 塔79 3/1 18-19; 塔78 5/1 31; 塔74 469-470; 組 60; 塔72 213,217; 足 150; 自 261; 塔62 500; 塔61 202,403; 遠 141

テモテ第一 3:13

  • 少しも気後れせずに語ることができ: コ二 7:4の注釈を参照。

索引

  • リサーチガイド

    「いつまでも幸せに暮らせます」レッスン55

    「ものみの塔」

    1989/7/1,29ページ

  • 出版物索引

    暮 レッスン55; 塔89 7/1 29;

    塔85 9/15 16; 塔79 3/1 18-19; 宣 78/11 1,4; 塔76 144-145; 組 60; 塔72 116,213; 塔61 403

テモテ第一 3:15

  • 神の家族: パウロは,天に行くよう選ばれたクリスチャンの会衆全体を「神の家族」と呼んでいる。この比喩は,ギリシャ語聖書で何度か使われている。(ガラ 6:10,エフ 2:19の注釈を参照。)クリスチャンが親しい家族のように組織され,心地よい雰囲気を持っているという考えを伝えている。

    生きている神: この描写的表現はヘブライ語聖書でよく使われた。(申 5:26。サ一 17:26,36。イザ 37:4,17)この文脈では,「生きている神」エホバと命のない偶像が対比されている。エフェソスやほかの場所で異教徒が偶像を崇拝していた。パウロがこの表現を使ったのは,クリスチャンに自分たちの崇拝が優れていることを思い起こさせるためでもあるかもしれない。

    真理の柱また支え: パウロは2つの建築用語を比喩的に使ってクリスチャン会衆を描写している。柱は,パウロの時代の多くの大きな建物に見られた頑丈な構造要素で,しばしば重い屋根を支えるために使われた。パウロは,エルサレムの神殿や,当時テモテがいたエフェソスにあった見事な建物を念頭に置いていたのかもしれない。(パウロはガラ 2:9でも「柱」という語を使った。注釈を参照。)ここテモ一 3:15で,パウロはクリスチャン会衆全体を真理を支持する比喩的な柱と表現している。「支え」に当たるギリシャ語は,「何かのしっかりした基礎となるもの」を意味する。その語は,「土台」,「控え壁」,「防塁」とも訳せる。パウロは2つの語を一緒に使って,会衆が神の言葉の神聖な真理を支持し支えるべきことを強調している。特に,会衆で監督の務めを委ねられた人は,「真理の言葉を正しく用い」なければならなかった。(テモ二 2:15)パウロはこれを緊急なことと見ていて,大規模な背教が広がる前にテモテができる限りのことをして会衆を強くすることを願っていた。

欄外参照

  • +ヘブ 3:6

索引

  • リサーチガイド

    「洞察」

    「洞察」

    「ものみの塔」

    2007/4/15,29ページ

  • 出版物索引

    洞-1 825,1212,1241-1242; 洞-2 507; 塔07 4/15 29;

    塔84 11/1 18; 塔81 11/15 15; 塔79 3/1 18; 塔79 6/1 21; 良 42; 組 11; 塔71 252,574; 塔69 77,84; 塔66 110; 塔62 202; 塔61 367; 塔60 429; 塔57 271

テモテ第一 3:16

  • 神への専心: 「神への専心」という表現については,テモ一 4:7の注釈を参照。テモ一 2:2の注釈も参照。

    神への専心に関する神聖な秘密: 「神聖な秘密」と「神への専心」という2つの表現が一緒に出ているのは,聖書でここだけ。(マタ 13:11,テモ一 4:7の注釈を参照。)パウロはここで,神への専心を完璧に示す生き方ができる人はいるか,という神聖な秘密に焦点を当てている。アダムはエデンで,利己的になってエホバに反逆し,この点で失敗した。それで,この疑問はアダムの子孫にとって大きな意味を持っていた。約4000年間,その答えは謎つまり秘密だった。アダムとエバの不完全な子孫は誰も忠誠を完璧に貫くことはできない。(詩 51:5。伝 7:20。ロマ 3:23)しかし,アダムと同じく完全な人間だったイエスは,最も厳しい試練に遭っても,あらゆる考え,言葉,行動で神への専心を示した。(ヘブ 4:15。コ一 15:45の注釈を参照。)エホバを慕うイエスの気持ちは,心からの無私の愛に基づいていた。イエスは,神への専心の完璧な手本を示すことによって,この神聖な秘密に対する決定的な答えを提示した。

    「彼は……栄光を受けた」: この引用句は,よく知られた詩から取られたか,もしかしたら1世紀のクリスチャンが歌った歌から取られたのかもしれない。(エフ 5:19の注釈と比較。)学者たちは,ギリシャ語原文の構造,リズム,並行法に基づいてそう判断している。

    肉体を持つ者として明らかにされ: このフレーズはイエスのことで,ヨルダン川でバプテスマを受けた時から当てはまると思われる。(マタ 3:17の注釈を参照。)その時,ナザレのイエスはエホバが油を注いだ者つまりメシアになった。天から来ていたが,イエスは生身の完全な人間で,自分のことをよく「人の子」と言っていた。(マタ 8:20)用語集の「人の子」参照。

    肉体を持たない者として正しいと認められ: このフレーズは,エホバがご自分の子を天での命に復活させた時のことを言っている。(ペ一 3:18)エホバはイエスを復活させた時,不滅の命を与えた。(ロマ 6:9。テモ一 6:16)こうして神は,イエスがあらゆる点で正しくあったことを確証した。ロマ 1:4の注釈を参照。

    天使たちに現れ: イエスは復活後,不忠実な天使つまり邪悪な天使たちに現れ,神の刑の執行について伝えた。(ペ一 3:18-20)それらの天使はノアの時代に反逆した者たちで,今は比喩的な意味で縛られている。精神的な深い闇の中にいて,恐らく人間の体を着けることをとどめられている。(ペ二 2:4。ユダ 6)

    国々の中で広められ: 西暦33年のペンテコステの後,クリスチャンは,異国の人々の間で生活していた人を含め,割礼を受けたユダヤ人と改宗者に伝道し始めた。(使徒 2:5-11)その後,サマリア人の間で良い知らせが広められた。(使徒 8:5-17,25)そして西暦36年,ペテロは,コルネリオをはじめ,その家に集まっていた割礼を受けていない異国人に伝道した。(使徒 10:24,34-43)パウロやテモテなどの宣教者が後に小アジアとヨーロッパで良い知らせを広めた。(使徒 16:10-12)西暦60-61年ごろ,パウロはキリスト教のメッセージが「天の下の至る所で伝えられ」たと書くことができた。(コロ 1:23と注釈)使徒 17:6,ロマ 1:8; 15:24,28,コロ 1:6,付録B13,メディア・ギャラリーの「西暦33年のペンテコステ 良い知らせが広がる」も参照。

    世の人々に信じられ: 1世紀のクリスチャンは,イエスについての良い知らせを「地の果てにまで」広めた。(使徒 1:8と注釈)その結果,世界のさまざまな場所の人が信者になった。例えば,「使徒の活動」には,ピシデアのアンティオキア,ルステラ,イコニオム(使徒 13:48; 14:21,23),フィリピ(使徒 16:12,33,34),テサロニケ(使徒 17:1,4),ベレア(使徒 17:10-12),アテネ(使徒 17:16,34),エフェソス(使徒 19:17-20)で信者になった人のことが書かれている。

    天に上げられて栄光を受けた: ここでパウロはイエスの昇天について述べている。(使徒 1:9,10)エホバはイエスをご自分の右に置き,宇宙の他のどんな創造物にも勝る栄光を与えた。(マタ 28:18。ヨハ 17:5。フィリ 2:9。ヘブ 1:3,4)

メディア

  • 「彼は肉体を持つ者として明らかにされ」

欄外参照

  • +ヨハ 1:14; フィリ 2:7
  • +ペ一 3:18
  • +ペ一 3:19, 20
  • +コロ 1:23
  • +コロ 1:6
  • +ヨハ 17:5

索引

  • リサーチガイド

    「エホバに近づきなさい」196ページ

    「洞察」

    「洞察」

    「ものみの塔」

    2008/9/15,30-31ページ

    2008/6/15,13ページ

    2006/2/15,19ページ

    1997/10/15,11ページ

    1990/3/1,18-23ページ

    1990/1/15,10-20ページ

    1988/12/15,6ページ

    「神を崇拝する」57ページ

  • 出版物索引

    洞-1 200,696,825,1212; 近 196; 塔08 6/15 13; 塔08 9/15 30-31; 塔06 2/15 19; 拝 57; 塔97 10/15 11; 塔90 1/15 10-20; 塔90 3/1 18-23; 塔88 12/15 6;

    塔85 12/1 10; 崇 52; 目80 1/8 16; 人 72; 塔77 432-435; 塔75 374-375,478; 目72 9/8 6-7; 塔69 77-78,443; 神 103-104; 宗 235

訳の一覧

訳の一覧を見るには,節番号をクリックしてください。

全般

テモ一 3:1使徒 20:28; テト 1:5-9
テモ一 3:2出 18:21
テモ一 3:2ロマ 12:3; ペ一 4:7
テモ一 3:2使徒 28:7; ペ一 4:9
テモ一 3:2エレ 3:15; テモ一 5:17; テモ二 2:24; テト 1:7, 9
テモ一 3:3ロマ 13:13
テモ一 3:3フィリ 4:5; ヤコ 3:17
テモ一 3:3ロマ 12:18; ヤコ 3:18
テモ一 3:3ヘブ 13:5; ペ一 5:2
テモ一 3:4エフ 6:4
テモ一 3:6テモ一 5:22
テモ一 3:7使徒 22:12; テサ一 4:11, 12
テモ一 3:8フィリ 1:1
テモ一 3:8使徒 6:3; テト 1:7; ペ一 5:2
テモ一 3:9テモ一 1:5, 18, 19; テモ二 1:3; ペ一 3:16
テモ一 3:10ペ一 2:12
テモ一 3:11格 11:13; テモ一 5:13
テモ一 3:11テト 2:3-5
テモ一 3:15ヘブ 3:6
テモ一 3:16ヨハ 1:14; フィリ 2:7
テモ一 3:16ペ一 3:18
テモ一 3:16ペ一 3:19, 20
テモ一 3:16コロ 1:23
テモ一 3:16コロ 1:6
テモ一 3:16ヨハ 17:5
  • 新世界訳聖書 (スタディー版)
  • 聖書を変更する: 新世界訳(新世)
  • 聖書を変更する: 参照資料付き聖書(聖8-参)
  • 1
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  • 16
新世界訳聖書 (スタディー版)
テモテ第一 3:1-16

テモテ​へ​の​第​一​の​手紙

3 次の言葉は真実です。監督+になろうと努めている人は,立派な仕事を望んでいます。 2 ですから,監督は,とがめられるところがなく+,1人の妻の夫で,節度をわきまえ,健全な考え方をし+,秩序正しく行動し,人をよくもてなし+,教える資格がなければなりません+。 3 また,酩酊せず+,暴力を振るわず,分別があり+,争いを好まず+,お金を愛さず+, 4 家庭を立派に治め,子供はよくしつけられて従っているべきです+。 5 (自分の家庭を治められないのであれば,神の会衆を世話することなどできるでしょうか。) 6 クリスチャンになって間もない人であってはなりません+。思い上がって,悪魔と同じように断罪されるようなことにならないためです。 7 さらに,会衆外の人からも良い評判を得ているべきです+。人々から非難され,悪魔のわなに陥る,ということがないようにするためです。

8 援助奉仕者+も,真面目で,二枚舌を使わず,多量の酒を飲まず,貪欲に不当な利益を得ようとせず+, 9 やましいところのない良心を保って+,神聖な秘密である信仰の道をしっかり歩んでいるべきです。

10 この人たちは,その仕事にふさわしいかどうか*,まず試されなければなりません。非難されるところがなければ+,奉仕者として仕えさせることができます。

11 女性たちも,真面目で,中傷したりせず+,節度をわきまえ,あらゆる点で忠実であるべきです+。

12 援助奉仕者は,1人の妻の夫で,子供を従わせ,家庭を立派に治めているべきです。 13 立派に奉仕する人は良い評価を得,キリスト・イエスへの信仰について少しも気後れせずに語ることができます。

14 私は間もなくあなたの所に行きたいと思いながら,これらのことを書いています。 15 私が遅れたとしても,あなたに神の家族の一員としてどのように行動すべきかを知ってもらうためです+。その家族は生きている神の会衆であり,真理の柱また支えです。 16 神への専心に関する神聖な秘密は確かに偉大です。「彼は肉体を持つ者として明らかにされ+,肉体を持たない者として正しいと認められ+,天使たちに現れ+,国々の中で広められ+,世の人々に信じられ+,天に上げられて栄光を受けた+」のです。

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